仲裁4
読んでくださりありがとうございます。今回は長いです。
「ちょっと、アンタのご飯食べちゃったからってそんな睨むことないじゃない。ゴメンって。また何かおっちゃんに作って貰ってよ?ね?」
シオンは両手を合わせ首を傾げながら軽い謝罪をする。
「…え?!いや、睨んでないよ?」
自分に向けられたシオンの謝罪にカウスは驚く。睨んだつもりはないし、それに食べてしまったことも怒ってはいない。
「本当に?良かった。ほら、食べ物の恨みは恐いってよく言うでしょ?怒ってないなら良かったわ」
シオンは安堵したように言う。
カウスが睨んでいないことも怒ってないことも解っていた。ただ、カウスが疑念を持っていそうなことも解っていたので敢えてそう言った。
思惑は成功したようで彼の意識は逸らせたように思えた。
そんなシオンをゼルダとルミエール、ベルツボークは呆然と見ていた。
シオンの言い方は巧妙だった。
彼女の言い方ならば、ベルツボークが裏切ったとは誰も思わないだろう。
そして、レイスはともかく疑念を抱いていたであろうカウスの意識まで別の方向に向けてしまったのだ。
彼女は仲裁こそしたが、それ以上の義務はない。だが、彼等にとっては有難いことだった。
原因を追及されれば、ベルツボークを庇いきるのが難しくなっていた。
「おっちゃん、泣き虫ボーイに何か美味しいもの作ってあげてよ」
仕上げとばかりにシオンは話を続ける。
「…ぶはっ」
ルミエールはカウスの不名誉な呼び方に思わず噴き出す。
周囲に居た者たちも、呆気に取られる者と笑う者、カウスに同情の視線を送る者に別れた。
「…ヒデェ、東城さん、俺、泣いてないから。俺はカウスだ。カウス・エグセイ。泣き虫ボーイは勘弁してくれよ」
カウスは顔をひきつらせながら自己紹介をする。
「カウス君ね」
シオンはニコッと笑顔をカウスに向ける。
「……カウスでいいよ」
カウスは赤くなり言う。
友人以外の女の子に笑いかけられた経験など殆どなく気恥ずかしかった。
それにシオンはとても可愛いらしい。
顔に熱が集中し胸の鼓動が速くなる、カウスは落ち着こうと何度も深呼吸をする。
「じゃあ、アタシもシオンでいいわ。名字で呼ばれるのも新鮮だけど、シオンって名前が気に入ってるの。あ、お姉さんってのも捨てがたいわね。呼ばれてみたかったのよね。近所のくそガキどもにもお前とか呼び捨てにされてたし。奴等、お兄ちゃんのことは女だと思って綺麗なお姉さんって呼んでいやがったのよ?酷くね?」
シオンの言葉にカウスはポカンとした顔をする。
「で、お姉さんって呼んでくれる?」
シオンは期待に満ちた顔でカウスを見る。
「……シオンって呼ばせてもらうよ」
カウスはシオンの期待する視線から目を逸らして答える。
シオンと話すことで脱力し、カウスは先程までの疑念を頭から追いやっていた。
「えー?」
シオンは唇を尖らせ不服そうに言う。
「お姉さんって感じではありませんよね、君は」
ルミエールがカウスの代弁をするように言い苦笑する。
「何でよ?」
「子供にしか見えない」
ゼルダが呆れたように言う。
「大人だわよ。まあ、いいわ。それより!おっちゃん、ついでにアタシにも何か作ってよ。お米が食べたいの」
シオンは気を取り直し、ベルツボークに向かって言う。
「おい嬢ちゃん、ホットサンドかなり食っただろ?普通より多い量だぞ」
ベルツボークは顔を引きつらせて言う。
元々育ち盛りのカウスの為に用意したものなので量はかなりあった。
その殆どをシオンは食べていた。
細い身体のどこにそんなに入るのか。
まじまじとシオンを見る。
「シオン、食事はまた後にしてくれ。まずは解析を続けよう」
レイスは不機嫌な様子で言う。
「腹が減っては」
「武士は食わねど高楊枝」
シオンは知ってることわざを言おうとしたがレイスに先に他のことわざを言われ遮ぎられる。
「……アタシ、武士じゃないし」
