艦長と副官2
読んでくださってありがとうございます。
「ダメだな」
「パスワードがわからない上に指紋と人物認証までついているなんてお手上げですね」
ゼルダとルミエールはディスクを並べて艦長室で話し合っていた。
「彼女が起きてから調べるしかない…か」
ゼルダはため息をつく。
「しかし、ディスクのすべてにロックがかかっているってすごいですね。何か重要な内容なんでしょうか?」
「さあな、それよりレイス博士の方はどうだろう」
ゼルダは言いながら、艦長室の備え付けの戸棚からコーヒー豆を取り出すとコーヒーを淹れ始める。
ルミエールはその様子に眉間にシワを寄せる。
普及したのはつい最近なのだが、ゼルダは普及する前から飲んでおり友人や艦の者に飲ませる時も彼自らが淹れて振る舞っていた。
「……あちらにも、ロックがかかっていそうですね」
「あのグレイドはマクシミリアンとの戦闘においてかなり有利になるだろう。どうあっても構造を解明しなければならない」
ゼルダは言いながら温めてあったカップの湯を捨ててコーヒーを注ぎ込むと、カップをルミエールの前に置く。
「……ありがとう」
ルミエールは無感動に礼を言い、コーヒーを一口飲んでカップを置く。
正直、ゼルダのコーヒーは苦手だった。
ゼルダのコーヒーは苦い。
砂糖やミルクを入れようものならコーヒーはそのままを楽しむものだと説教をし始める。
飲まなければ飲まないで不機嫌になるのだから手に負えない。
「まあ、あのグレイドがこれから何らかの利益をもたらしてくれるのならいいですけどね」
言いながらルミエールは他の所持品を見てみる。
コーヒーから意識を離したいルミエールは必死だった。
他には、着物とノート、後はクラシッシクギターだけだ。
ギターは大事そうにケースに入れられていた。
「ゼルダも地球の言葉は読めませんでしたっけ?」
ノートを見せて聞く。
「俺の読めるのは公用語と言われる英語だけだな」
ゼルダは肩を竦める。
ノートに書かれている文字は日本語でゼルダには読めない。
「ああ、地球は様々な言語が存在したのでしたね。同じ星なのに不思議なものですね。これはエミリアかレイス博士に任せますか?」
「そうだな。……冷めるぞ?」
ゼルダは答え、チラリとルミエールの前のカップに目をやる。
「……ぬるいほうが飲みやすいんです」
にこりと笑い、ルミエールは答える。
「…しかし、あのグレイドとお嬢さんはどうします?」
ルミエールはゼルダの意識をコーヒーから外すために話を続ける。
「……そんなにコーヒーが嫌いか?」
ゼルダのため息混じりの言葉にルミエールは舌打ちをする。
コーヒーが飲みたくないが為の会話だと気付かれている。
正確にはコーヒーは嫌いではないがゼルダの淹れるコーヒーが苦手なだけだ。
仕方なしにルミエールはコーヒーを飲み干す。
「……二杯目をいれよう」
「…いりませんよ。それより、アリアクロスにはどう報告するんです?」
心底嫌そうな顔で答えたルミエールは、真面目な顔に戻る。
「……いらないのか」
残念そうに言い、ゼルダは自分の前のコーヒーを飲む。
「先ずは、エターナル首長に報告しなければな」
「……ああ、私は同席はしませんからね?」
「俺一人ではシオンに何をされるかわからん」
「……いや、多分、シオンが何をするかわからないかと。やっぱり面白そうだから行こうかな」
ルミエールは言いながらほくそ笑む。
あの首長にシオンが何を言うか楽しみだ。
「……あまり睨まれるようなことを言われるとこちらが不利になると思うが?」
ゼルダは片眉を上げて言う。
「どうせ睨まれているんです。いっそ好き勝手喋らせて手に負えない娘だと思われた方が、彼女の自由は確保しやすい。そしたらこちらで預かることができる。あちら側に行かれてしまうと我々が守ることは難しいと思います」
ルミエールの言葉にゼルダは考える。
あちら側とはもちろんアリアクロスの政治家たちのことだ。
彼らは自分達の保身しか考えていないような連中だ。
純粋な地球人などと言ったら彼らの利権のために確実にシオンの自由はなくなることだろう。
ただでさえ慣れないであろう環境に制限された生活を送らなければならなくなるのは余りにも可哀想に思える。
「……まあ、私たちが彼女の今後を話し合ったところで彼女がどうするか、なんですけどね」
ルミエールはそう言うが、彼女の選べることなど殆どないだろうことはわかっていた。
かつての自分達がそうだったのだから。
「……最善を尽くすしかない」
ゼルダは言うと、コーヒーを口にする。
―――ビービー
艦内に警報が鳴り響いた。
『艦長、マクシミリアンがエターナルに急速接近中です』
緊急回線が開かれ、モニターにはマクシミリアンと思しき映像が写し出される。
「すぐにブリッジに戻る。パイロット達は定置につけと指示を」
ゼルダは通信に答えると、立ち上がり上着を着る。
『了解しました』
返事が聞こえ緊急回線は切れる。
「…行くぞ」
「はい、艦長」
二人は艦長室を後にし、ブリッジに戻っていく。
マクシミリアンの襲来は日に日に多くなっていた。
そのせいでエターナル市民は不安に陥り治安も悪化している。
母星からは最低限の人員しか送られてこず、エターナルは見捨てられているのだと噂まで流れ、エターナル首長からは軍と本星への嫌味を聞かされ続けて正直辟易していた。
とにかく負けるわけにはいかない、エターナル市民の命を守ることこそが彼らの使命であった。