颯爽と登場する混沌
この作品は村正様、NK様からのキャラの提供でお送りします。
前回のあらすじ
突如繁華街に現れた妖魔の大群。その日は友人である陽菜とクレア達と遊ぶ約束をしていた。
二人を助けるため飛び出していく颯。
そんな颯に隆浩は晶彦と十二神将の青龍、朱雀、六合を同行させ夏美と共に妖魔の駆除及び一般人救助の為に繁華街へと向かう。
だが、颯達の前に広がる光景は陰惨な物だった。
夥しい数の血溜まり。抉れた道路に崩れ落ちた建物。そして肉と鉄が焼ける臭い。
そんな中を颯達は妖魔を倒しつつ進み行く。すると晶彦の放った術の御蔭で磁場が安定し通信機器が復活。
陽菜達と連絡が取れ、二人が今ムーンライトビルに居ると言う情報を掴んだ颯達は隆浩から送られてきたルートを通りながらビルへ向かうのだった。
一方その頃、千歳に強制的に繁華街に連れて来られた一真も妖魔を始末し一般人の避難を終えていた。
しかし、偶々居合わせたアッシュと千歳が殺し合いの大喧嘩をおっぱじめてしまう。
だが、そんな二人の携帯に隆浩からメールが届く。
そのメールの内容は一真の今後を左右するものが書かれていた。
『手伝ってくれたら一真のハンコをプレゼント♪』
もし、これが千歳またはアッシュの手に渡った場合、一真の名前を婚姻届に書き役所で正式に夫婦認定されてしまう。
それを阻止する為に一真は隆浩を探し出し自分のハンコを奪い返さなくてはならないのだ。
ラディ「と言うのが前回までのあらすじだな」
セラフィム〈ラディ、何故私達はあらすじの解説なんかやってるんですか?〉
ラディ「だってこうでもしないと出番が……orz」
鈴蘭「と言う訳で本編スタートです♪」
ラディ&セラ「〈鈴蘭に持ってかれた!?〉」
◆ ◆ ◆
颯達が目指すムーンライトビルの少し離れた所に在る水族館でファティマは、水槽のガラスに映した映像を苛立たしく見つめる。
映し出されているのは全部で三つ。
一つは圧倒的な力で次々に妖魔達を葬る朱雀、青龍、六合と共に居る晶彦と颯。
もう一つの映像には妖魔達を巻き込んでの殺し合いの喧嘩を繰り広げるアッシュと千歳。
そして、ファティマが召喚した妖魔達を容易く蹴散らす隆浩と夏美。
三組の戦闘力にファティマは苛立ちと焦りが入り混じった顔を浮べ近くに在った自販機をカーボンファイバー製の鞭で破壊してしまう。
「くっ……よりによって、陰陽寮の連中が来るなんて……!!」
「しかも6人も来てるにゃ!まずいにゃ!まずいにゃぁ!!」
「で、でも丁度良いわ。此処で奴等を血祭りに挙げてしまえば、今後私達の邪魔をする者も暫らく出て来なくなる。それに、ガングニールを態々持って来てくれるなんて、正に飛んで火に入る……火に、入る……」
「……にゃつにょ虫にゃ」
「そう、それよ。 ンフッフッフ、奴等を纏めて始末してやるわ!」
高らかに言い放ったファティマの足元に八角形の魔法陣が現れ深紅の光を放つ。
更にその魔法陣の半分程の大きさの魔法陣が床や壁、天井に至るまで埋め尽くす。
そして、その魔法陣から様々な妖魔が這い出て来る。
魚を模した物、人の胴に鳥の体を持つ怪鳥、グロテスクな軟体生物の様な物に至るまで多種多様な妖魔達。
涎を滴らせ血に飢えた獣以上に血走った眼は、早く獲物を食わせろと催促するようにファティマを見つめ、指示を待っている。
「さぁお前達!その牙と爪で奴等を血祭りに上げなさい!肉を引き裂き、骨を砕き、腸を欠き出し、血の雨を降らせなさい!!!」
『Guyaaaaaaaaaa!!!!!』
この世のものとは思えぬ雄叫びを上げる妖魔の大群。
それら全てが血肉を求め我先に外へと向かう。
妖魔達が居なくなったところでファティマは黒衣のローブを翻しムーンライトビルへと向かう。
そう、妖魔達は舞台を盛り上げる為の只の前座、本番の為の舞台を作る為ファティマは、水族館を後にした。
そんな彼女を使い魔であるビリー・キャットは慌てて追いかける。
役者は揃った。しかし未だ、惨劇の舞台は始まったばかり。
◆ ◆ ◆
「ふ~ぅ、やっと着いた」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫?颯姉ちゃん?」
「だ、ダイジョブや、ぜぇ、ぜぇ……」
あれから約30分、此処に来るまでに妖魔達を数百体退治しなんとかムーンライトビルに辿りついた颯達。
運動神経も良く体力にはそこそこ自信のある颯も初めての戦闘に心身ともに疲弊していた。
そんな彼女が今も立って居られるのは単に友達である陽菜とクレアを助けたいという気持ちが強いからである。
これには晶彦だけでなく、十二神将の六合と朱雀は驚いていた。青龍も一般人にしては中々それなりに根性の有る少女と僅かに感心していたが、颯を“お荷物”と言う認識は変わらなかった。
まぁ、何の訓練もしていない一般人を連れて戦場に出ているのだからそう思うのも無理からぬ話だ。
ともかく颯達は妖魔の襲撃を警戒しながらビルの中へと入って行くのであった。
ビルの中に入った颯達は目の前に広がる光景に眉根を寄せ警戒を更に強める事になった。
何故なら、壁や床、天井に至るまで白い糸の様な物が張られまるで蜘蛛の巣の中に迷い込んだのでは?と思わせる光景が広がっていたからだ。
「これは、いったい………」
「蜘蛛の、巣?だとすると………」
