医療室にて3
「……お前、大丈夫か?」
ハルが心配そうにシオンを見る。
「……頭なら大丈夫だから。じゃなくてさ、アタシ日本人な訳よ。んでね、英語とか苦手なの。つーか日本語しか喋れないのよ。だから、アンタ達が日本語を喋ってるのかなーって思ってさ」
シオンは言う。
その言葉に周りの人間はハッとする。
「……ハルが接触の時翻訳システムを作動したんですよね?」
確認するようにルミエールはハルに聞く。
「いいえ、俺が作動したのは、ブーストの時のホールドシステムだけです」
ハルは答える。
最初からシオンは理解できる言葉を喋っていた。
「…グレイドに翻訳システムがついていたのか?」
「それではここで会話が不可能な筈ですが?」
ゼルダの言葉にルミエールが答える。
今まで普通に会話をしていたから言われるまで気付かなかった。
他の惑星同士の人間が会話をする時は、大体が翻訳システムと呼ばれる光線あるいは機器を使っている。
翻訳システムを使っても、他の惑星の人間と会話をすると微妙に言い回しやイントネーションが違ったりもする。
だが、シオンの言葉は多少意味がわからない言葉もあるが、それらがなかった。
だからこそ気付かなかった。
会話することに違和感がまったくなかったのだ。
彼女の歌も彼らにわかる言葉だったことが原因かも知れない。
考えてみれば四百年前の地球人と翻訳もなしに会話ができるとは思えない。
「……あの歌も君の国の言語なのですか?」
ルミエールが考えるように聞く。
歌の方はグレイドが勝手に翻訳したとも考えられなくはないが、どうも腑に落ちない。
意味が解る言葉ですんなりと歌が耳に入ってきた。
翻訳ではありえない。
「当たり前じゃない。つーかさ、アタシ、外国人っぽいアンタ達と会話してることに違和感がありまくりなのよね」
シオンは見回しながら言う。
どうみても彼らは日本人のようには見えない。
地球で言えば、欧米人種のように見える。
外国人と話す機会も何度かあったが、通訳なしでは会話もままならなかった。
だからこそ、宇宙人だと言う外国人のような彼らと話ができることが不思議だ。
「……やっぱり、夢か?」
「夢ではないよ。もう一度、自分を叩くのかい?」
シオンの言葉にルミエールは二日前のことを思い出し苦笑する。
夢だと思い込んで訳の分からない行動を取られると困る。
「……痛いのは遠慮しとくわ。つーか、アンタ達の視線がもの凄く痛かったしね」
シオンはため息をつく。
「……地球には様々な言語が存在していたが、君は自国の言葉しか喋れなかったということか?」
ゼルダはシオンを見ながら言う。
「……アイキャンノットスピークイングリッシュ、よ」
「I cannot speak a foreign language.……ではないか?」
「……宇宙人に訂正されちまったわよ。何で英語喋れるのよ」
シオンはショックを受けたように流暢に英語を話したゼルダを驚愕の表情で見る。
「アリアクロスには地球からの移住者が多かった。教養として地球の言葉を勉強する者もいるのですよ」
ルミエールが言う。
「……じゃあ、何か英語で喋ってみてよ」
シオンはムスッとし言う。
「Even if say some in English is said, there is no telling about what it should speak.(何か英語で話せと言われても何を話せばいいかわからない)」
「……コンチクショウ、何を言ってるかさっぱり解らん。やっぱり、アタシ日本語以外は解らないわよ?」
「……何でアリアクロスの言葉が解るのに地球の言葉が解らないんでしょうね?」
ルミエールが不思議そうに言う。
「君は本当に地球人なのか?」
ゼルダが訝しげな表情でシオンを見る。
「何よ?英語が喋れないと地球人じゃないってか?そりゃ、英語は公用語かも知れないけど日本で暮らしていくなら英語なんて喋れなくたって生きていけるわ」
シオンはムスッとして答える。
「……しかし、我々と会話が出来ているということは、君が地球人でない可能性も出てきてしまう訳ですが」
ルミエールが困ったように言う。
「アタシは地球の日本以外に住んでた覚えはないわよ?」
シオンは答える。
『この言葉はわかるか?』
ハルが不意に彼の知っている他惑星の言葉で言う。
「解るに決まってるじゃない。アンタこそ大丈夫?」
シオンはハルの方を見て言う。
その言葉にゼルダとルミエールは顔を見合わせる。
ハルの喋ったのはコラルド星の言葉だった。
ゼルダとルミエールにはよく解らなかったが、シオンには普通に理解できたようだった。
「シオン、君はハルが何て言ったのか解るのですか?」
「…はあ?」
シオンは何を言っているんだと言うようにルミエールを見る。
シオンにはハルがずっと同じ言語で喋っているように聞こえた。
その言葉に三人は考え込む。
「ハルは何と言ったんだ?」
「この言葉はわかるか、でしょ?アンタ達だって聞いてたでしょ?何を言ってんのよ」
シオンは不思議にそうに言う。
