艦長と副官
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「……やれやれ、かなり面倒な拾い物をしてしまいましたね?ムッツリ艦長?」
「そうだな、セクハラ親父。どうする?」
「……取り合えず、服を着させればいいんじゃないんですか?」
ルミエールは困ったように笑いながら言う。
ゼルダも大きくため息をつく。
「…まずは、現実だと認識をさせるべきだろうな」
いつの間にか来たのか、レイス博士が進言する。
「…おや、やはり彼女は研究対象ですか?」
「中々、面白い。知らないとは言えアリアクロスの最高位の軍人をボロカスに言えるのだからな」
「……そっちですか」
「それに地球にグレイドが存在したとは知らなかった。しかも、かなり高度な技術と言える、開発者に興味がある」
「…あのお嬢さんには?」
「……ふむ、何故にグレイドに乗っていたのかは気になるな。そして、夢だと思い込むまでの判断の速さが素晴らしい。現実を突きつけたときの反応が楽しみだ」
レイス博士は腕組みをしながら言う。
「………鬼畜博士とか呼ばれそうですね」
ルミエールは苦笑する。
「鬼畜眼鏡だと思います」
オペレーターが訂正するように冷たい視線でレイスを見ながら発言する。
「……誉め言葉だと受け取っておこう」
肩を竦めてレイスはブリッジを後にし、格納庫に向かう。
彼は端から見てもわかるほど楽しげだった。
「……いいんですか?あの女の子レイス博士なんかに預けたら発狂しちゃいますよ?」
鬼畜眼鏡と発言したオペレーターのアイは上司の二人を見る。
彼女はレイス博士に発狂させられかけた被害者でもあった。
「…大丈夫だ。レイス博士は研究対象を壊したことはない」
「そうそう。ああ見えて、外面はかなりいいですから爽やかに接するんじゃないですか?」
「……艦長と副官も鬼畜をつけられますよ。あの男は本当に最悪です。私はあの女の子が心配でたまりません」
アイは非難がましい目で二人を見ると、ため息をつきながら、シオンと名乗った少女の服を用意するためにブリッジを出ていく。
「……さて、じゃあ、鬼畜な我々も眠り姫の観察にでも行きましょうか?」
ルミエールに促され、ゼルダもため息をつき席を立つ。
どうも気が重い。
どのようにあの変わった少女と接すればいいのか皆目見当がつかなかった。
眠っているときは、本当に可愛らしい少女だと思ったのだが喋ったら随分と印象が変わった。
普通に会話が出来るのかも疑問である。
それに謎のグレイドに乗っていたのだ。
地球人だと言うが、とうに地球は滅びている。
敵ではないと本能は告げているのだが、立場上厳しい対応が求められるだろう。
それに、詳細を本星であるアリアクロスに送らなければならない。
頭が痛くなるばかりだ。
副官のルミエールにも気付かれないように、小さくゼルダはため息をつくのだった。
パイロットの時は、ただ敵を殲滅すれば良かったのだが艦長となればそうはいかない。
自分の至らない点は副官であるルミエールがカバーしてくれるが、重要な決断は己が決めなければならない。
「……ゼルダ、大丈夫ですよ。貴方の勘は当たる。彼女は敵ではないのでしょう?」
前を行くルミエールは振り返らずに親友でもあるゼルダに言う。
「……ああ。だが、彼女は政治や戦いに嫌でも巻き込まれるだろうな」
「……かつての私たちのようにですか?」
立ち止まるとルミエールは親友を振り返り顔を見る。
「……俺は、お前を巻き込んでしまったことを後悔している」
その言葉にルミエールは表情を変え、ゼルダの襟首を掴んで壁に押し付ける。
「……ふざけんな。後悔しているだと?俺はあの時のお前の判断が間違っていたとは思っていない。だから、ここにいる。何度言わせるんだ?次、そんなことを言えば二度と娘と会わさんぞ?」
普段の温厚な面影はなく、本気でルミエールは怒っていた。
「……悪かった。娘に会えなくなるのは困る」
ゼルダは苦笑し、肩を竦める。
何度この事でルミエールを怒らせたことだろう。
「……私は後悔はしていない。だから、二度と口にしないでください」
ルミエールの囁くような言葉に、ゼルダは頷く。
「……ところで、いつまでこの状態なんだ?」
いつもならすぐに離れるルミエールがいつまでも離さないので、ゼルダは言葉に出す。
「……いいじゃないですか。私とあなたの仲でしょ?」
怒りを鎮め、イタズラっぽく笑うルミエールにゼルダは顔を引きつらせた。
目の端に、服を持ったアイが見える。
悪いと思っているのか視線がこちらに向くことはないが、チラチラと様子を窺っている。
これでは、まるでルミエールに迫られているようだ。
ルミエールは何度も同じことを言わせるゼルダに罰を与えるため、アイがいることを知っていて離れなかったのだと気付いた。
オペレーター達の間では艦長の離婚の理由は男に走ったためだと噂されている。
無論、そんな事実はないが今回のこれで更にその噂が加速するであろうことは間違いない。
「……本当に娘に会えなくなったら、呪うぞ」
ゼルダは恨めしげな顔をし、本気で言っていた。
「……じゃあ、責任を持って貴方を幸せにしてあげますよ。でも、男同士の恋愛なんてしたことないからわかりませんけどね」
「……やめてくれ。どうせなら、女に迫られた方がいい」
ゼルダは疲れたように言い、ルミエールの手を払い除けると格納庫に歩を進める。
「……さっきの話ですけど、貴方は何でも一人で背負いすぎです。私は本当に後悔なんてしていませんよ。むしろ、貴方を誇りに思っている。あの女の子も我々が護ってあげればいいと思いますよ」
後ろからの親友の言葉にゼルダは小さく笑う。
「……そうだな。鬼畜なムッツリ艦長とセクハラ親父の言うことをちゃんと聞ける娘ならいいがな」
「……私だったら、そんな人たちの言うことは聞きたくないです」
「……俺もだ」
答え、ゼルダは笑う。
少しだが、気は楽になった。
昔から変わらない親友とのやり取りであった。
未確認グレイドと謎の少女の保護が吉と出るか凶と出るかは今はわからないが、アリアクロス星に生きる者にとって最善の選択をせねばならないことだけは確かだ。
格納庫に向かうゼルダの表情は引き締まり、最高位と呼ばれる軍人のそれだった。