通路にて2
「「・・・」」
ゼルダとルミエールはシオンの言葉を受け無言でお互いの顔を見遣る。
シオンの言葉は自分達にとって都合が良い。本来ならばそれを受け入れるべきなのだろう。だが、二人の考えは同じようで同時に深いため息が洩れた。
「シオン、君は簡単に決め過ぎだ」
ゼルダは眉間を押さえ首を振る。
「こういうのはちゃっちゃっと決めた方が良いのよ。どうせ、あんた達につくか政治家につくか位しかアタシの選択肢はないんでしょ?」
シオンの言葉に二人は、うっと息を飲みこむ。
確かにシオンの言う通りだが、こんなにあっさりと決める事ではない。
「何故そんなに簡単に決めてしまうのです。政治家の方が待遇が良くて過ごしやすいかも知れないのですよ?」
ルミエールは考えるように言う。
「直感よ。政治家につくよりアンタ達についた方がたのし・・有意義に過ごせそうだから?」
シオンの言葉にルミエールは思わず半眼になる。
シオンは事の重大さが解っていないのではないか。現に今、シオンは楽しそうと言いかけた。
「ルウちゃん、そんなおっかない顔をするのやめてくれない?」
「我々は命を懸けて戦っている。遊びではないのだ」
ゼルダもシオンを咎めるように言う。
「気分を害したのなら悪かったわ」
シオンはばつが悪そうに謝る。
「我々につくのならば、君にも戦ってもらわなければならなくなるかもしれません。君は銃にも怯えるほど平和な生活を送っていたのでしょう?よく考えてから決めなさい」
ルミエールはシオンを真っ直ぐに見つめて真剣に言う。
先程銃を取り出した時にシオンは明らかに怯えていた。そんな少女が戦えるのか。答えは解りきっている、無理だと。
無理やり戦わそうなどとは思っていないが、後でこんなはずではなかったとシオンを苦しめる結果を望んでいるわけではない。
力を貸せと言いながらよく考えろなどとは、全くもって矛盾している。
それは理解しているが軽い気持ちでは決めて欲しくない。常に死と直面している軍人たちは命をいつ落とすか分からない。だからこそ死の覚悟を決めている。
だが、平和な治世で暮らしていたであろう少女に死の覚悟を決めろとは言えなかった。
シオンはただ偶然に自分達に拾われただけなのだから。
シオンならば政治家の思うまま操られることはないだろうと予測ができる。だからこそ後悔のないように真剣に考えて欲しい。
「一体アタシをどうしたいわけ?力を貸せと言ったから了承したのによく考えろっておかしくない?」
シオンはため息混じりに言う。
「確かに君とグレイドの存在は我々にとって必要だ。だが、君の方は我々と政治家どちらを選んでも扱いは変わらないだろう。自分の得になる方を選びなさい」
ゼルダもため息混じりにそれだけを答える。
自分達がおかしなことを言ってるのは百も承知だ。
「アンタ達は損するタイプだわね」
シオンは呆れたように言う。
「アタシがアンタ達を選ぶって言ってるんだから、どんな結果になろうとそれを利用しなさいよ」
「君のこれからの事なのです。もっと真剣に考えなさい」
ルミエールは言い聞かすように言う。
「…死ぬかもしれないから?」
シオンは首を傾げて言う。そんなシオンに二人は息を呑む。
敢えて言わなかったこと、いや言えなかったことだ。
「地球はマクシミリアンのせいで無くなったんでしょ?アンタ達がマクシミリアンと戦ってるってことは、もしかしたらアリアクロスも無くなるわけよね?アンタ達が死んだら結局は滅びるわ。なら、アタシは少しでも生き延びるためにアンタ達にアタシの乗ってたグレイドとやらを預けてアンタ達に賭けるわ」
「…死ぬとは限らないよ?本当に危なくなったら政治家たちは他の惑星に亡命するだろうし」
シオンの言葉にルミエールは考えるように言う。
「マクシミリアンが人類の敵ならどこに逃げても一緒じゃない」
シオンは苦笑する。
「か弱いアタシが戦えるとは思えないけど出来ることはしようと思うの。どこを選ぶとか以前の問題なのよ。アタシはいつ死ぬかに怯えるんじゃなくて、生きるために足掻きたいの。生き残れる可能性がアタシの乗っていたグレイドにあるなら、有効に使えるアンタ達に託したい。何もしないで死んでいくなんて真っ平ごめんよ。精一杯生きること。それが、アタシを生かしてくれたお兄ちゃんへの恩返しなのよ」
シオンの言葉に二人は瞠目する。
シオンは適当に答えただけではなく彼女なりに色々と真剣に考えていたらしい。そのことに安堵すると同時に何も考えていないように言った事とこちら側についたときの死の可能性について何も言わなかったことを申し訳なく感じた。
「…君の意思は解った。だが、エターナルの首長には会って貰う。その時に君の意思が変わらなければ仲間として歓迎しよう」