「……合ってる。あのな、俺がさっき喋ったのはコラルド星の言語なんだ。アリアクロスの言葉とは違うんだよ」
ハルはシオンに説明する。
「……アタシには、ずっとアンタが日本語を喋っているように聞こえたけど?」
シオンはハルを見て答える。
「……これは読めますか?」
ルミエールは言いながら、医療品の置いてある台から薬瓶を取りラベルを指差してシオンに見せる。
「……何これ?読めないわ。アタシ、日本語以外は解らないって言ってるじゃない」
シオンは薬瓶からルミエールに視線を移して答える。
「ここに書いてあるのが、アリアクロスの言語…つまり今、我々が喋ってる言語なのです」
シオンはその言葉にやっと状況を理解したようでハッとした顔をした。
「……アタシ、そんな文字を見たことないし喋ってるつもりもないわ。日本語を喋ってるんだけどアンタ達にはアンタ達の星の言葉で聞こえてるってこと?」
シオンの問いに三人は頷く。
「しかもコラルド星の言葉も普通に聞こえてたんだろ?」
ハルの言葉にシオンは頷く。
「……要するに、寝てる間に宇宙人とだけ会話できるチートな能力がついちゃったってこと?どうせなら英語とかも解ればいいのに、何、この中途半端な能力」
シオンはブツブツ言いながら考え込んでしまう。
「チート?」
ハルが首を傾げる。
「元々はゲームの改変とかの意味だけど、人間離れした裏技みたいな能力を指す場合にも、日本人は使ったりするのよ」
シオンはため息をつきながら律儀に説明する。
「……寝てる間なら水膜が原因なのでしょうが、君の歌も我々には理解できた。君は眠る前から我々と会話が出来る状態だったと考えられます」
ルミエールが考えるように言う。
「……マジで?え、アタシ知らない内に宇宙人に誘拐されて改造されてたってこと?」
「…地球人を誘拐して改造するなんて話は聞いたことはないですが、そんな話があったのですか?」
「うん、UFOの特集番組でアメリカ人が拐われてチップを埋め込まれたとかやっていたわよ?」
「君の検査結果の報告書には、君の身体に異物があるとは書かれていなかった。それから、君の言うUFOとは地球人が造り出した物だが?」
ゼルダがため息をつく。
「……は?」
シオンは目をまん丸くする。
「君の生活していた時代はすでに地球と宇宙の星々は密かに条約を結んでいた。それで、技術提供を交互にしていた。地球では宇宙空間を自由に移動する技術はそれほどは進んでいなかった。だから、提供された技術を試していた。それが君の言うUFOなのだよ」
ゼルダが説明する。
それが、彼らの宇宙史に書かれている事実としての歴史だった。
「じゃあ、グレイとか宇宙人って呼ばれてたアレは?」
「……それは地球人が遺伝子操作により造り出した生命体だ。主に宇宙やUFOでどれほどの耐性があるかを試すための実験体。死のうが生きようが構わないという理念で作られた哀しい生命体と言うのが事実だ」
ゼルダは微妙な顔をして言う。
人間のエゴで造られた生命体などあってはならない。
そもそも生命を実験のために使うこと自体が間違っている。
ゼルダは小さくため息をつく。
「……酷いことをしてたのね。地球人って」
シオンは言い、落ち込み始める。
知らなかったとは言え、余りにも酷い。
やってはいけないことを同じ地球人がしていたと思うと悲しさや虚しさが込み上げてくる。
「…君が落ち込む必要はありませんよ。殆どの地球人は知らなかったのです」
ルミエールが落ち込み始めたシオンを慰めるように言う。
「知らないのが罪だわ。アタシのイメージではグレイって地球を侵略しにきた悪い奴等って感じだったの。彼等にしてみたら迷惑な話じゃない。勝手に造られて実験される上に悪者扱いなんて」
シオンはしょんぼりとしてしまう。
「……すまない。君にすべき話ではなかったようだ。ルミエールの言う通り、君が気に病むことではない」
ゼルダは困ったように言う。
まさか、こんなに落ち込まれるとは思っていなかった。
「……感傷に浸らないタイプだとか言ってたのに、何でそんなに気にするんだよ」
ハルは驚きを隠せずに言う。
今までのシオンの言動から、軽く流すと思っていた。
「……たまには感傷に浸る時もあるのよ」
シオンは俯いて言い、それきり黙ってしまう。
誰も何も言えなくなり、暫く沈黙が続く。
――パシン
不意に沈黙が破られた。
シオンが自分の両頬を気合いを入れるように叩いたのだ。
三人は驚いてシオンを見る。
「よし、落ち込むの終わり!さあ、続きを話しましょう」
シオンはポカンとしている三人を見回して元気良く言う。
「…どしたの?」
シオンは小首を傾げて聞く。
ルミエールは落ちた上掛けをシオンにかけ直し頭を掻く。
「……取り合えず、君の訳の解らない行動に驚いています」
そして、思っていることを言う。
「気合いを入れ直したのよ。だってさ、いつまでも落ち込んでてもしょうがないじゃない?」
シオンはニコッと笑い言う。
「……」
三人はそんなシオンをポカンと見る。
先程まで消えてしまいそうな悲愴な顔をしていたのに今は笑っている。
それが不思議でならない。
三人はただただ呆然としていた。