仲裁2
「ルミエール、これは私闘ではない」
「黙れ、制裁とでも言いたいのか?無抵抗の相手に銃を向けた時点で非はお前にある。艦を任される者のすることとは到底思えない。私闘に値すると判断されても仕方がない行為だ」
ルミエールはゼルダを一瞥する。
「処分しろってどうすんのよ」
シオンは二人を見てから、自分に仲裁をさせようとするルミエールを見る。
ルミエールが期待するような顔をしているのは気のせいか。
シオンは呆れたようにため息をつく。
「ルウちゃん、期待されてもアタシは名奉行じゃないの。桜吹雪もなければアンタ等の事情だって知らないわ。そんなアタシが好きなように処分なんて出来るわけないでしょ?」
「メイブギョウ?サクラフブキ?何だか解りませんが、大丈夫です。この二人は君がおかしな処分を下してそれを逆恨みするような愚かな人間ではありません。その為の特殊ルールなのですから君に被害が行くことは絶対にありません。思い切って好きなようにして構いません」
「おかしな処分って決めつけてるじゃん!」
シオンの言葉にルミエールは笑いを堪えている。
一体何をさせたいのか。
シオンは顔をひきつらせる。
「ルミエール、ふざけたことを言うんじゃない」
ゼルダは呆れ混じりにルミエールを嗜めるように言う。
「ゼルダ、特殊ルールを作ったのはお前だ。お前がそれを無視するのか?」
「副官、裏切った俺を監房に入れればいいだけだ。嬢ちゃんも嫌がってる」
ベルツボークもゼルダに加勢するように言う。
「何度も言うが、お前達は意見を言える立場ではない。他者を巻き込んだのだから、何も言う権利はない。それに特殊ルールの無視が出来ないことは知っているはずだ」
ルミエールは強く言い切り二人は黙る。
「シオン、早くこの二人の処分を決めてください」
「早く決めろって言われても…」
シオンはルミエールが特殊ルールとやらを使ってまで自分に仲裁をさせたいのは何故だろうと考える。
「まず特殊ルールの説明をしてちょうだいよ」
「艦長、あなたが発案者なのです。説明してあげてください」
ルミエールはゼルダに説明をするよう促す。
「……特殊ルールとは、諍いを起こした者達に禍根が残らぬよう全く関係のない第三者が客観的に判断し仲裁する。私闘、または乱闘を起こした者は仲裁者の判断に文句を言うことはできない。それ以降に同じことを繰り返した場合は軍審或いは懲罰を受けることになる。特殊ルールは絶対であり何人たりとも逆らえない。特殊ルールが相応しいと判断された時点で発動する物とする。仲裁に入った者に危害を加えた場合、相応の賠償金を仲裁者に払うものとし、即刻退役。無論、階級や今までの功績は関係なく退職金など特別給与は与えないものとする」
ゼルダはため息混じりに説明する。
シオンはそれを聞いて目を丸くする。
特殊ルールはかなり厳しいものだと思う。
「因みに今まで発動したことは?」
「今回が初めてだ。大体は下士官たちの喧嘩ですぐに解決されるものばかりだったからな」
ゼルダが自嘲気味に言う。
特殊ルールを作ったのは頭に血の上った乗組員達を冷静にさせるためだ。
レジェンドの乗組員は普段は穏やかな人間ばかりだが一度喧嘩が始まると他の者まで加わり手がつけられなくなる。
それを抑制する為に特殊ルールを作ったのだ。
狙いは成功し、日常茶飯事だった乗組員たちの諍いはかなり減った。
それに特殊ルールを使うほどのものはほとんどなかった。
まさか、作った自分が使われることになるとは思いもしなかったが。
「仲裁を第三者に任せるのはどちらか片方に肩入れすることを避けるため。当事者が迷惑だと感じて仲裁する場合は双方にそれなりの処分が出来るからです。君の場合は当事者ですが、この二人をよく知らないしどちらかに肩入れをすることもないでしょう?それに状況を客観的に判断できると思ったからです」
ルミエールが補足するように言う。
シオンはその説明に納得する。二人に対する思い入れはほとんどないし、どちらかを擁護する気もない。
二人ともバカだと罵った。
確かに適任なのかも知れない。かも知れないが気は重い。
「話をまとめると、おっちゃんは政治家にアタシの情報を売った。艦長はそれが裏切りだと。情報を売ったことより裏切ったことがムカつく訳よね?しかも、おっちゃんは理由を言わないで裏切ったことは認めるから撃てしか言わない。イラッとして艦長は空砲をブッ放した、と。間違いないわよね?」
シオンは確認するように二人を見ながら言う。