「働かざる者食うべからずだ。解析が終わってから好きなだけ食べるがいい」
「……シオン、急に大量に食べるのは身体によくない。少し胃を休めた方がいい。レイス博士はそう言っているのだ」
「いや、絶対に違うわ。飯なんか食ってる場合じゃねぇぞって言われてますけど?」
ゼルダの言葉にシオンは反応する。
「物分かりがいい。さっさと行こうじゃないか」
レイスは言うとシオンを肩に担ぎ上げる。
「荷物か、アタシはっ!」
「レイス博士、一応女の子なのですからちゃんと持ってあげてください」
「一応?ルウちゃん、何気に酷いわよ?つーか、持ってあげてっておかしくね?」
シオンはレイスに担がれたままルミエールに文句を言う。
「シオン、うるさい。耳元で喚かないでほしいものだな」
レイスは冷たく言い放ちそのまま歩き出す。
「ちょっ、肩の骨が鳩尾に当たってる。痛いっつーの。このままリバースするわよ?ゲロ女とか言われたくないんですけど?」
シオンは足をバタバタさせて言う。
「ちっ、面倒だな。副官、持て」
レイスは舌打ちをし、シオンをルミエールの方に投げる。
「え?のわっ!?」
ルミエールは慌ててシオンを受け止める。
「レイス博士!何てことをするんだ!」
ゼルダは咎めるように言うが、レイスは素知らぬ顔をする。
周囲に居た者たちから非難の目がレイスに向けられるが本人は至って気にしていない。
「おっちゃん、あとでおにぎりとか作ってよ」
シオンはルミエールに抱えられながらベルツボークに向かって言う。
「…普通、文句を言うところだと思うんですけど?」
ルミエールは的外れな発言をしたシオンに呆れ混じりに言う。
投げられた本人はレイスに怒りを覚えていないようだ。
「いや、解析途中にいなくなったアタシ達が悪いのよ。とっとと戻りましょうよ」
シオンの言葉にルミエールもゼルダもレイスですら訝しげな表情をする。
「気持ち悪いな。君なら文句の一つや二つ出てきそうなものだがな」
レイスは考えるように言う。
「意外とM属性?罵られたいなら罵ってあげるわよ」
シオンはニヤッと笑って言う。
「…くだらない話をしてる暇があったら戻るべきだな」
レイスは呆れたように言うと踵を返して食堂を出ていく。
「我々も戻るか」
ゼルダは言い、チラッとシオンとルミエールを見る。
「そうですね。戻りましょうか」
「騒がせてしまって悪かった。業務がある者は業務に戻れ。…それと、カウス、すまないが難民の居住区に行き今回の事を銃の暴発と伝えてくれ。後で私も説明しに行く。不安にさせてすまなかった、と。二度とないようにするとも」
ゼルダが頭を掻きながら言う。
暴発ではないのだろうがそう言っておくことが最善だと誰もが納得する。
「はい、了解しました。行ってきます」
カウスは敬礼をし、小走りで食堂を出ていく。
集まっていた者達も次々に食堂から離れていく。
「あ、クライブ」
ルミエールは出て行こうとする作業着姿の一人を呼び止める。
クライブは立ち止まり振り返る。
「……醤油顔」
シオンはクライブを見て思わず呟く。
髪も瞳も赤色と明らかに日本人ではないのだが慣れ親しんだ日本でよく見る系統の顔をしていた。
「……ショウユガオ?」
クライブは不思議そうに呟いて首を傾げる。
「何ですか、それは?」
聞いたことのない言葉にルミエールはシオンを見る。
「日本人的な顔をしてるってことよ。ほら、慎ちゃんと似た系統の顔をしてるでしょ?」
「ああ、言われてみればそうですね」
ルミエールは納得したように言う。
「ああ、それなら・・自分の祖先には日本人がいます。だからじゃないですか?名は、クライブ・タナトスです。艦内では設備や備品の修理などを担当しています」
クライブは考えるように言い、自己紹介をする。
「…そうなんだ。何か日本人顔っぽい人がいるとは思わなかったから嬉しいわ。つーか、もしかして、あの昭和みたいなトイレを作ったのはアンタ?」
「ショウワ?」
クライブは首を傾げる。
