通路にて
「シオン、レイス博士に文句を言わなかったのは何故なのだ?」
医療室に向かいながら、ゼルダは気になっていたことをルミエールに抱えられたシオンに聞く。
「ん?だってあの人、一人で悪者になって完全に全員の矛先を変えたじゃない。…意外と良い奴なのね」
シオンの言葉に二人はハッとする。
確かにレイスのシオンに対する非情な行為のお陰で集まった者の意識は完全にゼルダとベルツボークから逸れた。
ゼルダが艦長という地位もあるが、シオンの言葉とレイスの行動がなければ誰かしら二人に言及していただろう。
「……君は本当によく人の言動を見ている。ですが、あれで君は怪我をしていたかもしれないのですよ?」
「あら?ルウちゃんなら受け取れるって確証があったんじゃないの?ルウちゃん、運動神経良さそうだし」
「…そうだな。ルミエールの身体能力は群を抜いている。ルミエールならば確実に君を受け取れる」
ゼルダが考えるように答える。
「そうね、力持ちだし足も速い。ついでに女子に対する配慮とかもあればかなりモテそうよね」
「失礼な。女性には優しいですよ?」
ルミエールがシオンの言葉に不服そうに言う。
「でも、そんなにモテないでしょう?」
「……何でそんなに自信ありげなのです」
一体自分の何を知っているというのか。
ルミエールは顔をひきつらせる。
「言っとくけどカンケツ遺伝のせいじゃないわよ?ルウちゃんって見た目は良いし優しいけど、所々無神経なのよ。ルウちゃん、淑女と付き合いたいならもっと神経を磨り減らすくらい使った方が良いわよ?」
「……淑女?ルミエールが?」
ゼルダはルミエールを驚いて見る。
「何です?何か問題でも?」
ルミエールはゼルダをジト目で見る。
「…お前の好みは淑女だったか?」
ゼルダは考え込む。
彼が付き合ってきた女性は淑女とはほど遠い女たちだったと記憶している。
いつの間にか付き合い始め、知らない間に別れていた。そんな印象しかない。
「そういえばルウちゃんは熟女大好きマダムキラーだってアスカに聞いたんだけど?」
シオンは思い出したように、ゼルダを見て聞く。
「アスカはそんなことを言ってませんでしたよね?」
ルミエールは疲れ気味に言う。
確かに年上の女性や未亡人と呼ばれる女性とも関係を持ったこともあるが、公にはなっていない筈だ。
アスカの噂の出所は気になるが、推測の噂の範疇なのだろうと思っている。
「……ルミエール、女性の情報網を甘く見るな」
ゼルダがため息混じりに言う。
「それは、つまり・・・」
「少なくともお前の姉上と私の元妻はお前の交遊関係を知っていたな」
「……」
ルミエールはその言葉にばつが悪そうに頭を掻く。
誰にも知られていないと思っていた。
「ホォホォ、つまり噂は本当だったと。つーか、激しい女遊びをしておきながら結婚するなら淑女とか聞いて呆れるわ」
「人聞きの悪いことを言わないでください」
ルミエールは言うとため息をつく。
「遊びと本気を切り替えるタイプの男は気付いた時には独りって悲しい結末が待っているわ」
「…いや、別に遊びで付き合っていたわけではありませんよ?」
シオンの言葉にルミエールはどんどん落ち込んでいく。
自分は誠実に付き合っていたつもりだったが相手がそうではなかった。
そう説明したところで言い訳にしかならないような気がし、もう一度ため息をつく。
「なるほどね、逆に遊ばれていたのか。ルウちゃんって意外と純粋な妄想が出来ちゃうんだものね。そうね、取り合えずアスカ位の年下の女の子を自分好みに育てたら?」
ルミエールの様子にシオンは考えるように言う。
「…どこぞの暇な貴族みたいな考えを持っていますね」
ルミエールは呆れ混じりに言う。
そんなことを考えるのは暇をもて余した貴族くらいだろう。
「お兄ちゃんはアタシを自分好みに育ててるって公言していたわよ?光源氏を地でいく変態だわよ」
「……基準がお父様ですか。要するに私も変態になれと?」
ルミエールは真面目に言う。
普通では思い付かない思考の人物と比べられても困る。
「変態になれなんて言ってないわ。そのくらいしないとルウちゃんは結婚できないって話なんだから」
