俺が女を愛す時、それは
「おはようございまーすっ!!」
高校を卒業してすぐGSでバイトを始めた俺は、元気だけが取り柄だと言われる。
彼女と出会うまでは…。そう…彼女と出会うまでは…。
その日の朝店長に
「今日から新人のバイト入るから、崇(俺の名前)、おまえ面倒みてやれ!」
と言われた。
どんな人がくるのか、ドキドキしながら待っていると、ピカピカの作業服を着て現れたのは、ロングヘアーの女の子だった。
「よろしくお願いしまぁ〜す♪」
こいつイタイ子かな?
そのしゃべり方は天然を匂わせ、少しひいてしまった。
まずは挨拶!
「はじめまして、杉山崇です。よろしく」
すると
「はじめましてぇ、金井瞳でぇ〜す。よろしくです。えっと…たかし♪」
完璧になめられてる…はぁ〜、俺はこの先こんな子と仕事しなきゃならんのか。
「あ・あぁ・それじゃまずは、挨拶と接客。俺がやってみせるから、後ろに付いてきてしっかり見ててね。」
しばらくして車が入ってきた。
「いらっしゃいませー!オーライ、オーライ、ハイ、オッケーです。」
運転席横まで走ると彼女も付いてくる。
「いらっしゃいませ、こんにちは。現金ですか、カードですか?」
「あー、カードで。はいよ」
「レギュラーですか?ハイオクですか?」
「レギュラー満タンで。」
「はい、ありがとうございます。レギュラー満タンはいりまーす。」
給油も終えて車が出ていき、
「どう?こんな感じだけど簡単でしょ?」
「はい!大丈夫そうでぇす。あと…笑顔がかわいいね!たかし。」
この女、男をかわいいなんて言いやがって…。
「ははは。金井さんも笑顔で接客を心がけてね。」
「金井さんじゃなくてぇ〜。ひとみって呼んで」
「…ひとみさん。」
「まぁいいです、私がこの仕事馴れるまでには、呼び捨てで呼んでね」
完全に彼女のペースのまま今日の仕事は終了。
帰宅しようと片付けていると、先輩が
「一杯飲みに行こう」
と言う。断る理由もなく
「行きましょう」
と言った。
いつもの居酒屋で肩を並べて飲んでいると。
「どうだ、あの子は?」
「最悪ですよ…」
コップを強めに置いてみせた。
「そうか?仲良さそうに見えて羨ましかったぞ。」
「先輩!!冗談やめて下さいよ。」
何故かわからないけど、少しだけうれしかった。「まぁいいや、しばらくがんばってみて。よし今日は俺のおごりや、近所にバーができたらしいから、行ってみないか?」
「ゴチになりまーす」
バーのドアを開けると、スローなテンポの音楽が聞こえてきて、薄暗い空間を進み、カウンターに腰かけた。
クールなマスターがこっちを見ながら。
「いらっしゃいませ」
ほぉー、よくドラマで見る光景だ、かっこいいなぁ。
じゃぁ
「ウイスキーを」
注文をすると同時ぐらいに後ろのテーブルから、泣いてる女の声が響いてきた。
「なんでなの?信じられない。ばかっ。もういい」
なんだ、なんだとそっと目を向ける。えっ!?
「あっ、先輩。あいつ、今日来たバイトの子ですよ。」
「本当だ。かわいそうにフラれたか…」
一瞬彼女の目がこちらを向くと、目が合った。
はずかしかったのかどうかわからないが、彼女は走り去っていった。
昼間はただの子供のように見えたのに、普段は大人っぽいんだなと驚いた。
―次の日―
「おはようございまぁーす。」
相変わらず元気の良い挨拶が、寝起きの俺を刺激する。
「おはよう。大丈夫?」
「何がですかぁ?」
「何がって、昨夜バーで泣いてたじゃん」
「やっぱバレたか…でももう大丈夫です、彼とは別れますから。」
「そか、まっがんばって。早速今日から一人で行動してみようか?ちゃんと覚えてるかな?」
「はいっ。まっかせて下さい。」
いつも元気な彼女を見ていると、気持よく仕事できる。
今日の彼女を見ていると、体がグワァ〜ッと熱くなる。
…好きなんだろうか?この気持は好きって事なんだろうか?
