火葬の村 3-2
火葬が終わると、村人たちは三々五々散っていった。
灰が冷めるのを待つ間、私は荷台に戻って商売の準備を始めた。火葬の直後に商売をするのは気が引けるが、私がこの村に来られるのは月に一度あるかないかだ。必要なものを届けないわけにはいかない。
布を敷いて小瓶を並べていると、視線を感じた。
振り返ると、さっきの少年が立っていた。炎を見つめていた時と同じ、硬い目。でも近くで見ると、その目の下に隈があった。三日間ろくに眠れなかったのだろう。
「何か欲しいものがある?」
少年は首を横に振った。
「......おねえさん、行商人?」
「そうよ」
「村の外、怖くないの?」
「怖いわよ。でも必要なことだから」
少年は暫く私を見つめていたが、やがてドームの膜の向こう――外の荒野の方に目を向けた。
「おねえさんは、どこから来たの?」
その問いの奥にあるものが、透けて見えた。この子が聞きたいのは私の出身地ではない。
「どこ、と聞かれると困るわね。どこの村にも属していないから」
「属していない?」
「私の家はあの荷台の上よ。馬と一緒にどこまでも行く。帰る場所はないわ」
少年の目が揺れた。唇が薄く開いて、何かを言いかけて、閉じた。それから、もう一度開いた。
「......僕も、これからそうなるのかな」
父親を亡くし、母親は去年死んだ。この村に身寄りはあるのだろうか。老婆が面倒を見てくれるとしても、孤児の立場は弱い。いつか村を出なければならなくなるかもしれない。帰る場所を失うかもしれない。
十二歳の少年が、それを既に理解している。怖がっているのではない。覚悟をし始めている。自分がこれからどうなるかを、この子は炎の前で考え尽くしていたのだ。
私には慰めの言葉が見つからなかった。「大丈夫」と言えるほど私は嘘が上手くないし、「強く生きて」と言えるほど私は立派ではない。
だから、私に出来ることをした。
「お腹、空いてない?」
少年が少し目を見開いた。それから、小さく頷いた。
§
干し肉と保存食を分けてやると、少年は無言で食べ始めた。
夢魘が木の枝から降りてきて、少年の隣に止まった。少年は夢魘を見て、少しだけ目を丸くしたが、怖がりはしなかった。
「よう、坊主」
少年がびくりとした。当然だ。夢魘が喋るのだから。
「......しゃべった」
「しゃべるぜ。驚いたか?」
「......少しだけ」
「少しだけかよ。もっとリアクションくれよ」
少年の口元が、ほんの僅かに緩んだ。笑ったとは言えない。でも、硬い表情が少しだけ和らいだ。
三人で――正確には二人と一羽で、荷台の横に座って食事をした。夢魘には胡桃を分けてやる。最近こいつへの食費が馬鹿にならない。
「おねえさん、名前は?」
「闡釐よ。十慧闡釐」
「難しい名前......」
「よく言われるわ」
「俺は夢魘」
「それは名前じゃなくて種族名でしょう」
少年が夢魘と私を交互に見て、少しだけ可笑しそうにした。こいつらの掛け合いは、子供にも伝わるらしい。
「僕はソラ」
「ソラ。いい名前ね」
「父さんが付けてくれた。空みたいに広い心を持てって」
その言葉を言った途端、ソラの目に涙が浮かんだ。堪えようとしている。唇を噛んで、拳を握って、必死に堪えている。でも溢れた。頬を一筋の涙が伝い、顎から落ちた。
私は何も言わなかった。夢魘も黙っていた。
ソラが泣き終わるまで、ただ隣にいた。風がドームの膜を揺らし、薄い光が三つの影の上を通り過ぎていった。
§
ソラが落ち着いた頃、小さな影がもう一つ近づいてきた。
五つか六つくらいの女の子。赤い布切れを髪に結んで、ぼろぼろの人形を抱えている。ソラの妹ではないらしい。近所の子だろうか。
「ソラくん、おじさんは?」
ソラが答えに詰まった。炎に包まれた父の姿を思い出したのだろう、唇が震えている。代わりに私が答えた。
「ソラのお父さんは、空に行ったのよ」
火葬の煙は空に昇る。嘘ではない。でも子供にとっては、意味が違って聞こえただろう。
女の子は首を傾げた。
「おそらに?」
「ええ。だからもう会えないけど、空を見上げればいつでもそこにいるわ」
女の子はしばらく考え込んでいたが、やがて私の方をまっすぐに見た。
「おねえさんは、殺しちゃったの?」
――体の芯が、一瞬で冷えた。
女の子は荷台の血の跡を見ていた。それだけのことだ。子供特有の、何の悪意もない観察眼。目に入ったものを、そのまま言葉にしただけ。
でも、その言葉は胸の穴を真っ直ぐに貫いた。風が通り抜けるのではなく、穴そのものを広げるような、鋭い痛み。
殺しちゃったの。
その問いに対する答えは、一つしかない。
「......ええ」
女の子は怖がらなかった。ただ、少し悲しそうな顔をした。
「かわいそう」
誰が、とは言わなかった。殺された人が可哀想なのか、殺した私が可哀想なのか。子供は区別しない。ただ「かわいそう」という感情だけがそこにあった。
私は何も答えられなかった。
§
女の子は暫く私たちと一緒にいた。ソラと追いかけっこをしたり、夢魘の羽を触りたがったり(夢魘は嫌がりながらも触らせてやっていた)、私の髪を珍しそうに眺めたり。
「おねえさんの髪、きれい。おほしさまみたい」
「ありがとう。......星に似てるかしら」
銀色の髪を星に喩えるのは、なるほど子供らしい発想だ。この子にとっては夜空に散らばる光が一番綺麗なものなのだろう。石を投げる大人と、星に喩える子供。同じものを見ているはずなのに。
やがて日が傾き始めた。女の子が帰る時間だ。
「おねえさん、これあげる」
女の子が、抱えていた人形を差し出した。ぼろぼろの布人形。片方の腕が取れかけていて、目は糸で縫い付けてある。大事にされてきた証拠だ。
「いいの?大切なものでしょう?」
「半分こ」
女の子はにっこり笑うと、人形の腕を片方引きちぎった。躊躇なく。子供の思い切りの良さに唖然とする。
「こっちが私の。こっちがおねえさんの」
腕のない人形を差し出された。手には取れた腕だけが握られている。すごい分け方だ。
「......ありがとう」
受け取った人形は、思ったよりも軽くて、思ったよりも温かかった。この子の体温が残っている。
「おねえさん、また来てね」
「ええ、また来るわ」
女の子は腕を振って走っていった。赤い布切れが風に揺れて、ドームの膜を通した夕日に照らされて、小さな炎のように見えた。
人形を荷台の奥に、商品とは別の場所に仕舞った。壊れないように布で包んで。
「大事にするんだな」
「当たり前でしょう。もらったものは大事にするのよ」
「......お前、そういうとこあるよな」
「どういうところ?」
「人を殺す手で、人形を大事に包むところ」
返す言葉がなかった。
矛盾している。分かっている。殺す手で誰かを守ることの矛盾は、私が一番よく知っている。
でも、この人形だけは失くしたくないと思った。理由は分からない。ただ、そう思った。