「では君は父上と結婚するつもりだったのか?」
ゼルダはその言葉に興味を持ち聞く。
「アタシに好きな人が出来なくてお兄ちゃんにお嫁さんがこなかったら、お兄ちゃんなら、まあいいかなってのはあったわね」
シオンの余りにも素直な返事に二人は呆気に取られてしまう。
まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなかった。
「シオンはお父様のことが本当に大好きだったのですね・・」
ルミエールは呆気に取られたまま言う。
散々な言い様だったのでそこまで慕っているとは思わなかった。
「ルウちゃんも養子を貰う?アタシみたいに結婚してもいいって思ってくれるかも知れないわよ?」
「…子供にどう接すればいいのかよく分かりません。甥とも仲良くなれないし、艦長の娘も私にはなついてくれなかった。それに育てた子供を妻にしたいとは思わないよ」
ルミエールは苦笑する。
「それじゃあ、もう適当なお嬢さんに手を出して孕ませるしかないわ」
「何て事を言うんです!」
「そんなことを言うんじゃない!」
ルミエールとゼルダに同時に言われシオンは目をパチクリさせる。
「君には女性としての慎みはないのか?そんなことばかり言っていると悪い男に騙される。もう少し発言には気を使え」
ゼルダは言い聞かせるように言う。
「さっきルウちゃんにも言われたわよ。つーか、アンタの知ってる女の人たちは慎みがあるの?」
「……」
ゼルダはその言葉に暫し考える。
即答出来るほど慎ましいと言える女性が思い浮かんでこなかった。
「居るって即答しときなさいよ。レジェンドのお姉さんたちにも元奥さんにも失礼よ?」
シオンは呆れたように言う。
「君のようにあからさまなことを言う者はいません」
ルミエールは深いため息をつく。
このままの状態ではシオンの将来が心配になる。
「君も年頃のお嬢さんなのですから少しは恥じらいを持ちなさい。嫁の貰い手がなくなりますよ?」
「……結婚に憧れなんてないわよ」
シオンの呟くような言葉にゼルダは眉を寄せる。
シオン位の年齢の娘なら結婚に憧れそうなものだと思っている。
「つーか、オーちゃんは人の心配より自分の娘の心配をした方が良いわよ?」
シオンの言葉にゼルダは眉を寄せる。
何故そこで娘の話が出てくるのか解らない。
「統計的には離婚した親を持つ子供は同じく離婚したり結婚しない傾向が多いらしいわよ?ある種のトラウマになっちゃうらしいのよね」
シオンの言葉にゼルダは絶句し青くなる。
「って、全部がそうなるわけじゃないわよ?逆にすごい幸せになる傾向も多いらしいし。親の失敗を見て自分は失敗しないように努力するんだって」
シオンは青くなっているゼルダに罪悪感を感じ慌てて言うが、ゼルダを更に落ち込ませる発言だとは気付いていない。
「それより艦長、シオンを見て何か気付きませんか?」
ルミエールが話を変えるように苦笑してゼルダに聞く。
シオンのする娘の話題はゼルダに精神的苦痛しか与えていないような気がするからだ。
ルミエールの言葉にゼルダは気を持ち直しシオンを見てハッとする。
「…ああ、着替えたのだな。遅くなってしまいすまない。とてもよく似合っている。貴族の令嬢にも負けない美しさだ」
「いや、無理に褒めなくてもいいわよ。アタシ、何着ても似合うってよく言われるし。着替えるたびにいちいち言うの面倒くさいでしょ?つーか、何回も貴族って言葉を聞いているけど、そんなのいるの?」
シオンは首を傾げて聞く。
「褒め甲斐がないですね。何て言えば喜ぶんでしょうね、君は。…地球にも貴族はいたでしょう?」
ルミエールは考えるように言う。
「いたんだろうけど、アタシが知ってるのはお兄ちゃんみたいな独身貴族だけよ。つーか、貴族なんて庶民のアタシが関わることないし?物語とかでしか知らないわよ」
シオンの言葉に二人は視線を交わす。
「…一応、我々も貴族なのだがな」
「は?」
ゼルダの言葉にシオンはポカンとし、まじまじと二人を見る。
「ベルサイユ的な?やっぱ、王妃と恋仲になったり?革命が起きたり?果ては美貌の女騎士とかいたりするの?」