しゃがみ込んで糸を調べた晶彦が不意に頭上を仰ぐと数十匹…否、数百匹の蜘蛛型の妖魔が降って来た。
「やっぱそう来るよね~」
「そんな悠長な事言うとる場合!?」
予想通りな展開に晶彦は余裕そうに呟くが未だこう言う事に慣れて無い颯にとっては慌ててしまうのも無理は無く、一早く退避行動をとっていた。
だが、そんな颯とは対称的に晶彦は薙刀の影光を構え、迎撃態勢をとっていた。
「はぁぁ!!!!」
軽く膝を曲げてからの跳躍で7メートル程跳び上がり、妖魔達と零距離まで詰める。
晶彦の予想外の行動に妖魔達が一瞬怯んだところに影光を振い、蜘蛛型妖魔達を切り伏せていく。
晶彦が着地すると同時に斬り伏せられた蜘蛛型妖魔の亡骸が床に転がり落ちて来る。
だが、息を吐く間もなく二階に待ち伏せていた妖魔達がぞろぞろと姿を現し始める。
その数およそ400~700体。晶彦達を包囲する妖魔達は一斉に襲いかっかる。
「青龍!朱雀!援護宜しく!六合ははやて姉ちゃんをサポート!」
「言われなくても!」
「アイアイさぁ!!」
「……(コクッ)」
晶彦の掛け声で其々迎撃に入る青龍達。朱雀は刀身が身の丈の倍近くある大剣に炎を纏わせ妖魔達を文字通り焼き払っていく。
朱雀に負けじと青龍は大鎌で妖魔達の胴を真っ二つに切り伏せる。
颯は妖魔の攻撃を避け、がら空きになった鳩尾に思い切りガングニールを振う。体がくの字に曲がった妖魔からバックステップで距離をとり、矛先に作り出した拳大の光弾を放つ。
六合は颯をサポートしつつ妖魔達を銀槍で仕留めていく。
だが、倒せども倒せども後から湧いてくる妖魔達に少しづつ追い詰められていく。
晶彦が術を発動させようと詠唱を始めれば空かさず襲い掛かってくるため術の発動する暇が無いのだ。
試しに詠唱破棄で雷術を発動していたが致命傷には為らずほんの僅かに動きを止めるだけだった。
「こいつ等、僕の雷術が余り効かない!!」
「ちょっと、どないするんや!このままじゃやられてまう!!なんとかならへんの!?」
「僕は兄ちゃんみたいに高威力の術は詠唱破棄で出来ないんだよ!」
苦戦を強いられる晶彦達だったが青龍を始めとした十二神将達が妖魔達以外の気配を感じ取り晶彦と颯を抱え壁際まで後退する。
すると、二階の壁をぶち抜いて漆黒の竜が大きな口を開け先程まで晶彦達が居た場所の妖魔達を呑み込んでいったのだ。
「この霊圧……まさか………」
「よぉ、晶彦。奇遇だな?」
「やっほぉ~晶彦♪」
「一真兄ちゃん!千歳姉ちゃん!!それに…アンジャッシュ姉ちゃん!」
「アッシュですわ!貴方わざと間違えましたでしょ!?」
「違うよ晶彦、この女は増えるワカメビッチさんだよ?」
「好い加減その減らず口を殺ぎ落としてあげましょうか?雌豚さん」
「あぁ~、お前ら少し黙っててくれ…………」
漆黒の竜によって開けられた穴から現れたのは一真、千歳、アッシュの三人。
晶彦のボケにツッコミを入れたアッシュにお約束の様に千歳が罵声を浴びせた事によりまたも喧嘩に発展しそうになるも一真が宥めた事により視線の間で火花を散らす程度で収まる。
そんなやり取りを颯は、少しは緊張感を持て!と、ツッコミを入れたくて仕方が無かったがグッと堪え心の中でさけぶに留めておく。
うん、まぁツッコミを数百体の妖魔の大群に囲まれた状況で他人の会話にツッコミが出来る様になったと言う事は、彼女も段々慣れて来ている証拠で少なからず余裕があるようだ。
侮りがたし人の適応能力。慣れとは誠に怖い物である。
因みに、先程の漆黒の竜は一真が放った高密度の霊力破だったりする。
「おう、晶彦。テメェの兄貴のクソ狐は何処だ?」
「うみゅ?僕はこっちの颯姉ちゃんと別行動してて。兄ちゃんもこっちに向かってるみたいな感じだったけど未だ着て無いみたい」
「そうか……なら此処で待ってればアイツは来る訳だな?」
「多分ね?」
妖魔そっちのけで会話を進める晶彦と一真。二人が話している間に颯、千歳、アッシュの女子三人は簡単な自己紹介を済ませていた。尚、この時千歳とアッシュがお決まりの様に喧嘩を始め、襲い掛かった妖魔数匹を邪魔だと言って瞬殺したのは言うまでも無い。
「ねぇ一真兄ちゃん。取り敢えずさ、話しはこの妖魔達を退治してからにしない?」
「めんどくせぇがその方が後が楽そうだな。つか、なんで十二神将が此処にいんだよ?こいつらアイツの式神だろ?式神は術者の傍から離れると霊力供給が出来ないはずだろ?」
「十二神将は全員、【単独行動スキル】が備わっていて、10年くらいは主人からの霊力供給が無くても顕現して活動できるんだ。」
「何それズルイじゃん!」
晶彦が説明してると千歳が半眼で睨んで来ていたが別に晶彦が悪い訳では無いので、晶彦は笑って誤魔化すしか無かった。
一真達も式神を使役しているが主人からの霊力供給が無いと顕現して実体を保つ事が出来ず、更に式神の殆んどは行動範囲が主人の霊力量に比例し広く為るがそれでも視認できる範囲が限界で別行動を余り取る事が出来ないのが殆んどだ。
その為、別行動での活動が可能な十二神将達は、隆浩に雑務やお遣い等を頼まれたり扱き使われる事が多い。
神将達曰く「式神をくだらん雑務で呼び出すのは流石、安倍清明の血を引くだけは在る」との事。
彼らが昔、あの偉大なる大陰陽師にどの様に扱われたのか気に為るところではあるがまたの機会にしておこう。
