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カミの世界シリ-ズ

一面の青。

作者: 夜那



ゆらりと揺れる水面に、時折水音を響かせる。



青一色で染められた世界は、例外なく水の色も青だった。

固形物を創るでもなく、生命を生み出すでもなく、ただ世界に青の液体が満ちた。


水面に浮かぶのは、一人の青年。無に近い青の世界を見つめて、虚ろな顔をしていた。


此処に必要なのは、騒音ではなく静寂。異常ではなく日常。好奇ではなく平和。

面白みのない世界でも構わない。ただ俺が存在するためだけの世界だから―――






世界を創るカミは十人。零と呼ばれる主から創り出させて、己が世界を創るように託された。

それだけじゃ面白くないからと色をテーマにして創るように言われた。

創られた順番の数字を名前にして、相談して色を決めた。

その結果、五番目に創られた俺は伍と呼ばれ、青の世界を創るように言われたのだ。



世界なんてどうやって創るのか何を創るのか解らない。他の連中は割と積極的に創っていたけど、ただ面倒くさくて仕方なく、呆然と青の世界を見ていた。


そんな中、黒の世界を創っていた壱が様子見にきた。

九回目で納得いく世界を完成させた奴は、他の世界を見に来たのだ。


俺の手付かずの世界を見て唖然とした壱は、まじまじと見つめ直し、僕の世界に少し似てると言った。


『お前の世界は黒だろ?』


『黒の世界に色とりどりの球を入れたら、此処に似ている球が出来たんだ』


見に来るか?と誘われて、少し悩んで首肯した。ただ青がひしめくだけの俺の世界に似ているモノにほんの少しだけ興味が湧いたのだ。


ついて行くと、確かに様々な球があった。黒に浮かぶタイヨウと呼ばれる赤い球、ツキと呼ばれる黄色い球。そして、奴が指さしたのは青の球体だった。

降り立つと、十の色じゃ足りないくらいの色に溢れていて、おののいたものだ。弱肉強食の通り、喰っては喰われ、食物連鎖の通り、命が続いていく。これが黒の世界とは微塵にも思えなかった。

そして、壱はウミの中に潜った。俺もそれに倣う。深い深いところまでいくと、やっと合点がいった。ここが俺の世界に似ているわけが。


静かな青の水に包まれて、心まで静かになるようだった。物足りない何かが埋まるようなそんな感覚。


早速自分の世界に帰り、水を創り出した。青い青い清水。生命は創る必要はない。騒がしいのは俺の世界を汚すだけた。



青の水で満たした世界を見て壱はやはり呆然とし、やがて苦笑した。


『僕の世界のウミは、ソラが青いから青いんだ。だから水は本当は無色透明なんだよ』


いいさ、別に。

俺はウミが創りたいんじゃない。俺の味気のない世界を満たす何かが創りたかっただけなんだから。


そのようなことを告げると壱はカラカラと笑ったものだ。


『そうだな。とても伍らしいよ』


意味が判らない。

俺らしい、とはどういうかとだ。


壱はそれ以上は何も言わず、俺の世界から去っていった。他の世界も見に行くんだと。




………そういえばここ暫くあいつとも会っていない。






―――



そうして創り出した俺の世界。連中には地味だとかつまらないとか抜かすが、他人の意見なんてどうでもいい。ただ自分のための世界だ。俺の好きに創って何が悪い。


落ち着くのだ、此処にいると。

静寂が満たす平穏。面倒くさいしがらみから解放されるような。


「……伍。やっぱり此処にいた」


すると、突然頭上に声が降ってきた。見上げると、空中に浮いたカミの内の一人。


「七」


呼びかけると、人懐こい顔で笑った。

そして、俺の側に降り立った。


「いつも自分の世界にいる。たまにはみんなのいるところにいたら? 弐があなたと一京年も会ってないってぼやいてる」


「……別にどうでもいい」


「言うと思った」


口に手を当ててクスリと笑った。ニンゲンじみた動作に違和感を覚える。七は俺らの中で一番カミらしくない。


「私もここにいてもいい?」


「よくない」


「何で?」


「邪魔だから」


「こんな広大な世界で邪魔も何もないでしょう」


有無を言わさず、七は俺に身体を寄せた。長い黒髪が俺に纏わりつく。


「邪魔」


「少しだけ」


“少し”の具合が俺と七では随分違う。不思議なことに七にかかれば一年も“少し”になる。


振り払うのも面倒くさいので、好きにやらせているが、それも読まれているような気がして、居心地が悪くなる。






七は、紫の世界を創るカミだ。雄型の俺と違い、雌型のカミで、身体は小さく、当たりは柔らかい。

彼女は壱の世界に誕生したニンゲンにとても似ている。――いや、彼女がニンゲンに影響されたのだろう。

カミは基本的に皆無関心で、表情も少ない。他のカミと関わることもあまりなく、故に感情的になれないのだ。

しかし、七は仕草にしろ、表情にしろ、豊かで、俺より沢山の感情を持っている。

――そして、彼女は俺に好意を持っているようなのである。



嫌いではないが、好きではない。

俺はカミの中で飛び抜けて無関心なので、“面倒くさい”以外の感情を表すことが少ない。だから、まるで正反対の俺達が友好的には間違ってもならない。否、なれないのである。






