動き出した混沌
さてさて、何はともあれ何の因果か異形の大群と遭遇し命辛々ながらも事無きを得た龍ヶ峰颯。
そんな彼女は今、突如現れたなのぞの少年少女、安部隆浩とその弟晶彦、そして神無月夏美と共に妖牛車に揺られながら、彼らが所属する魔導組織、陰陽寮に事情聴取の為、連行されてしまう。
まぁ当の颯は、散々異形の大群に襲われ命の危機に瀕したものの何んとか助かった事もあり、安堵から緊張の糸が切れ、今
現在気を失って居るのは言うまでも無い。
陰陽寮の門の前に辿りついた颯を除いた一向が先ず目にしたのは、門の前で仁王立ちする長身の青年だった。
肩まで伸びた群青色の髪を後ろで括り水色の羽衣を左肩から襷掛けに纏い緑の腰垂を佩び、靴も履かず素足と言う風変わりな出で立ちの人物。
だが、その格好もさる事ながら彼の耳が人のそれとは違いおとぎ話に出て来るエルフの様な形をしており、足の指先には鋭い鉤爪、そして何より目を引くのは両肩に煌めく藍色の鱗、それらの要素が彼が“人間
では無い”事を如実に物語っていた。
彼の名は青龍。安倍隆浩が使役している十二神将の一人だ。
「遅かったな」
「すみません、色々あって」
「そうか。まぁいい、無事で何よりだ。…ところで、そっちの小娘は誰だ?」
「その事で、今から陰陽博士の阿部昌和先生に報告してこようと思うんですけど先生は今何処に居るかしら?」
「あいつなら、講義終わって書類整理してる頃だろうよ」
「そう、ありがとう」
妖牛車の牛丼丸から下りて来る夏美達の背後に居た颯に青龍が気付き、夏美とそんな会話をしていると青龍より拳一つ分背の低い女性が何処からともなく姿を現す。
肩まで伸びた漆黒の黒髪に黒い瞳、菖蒲色を基調にした艶やかな色をした袖の無い異国の衣装を身に纏う。
脹脛までしか無い、丈の短い裾から伸びたすらりと長い脚に豊満な胸。腰はキュッと締まっており、文字通りのボンッキュッボーン!なナイスボディな女性の名は勾陳。
彼女も青龍と同じ十二神将の一人だ。
「気を失って居る様だな?どれ、私が運ぼう」
「勾陳さん。ありがとうございます」
「礼には及ばん。こちらこそ、いつも愚鈍な主の面倒を見て貰って居るんだ。これくらいは当然だ」
「おい勾陳。その主が居る前でさらっと愚鈍とか酷い事言うのやめてくれよ。」
「何を言う。私は事実を言ったまでだぞ?なぁ、青龍」
「そうだ。全く、何でこんなバカでチビでろくでなしのチビなダメ人間代表が主かと思うと死にたくなるぜ」
「そこまでかよ!?てか青龍!今貴様チビって二回言っただろう!!」
「「事実だ」」
「晶彦ぉ~……式神が主である筈のおいらを虐める~……」
「ハイハイ」
二人の神将にズバズバと文句を言われ精神的に軽く打ちのめされる隆浩は袖の袂を摘みながら目元を拭う素振りをしおよよよ等と泣き真似をしながら晶彦に助けを求める。
そんな兄を晶彦は全くやる気の無い返事であしらい、めんどくさそうに隆浩の頭を軽く撫でてやる。
どっちが兄何だか分からない画である。
とまぁ一通りコントも済んだ事だし、玄関先で立ち話もなんなので中に入る事になった一同。
だが隆浩は青龍に襟首をむんずと掴まれてしまう。
「お前にはまだ話す事が在るから未だ行くな」
「オイ青龍、貴様は一応、おいらの式神って事になってるんだから、少しは主を労わるとかしないのか?」
「貴様の日頃の行いが悪いからだろう。そう扱って欲しいなら、くだらん悪戯をするな」
「くだらない悪戯では無い。好奇心ゆえの過ちなのだ。だからおいらは悪くない。それは兎も角青龍、実はおいら異形達とバトルになって疲労困憊で疲れているんだ。それに風呂に入りたいし飯も食べたい。それにもう遅い時間だし、話しはまた明日って事にしないか?なぁおい、聞いてます青龍?ねぇちょっと。いやこれ冗談抜きでさぁ―――――」
首根っこを掴まれ引き摺られながらこの後待ち受けるお説教からなんとか逃れようと、言い訳を並べ立てるが全く聞く耳を持って貰えず、無言のままずるずると連行されていく隆浩なのであった。