「てか、さっきからウゼェんだよ!!!」
会話をしながらも攻撃を避けていた一真だったが余りのしつこさにほんの僅かにキレて大刀の黒月を振い妖魔達を薙ぎ払う。
「あのクソ狐を待つ間の暇潰しに、テメェら…ぶっ殺してやらぁ!!!」
雄叫びにも似た怒声と共に黒月で妖魔達を蹴散らしていく一真。黒月を振う度に妖魔達が宙を舞い、床に罅が入り壁に穴が空き、爆音が轟く。
「この妖魔達を5分で200体倒したらカズ君からディープキス!そしてホテルで狼になったカズ君に押し倒されてあんな事やこんな事を…いいえ寧ろ私が押し倒してカズ君の子供を!!さぁ醜いクソ妖魔達。私とカズ君の明るい未来の為にその命をよこしなさい!!!」
勝手に変な妄想と自分ルールを口にし口端から涎を滴らせながらアッシュは大鉈を手に構える
「爆ぜなさい!美爆猪獄!!!」
アッシュは霊力を高め自身の持つ大鉈の魔武器、美爆猪獄の能力を解刀する、瞳を深紅のハイライトと化し次々に妖魔達を血祭りにあげる。
カぺルニコラスは刀身に強い衝撃を与えると爆発すると言う特性を持ち、例え刃を防御出来ても爆発の衝撃と爆炎が敵に襲いかかり木っ端微塵に吹き飛ばす事が出来る魔武器なのだ。
勿論その爆発の影響は例外無く使用者にも襲い掛かるがアッシュは霊力の膜で全身を覆いそれが防火服の役割を果たしている為、火傷の一つも付かない。
「何寝言言ってるのよワカメ女!あんたなんかに一真は渡さないわよぉ!!!!」
小柄な千歳は妖魔達を軽々と投げ飛ばしていく。
自分よりも何十倍もある巨躯の妖魔をボールの様に投げるその様は、その小さな体の何処から出るのかと不思議な光景が繰り広げられる。
「一真兄ちゃーん、先行ってるよー?」
「クソ狐を見つけたら直ぐ知らせろよぉ!!!」
「うん、わかったぁ~!!」
妖魔の大群を一真達に任せ晶彦は式神達を引き攣れて颯の手を引き階段を駆け上がって行く。
ビル内部に侵入している妖魔達が此処に居るだけとは限らない。
おそらく、未だ上に居るかもしれない―――――逃げ遅れた人達と共に――――。
「ちょっ、ちょっと待って!待って晶彦君!」
「ん?どうかした?」
「どうかした?やない!あの人達、おいてきて大丈夫なん?あの化けもん相手に、たった三人なんて…」
「あぁ~。大丈夫だよ。一真兄ちゃんたち強いし僕達が居たら邪魔に為りそうだったしね」
「………そうやけど………」
晶彦に言われ颯は渋い顔をする。確かに先程の一真達の戦いぶりを見た後では今の自分は邪魔以外の何ものでも無い。それにこのビルには颯の友人だけでなく、多くの一般人が居ると言う。何よりもまずは、その人達を避難させることが先決なのだ。
「って、やっぱりまだ居たよ……」
「ひゃああ!」
4階まで一気に駆け上がると上の階から三体の妖魔が眼を血走らせ涎を滴らせ待ち構えていた。
朱雀が先行し一瞬の内に蹴散らし安全を確保してから晶彦達は進んで行く。
本来なら1階ずつ細かく調べる所だが晶彦は人間の放つ電磁波を感じ取ることができる体質を持っている為それを行う必要が無いのだ。
「この上の階に3人…いや、7人いる」
「陽菜ちゃんとクレアちゃん、おる?」
「そこまでは分かんないよぉ」
「二人とも!油断するなぁ!」
青龍の怒声が響いた時、7階にいた妖魔達がわらわらと姿を現して来る。
「よく生きてられたよねぇ、こんなに妖魔が居る中で」
「関心してる場合か晶彦!!」
「少しは真面目にやってくれさぁ」
青龍と朱雀が妖魔達を足止めをしている内に晶彦と颯は逃げ遅れた人達を探していく。
瓦礫の隙間に隠れていた者、ロッカーの中に潜んでいた者、開けた扉の後ろに息を潜めていた者等々。
4人程軽い怪我を負っていたが何んとか無事に助け出す事に成功した。
助け出した者たちは皆、晶彦の持っていた転移札と言う、その名の通り、対象を別の場所へ転移させると言う便利アイテムで陰陽寮の医療施設へと転移させる。
しかし、その中に颯の友人である陽菜とクレアの姿は無かった。
「大丈夫、未だ上の階も残ってるしきっと無事だよ」
「……ありがとぅ晶彦君」
陽菜とクレアが見付からず落ち込む颯を晶彦は優しく励ます。
晶彦に励まされ颯は、気を取り直して再び駆けていく。
だが、そんな颯達の行く手を阻むかのように続々と湧いてくる妖魔達。
「僕が先行して道を開くよ。雷術!!電光石火!!」
晶彦の躰から蒼白の雷光が迸り、雷光の矢の如きスピードで駆け抜け、妖魔達を蹴散らしていく。
晶彦が通った後には抉れて電気を迸らせる廊下の上に転がる妖魔の死体だけだった。
「晶彦、あまり無茶はするなよ?」
「まだ大丈夫だって」
「お前は隆浩より霊力は少ないんしさぁ、そんな飛ばすと直ぐバテルさぁ。」
「ホントに心配性だなぁ朱雀は。」
その後も上階を目指しながら逃げ遅れた人々を転移札で救助して行く晶彦達。しかし、肝心のクレアと陽菜が一向に見つからないのだ。
「陽菜ちゃーん!クレアちゃーん!居たら返事してぇー!!」
颯は大声で呼びかけるが返事はかえって来ない。
中々見つからない二人に颯は段々焦りと不安が募る。
焦れば焦る程、不安に為れば為る程、最も悪い状況が頭をよぎる。
颯は、そんな考えを振り払うように頭を振り再び駆けだしていく。
(二人ともお願い……無事でいて……!!!)