「よく分かりませんけどレジェンドに女子トイレは元々なかったんです。艦長に言われて自分が作りました。何か不都合でもありましたか?」
クライブは心配そうに聞く。
「…いや、不都合はないんだけど。ハイテクな場所にもろに昭和が見えたから驚いただけよ」
シオンの答えにクライブは不思議そうな顔をする。
「ああ、そうでした。申し訳ないのですが、女子トイレの扉が外れて倒れているので直しておいてください」
ルミエールが思い出したように言う。
「え?外れた?普通に使えば外れないはずですけど?」
クライブは更に首を傾げる。
設計上では余程のことがなければ外れることはないはずだ。
「……実際に外れて倒れています」
ルミエールは先程の何とも言えない光景を思い出し遠い目をする。
「ごめん。アタシがバランス崩して倒しちゃったのよ」
シオンも苦笑いする。
「…そうですか。解りました。不手際があったようで申し訳ありませんでした。では、後で直しておきますね。それでは、失礼します」
クライブは言うと頭を下げシオンに軽く会釈すると、ゼルダとルミエールに敬礼しゆっくりと食堂を出ていく。
静かになった食堂内には四人が残された。
「…艦長、副官、・・本当にこれでいいのか?」
ベルツボークは二人を見る。
自分の裏切りがどうしても許すことができないでいた。
「これでいい。本当に信頼できる者だけをレジェンドには乗せている。この話はこれで終わりだ」
ゼルダはベルツボークを真っ直ぐに見つめて言う。
信頼できる者。その言葉を噛み締めるようにベルツボークはギュッと唇を噛み目を閉じる。
「…二度と同じことは繰り返さない。この命が尽きるまで艦長、あんたを裏切らない」
ベルツボークは決意したように目を開けゼルダを見つめ返して言うと深く頭を下げる。
義には義を。
それが彼への誠意だとベルツボークは感じ、同じことを繰り返さないと心から誓う。
「…おにぎり、よろしく」
シオンは頭を下げるベルツボークにそっと言う。
「……食べ過ぎだと思いますよ?」
ルミエールはため息混じりに言う。
起きたばかりでよくそんなに食べれるものだ。
「ところで…おにぎりとは何だ?」
ゼルダは首を傾げる。
聞いたことのない食べ物だった。
「俺も聞きたいな。どんな食べ物なんだ?」
シオンはベルツボークの言葉に驚く。
「え?アリアクロスにはおにぎり、おむすびとか握り飯はないの?」
「…ないな」
ベルツボークは考えながら答える。
「お米は?お米はあるの?」
「アリアクロスではパンが主食で米はあまり食べない。あとで非常食倉庫を見ておく。倉庫には米もあるはずだ。で、おにぎりとはどんな食べ物なんだ?」
ベルツボークはシオンを見る。
「ごはんに塩を軽く混ぜて具を入れて三角や俵型に丸めて海苔を巻くの」
シオンは答える。
「……よく解らないが、何とかしてみよう」
ベルツボークは腕を組み答える。
「ちょ、具にジャムとかやめてよ?つーか、ただの塩むすびでいいから。海苔とかもないんでしょ?」
シオンは顔をひきつらせる。
「……塩むすび?」
ベルツボークは更に考え込んでしまう。
「……あとで自分で作るからお米と塩を用意してくれる?」
シオンは諦めたように言う。
「そうだな。あとでまた来てくれ。作り方を教えてくれたら、次はちゃんと用意する」
ベルツボークは生真面目に答える。
「さて、では戻りましょう」
ルミエールは頃合いを見計り言うと出口に向かい歩き出す。
「そうだな」
ゼルダも連れ立ち歩き出す。
ベルツボークは三人が見えなくなるまでその背中を見つめていた。
そして、自分の浅はかな行為を悔いる。
同時にやり直す機会を与えてくれたことに心から感謝した。
「…ベルツボーク」
自分を呼ぶ声に現実に戻され、ベルツボークはハッとする。
艦長達より先に食堂を出たはずのレイスが腕を組み、扉の前に立っていた。
「聞きたいことがある」
レイスはベルツボークを見据える。