ゼルダは考えるように答える。
「つーかベルツのおっちゃんを騙すような政治家にアタシみたいな会話が苦手な純真な美少女をまだ会わそうしてるわけ?アタシ、政治家の愛人にされちゃうの?」
シオンの言葉にゼルダは目を見開きルミエールはポカンとする。
理解できない。
どうして愛人などという言葉が出てきたのだろうか。それに今、気変わりしなければ迎え入れると答えたはずだ。
「会話が苦手な純真な美少女はどこにいるのでしょうね?」
ルミエールはわざとらしく周りをキョロキョロと見渡し探すような素振りを見せる。
「ヒドッ、ルウちゃん酷いわ。今、美少女を抱っこしているでしょ?」
シオンは抗議するようにルミエールを見る。
「確かに君は喋らなければ可愛らしいとは思いますが、アリアクロスで君を愛人にしたいと思う政治家は殆どいないと思いますよ?」
「ルウちゃん、女は化けるのよ?この貧乳だって進化したブラジャーにかかればそれなりに立派になるんだからね」
「君の愛人の基準は胸ですか・・」
ルミエールは顔をひきつらせる。
「アタシ、巨乳に顔を埋めたい願望があるんだけど、あの天然お姉さんは埋めさせてくれるかしら?見たところFカップはあったわよね」
「何を言っているんです!君は!」
シオンの言葉にルミエールはみるみる内に真っ赤になる。
「……ルウちゃん、本当に想像力が豊かね」
シオンは若干ひき気味に言う。
「君がおかしいんです!」
ルミエールは真っ赤になったまま反論する。
「何でそんな話に変わっているんだ」
ゼルダは疲れたように言う。
かなり真面目な話をしていたはずなのだが、いつの間にか話の内容がおかしな方向に変わっている。
おまけに優秀なはずの自分の副官までシオンのペースにハマり普段他人には見せないような顔をしている。
ここまで表情を変えるルミエールは久し振りに見た気がする。彼が誰かをからかうことはあっても彼がからかわれることは滅多になかった。それも原因だろう。
「政治家って言ったら愛人。愛人と言ったら胸、胸といったら巨乳!そしたら、こんな話になるのよ」
シオンの答えにゼルダは深いため息をつく。
シオンは次から次へとよく喋る。
「ふふ、まあでも、追い出されないなら良かったわ。アスカとも友達になったし、おっちゃんのレシピも習いたいし、お姉さん達の胸に顔を埋めまくりたいし」
シオンは楽しそうに笑う。
「最後がおかしいでしょ。何で増えてるんだ」
ルミエールは疲れたように言う。
疲れる会話が今まで無かったわけではない。だが、シオンとの会話は色々疲れる。ある意味シオンは本当に会話が苦手なのかも知れない。
「一つ聞くが、何故政治家の話で愛人などいう発想ができるのだ?」
ゼルダはからかわれていることに気付いていなさそうなルミエールに同情しつつ頭を掻きながら聞く。
「アタシ、黙っていると物凄くモテるの。バイト先がちょっと高級なメイドカフェだったんだけど政治家がこっそり来店してたのよ。あいつら、愛人にしてやるとかかなりしつこかったのよね」
シオンは嫌そうな顔をする。
「メイドカフェ?」
「メイドや執事の格好をして食べ物とか飲み物を提供する店よ」
「侍女や執事が給仕をするのは当たり前だろう?君は侍女をしていたのか?」
「うん、通じてないわね。要するに庶民が上流階級の気分を味わえる飲食店なのよ。因みにアタシの設定は新人メイド。わざと怒られたり失敗したり無駄に細かい寸劇をお客に提供してたわよ。客も従業員もノリノリで貴族ごっこを楽しんでいたわ」
「侍女がわざと失敗などしたら間者の疑いで家ごと潰されてしまいますよ。庶民ならば処刑される可能性すらあります」
「うん、だから、感覚が違うわ。娯楽的なもの?誰も本物の貴族生活を知らないしね。上流階級の気分を味わうだけの店なのよ。日本の文化の一つとでも言うべきかしら」
シオンは苦笑する。
説明したところで本物の貴族の二人には通じないのだろう、と。
「何が楽しいのだ?貴族は疲れるだけだがな」
ゼルダは不思議そうに言う。
「アリアクロスには地球の文化が入ってきたんじゃないの?」
「メイドカフェなるものは聞いたことがない。本星の地球人街に行けばあるのかもしれないな」
「地球人街?」
「地球人が多く住んでいたのでいつの間にかそう呼ばれるようになったのですよ。ハルもクライブもそこの出身です。私達は行ったことがないので解りませんが、地球をイメージして造られた街だそうです。アリアクロスの一番有名な観光地でもあります」
「…そこには行きたくないわね」
シオンの言葉に二人は驚く。
故郷と同じようなものがあるかもしれないのだ。普通なら行きたがるものだろう。
「何故だ?」