―――




明くる日のこと、いつも通り世界で寝そべっていると、誰かが近づく気配がした。

雌型のカミを連想して、ウンザリとした表情で振り返る。


「またか」


しかし、予想は見事に外れ、立っていたのは参だった。


「またか、って。誰を期待してたの?」


からかうような声音に面倒くさそうに視線をぶつける。

こいつはこいつで、ウンザリな奴である。


「聞いてる?壱のこと」


「知ってるわけないだろ」


数兆年引きこもりの俺が壱のことを知る由もない。


「あいつ、今42回目の世界を創造中」


これにはさしもの俺も驚いた。九回目で完成だとほざいていたのは確か奴だった。


「何でそんな面倒くさいことを……」


「さぁ。僕にも理解不能だ」


参が肩をすくめる。


壱はあの完全とも思える世界に飽きてしまったのだろうか。俺はあんな世界創れないし、創ろうとおもえないけど、あれはあれで素晴らしい世界だと思ったものだ。


「完全だと思った世界が完全じゃなかったみたいなんだ」


「意味が解らない」


言うと、ハハと嘲るような笑い声。三京年ぶりに不快感というものを感じた。


「僕も意味が解らない。……けど、壱より君の方が僕には解らないかな」


「……どういう意味だ」


凄むようなにらみつけるような視線を送る。すると、俯くどころか楽しそうに顔を歪ませた。


「そう、それ。久しぶりに君の感情を見たな。」


益々意味が解らなくて、怪訝に眉を寄せる。すると、奴はこんなことを吐きやがった。


「壱は動機はなんにしろ、何かのために世界を創っている。けれど、君は何に対しても興味を抱かず、面倒くさいと吐き捨てるだけ。存在意義も自分で解ってない君が人のことを解らないとはよく言えたもんだね」


溢れ出たのは、参への怒りじゃない。その通りだと自分を糾弾する怒り。


事実だと感じた。

奴は一言も間違っていない。


「まぁ、殺風景でも素敵な世界だ。君の好きに創んなよ」


そう言って参は去り、俺は立ち竦んだ。


今までの自分が全否定されて、何が何なのか解らなくなった。




――水面が小さく波立った。




―――



―――ね……ぇ、…ご……、ね………ご?


ねぇ!伍ッ!


ハッと我に戻った気が付くと、眼前に七がいた。心配そうに様子を伺っている。


「どうしたの?何か心ここにあらず、って感じ。」


「……いや、何でも」


どれくらいの時間茫然自失していたのだろうか。気付かないうちに、参の言葉に呑まれて、思考停止していた。



……存在意義なんて今更。俺達は世界を創るだけが目的だろ?