心の中で懇願する颯と晶彦達は、最上階へと辿り着く。
だが、そこで晶彦達が見た物は、コンクリートの天井、壁では無く、このビルの一階の噴水エリアで観たよりもはるかに多く、夥しい蜘蛛の巣だった。
「な、なんや…これ……」
「此処にこの糸を吐いた奴が居るのかな…?」
周りを警戒しつつゆっくりと部屋へと入る颯達。
すると、晶彦達の目に更に驚く光景が飛び込んで来た。
「颯姉ちゃん!あれ!」
「クレアちゃん!陽菜ちゃん!!」
晶彦が指差す方へ視線を向けた先に在ったのは、蜘蛛の巣に掛かった蝶の様に捕えられている陽菜とクレアだった。
更によく見ると、他にも数人同じように捉えられている者達が居た。
「二人とも、今助けるから!」
「颯姉ちゃん!ストップ!!」
二人のもとへ駆け寄ろうとした颯を晶彦が止めようと声を掛けた正にその瞬間、大木の様な太い糸の束の影から大型バス二台分にも相当する大きさの馬鹿でかい大蜘蛛が現れたのだ。
「キィィィシャァアアアアアアアアアア!!!!」
耳を劈く程の甲高い奇声を上げる巨大蜘蛛は紅く光る八つの眼が一斉に颯達を捉える。
巨大蜘蛛からしてみれば、新たな獲物が自分の縄張りに入って来たのだ。
為らば、蜘蛛が取る行動は? 勿論、獲物を…狩取るしかない!!!
「キャシャァアアアア!!!!」
「「でぇたぁああああああああああ!!!!」」
再び奇声を上げる巨大蜘蛛に最初は唖然呆然としていた颯と晶彦だったが二度目の奇声で我に返り、驚きの声を上げる。
「ちょぉお!デカイ!デカイ!デカイ!デカイ!なんやあれ!?なんやのあれ!?」
「見たまんまに言うと、見ての通り巨大蜘蛛だよ!!見た感じ女郎蜘蛛系じゃ無くて大土蜘蛛系だよアレ!」
「何がどう違うん!?」
「女郎蜘蛛系の妖魔は毒とか持ってるの少ないし持ってても弱いんだけど、土蜘蛛系の妖魔は猛毒持ってる事が多いんだよ!しかもジャンプ力と速力がもの凄いんだよって言ってる傍から飛んで来たぁ!」
猛ダッシュで逃げる颯と並走しながら晶彦が簡潔に説明していると巨大蜘蛛がその巨体からは想像もつかないジャンプを繰り出し
軽々と晶彦達の頭上を飛び越えてその行く手に立ちはだかる。
行く手を阻まれた晶彦達に柱の様に太い一とニの前足が振り下ろされる。
しかし、振り下ろされた前足は晶彦達に当る寸前で青龍の振った大鎌によって斬り飛ばされる。
「ありがとう青龍!!」
「ぼさっとするなと言ってるだろう!!まったく貴様等はいつもいつも手間を掛けさせおって…!」
「青龍!前!前!」
「分かっている!!!」
激しい怒りを滾らせながら巨大蜘蛛が三の脚を横薙ぎに払う。
払われる巨木に等しいその足を、青龍は大鎌の柄を盾にして防ぐ。
圧倒的体格差から繰り出された攻撃に青龍は、数メートル滑って、しっかりと受け止めた。
「轟砕破!!」
気合と共に蜘蛛の足をいなした青龍は左掌を蜘蛛へと突きだし圧縮された空気が叩きつけられる。
圧縮された空気は蜘蛛の体の前で一気に元に戻り、圧縮から解放された空気が衝撃波と為って襲いかかる。
クレーターの様に陥没した大蜘蛛の体に向け青龍は大きく息を吸い、龍の息吹を放つ。
渦巻く暴風が大蜘蛛を巻き上げ天井近くの壁へその巨体を叩きつける。
「朱雀!」
「分かってるさァ!!」
青龍に続き朱雀が大剣に炎を纏わせ大蜘蛛に向け振り下ろす。
放たれた斬撃に炎が加わり大蜘蛛に向かって飛んで行く。
大蜘蛛に吸い込まれる様に火炎の斬撃によって胴体を切り裂かれその斬痕から炎が上がり瞬く間に大蜘蛛の体を包み込む。
「此処は俺達に任せて捕まってる連中を助けるさァ」
「分かった!気を付けてね朱雀。青龍も気を付けて」
「誰に物を言っている。いいからさっさと行け」
「ありがとう青龍!」
「ありがとうございます!」
大蜘蛛を青龍達に任せ晶彦と颯は捕えられている人たちの救出に向かう。
体中に巻き付けられた糸をガングニールと影光で斬り放していく。
その中で颯は、友人である陽菜とクレアを助け出す事に成功した。
がしかし、二人を始め捕えられて居た人達は皆、蜘蛛に咬まれた痕跡が在り、体の痺れや痛み、発熱、目の充血、等の症状がみられ、中には呼吸が苦しいと言う者も居た。
おそらく、蜘蛛に咬まれた時に毒を流しこまれたのだろう。
晶彦は取り敢えず、助け出した人達の額と胸に護符を張って行く。
晶彦が張った護符には鎮痛作用と熱冷ましの作用に加え免疫力を高める効果が在り、護符を張られた人々は僅かだが顔色が良く為って行く。
「は、颯……」
「颯…ちゃ…来て…くれたの…?」
蜘蛛の毒によって上手く喋れず途切れ途切れに口を開く陽菜とクレア。二人の手を握りながら颯は懸命に励ましていく。
「もう大丈夫や。二人とももう少し頑張ってな」
「ダメ…颯…逃げ…」
「アイツが…来る…」
陽菜とクレアの途切れ途切れの言葉に聞き返そうとする颯だがその直後、突如天井から新手の妖魔が降って湧いて来たのだ。
「な、なんやの…これ………」