今夜飲みに誘って話しだけでもしてみようかな。「ひとみさん、今夜暇かな〜?」
「特に用事は無いけどぉ…もしかしてデートの誘い?いいよ♪」
「飲みに行こう」
こうして二人で初めてのデートをすることになった。
「おまたせぇ〜。おお〜、たかしの私服姿かっこいい」
「あ、ありがとう。ひとみもかわいいよ」
あっ!やばい、呼び捨てで呼んでしまった。
「ははは。恋人みたいだねぇ、私達。」
「そうだな。ひとみは好きな人いるのか?」
今まで明るかったひとみの顔から笑顔が消えた。
「好きな人…かぁ。わかんないや。実は彼が海外へ出張になって、私は親の面倒もみなければならないし、一緒に付いていけないって言ったら、別れようって!」
「それで昨夜?」
「うん。でもおかしくない?外国だって地球の上なんだよ。いつも同じ太陽を見る事ができるし…私より仕事を選ぶなんて…。たかしだったらどうする?やっぱ仕事選ぶの?」
げぇ〜、この手の質問苦手なんだよな〜。
「どうかな〜。好きな人と一緒にいたいけど、夢があったり、やめたくない仕事も男ならあると思うし…」
男の夢は、女より強い時があるし、それは、仕事でもそうなのである。
「ばか。たかしのアホ。女の子の気持ち、何もわかってない」
「あっ、ちょっ」
走り去るひとみ。
俺は何てバカなんだ。何故、仕事よりも彼女と普通に言えないのだ…次の日、ひとみは体調不良を理由に休みだった。
その日から俺の胃は爪楊枝でつつかれてる気分で、やる気も何もなかった。「どうした?元気だけが取り柄じゃなかったのか?」
と先輩。
「あ〜はい。」
としゃべる気力すらない俺。
明日彼女が来たらもう一度話そう、そして、機会があれば想いを伝えてみよう。
だが、次の日も、その次の日も彼女は来なかった。
もうだめだ、我慢できない。
「先輩。体調悪いので早退します。」
「えっ!?あっ、おぉ〜?何を言って、ちょ待てよ!」
仕事なんてどうでもいい。今はひとみに会いたい。
店長の机からひとみの履歴書を拝借し、住所をメモる。
今ひとみに会うのはいいが、まだ彼の事が好きなのかもしれない。
色々な不安が頭をよぎる。
気がつけば履歴書に可愛らしい文字で書かれた住所の家の前。
どうしようという気持ちと早くしゃべりたい気持ちが交差する。
えぇーい。ピンポーン!
「はぁーい♪」
思いきり開くドア。ガチャ!!
「あっ。ごめん」
「たかし…」
「今いいかな?」
「仕事はどうしたの?」
「ひとみこそ仕事はどうしたんだ?俺は、仕事より彼女だから!」
「はは♪何言ってんだか。」
彼女に笑みが。
彼女が照れて少し顔を横に向けた瞬間、俺は彼女を引き寄せ、抱き締めた。
「何!どうしたの?」
「一つ聞いていいか?」
「う、うん」
「今好きな人いる?」
「…わかんないよ。彼が外国に」
彼女がまた彼の話しを持ち出そうとした頃
「俺の事…好きになれ」
「…」
「彼の事はしゃべらなくていい、もうずっとしゃべらなくていい。俺だけを好きになれ。」
沈黙が続く。頬を赤らめたひとみが言う。
「たかし、仕事と私どっちとる?」
「ひとみに決まってるじゃないか。今日だって仕事抜け出してきたんだから。」
「あはは。じゃ、たかしを好きになる。」
体のそこからフワァ〜と何かがこみあげてきた。
今まで生きてきた中で、これほどうれしかった事はないぐらい、うれしかった。
男が夢を捨てる時。それは、女を愛する事を夢に変えた時。
人生はカメレオンじゃないから、夢も恋も待つだけでは掴めない。
男が女を愛す時。それは…。