「別にムカついた訳でもイラッとした訳でもない。だが、頭に血が上ったのは事実だ」
ゼルダは言い、己が起こした行動に自己嫌悪する。
冷静になれば己の愚かさが見える。
ルミエールとシオンが現れたことで平静を取り戻し状況を考えられるようになっていた。
「で、ルウちゃんとしては二人とも監房にぶち込みたいけど、艦長と料理人の代わりが出来るような人間がいないから特殊ルールを使うって言い出したのよね?」
「ええ、そうです」
ルミエールは頷く。
「……うーん。じゃあ、アタシの処分は簡潔におっちゃんは二度と裏切らないってことでいいんじゃない?艦長は音の出ない銃、いや、水鉄砲か麻酔銃を持つってことでどうかしら?あ、オカリナを首にぶら下げるってのもあるわ」
シオンの処分にゼルダもベルツボークも唖然とする。
何の解決にもなっていない。
それに最後のオカリナは何か意味があるのだろうか。
「待て、根本的に何も解決していないではないか!」
ゼルダは食い下がる。
「おっちゃんが売った情報は大したことがないものだわ。被害は特に何もないはずよ?寧ろ、アンタがブチ切れて銃をぶっ放した方が大問題だわよ」
シオンの言葉にゼルダはグッと言葉に詰まる。
「嬢ちゃん、俺は仲間を裏切ったんだ。そんなんじゃ、誰も納得はしない」
「ガタガタうるさいわね。アタシの決めたことに文句言うのやめてくんない?大体、おっちゃんが政治家に唆されなきゃこんな面倒なことにならなかったんじゃない?」
ベルツボークもその言葉に押し黙る。
「…唆された、ですか。君はそこにベルツボークが裏切った原因があると考えるのですか?」
ルミエールは興味深そうに聞く。
「例えば、おっちゃんの家族とか家族のように親しくしている人間が大病を患っていて、大金が必要になったとかもっといい病院に行かせたいとかさ。そこに、情報くれたら融通してやるよなんて甘い言葉を囁く人間がいたら?」
シオンの言葉にベルツボークが明らかに動揺する。
「あら?例えばがビンゴだったみたいね」
シオンはベルツボークの反応に笑う。
ゼルダとルミエールは驚く。
シオンがどうやってベルツボークの頑なに言うのを拒んだ理由を見抜いたのかさっぱり分からない。
彼女は自分達が言い争いをしてる間に食べ物を口にしていただけだ。
「何故、そうだと?」
ゼルダはシオンを見る。
「このホットサンド、病気の人も美味しく食べれる優しい味なのよね。それって普段から作ってなきゃ出来ないわ。アタシもよく健康食を作ってたから分かるのよ。しかも、普通の人が食べても美味しく食べれるって物凄いことよ?普段からこれ食べてれば寿命も延びるでしょうね」
シオンは先程まで食べていたホットサンドを見ながら言う。
「病気ってとにかくお金がかかるわよね。アタシのイメージだと政治家ってのは口がうまくて金も持っててコネも権力もある。おっちゃんみたいな他人を思いやれる優しい人を騙すのなんて簡単よ。もっと良い医者や病院を紹介してやる。格安で手術が出来るようにしてやる。病院代を肩代わりしてやる。病気の人間を持つ家族ならその甘い言葉に飛びつくでしょうね」
シオンの言葉にベルツボークは俯く。
ルミエールは頭の中でベルツボークの経歴を思い浮かべていた。
彼は家族旅行中にマクシミリアンの襲撃で妻と息子を亡くした。
その時に彼と息子の妻の命を救ったのはゼルダだ。
生きる希望を失くしていた彼に軍の調理場での仕事を与えたのもゼルダだ。
息子の妻が再婚したと嬉しそうにベルツボークは話していた。
再婚した後も我が子のように息子の妻と再婚相手を大事にし、そして生まれた子供も孫のように可愛がっているとも聞いた。
彼にとっては家族のようなものだろう。
その家族に何かがあったのだろうか。
ルミエールは考えため息をつく。
ベルツボークはゼルダに感謝をしてもしきれないと普段から口にしていた。
そんな彼がこれ以上ゼルダに頼るようなことはしないだろうとも予測できる。
シオンの予想はおそらく的中しているはずだ。
だからこそ、不必要な言い訳をせずにゼルダに撃てと言ったのだろう。
それがベルツボークのゼルダを裏切ったことに対する償いなのかもしれない。
「アタシの処分は何を言われても変わらないわ。おっちゃんは裏切り者って言われながら今まで通りに仕事を続けるんだから充分に罰にはなるでしょ?この処分が気に入らないなら後は勝手にしなさいよ」
シオンは二人を見て言う。