「…………もう勘弁してよ」
現れた妖魔の姿に顔を真っ青にして驚愕する颯とは対称的に苦虫を噛み潰したような顔で嫌そうに溜息を吐く晶彦。
二人の前に現れたそのよう魔の姿は、今まで見て来た度の妖魔よりも異彩を放っていた。
先ず、先程の大蜘蛛の倍は在ろうかと言う巨体。柱の様に太く蜘蛛とサソリを掛け合わせた様な奇妙な三対の脚。
腹の部分は蜂の物と思われる模様をしており、その先から長いサソリの尾が伸び二股に分かれた毒針を備えている。
カニの様な大きな鋏を持った右前脚と螳螂の様な鋭い鎌の左前脚。顔は、カブトムシの角とクワガタムシの顎、トンボの様な目に鞭のように長い触角。
見た目通り、文字通りの化け物が鎌とハサミの前足を広げ雄叫びを上げて颯達の前に現れた。
この新たに出現した妖魔に二人が思った事、それは奇跡的に一致していた。
それは―――。
「「気色悪っ!」」
まぁ確かに見た目が気色悪い事この上ないが、日頃妖魔達と何かと接する事の多い晶彦は兎も角、昨日まで妖魔なんかとは縁もゆかりもない一般人であった颯が、「おぞましい」とか、恐怖を感じたり、取乱したり気を失ったりするなら未だしも、まず最初に思う事が「気色悪い」と言うのは随分慣れたものだと感心する。
侮り難し人の適応能力。
「もういい加減うんざりして来たよ」
「流石にもういい加減にして欲しいわぁ」
ボヤキながら振り下ろされた鎌を後ろに跳んで回避する晶彦と大鋏をガングニールが張った障壁で防ぐ颯。
地面に突き刺さった鎌が再び振り上げられ颯の胴を狙い横薙ぎに払われる。
視界の片隅でその動きをとらえていた颯は地面に伏せてやり過ごす。
更に伏せたと同時にガングニールの矛先を混生蟲妖魔に向け光弾を放つ。
「雷術!電々太鼓!!」
晶彦は影光を背中に差し両の手で印を組み雷で太鼓の形をした大砲を作り出す。
――ドドン――
雷が落ちた様な轟音と共に雷の砲撃が混生蟲妖魔に放たれる。
颯と晶彦から計三発の砲撃を浴びた混生蟲妖魔だったが全く効いている気配が無い。
体を震わせ奇声を上げ再び二人に襲いかかる。
「あ、やっぱ雷耐性持ちだ」
「予想できとんのやったら何でするん!?」
「いや、物は試しって言うし?」
「この状況でまだそんな余裕があるん!?」
危機的状況にも拘らず、危機感の無い晶彦に颯は呆れ果てる。
そうこうしている内に、混生蟲妖魔はその巨体を天井に届く程高く跳んだ。
あの巨体を高々と跳ばすことので脚は並の物では無い。
ノミやバッタ等の虫は自分の体の何百倍、何千倍もの距離を助走無しで跳ぶと言うがあの巨体でこのジャンプ力は販促にも程がある。
落下して来る蟲妖魔から晶彦は高速移動術を使い難を逃れる。
颯も背中から二対の漆黒の翼を生やし、高速飛行で退避する。
「ふぅ~死ぬかと思った」
「ホンマ、死ぬ思たで………」
「ってか颯姉ちゃん飛べたの!?」
「うォ!?う、うち飛んどる!?」
「って前!前!」
「うわぁ!!」
高速で動きまわる蟲妖魔に晶彦と颯は障壁を展開しながらひたすら回避行動をとる。
時折反撃をしているが蟲妖魔の甲膚が異常な程に堅く、全く通じない為である。
晶彦はなんとか強力な術をくり出そうとするも強力な呪文を発動させる際、晶彦は未だ、詠唱破棄が出来ない為どうしても隙ができ、途中で妨害されてしまう為、中々反撃の一手を掴む事が出来ないでいる。
朱雀達に足止めを頼みたい所ではあるが、未だ大蜘蛛を相手にしていて援護は期待できない。
と言うよりも、“十二神将が三人がかりで未だ仕留めきれない”程の力を持つ大蜘蛛が一番厄介かもしれない。
もし、大蜘蛛がこちらに乱入してきた場合、晶彦達の敗北は火を見るよりも明らかと為る。
一真達が来てくれても良いのだが一真達が相手にしている妖魔達の数を考えると恐らくあと数分は掛かるだろう。
つまり、あと数分持ちこたえる事が出来るかが晶彦と颯の生と死の境界線とも言えるのである。
しかし、そんな颯達の期待を打ち砕く事態が起こった。
「え、な、何やの!?」
「ま、まさか………!?」
急に動きを止めた蟲妖魔の様子を伺っていた颯と晶彦だったが見る見るうちに顔が青ざめていく。
その理由は、蟲妖魔が脱皮を始めたのだ。
通常昆虫の脱皮には数時間から数十時間かかる。例え早く皮を脱ぐ事が出来ても脱皮したての体はとても柔らかく、堅く為るまで時間が掛かるのだ。
しかし、今対峙している蟲妖魔にそんな常識は当てはまらない。
ほんの1分足らずで脱皮を終えたかと思いきや体全体が鋼の様に硬質化していく。
脱皮して益々見た目がグロテスクになった蟲妖魔。そして変ったのが見た目だけで無い事を颯達はその身をもって知る事に為る。
――ブゥゥゥゥゥゥン――
新たに背中に生えた二対の羽根を用いてその巨体を浮かび上がらせる蟲妖魔を目の当たりにした晶彦と颯は全く同じ事を想った。
「「お前、飛べるんかい!?」」
その巨体が持つ質量を考えると明らかに飛べる筈は無く、寧ろ何故飛べる?的な出鱈目な光景。
