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仲裁3

ベルツボークは混乱していた。


ゼルダが裏切りを許さないことは解っていた。それに、今まで許された者は誰一人いなかったことも知っている。


だからこそ、彼に撃てと言った。


それが、絶望の淵にいた自分を救ってくれたゼルダに対しての唯一の償いだったからだ。


命を救ってくれた彼に、何故家族と一緒に死なせてくれなかったと当たったこともあったし、仕事の世話までしてくれた彼に余計なことと罵ったこともあった。


だが、ゼルダはそんな自分にいつも変わらぬ態度で接してくれていた。


妻と息子を喪ったことから立ち直れたのは彼や彼の周りの軍人達のお陰だった。


息子の嫁が再婚した時も自分の身内が結婚したかのように喜んで共に祝ってくれた。


その夫婦に子が出来た時も色々と世話になった。


パイロットだった彼がいつの間にか将軍にまで駆け上がり、軍の大改革を行った時は感動で震えたことを覚えている。


将軍になってもゼルダの態度はパイロットの頃と変わらなかった。


軍人達は誠実な者ばかりで、間偈遺伝者にも元々軍人ではない自分にも平等だった。


彼らと共に働けることに誇りや喜びを持つようになった。


彼が将軍の地位を追われ一艦の艦長になったと聞いた時、迷わずレジェンドの料理人に志願した。


レジェンドで働くのが世話になった彼に一番の恩返しだと思ったからだ。


その彼を自分は裏切ったのだ。


許されるなどとは思わなかったし、許されるべきではない。


だからこそ、彼に貰った命を彼の手で終わらせて欲しいと切に願っていた。


「そんなんじゃ、誰も納得しないだろう」


ベルツボークは小さく呟く。


「誰もじゃなくて、おっちゃんが納得できないだけでしょ?」


その言葉にベルツボークは顔を強張らせシオンを見る。


「嬢ちゃん、俺は許されるべきじゃない。許されちゃいけないんだ」


「あーもう!アンタ、ホントにバッカじゃないの!」


シオンはベルツボークの言葉に苛立ち、声を荒げる。


「アンタが死んだら大切な仲間を裏切ってまで助けたかったアンタの身内はどうするの?アンタが情報を売った政治家が約束を守ってくれるとでも思ってるの?死人に口無し、約束は守られることなく、裏切り者の身内として肩身の狭い思いをするだけじゃない。それに、約束を守ってくれたとしてもアンタが仲間を裏切った代償として助かったって知ったら病気の本人はどう思うかしら?」


シオンの言葉にベルツボークは弾かれたようにビクッと震え青褪める。


息子の嫁だったミーナも再婚相手のユリウスも孫のように思っている生まれつき身体の弱いラスティンも自分が仲間を裏切ったことは知らない。


そんなことを知れば善良な彼等は気に病んでしまうことだろう。


「シオン、そう責めるな。ベルツはただ・・」


「うるさいわね、大体アンタが裏切りだとか喚いてたんでしょうが!」


ベルツボークを擁護しようとするゼルダをシオンはキッと睨む。


「……そうだな。私が悪かった。だから、落ち着いてくれ」


ゼルダはシオンを宥めるように言うとベルツボークに向き直る。


「ベルツ、私はお前を裏切り者にしたくない。ミーナ殿もユリウス殿もラスティンもお前が裏切り者と呼ばれることを望んでいないはずだ。彼等の為にも、この仲裁処分に従ってくれ」