自分の使役している式神にお説教をくらう陰陽師、何んとも珍しい光景ではあるが、此処陰陽寮では見慣れた光景である。
◆ ◆ ◆
隆浩が式神にお説教をくらって居る丁度その頃、ガングニールを奪う事が出来なかった黒衣の女は廃墟とかしたとある屋敷で怒り狂い暴れていた。
「おのれぇ!おのれぇ!いったい何なのよ!まったく!クソォ!クソッ!クソッ!クッソォオオオオオオオ!!!」
遺跡から発掘されたガングニールを奪う事が彼女に課せられた任務だったのだが、襲撃の際ガングニールを持った魔道師に逃げられてしまい、その人物がこの街に潜伏していると知り、その人物を探す為に異形達を放ったのだがその異形達が何者かの手によって退治されてしまい、次の手を考えて居た処でガングニールを持った魔道師を公園内で発見。
逃がさない様に公園全体を囲むように結界を張ったまでは良かったのだが、何も知らない一般人の娘(颯のこと)が結界内に迷い込んでしまう。
しかも、よりにもよってその娘にガングニールが渡ってしまい異形達がその娘を追って居たら今度は謎の小柄な少年(隆浩の事)が現れ次々に異形達を倒していく。
別に隆浩は彼女の邪魔をしているつもりは全くでは無いのだが彼女にしてみれば邪魔をしている以外の何ものでも無く、そうなれば当然排除しなくてはならない訳で、異形達をさらに増やしてこれの排除に向かわせるのだが、これが中々どうして上手くいかない。
そしてなんやかんやしている内に何処からとも無く飛来した黒い龍のエネルギー破に巻き込まれる形で被害を受け、全身ボロボロに為りながらも此処まで辿りつき今現在、絶賛ストレス発散中なのである。
「ファ、ファティマ~。もうその位にして少しは落ちつくにゃぁ」
荒々しく肩で息を突く黒衣の女に向け声を掛ける者が居た。
その声の主は、生の魚をかじりながら女を宥める。
何を隠そう彼は彼女の使い魔で名をノインと言い、デフォルメされたぬいぐるみの様な猫の姿をしている。
ファティマと呼ばれた女はフードを鬱陶しそうに払い除け、その顔を晒す。
青空の様な澄んだ色の長い髪と瞳。整った顔立ちからして十代後半くらいと言う見た目の彼女、ファティマ・ラ・ヴァーヴァ・ウィリアムは自分に声を掛けた人物に鋭い視線を送る。
「煩いわよビリー!少し黙ってなさい!」
「おいおい、失態の八当たりを自分の使い魔にしてんじゃねぇよ」
「っ!?」
ファティマの背後から突如聞こえた声に振り返って見ると、三人の男と一人の女が佇んでいた。
「ザイン、ギーメル、プロメテ、パンドラ。貴方達が何故ここに?」
「何故だって?そんなの決まっている」
先程の声の主である細身の体を隠す様に漆黒のマントを纏った男の名はプロメテ・マクスウェル。
彼は窓際に置いてあるボロボロの長いソファーに腰を降ろしながら、嘲笑うように言葉を続ける。
「簡単なお使いもまともに出来ねぇどっかのマヌケを笑いに来たんだよ。」
プロメテの言葉に同意するようにクツクツと笑いながら、彼より拳一つ分小柄なガラの悪そうな男、ギーメル・ウェルズは倒れた椅子を起しその椅子の背凭れを前にしてまたがるように座る。
「それならとっとと出てってくれる?私はこれからシャワーを浴びたいのだけど?」
「おやおや、簡単な“お使い”を失敗したって言うのに反省もしないで呑気にシャワーか?随分偉くなったもんだなぁ?」
「もうそれ位にしておけ、話しが進まん」
尚もファティマの心を逆撫でし、掻き毟って嘲笑うプロメテと彼と一緒に笑うギーメルに白くなるまで強く握りこぶしを作って怒りを抑えるファティマ。
そんな彼らの間に割って入ったのはプロメテ達と一緒に現れた190は有ろうかと言う巨漢の男ザイン・ローウェンス。
「お前に新たな任務だ。この研究所に保管されている呪倶を奪い研究施設を破壊して来いとの事だ」
「冗談じゃないわ!この私が、やられたままで引き下がれると思ってるの?!」
「おい!何処に行くつもりだ!?」
「決まってるでしょ!ガングニールを奪いに行くのよ!」
「ま、待つにゃぁ!ファティマァ~」