しかし、この体の大きさより羽が小さいのに飛べると言う出鱈目を無視できる虫は残念な事に実在するのだ。
その虫の名はクマ蜂と言うミツバチの仲間だ。体長は二センチを超え、ずんぐりした体形、胸部には細く細かい毛が多い。
全身が黒く、翅も黒い中、胸部の毛は黄色いのでよく目立つのが特徴的なミツバチの仲間。
そして、この虫の驚くべき所は、“体の大きさの割には小さめな羽を持つにも拘らず高い飛行能力を持っている事だ。”
つまり、今晶彦達が目の当たりにしている出鱈目の様なこの状況は、然程驚く事でも無いのだ。
だがしかし、そんな事など晶彦達にとっては常識で割り切れるものではないのだ。
幾等なんでも限度と言うものが在る。
数十メートルは在ろう巨体を持つ生物が半透明な薄い翼で飛ぶなどと、ふざけんなこの野郎!と、文句の一つでも言いたい気持である。
まぁそれはさておき、その巨体を宙に踊らせた蟲妖魔は、颯達の前からその姿を消し、晶彦も一瞬遅れて姿が消える。
そしてその直ぐ後に、颯の直ぐ隣をもの凄い勢いで何かが通りすぎる。
「え?」
颯は何が起きたかも理解できずただ茫然と宙に浮いている。
何かが自分の隣を通り過ぎ、壁に激突した。
それを思わず目で追った颯が目にしたものは、壁にその身を沈めて居る晶彦の姿だった。
「な…何…!?」
突然の出来事に状況が全く飲み込めず絶句する颯。
しかし、蟲妖魔はそんな颯に驚く暇すら与えんとでも言う様に颯の頭上から前足についたその大きなハサミを振り下ろす。
振り下ろされたハサミに颯が気付いた時には既に目と鼻の先程の距離で最早回避できる事も防御する余裕さえなかった。
ハサミが自分を直撃する瞬間、颯は本能的に死を覚悟した。
「吹雪け…雪羅!!」
突如響き渡った言の葉。それを颯が認識するのと颯に迫っていた鋏が切断され宙を舞うのは略同時だった。
「な、夏美さん…!?」
死を覚悟した颯が見たのは、蟲妖魔と颯の間に白銀の雪と共に立ち塞がるように現れたのは白の胴衣に朱色の袴、白銀の籠手、胴鎧と腰垂を身に纏った神無月夏美の姿であった。
心配そうに声を掛けて来る夏美に颯は裏返った声で返事を返す。
今まさに死ぬ寸前から解放された事で緊張の糸が僅かに緩んだため声が裏返ったのだろう。
素っ頓狂な声を出してしまった事に颯は恥しそうに僅かに頬を赤く染める。
しかし、蟲妖魔にとってはそんな事など関係ない。自分の腕(鋏)を斬られたことに対し苦痛と怒りが混ざった奇声を上げ、縦横無尽に高速で飛びまわり始める。
颯は必死に目で蟲妖魔を捉えようとするが余りの速さに目が回ってしまう。
そんな颯とは対称的に夏美は刀を鞘に収め、目を瞑り耳をすませ精神を集中し霊力を高めていく。
そんな夏美と颯の背後から蟲妖魔が高速で飛来し未だ斬られて居ない鎌の左前脚を振りかざす。
本能的に背後から接近してきた蟲妖魔に気付いた颯だったが回避と防御に割くだけの時間等、当然無かった。
「氷花一閃!!」
叫びと共に抜刀する夏美。
閃く白銀の一太刀が振り下ろされた蟲妖魔の鎌を物の見事に斬り飛ばす。
だが、颯が驚いた事はそれだけでは無かった。
両前足を切り伏せられた蟲妖魔の体の半分が氷漬けに為っていたのだ。
「す…凄い…」
自分では手も足も出ない蟲妖魔に圧倒的な力を見せつける夏美。
初めて会った時も自分の背後の妖魔を一捻りで倒したその実力は底知れぬ物を感じる颯だった。
◆ ◆ ◆
ところ変わって一真達はと言うと――――。
「腸ぶちまけてくたばりなさい!!この腐れブスがぁ!!」
「臓物ぶちまけて死になさいよ!!このブスビッチがぁ!!」
「「誰がブスだぁ!!!この雌豚ぁ!!」」
案の定というか、予想通りと言うか、お決まりのお約束の様に殺し合いをしていた。
あぁ、やっぱりか…と言う電波が聞こえて来るような気がするが気のせいだと信じたい。
そして当然で当たり前のことだが二人の殺し合いに巻き込まれて二人の近くに居た妖魔達が宙を舞い、壁や床に叩きつけられ、それはそれは無残に命を落としていく。
例えて言うなら、そう…トマトを握りつぶす様な感じで。こう、クチャっと。
まぁそんな光景を少し離れた所から眺めていた一真は大刀、黒月を振い数十匹の妖魔を文字通り薙ぎ払っていた。
「ったく、後から後から湧いてきやがって…これじゃきりがねぇぜ」
「そうね、カズ君の言うとおりだわ。そして貴女はいつまで私の前に存在しているの?貴女みたいな不細工、さっさと消滅して欲しいわ」
「そう言うあんたはいつまで生きてるの?と言うかさっさと死んでくれない?寧ろ早く死んで。って言うか今直ぐ死んで欲しい。と言うか、今この場でぶっ殺してあげるわ不細工ワカメ」
「「誰が、不細工だぁ!!」」
更に激しさを増していく千歳とアッシュの殺し合い。
二人がぶつかり合う度に爆発と衝撃波が起こり、床のコンクリートを砕いて剥がし、近づいて来た妖魔達を吹き飛ばす。
二人は全く妖魔達等眼中に無く、妖魔達に向けて攻撃するつもりもサラサラ無い。