ゼルダは言うとベルツボークに頭を下げる。


そのゼルダの行為にシオンもベルツボークも驚く。


「やめてくれ、明らかに俺が悪いのに艦長が頭を下げるのはおかしいだろう?大体、あんたは何にも悪くない」


ベルツボークは絞り出すように言う。


「いや、お前が政治家に頼るほど困っていたことに気付きもしなかった私が悪かったのだ」


ゼルダは言うと頭を上げる。


「何で君まで驚いているんです?」


ルミエールはいつの間にかシオンの側まで来て小さく聞く。


「いや、何か偉い人が頭を下げるなんて思わなかったから」


シオンも小さく答える。


ゼルダは銃を向けるほどベルツボークに怒っていた筈なのに、自分が悪いと頭を下げた。


それに艦長といえば少なくとも人に頭を下げる身分ではないだろう。


不思議でならなかった。


「艦長は昔からそうなのです。自分が悪いと思ったら謝るのは当たり前だと考える人なんです」


ゼルダの立場を考えれば諫めるべきなのだろうが、それこそが彼の美徳だと思っている。


「つーかさ、アリアクロス人ってぶちギレると後先考えずに手が出ちゃうってこと?」


シオンは考えるように言う。


先程、アスカはルミエールを殴り飛ばし、ルミエールはゼルダを殴り飛ばしていた。


ゼルダは殴りこそしてはいないが、ベルツボークに銃を向けていた。


「……そういう傾向は確かにあるかも知れませんね。ですが、そんな人間ばかりではありませんよ」


ルミエールは言うが、説得力はないなと苦笑する。


「そんな人間ばかりだったらアタシ何回も殴られているわね」


「女性を殴ったりする愚かな男はいませんよ。アリアクロスでは女性に手を出すような男は間偈遺伝以下のクズと呼ばれるくらいですからね」


「つーか、比べる対象がおかしいわよ。どんだけ扱い酷いわけ?」


シオンは嫌そうに言う。


「昔からですからね。他の言い方は思い付かないんですよ」


「アタシならウ〇コ野郎とか腐れチ〇ポとかタマナシ野郎って呼ぶわね」


「女の子がそんな言葉を使ってはいけません!」

「女性がそんなことを言うんじゃない!」

「女の使う言葉じゃねぇだろ!」


三人が衝撃を受けたように表情を変え同時にシオンを見て言う。


「……え?何で?なっちゃんとはよく言っていたわよ?つーか、オーちゃんとおっちゃん、話終わったの?」


シオンはきょとんとして首を傾げる。


三人は疲れたようにため息をつく。


話は終わっていなかったが、聞こえたシオンの有り得ない発言に思わず言ってしまった。


「…艦長、何だあの嬢ちゃんは?あんなんでいいのか?」


ベルツボークは疲れたように言う。


「お前の売った情報は大したことがない。あの発言を聞けば解るだろう?」


「もしかしたら、ベルツボークが情報を流してくれたお陰で面白いものが見れるかもしれませんね」


ルミエールはほくそ笑む。


シオンと言う地球人が保護されたとしか知らない政治家はあらゆる手を使ってくるはずだ。


そんな彼等に対するシオンの反応が楽しみで仕方がない。


「ベルツ、私やルミエールをちゃん付けで呼ぶような少女だと情報を売ったか?」


「いや、可愛らしい地球の子供で見たこともないグレイドに乗っていたとしか伝えていない」


「つーか、子供じゃねーし」


ベルツボークの答えにシオンは不服そうに唇を突き出すが、その様子が幼い子供のようで三人は思わず噴き出す。


「……笑うとこなの?」


シオンは納得がいかないように不服そうな顔をする。


「フフ、ベルツボークが売った情報は大したことではない。裏切った内には入りません。そうでしょ?」


ルミエールはゼルダに笑いながら言う。


「そうだな。ベルツはうっかり知人にレジェンドでの話をし、たまたま政治家の耳に入ってしまった。箝口令を出さなかった私の責任だな」


ゼルダの言葉にベルツボークは項垂れる。


「どうしても罰を受けたいと言うなら辞めることも死ぬことも許さん。これからもここで働き続けて上手い料理を作ってくれ。分かったな?」


優しさの混じったゼルダの声音にベルツボークは目頭が熱くなるのを感じる。


「…すまねぇ。許してくれ」


ベルツボークはゼルダに頭を下げ、ゼルダはその肩をポンと叩く。


「病気なのはラスティンか?」


ゼルダは一度だけ会ったことのある幼子の顔を思い出す。


ベルツボークが孫のように可愛がっている子供だ。


「どこの病院で診てもらっても、全く回復の兆しが見られなかった。どこで調べたかは解らないが、ガリアに向かう前にレイニードル議員が腕の良い医者を紹介すると言ってきた。すまねぇ、それで嬢ちゃんのことを教えた」