そう言ってファティマは部屋を後にした。彼女の使い魔であるノインもテクテクと彼女の後を追って出て行く。
その後ろ姿をプロメテとギーメルは相変わらず嘲笑いながら見送りザインはやれやれと肩を眇める。
「ねぇ…さっきの任務……如何するの?」
彼女の足音が聞こえなくなったころ、それまで黙っていた女パンドラ・フォン・クリーデルが漸く口を開いた。
大きなリボンのついた丸い帽子を被り肩まで伸びた薄緑色の髪にプロメテと同じ燈色の瞳。
もう直ぐ二十歳だが未だ幼さが残って入る顔立ちが特徴的な彼女の質問に、ザインは困ったように頭をかく。
「仕方無い誰か手の空いてる奴に――――」
「……私が行く」
「一人で平気か?」
「…一人じゃ、無い。私にはジークが居るから」
「ギッシシ、確かにおめぇには頼もしいトカゲ野郎が一緒だったなぁ」
ギーメルが嫌みがましく笑うとパンドラはギーメルに魔杖アシュタロスの先を向ける。
このアシュタロスと言う魔杖もガングニールと同じく古代遺跡より発掘された超古代兵器である。
そんな物騒な物を今にも発動させようとするパンドラをザインが杖を押さえながら宥めて行く。
「分かった、お前の好きにやれ」
「……こくり」
ザインの言葉に僅かに笑みを浮かべてパンドラはほんの微かに嬉しそうに部屋を後にし目的の場所へ飛び立つのであった。
◆ ◆ ◆
さてさて、ナンヤカンヤ在りましたが、時刻は朝の9時を過ぎた頃、龍ヶ峰颯は意識を取り戻していた。
「此処は……知らない、天井?」
未だぼんやりとする意識で自分の周りを確認して行く颯。
檜で作られた天井と自分が寝ているベットが違う事、そして薬品独特の匂いから此処が自分の家では無い事を認識し、では何故自分が此処に居るのか記憶の糸を手繰って行く。
「確か………学校から帰る途中に公園で……化け物に襲われて……」
颯がぼんやりと記憶の糸を手繰る。がしかし、余りにも日頃颯が読んでいる漫画や小説みたいな出来事に夢なのだと思った颯。
しかし、彼女の首からぶら下がっている十字架のペンダントがあの出来事を夢では無く現実であると言う証しであった。
颯がその事を認識した時、不意に自分以外の声がするのに気付いた。
颯がそちらに目をやると栗色の肩ほどまで伸びた長髪を左右で結い、ピンク色の和服に赤い袴、紫の帯と言う出で立ちの少女が携帯を手に何処かに連絡をしている所だった。
整った顔と琥珀色の瞳がとても印象的なその少女を颯は憶測で二十歳位だと推測する。
まぁもっとも、今電話を掛けている神無月夏美は颯と同じ16歳なのだが、その事を知るのは少し先の話である。
「はい、目は覚めてるみたいですがまだハッキリと意識は……はい…はい、それではお待ちしてます。気が付いた様ね?何処か気分が悪かったり何所か痛かったりするかしら?」
「あ、えっと…特には…あ、あんた昨夜の……ん?昨夜の?」
彼女に質問されて返答を返したところで、颯は目の前に居る少女が昨晩、異形達に襲われている時に、出会った少女だと思いだし、いつの間にか夜が明けて朝になっていると言う事にも気がつく。
颯の少し混乱した様子に夏美は柔らかい笑みを浮かべながらコップに水を注ぎ颯に差しだす。
「まぁ、それが普通よね。大丈夫、貴女が今抱いてる疑問にはちゃんと答えてあげるから」
夏美がそう言うと部屋の入口の扉からコンコンとノック音が聞こえて来る。
どうぞと中に招き入れると髭を拵えた梅の木に小鳥が描かれた派手な着物を着たおっさんと昨夜夏美と一緒にいた少年安倍晶彦が入ってきた。
「目が覚めたようだね?如何だい調子は?」
「えっと、お陰様で何とも…」
「そいつは良かった。一先ず安心したよ。うちの甥っ子達が拾ってきたのが君みたいな可愛い子だなんて驚いたけどね、ハハハハハ!」
「えっとあの…」
「あぁ、大丈夫。君が言いたい事も君が聞きたい事もこれからちゃ~んと説明するから。取り敢えず先ずは自己紹介だ。私の名前は阿部昌和この子の叔父だ。宜しくね。」
「龍ヶ峰颯です」