にも拘らず、妖魔達は千歳とアッシュの二人によって虫けらの様に惨たらしく倒されていく。
まぁ本質的には協力なんて全然全くこれっぽっちもおこなって居ないのだがこれはこれで、見事なコンビネーションと言っても過言では無い位だ。
もうかれこれ数えるのも億劫に為る程ぶつかり合った二人。二人の殺し合いの影響で壁や床はボロボロに崩れ、大小様々な罅やらクレーターやらを刻みこんでいた。
「もう、ホッントにしつこいわね雌豚ビッチワカメ!さっさとくたばりなさいよ!!」
「その言葉そっくり御返しするわよ雌豚の小人さん。それともその小さな脳ミソじゃカズ君と自分が吊り合わないって理解できないのかしら?」
「……へぇ、そんなに消されたいんだ。うんわかった。もう何も言わなくて良いよ。惨たらしく、殺してあげる!」
「そっちこそモザイクかけなきゃ放送出来ない肉の塊に変えて差し上げるわ!!」
互いに殺人予告を告げるやいなや、二人の体から膨大な霊力が溢れだす。
水色の輝きを放つ千歳のオーラと朱紫色の輝きを放つアッシュのオーラ。
二人の体から溢れだしたそれは二人の体内を流れる霊力が気の昂りによって体外へと放出されているものだ
これの意味する事は二人が本気になったことを表している。
二人が本気となった事を察知した一真が二人を止めようとするが二人は全く効く耳を持たない
それどころか益々ヒートアップして行くのであった。
「お前等!いい加減にしろよ!」
「止めないで一真。女の子にだって意地があんのよっ!」
「幾等カズ君の頼みでもコレばかりは聞けないわ。さぁ雌豚、その身も心も切り裂かれて塵と為るが良いわ!!」
両者戦闘態勢で睨みあい激しく火花を散らせる。
実力行使で止めに入りたい一真だが、妖魔の数が多く其方まで手を回す余裕は今の一真には無く、横目で見るだけしかでき無い。
「本当に、あんたは気に喰わないわね」
「あら嫌だ。私も全く同じ事を考えてしまったわ。まぁ、私と貴方は、戦う運命なのかもしれないわね」
「そうみたいね。認めたくないけど、戦うしかないと言うなら―――――」
そう言って千歳は首から下げていた水の雫の形をした水色のペンダントを手に取る。
手に取ったペンダントに千歳は霊力を流し込み始めると淡く光りだす。
「沈め!!安綱!!」
目を覆う程の眩い光が発せられ光が収まると千歳の手には一振りの日本刀が収まっていた。
「フン!今さら魔武器を起動させたからってもう遅いわ!私のカぺルニコラスで粉々に吹き飛ばしてあげるわ!!」
「やれるものならやってみなさいよっ!!」
再開された二人の殺し合いと言う喧嘩。
いつもの事ながら、少しは周りの被害と言うものを考慮して喧嘩をして欲しいものだと一真は思わずには居られなかった。
もし、ここに彼の妹の鈴蘭や姉の神無が居たら人の事は言えないとツッコミを入れていたかもしれない。
「粉々に吹っ飛びなさい!!」
アッシュは瓦礫の山を使い高く跳んで千歳の頭上を取り大鉈カぺルニコラスを振り下ろす。
此処で千歳がカぺルニコラスを日本刀の形状をしている安綱で受け止めたのならカぺルニコラスの刀身に衝撃を与えると爆発する能力によってダメージを与えられ、仮に避けたとしても地面を爆発させ隙を作る事が出来ると判断したアッシュ。
しかし、彼女は忘れていた千歳の持つ魔武器安綱は、自分との相性が最悪だと言う事を。
「水術!水柱壁!!」
襲い来るアッシュに対し、安綱を地面に突き刺す千歳。すると地面から大量の水が溢れ出し天井に向かって立ち昇る水柱を幾重にも織りなす。
突如現れた水の柱が行く手を遮り、幾重にも折り重なった水柱は、まるで一枚の壁の様だ。
水の壁に阻まれ攻撃をしくじってしまったアッシュは、空中から落下している為、避ける事も出来ずそのまま水の壁に突っ込んでしまう。
「わっぷ…がぼぼご…ぷはっ!!よくもやってくれやがったわね!ん?消えた?」
「こっちよ!」
「なっ!?くぅ!!」
水を被ったアッシュは一瞬千歳を見失うも千歳の声に咄嗟にカぺルニコラスを横に構える。
それによって千歳が振った安綱の刃とぶつかり金属音が鳴り響き二人は鍔迫り合いの体制と為る。
千歳の持つ魔武器、安綱は水を変幻自在に操る事の出来る妖刀の一種。
故に爆発を引き起こす能力を持つアッシュのカぺルニコラスとは相性がとてもいいと言える。
つばぜり合いに為ってもカぺルニコラスが爆発をしないのは、“濡れると爆発出来ない”と言うカぺルニコラスの特性のせいなのだ。
「これで、あんたのその鬱陶しい魔武器もあんたと同じ只のガラクタも同然よ!!」
「余り頭に乗らないで下さる?お・ち・び・さん!」
そう言いながらアッシュは千歳の安綱を跳ね上げ千歳の腹を蹴って間合いを取ると懐から【爆】と書かれた三枚のカードを取り出し体制の崩れて隙が出来た千歳に向け投げつける。
カードが千歳の周りの地面に刺さるとアッシュは右手で刀印を結び縦一文字に空を切る。
それを合図に次々とカードが爆発し始める。
