独白1
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「…だが、その液体がなければ君は死んでいたかも知れないのだぞ?」
レイスが考えるように言う。
「まあ、生きてるのは凄いわよね。生きていたんだもの。アタシすっごい強運だわよ」
「おや、覚えているのかい?」
「……猫が飛び出して来たまではね。寝坊して、かなりスピード出してたのよ。大事なライブだったし。…猫ちゃん、大丈夫だったかしら」
「……そこで猫の心配か?」
ゼルダは呆れたように言う。
「だって、巻き込まれたら猫ちゃんだって怪我するわよ?あんなんで当たられたら人間だって死ぬわよ?」
『……しかし、お前は強運だよな。俺達が病院行った時、包帯ぐるぐる巻きで医者が生きてるのが奇跡だって言ってたくらいなんだぜ?正宗さんは号泣してるし、何かカオスだったな』
慎は思い出したように言う。
『……即死してもおかしくない事故だったんだぞ?バイクは大破、街路樹はブッ倒す、しかも地面に激突して跳ね返って後続車のボンネットに転がり乗ってフロントガラスを突き破ったんだと。乗ってた娘も号泣だ。何でもお前の手足は有り得ない方向に曲がってたんだってよ。…噂では車の運転が出来なくなったとか』
「……マジか。うわぁ、何か悪いことしちゃったな」
『……でも、お前が死ななくて良かったって慰謝料は請求しなかったらしいぞ。感謝しろよ?』
「超リアルな話だわね」
「…生きてるのが奇跡か。だが、君は検査の結果、身体に怪我の痕らしきものはなかったがな。あの水膜が傷を治癒したというのか?」
レイスは考えるように言う。
話を聞けば、シオンはかなりの怪我をしていたはずだ。
だが、検査した結果シオンの身体には何の痕もなかった。
『病院なんかに任せられんとか言って連れ帰って変な液体に浸けた時は、正宗さんがおかしくなっちまったんだと心配したけど、ちゃんと理由があった。有り得ないけど、お前の傷が消えたんだよ。色気のない身体が復活したときは俺も夏生も幻覚を見てるのかと思ったくらいだ』
「……色気のない身体ってまた言いやがったわね」
『お前、悔しがってるだろうな。早く起きて仕返ししてみろ』
慎はイタズラっ子のように笑う。
「あの水膜の残っていた液体を調べたが治癒能力など確認はできなかった」
「ですが、実際にシオンの傷は癒えている」
ルミエールがレイスの呟きに答える。
「調べ直してみるか」
レイスは眼鏡をあげながら言う。
『色気のないところがシオンの良いとこなの。俺のお嫁さんになって欲しいNo.1なんだよ?』
画面の端から正宗が苦笑しながら戻ってくる。
先程、慎が投げつけた着物を着て、長い髪を横で結んでいる。
『出たな親バカ』
慎は笑いながら正宗に譲るように椅子から立ち上がる。
『そうです。俺は親バカです。だって世界でいや、宇宙で一番シオンが可愛いもん。お嫁さんなんかいってほしくないもん』
『……もんとか言うなよ。アンタ、いい年なんだからさ』
慎は顔をひきつらせる。
『…大体説明しといたぞ?この場所の説明と自分のことは自分で言え』
『うん、ありがとう。でも、一つ言い忘れてるよ?』
『?』
『猫ちゃんは元気でボブ君が飼っています、ってね?多分、シオンは猫ちゃんを気にしてると思うんだよ』
『ああ、言い忘れてたな。ボブが宇宙に連れてった。アイツ、猫にシオンって名前付けてたな』
「……ボブが飼ってくれてるんだ」
シオンは呟き、バンド仲間の暮武の顔を思い浮かべる。
『ボブってあだ名はシオンがつけたんだよな』
『そうなの?』
『武が格好良い名前が欲しいとか言ってて、シオンがボブでいいんじゃね?多国籍っぽいしとか言ってさ』
『シオンらしいね。シオンは人にあだ名つけるのが得意だよね』
『…得意か?ボブって音読みしただけだぜ?あいつ、イメージだけであだ名つけるからな。しかも、鬼畜とか変態とかハゲとかろくでもない言葉が好きだよな?』
『大丈夫、シオンは人を見るよ。本当にその相手が傷つくような言葉だったら言わないよ』
「我々は傷ついていますがね」
ルミエールが苦笑する。
『…なあ、シオンが起きた時、俺達は生きているかな?』
『……多分、これを見てる時は俺達は生きてないかな』
正宗の言葉に慎は悲しそうに俯く。
『…夏生にはそれ言わないでくれ。アイツ、シオンが起きたら娘にしてやるとか張り切ってるんだ』
『うん、解ってる。……ねぇ、何度も言うけど俺は慎ちゃんとなっちゃんにはアリアクロス辺りに移住して欲しいんだけど?』
『…その話はしない約束だろ?』
『俺はシオンの大事な親友のなっちゃんと君を死なせたくない。地球は滅びる。でも、君たちが生きてれば君たちの子孫はきっとまたシオンと巡り逢えるんだよ?』
『…アンタとシオンを置いて他の惑星にはいけない。何度も言ってるだろうがっ!』
慎は怒ったように言う。
『大丈夫だよ。俺は死んでもシオンは死なせない』
『……そういうことじゃねぇ!俺達はアンタにも生きてて欲しいんだよ』
『慎ちゃん、そんなことを言うと俺慎ちゃんに惚れちゃうよ?』
『……茶化すなよ。アンタ、すげぇ、身体の調子が悪いだろ?俺達を助けるためにアンタは自分を犠牲にした。シオンの入ってる水だってそうなんだろ?』
慎は言ってハッとしてカメラを見る。
『…わりぃ。あとで編集しないとな』
慎はため息をついて頭を掻く。