「颯、良い名前だね。で、この子が昨日聞いたかもしれないがうちの甥の晶彦っていうんだ。で、そっちのお譲ちゃんの看病をしてくれてたのが夏美ちゃんだ。」
昌和から順に自己紹介をして軽く握手を交わしていく。
「さて、挨拶も自己紹介も済んだことだし本題に入ろう。まず、君が目が覚めてから気になってるだろうこの部屋は陰陽寮というあぁ言う化け物を退治したりする魔道組織の医務室。何故君がこんな処に居るのか…それは昨晩君が化け物と遭遇し子の子達に助けてもらったところで気を失ってしまい取り敢えず此処に運んで来たって訳だ。君が遭遇した化け物による負傷なんかは普通の病院では治せない事もあるしね。あぁ、心配しなくてもお金は取らないよ。幸い何処も怪我をしてる様子はないみたいだしね?」
「陰陽寮って言えばよく雑誌に載ってますよね?…えっと、という事は、皆さん魔道士、なんですか?」
「魔道士とはまた違うかな?おじさん達は陰陽師っていうものだからね」
「魔道士は魔法、つまり術を使う時に魔力っていうエネルギーを使うのは分かるわよね?」
「まぁそれくらいは…」
「私たち陰陽師はその術に使うエネルギーに魔力ではなく霊力を使うの」
「まあ分かりやすく言うと、石炭を燃やして走る車とガソリンを燃やして走る車という違いだね」
「はぁ、何となく分かりましたけど…その陰陽師さん達がなんで態々…」
「君は昨日化け物達に襲われてる時に拾った物なんだが――――」
「これの事ですよね?ガングニールって言うみたいですけど……」
颯は首に掛けて有ったペンダントを掌に乗せて三人に見せる。
「そのガングニールは聖遺物って言って、現代のあらゆる技術では精製不可能と言われている道具の事。その用途は様々で、中には世界そのものを破壊するなんて代物が有ると言われているんだ」
「そ、そんな凄い物なんですか?!」
「大丈夫だよ。道具は所詮道具。使い方を間違えなければ危険な事は無い筈だから。ハッハッハ!」
「それで、あの化けもんはいったい何なんですか?」
「ん~夏美ちゃん達の報告を聞く限り、恐らくガングニールを狙った何者かが放った使役魔物だと思うんだよねぇ。あの近くには異形を封印した祠とか無かった筈だしね」
「それはつまり、と言うかもしかして」
「察しが良いね。そう、そのガングニールはその手の輩からすれば喉から手が出る程の代物。実際に使った君なら分かるよね?」
颯の言おうとしている事を察した昌和はその予想を肯定する。
そう、颯が拾ったガングニールは古代遺跡から発掘された兵器。
つまり、戦争を生業としている者やテロリスト、その他武装勢力からしてみれば昌和の言う通り、喉から手が出るほど欲する代物なのだ。
「まぁ、それは君を選んだようだがね。それをどう使うか君の好きにすると良いよ」
「は、はぁ……」
昌和の言葉に颯は困惑気味に頷く。
それもその筈、颯は曲がりなりにも極々平凡な15歳の女子高生。
そんな彼女に大変貴重で大変物騒な代物を好きにして良いと言われれば誰だって戸惑うだろう。
一個人にそんな貴重で物騒な代物を持たせて措くのは普通では考えられない話しである。
そんな風に颯が困惑していると、赤いランプが灯り警報音が鳴り響く。
「な、なんや一体!」
「!?」
「およ?」
「何事だい?」
『D地区の繁華街に妖魔が多数出現!戦闘員の陰陽師は直ちに出撃せよ!繰り返す繁華街に妖魔が多数出現!―――――』
颯を含めた全員が突然の警報に驚いていると状況を知らせるアナウンスが流れて来る。
それを聞いた颯は血の気が一気に引いて全身の肌に鳥肌が立ち、背筋を氷塊が滑り落ちた様な寒気を感じ、ベッドから飛び降りて部屋を飛び出そうとする。
ドアを開け飛びだそうとした颯の前に安倍隆浩が立ち塞がった。
「何処へ行くつもりだ?」
「そこをどいて!陽菜ちゃんとクレアちゃんと繁華街に行く約束しててん、二人が昨日の化けもんに襲われてるかもしれへん!うちがガングニールを使って助けるんや」
「そいつはお前の友達か?助けに行くのは結構だが、昨日みたいな化け物か、それ以上の奴が出て来てるかも知れないぞ?」