ベルツボークはレイスの様子にゴクッと息を飲み込む。
「…シオン、あの地球人は我らの味方になり得る人物だと思うか?」
レイスの質問にベルツボークは眉を寄せる。
レイスの雰囲気は明らかにいつもと違っていた。
自分を糾弾しにきたのだと思っていた。
「俺を責めに来たんじゃないのか?」
「艦長が決めたことをとやかく言う気はないな。僕が聞きたいのはシオンのことだ」
レイスは片眉を上げて言う。
ベルツボークが裏切ったことを教えたのは自分だが、その後のことはゼルダが決めることだ。
ゼルダが許したのならばそれで構わないと思っている。寧ろ慣れ親しんだベルツボークの料理を今まで通り食せることの方が誰にとっても良いことだと感じている。
それよりも、何故このような結果になったのか知りたかった。
「嬢ちゃんか。あの嬢ちゃんは色んな意味で心配になるな」
ベルツボークはシオンに抱いた感想を率直に言い苦笑する。
「……確かに誰もが思うことだな」
レイスは僅かに頬を弛ませる。
そんな顔をするレイスを見てベルツボークは驚く。
レイスがこの雰囲気を纏ったまま他人の話をする時に表情を変えることは珍しかった。
レイスは表向きは、対マクシミリアン研究員として活動し軍人たちから博士と呼ばれている。だが、彼の所属は軍の中でも特殊な諜報部だ。レジェンドの中でそれを知っているのは艦長と副官、それにベルツボークだけだった。
諜報部が特殊と呼ばれる所以はゼルダが将軍の時に秘密裏に設立した独自機関であり、一部の幹部を除き一般兵などはその存在自体知らされていない。
ベルツボークがそれを知っているのは、彼自身が諜報部担当の料理人であったからに他ならない。彼自身が諜報部の協力者として情報を集め提供したこともあった。
「……味方になるかは解らないが、嬢ちゃんが居なかったら、俺は裏切り者として監房行きか死体になっていただろうな」
ベルツボークはレイスが知りたいであろう情報を口にする。
艦長が来たのはレイスが教えたのだろうと予測がついていた。
彼ほど情報収集に長けている人間はいない。
「副官が特殊ルールを発動しシオンが仲裁者になったということか」
レイスは考えるように言う。
「その通りだ。嬢ちゃんの処罰は俺は二度と裏切らないこと艦長は俺を許すこと、だ」
「……。成る程な。だから、シオンはああ言ったのか」
レイスは考えるように言うと小さく笑う。
「…レイス博士、アンタは仲間を裏切った俺を許せるのか?」
ベルツボークは真っ直ぐにレイスを見て聞く。
「…お前を間者と報告したのは僕だが、許すも許さないも艦長が決めることだ。それに、僕はお前の作る料理が無くならないことの方が喜ばしい」
レイスはそっぽを向きながら言い、眼鏡を指先で上げる。
「……そうか」
ベルツボークは呟く。
大分曲折した言い方だがレイスが自分を許してくれていることが素直に嬉しかった。
「……話は戻るが、お前から見たあの娘はどんな感じだ?」
「……異質なのに違和感がない存在とでもいうのか。何だろうな。あの嬢ちゃんは不思議だ」
ベルツボークは言うと小さく笑う。
「気付いたら嬢ちゃんのペースになっていた。嬢ちゃん、あの状況でホットサンドを食っていたんだぞ?」
ベルツボークは苦笑しながらホットサンドの皿を見る。
「……ん?」
先程まで確かに何切れか残っていたはずだ。だが、皿には何も残っていない。
「シオンが紙に包んで袋に入れていたな」
「いつの間に!?」
ベルツボークは驚く。
全く気付かなかった。
「カウスと喋っていた時だな。喋りながら自然に入れていたから気付かなかったのではないか?」
「食い意地が張り過ぎだろ・・」
ベルツボークは脱力する。
大量にホットサンドを食べたと言うのに更に米まで食べたいと言っていた。それなのに残りのホットサンドまで持っていったのか。
「僕の見解ではシオンの食に対する執着は幼い頃のひもじかった思いが残っているのだと思うな」