「仲裁者の判断は絶対です。私もその処分で良いと思います。ただ、艦長の水鉄砲とか麻酔銃は勘弁してやってくれませんか?不意の事態が起こった時に対応できないと困りますので。それから、地球ではオカリナを首に下げるのは何か反省の意味でもあるのですか?」
ルミエールはシオンに同意してからゼルダの処分について言う。
「つーかさ、何で地球式の拳銃なの?普通、レーザーガンとかじゃない?アタシ的には、ゼルダって言えばオカリナはセットなのよ」
「光線銃も有りますがこちらの拳銃の方が管理が楽でコストの面でも優れているのです。手入れさえ怠らなければずっと使えますからね。…オカリナは特に意味はないのですね」
ルミエールは答えて苦笑する。
「うーん、じゃあ艦長の罰はどうしようかしら?」
シオンは呟き考え込む。
「嬢ちゃん、罰は俺一人で・・」
「そうね、艦長はおっちゃんを許す。それが罰ね」
シオンはベルツボークの言葉を遮り言い放つ。
ゼルダもベルツボークも眉根を寄せ無言になる。
シオンの処罰は罰とは呼べない。
「シオン、君のは処罰ではないのではないか?」
ゼルダがため息をついて言う。
裏切ったことがなかったことになっただけとも言えるような処罰だ。
「いいのよ、それで。アタシにはアンタ達の処分なんて思いつかないもの。続けたかったら後は勝手にどうぞって言ってるじゃない」
シオンの言葉にルミエールは満足そうに頷く。
「君に任せて正解でしたね。これ以上ない素晴らしい判断です。折角、シオンが貴方達にやり直す機会を与えてくれたのですから無駄にしないでください。艦長だって彼をただ裏切り者として処分したくないでしょう?ベルツボーク、貴方も艦長に恩を返したいと思うなら正直に話しなさい。貴方を唆した者が約束を守るとは思えませんからね」
「そうよね。証文でもない限り言い逃れなんて簡単だもの。アタシが政治家ならおっちゃんが勝手にやったことでそんな約束はしてないってしらばっくれるわ。で、実際、証文とか書いたわけ?」
シオンはベルツボークを見る。
「いや、そんな物を書かなくても約束は必ず守ると」
ベルツボークの戸惑いの混じった返答にゼルダとルミエールは眉根を寄せシオンは同情的な顔をする。
「ねぇ?艦長、おっちゃん絶対に騙されてるわよ?可哀想だから許してあげてよ」
「私もそう思います」
「…ルミエール、お前の兄上ならベルツの身内の病気を何とかできるのではないか?」
「…おや?許すのですか?」
ルミエールのからかいを含んだ声音にゼルダは面白くなさそうな顔をする。
「仲裁者の判断に従っただけだ。それに、そんな確証もないような口約束に簡単に騙されてしまうような男を放り出せばもっと大事になる。ここで料理を作らせていた方が有益なだけだ」
ゼルダは言いながらシオンの座っているテーブルの上のホットサンドに目をやる。
「素直じゃないわね」
「素直じゃないですね」
シオンとルミエールの声が重なり、ゼルダは顔を引きつらせる。
「お前たちは随分と気が合うようだな?」
「ちょっと、ルウちゃんを盗られそうって妬いてるの?」
「何でそうなる!大体いつの間にそんな呼び方に変わったんだ?」
「羨ましいの?じゃあ、むっつり艦長もランクアップしてオーちゃんにしようか」
「ぶはっ」
シオンの言葉にルミエールは思わず噴き出す。
ゼルダをそのように呼ぶ人間はアリアクロスに存在しない。
「艦長には他の候補はないんですか?」
「リアルBL顔、娘命(娘はそうでもない)、バカンチョー、キレ男、オカリナ使い、とか?」
「私の候補より多いですね。まったく羨ましくないですけど」
ルミエールは言い半笑いなる。
自分の時もそうだったがまともな物が一つもない。
ゼルダは顔を引きつらせ、ベルツボークはポカンとしている。
「さて、それでは艦長はシオンにオーちゃんと呼ばれるとして、ベルツボークには洗い浚い詳しくお話してもらいましょうか」
ルミエールは笑って言うとベルツボークを見る。
ベルツボークは眉根を寄せる。
「俺は裏切ったんだぞ?」
「おっちゃんも分からない人ね?何回言えば理解できるの?つーかさ、オーちゃんが一言おっちゃんに言えばいいんじゃないの?」
シオンの抗議の混じった言葉にゼルダは諦めたようにため息をつく。
「ベルツボーク、今回はお前を許す。二度と同じことを繰り返すな。それが仲裁者の判断に従うと言うことだ。それから、お前の身内は我々が何とかする。政治家なんぞに頼るんじゃない」
ゼルダの言葉にベルツボークは瞠目する。
理解することが出来なかった。