その様子に映像を見ていた者達は眉を寄せる。
映像は編集されることなくそのまま流れている。
シオンには聞かせたくないことだったから慎は編集すると言ったのだろう。
編集できない何かがあったのだろうか。
『慎ちゃん、ありがとう。シオンは本当に良い友達ができた』
正宗は優しく笑い、慎の頭を撫でる。
『アンタとシオンはそっくりだ。自分のことより、他人の世話ばっかり焼きやがる。もっと、自分を大事にしてくれよ』
『…ありがとう。…あ、そうだ。なっちゃんが今、ご飯を作ってくれてるから手伝ってあげて?今が大事な時だしね。何かあったら心配だし』
『……夏生が作ってる?止めてくれよ!アイツの飯だけは勘弁だ。それから、後で話し合いだからな!』
慎は言いながら慌てたように画面から出ていく。
『なっちゃんのご飯は俺が作るよりは美味しいけどな。てか、俺、二人がかりで説教されるの嫌だなー』
正宗は呟くと頭を掻きながら椅子に腰掛ける。
『さてと、さっきの続きを話そ……』
―ドォォーン―
正宗の言葉と共に爆音が響き渡る。
『…やつらか』
正宗は呟くとため息をつく。
『シオン、ごめんね。ちょっとだけカメラを止めるね』
正宗は言うとカメラに近寄り映像が途切れる。
「……」
医療室内は沈黙していた。
「自分を犠牲にした?」
シオンは表情を強張らせ小さく呟く。
どういう意味なのか解らない。
画面がまた再開される。
そこには顔色の優れない正宗が映っていた。
『ごめん、ごめん。続きを話そうか』
正宗は言うと、椅子に戻り腰掛ける。
『侵略者は定期的に破壊活動をしている。気を付けないとこの施設も潰れちゃうからね』
正宗は言いながらため息をつく。
疲れた顔は青白くなっている。
『シオンがこれを見ているのはどこだろう?シオンの強運を信じればアリアクロスかガリアの人が一緒にいるんじゃないかな?』
正宗の言葉に医療室は静まっていた。
『俺の希望でもあるんだけど。アリアクロスならいいな。彼等は家族とか仲間を愛して寛大な心を持つ種族だから、シオンの言動で怒り狂う心配がない。シオンはいい子だけど人を怒らせる発言をするから心配なんだよね』
正宗はため息をつく。
『まあ、多分、これを見れてるならアリアクロスだろうと思うんだけどね。地球の技術を存分に使えるのはあの感じだとアリアクロスだけだったからね』
正宗は考えるように言う。
『ガリアの技術も素晴らしかったけど彼等は進み過ぎる技術を嫌っていた。いい人が多いけどあれでは侵略者には対抗できない』
正宗の言葉はまさに今のガリア星を指している。
『もう、俺の正体は解っているんじゃない?』
正宗はカメラを真っ直ぐに見つめて微笑んだ。
『宇宙史では移動の民って呼ばれていた。俺達の種族はレストラードって言う寄生型の生命体なんだ。解りやすく言えばアメーバみたいなもの』
「…実在していたんですね」
ルミエールが絞り出すように言う。
宇宙史には、害悪な存在であることと絶滅したことは書かれていたが、実在したのかは不明とも書かれていた。
だが、正宗は害悪な存在のようには思えない。
『シオンは周りの人と普通に会話が出来るんじゃない?それは俺のせい。シオンってばよく怪我してたから、俺がべろべろ舐めて治してたんだけどそれが原因。その時に何か知識も一緒に渡っちゃったんだよね』
「そういえば、お兄ちゃんが舐めた傷ってすぐ治ってた」
シオンは思い出したように言う。
それが当たり前だったから気にもしなかったが、自分で舐めても治らないのは不思議に思っていた。
『英語とかは喋れないでしょ?それは俺が地球の言葉を知らなかったから。てか、地球って言語が多すぎる。他の惑星は大体一つしか言語はなかったのにさ。因みにシオンはスワヒリ語なら喋れるよ』
「どこで使うのよ?つーか、何でスワヒリ語?」
シオンは突っ込む。
『俺は寄生した人間の知識を吸収できる。言語から文化、その人間を通して俺の中に刻まれていく。色んな惑星の人間に寄生した。だから、殆んどの惑星の言葉が解ると思うよ』
正宗の言葉を黙って聞いていた。
『あ、言っておくけど俺は宿主に許可を貰ってから寄生してたんだ。宿主を乗っ取れないように核を渡してた。それぐらいしないと信用してくれないからね。迫害されていたし、何しろ本当に最悪な奴が多かったからね』
正宗は憂いを帯びた表情をする。
『核は人間で言えば心臓みたいなものでその核を守るのが親心液。核を傷つけられたらレストラードは死ぬ』
正宗の話にシオンの表情が険しくなっていく。
慎の話と照らし合わせれば、正宗が弱っているのは自分のせいだ。
『シオンのせいじゃないよ。俺がそうしたんだから。君はすぐに自分のせいだとか思い込んでしまう。親は子供のためなら死ぬことだっていとわないものなんだよ』
正宗は言うと優しく微笑む。
男だとは解っているがその微笑みに赤面してしまう。
だが、シオンだけはそんな正宗を睨むように見ていた。
「シオン、君の父上は君のために自分を犠牲にしても君を死なせたくなかったのだ。そんな顔をするな」
ゼルダがシオンの頭にポンと手を乗せ宥めるように言う。
娘のためなら死ねる。
その気持ちは理解できる。
『何でこの正宗の身体を自由につかっているかって話になるよね?』
正宗は胸に手を当てて言うと、何かを思い出すように目を閉じる。
そして、遠くを見るように静かに話し始める。