二人はシオンの言葉に首を傾げる。
「何を言っているのかよくわからないな。まあ、だが、王族も存在するし王国騎士も存在する。我々アリアクロス軍の俗称は王の翼だ。一応騎士に分類されるな」
考えるようにゼルダは説明する。
「今は昔ほど王の権威はありません。アリアクロスの象徴のようなものですね。残念ながら政治家の方が幅をきかせているんです」
二人の説明にシオンは考える。
「ハイテクなのかアナログなのか全く分からないわ。つーか、てことはアンタ達は王信奉派なわけ?」
「そうではない。我々の使命はアリアクロスの人民を護ることだ。政治家より王族の方がよほど民のことを想っている。信奉と言うよりは共闘だ」
「…じゃあさ、政治家派の軍もあるわけ?」
「察しがいいですね。彼らは自由の翼と名乗っています」
「だが、貴族の子息ばかりで一度も戦ったことのない連中だ。我々の後につき手柄だけを持っていくハイエナだな。人民の命を守るわけではなく利己的で奴等を軍だとは認められない」
ゼルダは憤りを隠さずに言う。
目の前で何人もの人々が助けを求めているのに自由の翼はそれすら助けようとはしない。
彼らがせめて目の前で襲われている人間を助けるなら手柄などくれてやって構わない。だが、彼らは逃げ惑う人々すら置き去りにし自分の利己的な欲望のみを追い求めている。
助けられるはずの命を彼らは無視するのだ。許せるものではなかった。
彼らは仲間を何よりも大事にするアリアクロス人としての誇りすらないのではないかと疑ってしまう。
「そりゃ、本当に自由だわね。貴族や政治家以外はどうでもいいって言う軍団なのね。んで、アンタ達は貴族だけど王国軍の方にいるのね」
「王国軍の軍人で貴族なのは極僅かです。実力主義で民間人の方が多い。まあ、元々は王の翼と自由の翼は一つだったのですがね」
ルミエールはシオンをチラリと見て言う。
「実力主義に転換した時に二分したってことか。じゃあ、その改革した人間達は政治家と能無し貴族に邪魔者扱いされてるわけね」
シオンの言葉に二人は無言になる。
「新しく軍が出来たってことは左遷とかされちゃう訳よね。で、無理難題ばかり押し付けられてるけど実力で何とかしちゃうみたいな?」
二人は無言で顔を見合わせる。
シオンはそれが自分達のことだと気付いているのかいないのか判断がつかない。
「君はその左遷された人間達をどう思います?」
「虎視眈々と力を蓄えていそうな感じがするわよね。たまたま発見した未知のグレイドとかあったら便利だなーとか可愛い地球の女の子とか利用しちゃおーかなーなんて思ったりしてる?」
シオンはニヤッと笑い言う。
「…本当に君は頭が良いのだな」
ゼルダは言いため息をつく。
シオンは自分達がその改革者だと気付いている。それならば自分達の明確な考えを先に伝えるべきか。
「シオン、我々にはアリアクロスの人々の命を守る義務がある。そして君の乗っていたグレイドにはその力があり、君の存在は軍の切り札にもなる。我々はこれ以上大事な仲間や家族を失いたくはない。我々が勝手なことを言っているのは承知している。だが、どうか、力になってほしい。直ぐにとは言わないが身体が自由に動くようになった頃によく考え返答をしてほしい」
ゼルダは立ち止まりシオンを真っ直ぐに見て言う。ルミエールも足を止める。
エターナル首長に面会してからでも遅くはないが、今の内にこれからどうするかを考えさせることも必要だろう。
自分達の都合だけを考えればここに残ってもらいたいとは思うが、マクシミリアンと戦っている以上安全だとは言い難い。少しでも生き永らえたいと思うなら政治家側の方がそれを約束できるだろう。
シオンの頭の良さは会話からよく解った。
彼女なら流されるまま政治家の言いなりになることはまずない。
シオン自身がどうするか選ばさせるべきだ。
「うん、わかったわ。アタシ、アンタ達に今後のことを任せるわ」
シオンは即答する。
ゼルダもルミエールも一瞬何を言われたのか分からなかった。
「アタシはアンタ達を選ぶわ」
シオンは唖然とする二人にもう一度ゆっくり、はっきりと言った。