「そんなん知らん!うちは友達を助けに行くんや!せやからそこを退いて!」
「死ぬかも知れないぞ?」
「助けられる事が出来るのに友達見捨てる事なんかできへん!」
隆浩の眼を真っ直ぐ睨みながら颯は力強く口にする。
隆浩はそんな颯の眼を真っ直ぐに受け止め二呼吸分の間の後、口端を釣り上げ晶彦へ向き直る。
「晶彦、こいつを連れて、D地区繁華街の救助に向かえ」
「兄ちゃん!?」
「ちょっと隆浩君!!」
隆浩の予想だにしなかった言葉に晶彦と夏美は驚きの声を上げる。
そんな二人を知ってか知らずか、隆浩は晶彦と颯にさっさと行くように促す。
隆浩に促され颯は喜び、部屋を出る時に隆浩に感謝の言葉を述べて走り去って行く。
晶彦も渋々ながらも部屋を飛び出した颯の後を追って出て行く。
「どう言うつもりなの?彼女は一般人よ」
「バーカ、自分の事を第一に考え自分以外は簡単に見捨てるのがおいらの知ってる普通の一般人。けれどアイツは昨日妖魔共に散々追っかけまわされて死にそうになったのに、“友達を助けるため”と言って躊躇わずアイツは危険に身を投じようとしている。そんな奴が一般人だと? 笑わせんな。アイツはおいら達と同じ“こちら側”の人間だ」
「でも、彼女は何の経験も無いのよ?それにもし昨日のと同じなら彼女が行ったら真っ先に狙われちゃうじゃない!」
「だから晶彦を一緒に行かせたんだ。それに六合、青龍、朱雀の三人も向かわせてある。余程の事が無い限りアイツが死ぬ事も、アイツの持ってる聖遺物が奪われる事は無い。」
「貴方最初から彼女を囮に…」
「人聞きの悪い事を言うな。おいらはアイツの意志を尊重してやったにすぎん。と言う訳ですので伯父上、安倍隆浩及び神無月夏美両名はこれより救助及び妖魔殲滅に向かいます!」
「う~ん、気ぃつけて行ってらっしゃい。準備が出来たら増援送るからさ、それまで無茶しない様にな」
「増援が来る前に終わらせておきますよ」
隆浩はそう言って右手で刀印を結ぶと真一文字に横へ払う。
すると瞬く間に隆浩と夏美を風が包み込み、独りでに開いた窓から飛び立って行くのであった。
◆ ◆ ◆
颯が晶彦と共に陰陽寮を後にした頃、D地区繁華街にそびえ立つビルの一角で颯の友人である陽菜とクレアは息を潜めて物陰に隠れていた。
「クレアちゃん、電話繋がった?」
「ダメね、警備隊にも連絡がつかないわ」
「颯ちゃん、大丈夫かなぁ……」
待ち合わせ場所で颯を待っていたが突如空に分厚い雲が立ち込めて来たかと思った次の瞬間、空からゲームに出て来るような化け物達が降って湧き、人々を襲い始めたのだ。
突然の出来事にその場に居た人々はパニックに陥り、逃げ惑う。
陽菜とクレアは異形の化け物達から逃げ延びて隠れているのだ。
未だ鳴り止まない阿鼻叫喚に耳を塞ぎ出来る限り息を殺している二人だったが待ち合わせ場所に来ていない颯の事が気掛かりで心配と恐怖で鼓動が煩いくらいに早鐘を打っていた。
「まったく…いったい何が如何なってんのよぉ!」
「これから私達、如何なっちゃうのかな…」
「だ、大丈夫よ!助けが来てくれるわよ!」
「う、うん!そうだよね。うん、きっと大丈夫、大丈夫……」
互いに励まし合う陽菜とクレア。互いに励まし、そして自分自身にそう言い聞かせて恐怖と不安に押し潰されそうになる気持ちを何んとか繋ぎ止めているのだ。
「「!?」」
だが現実とは無情にも希望を打ち砕いていく。
異形の一体が彼女達の潜んでいる所へ近づいて来たのだ。
二人は気付かれない様に息を殺して異形が通り過ぎるのを待つ。
ドシン、ドシンと言う足音が遠ざかって行き聞こえなくなったところで二人は揃って安堵の息を吐く。
「こ、此処もヤバそうね…」
「べ、別の場所に移動しよっか…」
「そそそ、そうね。その方が良いかも…」
同じ場所に隠れていてはいずれ見つかってしまう、そう判断した二人は充分に当りを警戒しながら上階へ行く階段へと向かう。
果たしてその判断が吉と出るか凶と出るか、この時誰も知る由も無かった。