レイスはやや眉を下げて考察を口にする。
墓に供えてある物に手を出すほどひもじい思いをしていたのだ。本人は気付いていなさそうだが、多分、それが原因なのだと思われる。
「……なあ、嬢ちゃんが捨て子ってのは本当なのか?」
ベルツボークは憚るように聞く。
シオンの捨て子だという言葉がずっと気になっていた。
自分だけでなく誰もが信じられなかったことだろう。
「…ああ、事実のようだ」
レイスの返事にベルツボークは同情的な顔をする。それと同時に我が子を捨てる親に怒りを覚える。
「だが、彼女の養父は実の親以上に彼女に愛情を注いだ」
「…娘に兄と呼ばせる変態なんだろう?」
ベルツボークは眉間にシワを寄せながら忌々しそうに言う。
「まあ、確かにそうだがシオンにとっては自慢の父親だと思うな」
レイスの言葉にベルツボークは目を丸くする。
「……嬢ちゃんは気持ち悪い変態とか言っていなかったか?」
「確かに言っていたな。だが、シオンが養父を慕っているのも事実だ。我々が思っていたほど酷い養父ではなかった」
レイスは考えるように言う。
正宗がシオンを大事に育てていたことは映像を見ればすぐに分かる。それにシオンが正宗を慕っていたことも窺えた。
血は繋がってはいないが、映像を見れば二人は父娘だと誰もが感じることだろう。
レイスはそれを思い一瞬だけ目を細めるが、同時に懸念する。
移動の民に育てられた地球人、それを多くの人間が知れば、惑星連盟国をたらい回しにされてしまうのではないか、と。
アリアクロス内だけならばどこにいてもすぐに情報は入るが他星となると中々情報は入らない。
あんなに面白い研究材料を他の惑星に持っていかれるのは都合が悪い。
一刻も早くシオンをアリアクロス星に根付かせなければ。
何か良い案はないものか。
レイスは考え、思いついたように笑みを浮かべる。
いっそ誰かの婚約者にしてしまえばいいではないか。そこそこ権力があり軍にとって不利益にならない相手。
「…アンタ、今、悪いことを考えていないか?」
ベルツボークは顔をひきつらせる。
「……悪いことではない。寧ろ良いことだ」
レイスは言うと爽やかな笑みを浮かべベルツボークを見る。
レイスの様子にベルツボークは冷水を浴びせられたかのように鳥肌が立った。
彼が爽やかな笑みを浮かべる時は大抵何か問題が起きる。
「……それでは僕は行く。お前のことなら大丈夫だろうが、次はないぞ」
「…あ、ああ」
ベルツボークは平常心で答えるが、レイスの考えていることが気になって仕方がなかった。
「…ベルツボーク、心配しなくても誰にも不利益にはならないことだ。艦長か副官がシオンと婚約すればいいと思ったのだよ」
レイスの言葉にベルツボークは顔を青褪めさせ、そうか、と曖昧に頷く。
俺は何も聞いていない、何も聞いていない。
ベルツボークは心の中で呪文のように呟きながらレイスの後ろ姿を呆然と見送っていた。
「……無理だろ」
誰もいなくなった食堂でベルツボークは小さく呟くが、確かに悪い話ではないような気もする。
艦長は離婚してから女気はまったくなく、副官のそんな話も聞かない。
シオンも成人間近だとは言っていたし、貴族であれば歳の離れた少女と政略結婚も珍しくはない。
艦長も副官も元々は貴族なので何の問題もないがそんなにうまくいくだろうか。
それに、当人達の意思はどうなるのか。
ベルツボークは思案する。
その思案をかき消すように何人もの足音と話し声が食堂に向かってくる。
業務を終えた者達が食事を摂りにきたのだ。
ベルツボークはハッとし、テーブルと椅子を素早く元の位置に直し料理を作るために厨房に入っていく。
この変わらない日常が嬉しくいとおしかった。
レジェンドで働くことが彼の生き甲斐であり誇りだ。
艦長も副官もレイス博士も裏切った自分を許してくれた。
彼らを二度と裏切らないとベルツボークは新たに誓い、レイスの勝手な計画を気にしつつもいつも通りの業務に戻るのだった。