このカードは呪符を加工したもので簡単な術を一つ組み込む事が出来ると言う便利アイテムで陰陽寮に属している陰陽師の殆んどはこれを使用する事が多いが一枚2000円と高い為、お金に余裕の有る者が多く持つと言う傾向がある。
さて、話がそれてしまったが爆発で千歳の姿が爆煙に隠れてしまっている間に、アッシュはカぺルニコラスの刀身についた水分を術を用いて霧散させる。
「さぁ、さっさと出て来なさい。あれ位じゃ、貴女が死なないと言う事は百も承知なのよ。高い加工呪符を三枚も使わせた事、たっぷりと後悔させてあげるわ!!」
「それは…こっちの台詞よ!!ギネス級不細工!これでも喰らえぇ!」
大量の水がうねりを上げながら爆煙の中から躍り出る。その様は大蛇の様で、蛇行したり渦を巻いたり不規則な動きでアッシュを翻弄する。
だが、先程の二の舞は踏むまいとアッシュは霊力を高め、自身の周りに拳大の炎球を八つ形成する。
そしてそれをカぺルニコラスの矛先に集中させ八尺玉程の爆炎の塊を作り、それを千歳に向けぶっ放した。
「火術!大花火!!!」
放たれた爆炎の塊と蛇行する水柱がぶつかり合い爆発。
爆発によって吹き飛ばされた大量の水が雨の様に降り注ぐ。
だが、そんな事などお構い無しにアッシュと千歳は略同時に間合いを詰め互いの得物を振い激しい攻防を繰り広げていく。
時折術を用いて相手の隙を作り出そうとするも互いの術がぶつかり合い打ち消し合う為、なかなか決着がつかないでいる。
もっとも、互いの術を回避した際に流れ弾が妖魔達を仕留めている事は言わずもがなである。
「あんたに一真のハンコは渡さないわよ!!だから、いい加減くたばりなさいよこの変態ビッチワカメ!」
「貴女にカズ君は相応しくないわ!身の程をわきまえなさいこの雌犬!!一人でマ○コにバナナでも突っ込んでオナ○ーでもしてよがっていれば良いわ!!」
「アッシュ少し黙れぇえええ!!」
罵詈雑言を叫ぶアッシュと千歳に向かって一真はツッコミの雄叫びを上げる。
だが、どんなに一真がツッコミを叫ぼうとアッシュも千歳も聞く耳を持ちはしなかった。
もうこの状況に、ほとほと嫌気がさして気た一真。
それもこれも、全て隆浩のせいだと沸々と怒りが湧きあがって来る。
「あんのぉ!!クソチビ狐がぁああああ!!!!」
『だぁぁれぇぇがぁぁあ!ミジンコサイズ米粒マイクロドチビかぁああああああああ!!!!』
一真が思わず叫んでしまったその瞬間、何処からともなく聞き覚えの声が聞こえて来て突如壁が爆発を起す。
その爆発に、一真だけでなく殺し合いと言う喧嘩をしていた千歳とアッシュ、更には妖魔達までもが動きを止めた。
「な、何なの一体!?」
突然起こった爆発に千歳が驚きの声を上げる。
すると、立ち昇る土煙りの中から複数の人影が現れる。
「何だかんだと」「問われても」「答えたくも無いけれど」「まぁ特別に」「答えてやろう!!」
「いや、長くなりそうだから別にいいよ」
「それよりやっときましたの?狐君」
「おいおい、人が口上述べてんだから」「ちゃんと最後まで聞くのが」「お約束ってもんだろ?」
土煙が晴れると現れたのは“二十人もの隆浩だった”。
「まったく、これだから」「最近の若者は…」「人の話は最後まで」「聞く様にと教わらなかったのかね?」
「狐の話は聞かなくて良いんじゃねぇのか?」
『おや?カズ君、生きてたのか?』
「一世に喋るな気持ち悪い。それよりよォ―――」
言い終わる前に一真は黒月を振り下ろし複数いる隆浩のうち一人に目掛け漆黒の斬撃を放つ。
狙われた隆浩は避ける事も防御をする間もなくあっと言う間に斬撃にのまれ壁に減り込まされてしまう。
「俺のハンコを返せや。返さねぇと…殺す」
『いやいやいや、もう一人殺したよな?!』
「どうせ偽物だろ?」
黒月を肩に担ぎながら然も当然に言ってのける一真。
その一真の態度に隆浩達はやれやれと、肩を竦め嘆息する。
「「よくぞ見破った」」「と、褒めてやろう」「「だが、ハンコは未だ返さん」」「「返して欲しくば」」
『本物を見つけて奪い取ってみろ』
そう告げるや否や、隆浩達は一斉に四方八方へと散って行った。
そして―――――。
『鬼さんこちら~♪』『手の鳴る方へ~♪』
瓦礫や物陰に隠れながら一斉に一真を挑発し始めていく。
この挑発で一真は血管がブチ切れそうなほど額に青筋を浮べていく。
「そうか、そうかそうか………そんなに死にてぇなら――――」
一真の怒りが頂点に達し、体から霊力を溢れだす程霊力が高まって行き、どす黒いオーラを立ち昇らせる。
その影響で、地面に亀裂や罅が生じ、その雰囲気に妖魔達が肩を震わせて脅え、石像のように動かなくなってしまう。
「ぶっ殺してやるよ!!!!」
目にハイライトが灯り殺意と怒りの籠った怒声を発し、一真は逃げ隠れする隆浩達を狩りに動き出す。
今此処に、混沌渦巻くリアル鬼ごっこが幕を開けるのだった。
この作品は村正様、NK様からのキャラの提供でお送りしました。