解らないし、解っても何がしたいか解らない。


ふと、俺を見つめる七を見た。


長い黒髪に色っぽい猫目。壱の世界で言うと特上の女、らしい。

そんな彼女は自分の世界を彩って、自らの感情の赴くまま、存在している。

俺とはやはり正反対だ。


カミには寿命がないから、生きるとか死ぬとかないけれど、存在するのが苦になったカミの末路は知っていた。


「なぁ……」


呼びかけると、長い睫毛が震え、驚いたように俺を見つめた。

そういえば、俺から話しかけたのは初めてかもしれない。


「俺達の存在意義ってなんだ?」


「……え」


七から漏れた声は戸惑い。


「何って世界を創ることでしょ?」


その通り、その通りなんだが……。

内心の複雑な心情を語る術がない。カミとの交友を蔑ろにしてたから語彙まで少なくなったのかもしれない。


「じゃあ、……何のために創るんだ?」


「零に言われたから」


ぐっ、と言葉を詰まらせた。

自分が言いたいことが伝わらないのは、むず痒い気持ちだ。


七は何故かケラケラ笑っている。


「伍がセンチメンタルになってるー。めずらしー」


「……ほっとけ」


らしくない、な。

単刀直入に言ってアドバイスを貰ったほうがはやい。


そう思った俺は、気負いなく、会話の延長線上に言ったのだ。






「無に還ろうと思うんだけど、どう思う?」、と。



そのとたん、ピタリと七の笑い声が止まり、俺を見つめ直した。その瞳に宿る鬼気迫るものを感じて、一歩後ずさる。


「何で」


「……俺には存在意義がない、から。」


参の言うとおり、適当に世界を創って、適当に存在している。必要な存在ではない、のだ。


「零に言えば、無に還れる。新しいカミもできる」


過去に、八が嫌気を差して零に懇願したことがあった。もうカミでいたくないと。

すると、零は八を粉塵にし、新しいカミを創り出し、それを八と名付けた。

きっと俺も同じようになる。


「俺は必要ないし。新しいカミは、もっと良い世界を創る。だから……、」


それ以上は言葉にならなかった。


七の唇が俺のと合わさり、塞いでいたから。



柔らかい唇が俺のに押し付けて、唖然とした俺の口内にスルリと舌が入り込む。絡まるそれは元々一つの物体であったように妖艶な動きをする。


荒い波音が耳に通る。激しい波が水面にたっているのが伺いしれる。


やがて、唇は離され、眼前には不機嫌そうな顔の七がいた。


「知ってる?ある程度、年がいったらこの先はベッドインなのよ」


突然の出来事すぎて声が掠れた。


「……此処にはベッドはないし、俺達には産むためのものも、育むためのものも備わっていない」


カミは創るものゆえ、産み出す必要性はない。だからそういうものもついていないのだ。

七も特上の美人ではあるが、ヒトの女性としては欠陥的なものが二つばかしたりない。


「そうじゃなくて。性欲てのが、あんな激しいキスをしたのに、出てこないのね」


「……お前はあるのか」


むしろある方が驚きである。性欲というのは子孫を繁殖するために必要なものだから、普通カミには備わっていないものだと思っていた。

まぁ、あったところでどうやってヤるんだという話である。


「今のがあなたの存在意義、じゃ駄目?」


「は?」


思わず間抜けな声が出た。

どういう意味かさっぱりだ。


「私はあなたが欲しい。だから、あなたがいなくなったら困るの」


「……意味が解らない」


「解らなくて結構」


随分七はニンゲンに感化されたらしい。

好意があるのは知っていたが恋慕にまで発達しているとは思わなかった。


しげしげと見つめていると、七は見上げてコケティッシュに笑いかける。


「……今の壱の存在意義は自分の世界の一人を守ること。弐は興味深いことを解明することに熱を注いでるし、参は私達をからかうことが好きなだけ。そして、私はあなたが存在意義」


「……随分勝手だな」


「えぇ、それでいいの。解らなくても勝手でも存在することは罪じゃないから。いつか解ればそれで」


珍しく難しく考えてた自分が馬鹿みたいだ。フッと息を漏らすと、再び七は笑った。次は、ニヤリとした企み顔だ。


「……私はあなたが創ったこの世界が好き。落ち着くし、優しい気持ちになれる。それに、あなたの気持ちが解るもの」


首を傾げる俺の耳に唇を寄せる。吐息が零すそれに俺は目を見開いた。


「此処の水面、あなたの心情で波がたつの。さっきのキスは興奮はしなかったけど、動揺はしたみたいで何よりだわ」


「………!!」


口は酸欠の金魚みたいにパクパク開くのに、言葉は出てこない。

その様子に七はプッと吹き出す。


「自分で創った世界なのに気付かなかったんだー。教えなければ良かった」


再び水面が震えたので、何とか冷静さを取り戻そうと、深呼吸する。

すると、ズイと七の顔が近付いてきた。


「だから、参の言葉に翻弄されないで、あなたらしくいて」


……お見通しなんだな


俺の口に熱を持った舌が滑り込む。俺も応えて、絡ませると七の声が漏れる。

形勢逆転とはこのことか。


攻守入れ替わると、七は実に弱かった。あまりの激しさに七の身体から力が抜けていく。雄型特有のゴツい手で彼女を支え、いたぶっていく。

勿論、性欲は湧かないが、快感はあって、激しい波音が聞こえて、急いで中断した。


身体を放すと、七はニコリと笑った。


「存在意義、少しはできた?」


「……少しは」


……まったく、かなわないものだ。






―――



青い世界は平穏で平静で平和。


それ以外に望むものはないと知った。


余計なものがないのが、いいんだ。




世界は、もっと複雑で然るべきだけど、一つくらいこういうものがあってもいい。









静かに水音がたつ世界でカミは一人で存在していた―――







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― 新着の感想 ―
[良い点] 心地よい孤独の世界 [気になる点] 青の世界には最初、青い液体が満ちていたのに、黒の世界を見た後に海を作った? 一京年も〜、何兆年も〜など、間隔の数字がばらばらのような気がします。 [一言…
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