「アタシの第六感が絶対に行ってはならないと囁くのよ。嫌な予感しかしないわ」
「…地球人街には地球人至上主義の組織があると聞いたことがありますね」
ルミエールは言いながら考える。
その組織が生粋の地球人であるシオンの存在を放っておくわけがないと。地球人だからとシオンの身柄の引き渡しを要求してくるかもしれない。
「君は本当に超能力でもあるんでしょうかね」
ルミエールは神妙な顔でシオンを見る。
軍人、政治家、クランセルバ、地球人至上主義の組織、シオンは様々な所から狙われることだろう。
シオンの第六感とやらの発言がなければ、地球人至上主義の組織の事までは考えが及ばなかった。何らかの対策をしなければならないだろう。
「アタシの勘はよく当たるって有名だったわよ。仲間内にはね」
「彼らが君を害するとは考えにくいが君を異星人が利用するのは許せないことだろうな」
ゼルダもその可能性を感じ頭を悩ませる。
「つーか、他所様の惑星に住まわせて貰ってるのに地球人至上主義とか意味が解らないわね。昔のアリアクロス人に虐待でもされたわけ?」
「我々は君を虐待しましたか?逆にセクハラだの男色だの苛められてますけどね?」
ルミエールは苦笑する。
移住してきた地球人を虐げるようなことを祖先たちはしていない。そのようなことをしていれば地球人の血を引くアリアクロス人はいないだろう。
「彼等は地球人であることを誇りに思いその血を後世まで残すことを目標に掲げ、他星の血が交ざることをよしとしない。そう報告があったな」
「それってヤバくね?段々数が減って最終的に近親婚とかになるわよね?そういうのが変な選民意識を助長させて周りが迷惑するのよね」
シオンの言葉にゼルダは頬を掻く。
アリアクロス内でも正に今、同じことが言われている。
彼等は不穏分子として王の瞳と呼ばれる騎士達に常にマークされている。
「アタシ、色んな所から狙われちゃうわけね」
シオンはポツリとため息混じりに呟く。
前途多難そんな言葉がシオンの脳裏に浮かぶ。
「君を害するような悪意ならば、仲間になる、ならないは関係なく我々が護りますよ。…君がそう望むのであれば、ですが。これでも一応は権力のある軍人だから君がどこを選んでも介入をしようと思えば・・難しいかも知れませんができないことはないですからね」
ルミエールがシオンの不安を感じ取り安心させるように笑顔を作って言う。
「ルウちゃんってモテる要素はバッチリなのに・・・。何だか本当に勿体ないわね」
シオンの憐れみを含んだ言葉にルミエールは笑顔のままシオンの唇を摘まんだ。
「悪いことばかり言う口はこれかい?本当にどうしてくれよう」
「ぼべんなばい」
シオンは唇を摘ままれたまま謝る。
笑顔なのに怒っていることがひしひしと伝わってくる。
「…ルミエール。お前が害してどうする」
ゼルダは苦笑する。
「害していません。黙らせているだけです」
ルミエールは言うと、シオンの唇から指を離す。
「…何で、そこまでしてくれるの?アタシが地球人だから?」
シオンは摘ままれていた唇を指先で擦るように撫でながら首を傾げる。
仲間になるならともかく、ならないのであれば守る必要などないはずだ。
「君だからというわけではない。誰かが目の前で助けを求めるなら護る。それが政治家だろうが難民だろうが地球人だろうが関係ない。救えるならば救う、それが我々の信念だ」
ゼルダの言葉にシオンは眼をぱちくりさせる。
「何かアンタ達って本当に損ばかりしてそうだわね」
シオンは言うが、損ばかりでも無さそうだとも思う。彼らの周りには彼らを慕っている人間も多そうだ。
現に今、シオン自身もゼルダやルミエールに好感を持っている。
保護したのだから協力しろと威圧的に言われれば逆らいたくもなるが、彼らは強要もせず自分が得だと思う方を選べと言う。
政治家を選んだとしても守るとまで言ってくれる。
自分の価値は地球人ということと性能が高そうなグレイドくらいだ。それを除けば口も態度も悪いただの小娘だ。そんな小娘に対して真摯に接してくれるのだから人が善すぎるとしか言いようがない。
「…ありがとう」
シオンの口から自然と感謝の言葉が出てくる。
「我々は君を利用しようとしているのですから、礼など必要ないのですよ」
ルミエールはシオンの感謝の言葉に驚いたように答える。
「そうね、それでもアタシがお礼を言いたいからいいのよ。ありがとう」
シオンの飾りも打算もない素直な感謝の言葉と笑顔にゼルダもルミエールも照れたような顔をする。
保護したのは偶然だが、彼女を利用しようとしているのは事実だ。こうも素直に感謝されるとは思いもしなかった。
シオンの素直な感謝は嬉しくもあり同時に自責の念に駆られる。