森の中 (3)
豹もどきの彼は切り株の前で立ち止まると、優雅に伸びをして
『ウォーーン』
と、遠吠えをあげた。
この開けた土地に仲間を集めて自分を食べようとするつもりなのかと
梨花は一瞬息をとめ、逃げ出すべきかと考えたが、
彼は、そんな梨花をチラッと見た後、切り株から2,3歩離れたところに静かに寝そべった。
どうやら食べられる心配はなさそうだ。。
安堵するとともに、食料として複数の獣の胃袋を満たせるような体でもなく、
ココまで道案内をしてくれた彼を疑ったことを恥ずかしく思う。
長時間の山歩きで、棒のようになった足を投げ出すように切り株に腰を下ろした。
彼へ全幅の信頼がおけるようになった今、自分のすぐそばに豹が寝そべっていても
全くの恐怖心がない。
逆に、彼がいないほうが不安に駆られると思う。
彼の体勢から考えるに、今夜はボディガードまで努めてくれるようなのだ。
改めて彼を観察すると、月の光に照らされているその体躯は、
毛並みが艶々と輝き本当に綺麗である。
いくら、日本に森林が多いとはいえ、豹が住んでいるなんて話は聞いたことがない。
毛並みの良さといい、人間に対する紳士な態度といい、彼はペットとして飼われている?
自分と一緒で迷子になったにしては、道案内が上手であったし、
他の動物に出会わなかったということは、何処かの私有地の一画であるのであろうか?
となる考えると、ただの森にいるより断然安全だ!!
梨花は、本当に嬉しくなった。
見上げると、月はこんなに大きかったか?というぐらい大きかったが、
月を眺めることなど、いつ以来か思い出せないほどであるし、
ここが山であれば、標高が高いため、大きく見えるのかも知れない。
月明かりで、自分の様子もなんとなく見ることができた。
お気に入りのルブタンの靴は泥や引掻き(ひっかき)傷がついていて
もう、日の目を見ることはできなさそうであったが、
夏を意識した白いスーツはさほど汚れが目立っていない。
なんとなく感触から、パンストは破れているのは分かり気持ち悪いが
脱ぐと更に寒そうなので穿いておくこととする。
山だからからなのか、この格好では鳥肌が立ちそうなぐらい寒さを感じる。
思わず、足が寒くて擦っていると、彼がのそりと立ち上がり
移動して、梨花の足元で蹲ってくれた。
足元で、感じるあまりの暖かさに感動して、梨花は彼のお腹の中に
ひざを抱えて座り込んだ。
もちろん、大事な手荷物を抱えたままだ。
手荷物を見ると、今日の仕事が思い出され、不安になる。
幸い、今日はアポは一件もないし、社内会はすっぽかしてもなんとかなるだろう。
明日の午後までに、戻れば大丈夫なはずだ。
山歩きと緊張、そして豹に暖めてもらう心地良さから梨花がウトウトし始めたとき、
それまで目を閉じておとなしく目を閉じていた彼が、耳を立て顔を上げ、
彼の全身に緊張がはしるのが感じられた。
敵なのかもしれない。
しばらく彼はその体勢でいたが、やがてあくびを一回し、
元のように梨花を巻き込んで寝そべった。
梨花もまた彼に身を委ねてウトウトとし始めたが、どこからともなく
何か規則的な音が段々大きくなって聞こえ始めた。
もう、本当に近くまで来ていると感じられるほど大きくなってから、
梨花はこの音が何なのかようやく思い出し目を開けると、
もう、視覚で捉えられるような距離に馬が一頭かけてくるのが分かった。
馬は、瞬く間に梨花たちのそばまでたどり着き、
10メートルほど離れたところで立ち止まった。
そして、男が一人馬から降りた。
人間だ!!
梨花は嬉しくなって立ち上がった。
男は馬から下りた後、一瞬驚いたように梨花を見つめたが、静かに一歩づつ近づいてくる。
シャツにズボンにブーツという格好であるが、なぜか腰から剣のようなものをぶら下げている。
そして、彼は剣に手をかけ、鞘から抜いたのだ!!
月明かりに、彼の剣が、さも良く切れるように輝くのが分かった。
遠めにみても、梨花ののことはか弱そうな女に見えるはずである。
では、なぜ抜刀するのか???
梨花は、自分の足元にいる豹もどきが殺されるのを確信した。
男にばかり気を取られていて、足元にいる彼のことを忘れてたが、
もしや、彼ももうすでに戦闘体勢なのかも知れない。
そう思い、自分の下を確認すると、そこには豹の姿はなかった。
移動したのかと思い見渡したが、全く豹の姿は、見えなかった。
そうこうするうちに、抜刀した男との距離は1メートルにも満たなくなっていた。
梨花は、ココでやっと男が剣を抜いた理由が分かったのである。
慌てて、両手を上に上げ叫んだ。
「Help me!!」
なぜなら、男は明らかに外人の容貌であったからである。