閑話2
読んでくださってありがとうございます。
「ハルー!」
アスカとカウスは艦の居住区へ渡る通路で宇宙空間を見つめているハルを見つけると声をかける。
ハルはぼんやりとしていた。
「……ハル、東城さんのこと考えてたのか?」
カウスが声をかける。
「…誰があんな最悪なやつ」
――パシィィーン
ハルが言い終わる前に、アスカはハルの頬を手のひらで叩いた。
「な、何するんだよ!」
ハルは頬を押さえて、驚いたようにアスカを見る。
「アンタねぇ、あの子のこと何も知らないくせによく言えるわね!あの子は、誰かに会いたいって思っても誰にも会えないのよ?」
アスカの言葉にハルは下を向く。
「…ブッ飛ばすんじゃなかったのかよ?」
殴られた脇腹を擦りながらカウスはアスカに恨めしげに言う。
「アスカこそ、アイツのこと知ってるのかよ?」
ハルはムッとした様子でアスカに聞く。
「知らないわ。でも、あの子は最悪なんじゃないわ。勝手にあの子に幻想抱いて八つ当たりする方が最低よ」
アスカの言葉にハルは言葉を詰まらせる。
「……悪かったよ」
不貞腐れたようにハルは言う。
「私に謝ったって仕方ないわよ。アンタは禿げて後悔するがいいって言ってたわよ?」
「……アイツ、本当に黙ってればいいのに」
ハルはしみじみと言う。
「激しく同意するよ。東城さんは黙ってれば美少女だよな?……と、取り合えずさ、博士がグレイドの中を見せてくれるって言うから行こうぜ?」
カウスはアスカの殺気を感じ取ったのか、慌てて話を変えるように言う。
「え、ホントか?……あの中を見れるの?早く行こう!」
ハルは落ち込んでいたとは思えないほど目を輝かせ、格納庫に向かって走り出す。
二人はその様子に顔を見合せて笑うとハルの後を追って走り出す。
彼らはマクシミリアンと戦うグレイドに憧れパイロットになった。
目の前でマクシミリアンを消し去った未知のグレイドに興味を示すのは当たり前のことだった。
バタバタ走りながら、格納庫の扉を開け、三人が中に入ると整備士達と話しているレイスがいた。
すでに音楽は止まっていた。
「博士!ハルを連れてきました」
アスカがレイスに声をかける。
「……見ればわかる。さっそくだが、君たちにはこのグレイドは何に見える?」
レイスは三人に質問する。
三人はシオンの乗っていたグレイドを見ながら考える。
「……人型ですけど、動物のように見えます」
ハルが答える。
このグレイドはハルのアルテミス、アスカのゼウス、カウスのアテナのようなグレイドとはまったく違う型をしている。
彼らのグレイドのように人型ではあるのだが、趣が全く違うのだ。
「…羽根も生えてるし天使なんですかね?」
アスカは言いながら首を傾げる。
「何だかよく分からないけど、格好いいと思います」
カウスの言葉に二人は頷く。
「確かにアリアクロスの最新のグレイドよりも美しい造形だな」
レイスも同意する。
「……それに、カプセル内が広いですよね?」
アスカは言う。
普通は一人位しか乗れないが、このカプセルには三人くらい乗れそうだ。
「…ふむ、残念な報せがあるのだが」
レイスは三人を見る。
三人は息を飲んでレイスを見る。
「…君達に操作してもらおうかと思ったのだが、指紋と人物認識の為に不可能だ」
レイスは眉を下げて言う。
「操作できたのは、音楽ファイルとカプセルの開閉、グレイドの変型だけだった。新たに指紋と人物登録をすれば運転も出来そうだが今のところ、その方法がわからないのだよ」
「……運転できるのは東城さんだけってことですか?」
カウスが残念そうに質問する。
「……うむ、その可能性が高い。君達、中を見てみるがいい。面白いものが見れるぞ」
博士の言葉に三人は嬉しそうにカプセル内に入る。
操作は出来なくても、どのようになっているか構造はわかる。
「……何これ?」
アスカは中を見て驚く。
自分達の乗っているグレイドとはかなり違う。
「…バイクみたいだな」
ハルが言う。
運転席は跨がる仕様になり足元にはクラッチがありハンドルにはブレーキがついている。
「…ギターもあるぜ?」
ハルは上を見上げて言う。
運転席から手を伸ばせば、ギターを引き下ろすことができる。
ギターは見たこともない形をしており、いくつかボタンが付いていた。
「……こんなの操作できるの?」
アスカは驚きながらあちこちをみる。
「…でもさ、東城さんはずっと寝てたわけだろ?何で、変型したんだろう?」
カウスが不思議そうに言う。
「……オートシステムが作動したんじゃないか?考えてみろよ、三百年くらい宇宙をさ迷ってたわけだろ?マクシミリアンと遭遇したら勝手に戦うように設定されていたとかさ」
ハルは考えながら言う。
機体の損傷などはない。
「……ハル・ジェイド、中々いい推測だ。君の推測は合っている。メモリーが搭載されているのだが寝息と共に咆哮とマクシミリアンと思われる断末魔の叫びが何回もあった」
「……すごい技術者ってことですよね。オートシステムなんて、考えられない」
アスカは言う。
「そう、これの完成が早ければ地球は今も存続していただろうな」
レイスはカプセルの外からグレイドを眺めて言う。
「…博士はこの文字は読めるんですか?」
ハルはカプセルに書かれている文字を指差してレイスに聞く。
「……シオンの友人が書いたのだろうな。殆どが彼女の目覚めや幸福を願う文章だ」
レイスは肩を竦めて言う。
「……」
ハルはアスカに言われたことを思い出し下を向く。
シオンはこの文字を読んでいた。
友人たちのことを何とも思っていなかったわけがない。
「『君が目覚めて君の知っている人間がいなくても悲しまないで。俺たちは君の心の中にずっといるから。〈2118年に補修〉』彼女が見た文章はこれだろうな」
レイスは先ほどの一幕を思い出して言う。
「……名前は書いてないが、誰が書いたかを彼女は知っていたのだろうな。だから、あんな風に言ったのだろう」
レイスは言う。
「…本当に強いな、東城さんは」
カウスは言う。
自分に置き換えれば、号泣するか絶望に打ちのめされる。
それはアスカもハルも同じだ。
「…博士、音楽ファイルはどうやって操作するんですか?」
アスカは聞く。
何となく気分が落ち込むので雰囲気を変えようと思った。
「…座席の後ろの赤いボタンで曲を選び黄色のボタンで再生のようだ」
アスカは言われた通り赤いボタンを押してみる。
カプセル内のモニターにいくつか曲名が出ているようだが読めず、適当に選んで黄色のボタンを押した。
先ほどの曲とは違うロックが流れ始める。
「……さっきのと全然イメージが違う」
激しい歌声に驚きを隠せない。
「…でも、かっこいい曲だな」
ハルが呟くように言う。
彼女の歌声が心に染みてくる。
「……この歌もα波か」
三人が聞き惚れている中で、レイスは計器を持ち観測していた。
静かな曲ではなくロックのような激しい曲でα波が出ることが不思議でならなかった。
整備士たちの作業も音楽が流れているせいかはわからないが、効率もあがっているようだ。
録音されたディスクでこのような効果があるのだから、本人が歌えばどれほどの効果があるのだろうか。
レイスの研究対象にシオンの歌が追加された瞬間だった。