ベルツボークはポツポツ話始める。


「レイニードル議員の紹介の医者などより、ルミエールの兄上の方が確実だ。彼は本物の天才だからな」


ゼルダは考えるように言いルミエールを見る。


「兄ならば私兵もいる。何か妨害があっても対処できる。家族ごと面倒を見てくれるでしょう。今夜も兄から連絡があると思うのですぐに手配してもらいます」


「…すまねぇ、恩に着る」


ベルツボークはルミエールに深々と頭を下げる。


「水臭い。レジェンドの仲間は家族同然です。気負うことなく何でも言いなさい。出来ることは何でもしますよ」


笑顔で言ってくれたルミエールにベルツボークは泣きそうな顔をする。


有り難さと申し訳無さで自分が情けなくなる。


「…しまった。レイス博士が痺れを切らしたようですね」


不意にルミエールが食堂の扉の方を見て言う。


シオンは首を傾げる。


耳は良い方だが声などは聞こえない。


「ルミエールは普通の者よりも少し耳が良い。足音で誰が来たか解る。時間を掛け過ぎたな」


ゼルダは頭を掻いてため息をつく。


「何て言い訳しましょうか?」


ルミエールの言葉と共にどかっと音がしカウスが尻餅をついた状態で食堂内に倒れ込んでくる。


「ひぃ、ちょっ、その薬品何すか?」


カウスが腰を抜かしたまま後ずさる。


顔面蒼白で目の前に迫る怪しい液体を持った無表情のレイスに言う。


「君が素直になる薬だ。見た目はともかく効果は抜群だ。飲んでみろ、カウス・エグセイ」


その言葉にカウスは目に涙を浮かべる。


死刑宣告を受けたような気分だ。


「……博士、カウスを実験台にするのはやめろ」


ゼルダはため息をついて言う。


「…銃声が聞こえたが?」


レイスは薄ら笑いを浮かべゼルダを見る。


ベルツボークの裏切りを教えたのは自分だがまさか銃を撃つとは思わなかった。


ベルツボークの無事な姿を確認してから小さくため息をつく。


「トイレに行ったはずの副官とシオンもここで何をしている?」


次にルミエールとシオンを見る。


「鬼畜の本領発揮?つーか、何でキレてるの?」


シオンはレイスを見て言う。


明らかにレイスは苛ついているように思えた。


「解析中だと言うのに誰も帰ってこない。僕は長く待たされるのが嫌いなのだよ。おまけに艦内で銃を撃つバカが存在する事に少々腹が立ってしまってな」


淡々と言いにこりと笑うがその目は全く笑っていなかった。


「…話は終わった。戻るとするか」


決して目を合わすことなく言うゼルダにレイスの表情はどんどん不機嫌になっていく。


「ここに集まった者達に状況説明もしないつもりか?」


レイスの言葉に集まっていた乗組員達の視線が食堂内の四人に集中する。


銃を撃った事実は覆せない。


何か理由をつけねば、とゼルダは思案するがすぐに言葉は出なかった。


「俺が」

「おっちゃんとオーちゃんが喧嘩してただけよ」


視線に堪えられなくなったベルツボークの言葉を遮りシオンが言い放つ。


その場に居た全ての人間が呆気にとられた。


「ベルツのおっちゃんがレジェンド以外のとこで仕事したいって話を聞いて艦長がぶちギレて、辞めるなって銃を使って脅していただけ。そうよね?ルウちゃん」


シオンはルミエールに言う。


「そう…ですね。うん、概ねその通りです。ベルツボークは今まで通りここで働くということで決着しました」


ルミエールは考えながら言う。


正しい説明ではないが全く違う訳ではない。寧ろ、真意はついている。


「……珍しいこともあるものだ」


レイスは意外だと言うような顔をしたあとに小さく笑う。


ゼルダがベルツボークを許したのだと理解した。


「しかし、銃まで使った喧嘩とは穏やかではないな」


「悪かった。つい、頭に血が上ってしまってな。以後、気を付ける」


ゼルダはバツが悪そうに謝る。


「カウス、よく言いつけを守った。食事の邪魔をして悪かったな」


続いて腰を抜かしたままのカウスに労いの言葉をかける。


カウスは一瞬ポカンとし、慌てて立ち上がるとゼルダに敬礼する。


「もしかして、このホットサンドと飲み物、アンタのだったの?ゴメン、食べちゃった」


シオンは空になったグラスと残ったホットサンドにチラッと視線を向けカウスに言う。


「……え?食った?え?マジで?えーと、ええっ!?」


カウスは混乱する。


食堂内では緊迫した何かがあったはずだ。


誰もいなかった食堂で軽食を食べようとし、いきなり入ってきた艦長に摘まみ出された。


しかも、何があっても誰も入れるなという命令付きでだ。


艦長の全身から逆らえない威圧感が滲み出ていた。いつも穏やかな艦長が怒っていたのに恐怖を覚えた。


そして、食堂内から聞こえた銃声。


とんでもない事が起きた。そう思っていた。


その後に副官がシオンを連れて中に入った。


中でガタガタと争う音も聞こえた。


その状況で自分が手を付けられなかった食事をシオンは食べていたと言うのだろうか。


中でシオンが食べていたのを間近で見ていた三人は顔をひきつらせる。


だが、何も知らない者達は安堵していた。銃声が聞こえた時点で大事なのだと思っていたがどうやら違うらしい。少女が食事を取れる程度、本当に只の喧嘩だったのだと。


レイスとカウスだけが驚いたようにシオンを見ていた。


レイスはゼルダが何故食堂に来たのか理由を知っていたからだ。


自分ともう一人カウス以外はシオンの話を信じているように思えた。


「……策士だな」


レイスは小さく呟くと口角を上げる。


シオンはタイミング良く効果的なことを言っている。


だからこそ、何も知らない乗組員達はシオンの話を真実だと認識している。


ゼルダもルミエールも喧嘩の一言で済ませたシオンの話を否定していない。


ベルツボークの裏切りはなかったことになっているようだ。


「……」


カウスは疑わし気な視線をシオンに向ける。


ただの喧嘩であるはずがない。


シオンが何故そう言うのか解らなかった。

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