行商人の作法2-3
賞金を懐に入れたら、次は商売だ。
荷台から商品を下ろし、村の市場の隅に場所を借りる。布を敷いて、小瓶を並べていく。香辛料と香水。これが私の主力商品だ。
「香辛料と香水なんて、随分とお洒落な商売だな」
夢魘が荷台の縁に止まり、首を傾げる。
「お洒落じゃないわ。実用品よ」
香辛料は料理に使うだけでなく、防腐や虫除けにもなる。ドームの中は湿度が高いから、食料の保存には欠かせない。香水は体臭を消すためだけでなく、魔物の中には特定の匂いを嫌うものがいる。
どちらも「必要なのに自分たちでは作れないもの」だ。だから売れる。
「へぇ......。需要と供給ってやつか」
「どこでそんな言葉を覚えたの」
「さぁな。気がついたら知ってた」
不思議な返答だが、深入りはしない。こいつに関しては不思議なことだらけだ。今更一つ増えたところで変わらない。
最初の客がやってきた。三十代くらいの女性で、赤ん坊を背負っている。
「闡釐さん、来てたの!前に買った虫除けの香、とっても良かったのよ。また同じのある?」
常連だ。この人は二度目の取引から、私の目を見ても表情を変えなくなった。一度目は少しだけ固まったが、二度目にはもう慣れていた。慣れてくれる人と、何度会っても一秒半が消えない人がいる。この人は前者で、だから私も自然に笑える。
「あるわよ。今回は少し配合を変えてみたの。前のより持続時間が長いはず」
小瓶を手に取り、蓋を開けて香りを嗅がせる。女性の顔がほころぶ。
「いい香り......。これいくら?」
「銀貨三枚。でも、前回の瓶を持ってきてくれたら二枚にするわ。瓶の再利用ができるから」
「本当!?待ってて、すぐ取ってくる!」
女性が駆けていく。夢魘が感心したように口を開いた。
「上手いな。瓶を回収すれば材料費が浮くし、客も安くなるから次も来る。どっちも得する」
「商売の基本よ。恩人に教わったの」
その言葉が口を突いて出た時、胸の奥の穴を風が吹き抜けた。恩人、と呼ぶには重すぎる人のことを思い出しかけて、すぐに蓋をする。今は商売に集中すべき時だ。
「恩人?」
「いつか話すわ」
夢魘はそれ以上聞かなかった。空気を読んだのか、それとも興味が別のところに移ったのか。次の客が来たのを見て、じっと観察モードに入っている。
§
商売は順調だった。午前中だけで香辛料が七割、香水が半分ほど捌けた。
その間ずっと、夢魘は私の肩か荷台の縁に止まって一言も発さなかった。ただ黙って、客とのやり取りを見ている。
昼過ぎになって最後の客を送り出すと、ようやく夢魘が口を開いた。
「お前、客によって喋り方を変えてるだろ」
驚いた。こいつ、ちゃんと見ている。
「当たり前でしょう。若い女性には流行りの香りを勧めるし、年配の男性には実用性を強調する。料理人には香辛料の組み合わせを提案するし、子持ちの母親には安全性を保証する。相手が何を求めているかを読んで、それに合わせるの」
「それが商売の作法か」
「作法というか、礼儀よ。相手のことを考えるっていう」
「......なるほどな。国を作る時にも必要だ。国民が何を求めているかを読んで、それに合わせる。法律ってのは、そういう事なのかもしれない」
私は少し目を見張った。半日黙って観察しただけで、商売の本質を国作りに接続してみせた。こいつ、思っていたより遥かに賢い。
「感心してるのか?」
「少しだけ」
「素直に褒めろよ」
「褒めすぎると図に乗るでしょう」
「既に乗ってるぜ」
全く、こういうところが可愛げがあるのか腹立たしいのか分からない。
§
商売を終えた後は食料の補充だ。村の食堂で昼食を取ることにする。
食堂に入ると、出汁の香りが鼻腔を満たした。魚介の混ざった、温かくて深い匂い。瞬時に胃が反応して、口の中に唾液が溢れる。
「定食を一つ。大盛りで」
店主のおじさんが頷き、奥に引っ込む。夢魘が私の向かいの椅子の背もたれに止まった。
「お前、大盛りって言ったけど、女でそれ頼むヤツいるのかよ」
「うるさいわね。体を動かしてるんだから食べるのよ」
「動かしてるって言ったって、俺から見たらずっと座って喋ってただけだぞ」
「商売は頭を使うの。頭を使うとお腹が空くの。文句ある?」
「さいですか」
定食が運ばれてきた。焼き魚に汁物、漬物と山菜の煮物。それに大盛りの飯。湯気が立ち上るそれを見た瞬間、私の中の何かが解放された。
箸を手に取り、まず汁物をひと口。出汁が舌の上で広がり、喉を温かく滑り落ちていく。続いて焼き魚に箸を伸ばす。皮が香ばしく、身は柔らかい。山菜の煮物は素朴で、漬物の塩気が飯を呼ぶ。
気がつくと、無言で食べ続けていた。
「......お前、戦場で飯食ってんのか?すごい勢いだぞ」
夢魘が若干引いている。知らない。美味しいものを食べている時に余計な口を挟むな。
「俺にも何かくれよ」
「自分で探しなさい」
「ケチくせぇ!」
「私の食事に手を出すのは命に関わるわよ?」
「脅しかよ!?」
半分は本気だ。食事中に邪魔をされるのは、戦闘中に横槍を入れられるのと同じくらい不愉快なのだ。
とはいえ、このままでは五月蝿くて味に集中できない。私は漬物を一切れ摘んで、テーブルの端に置いた。
「これで黙って」
「おっ、悪くねぇ。しょっぱいけど」
黙るかと思いきや、カリカリと嘴で漬物を突きながら食レポを始める夢魘。本当にこいつは黙ることを知らない。
でも、一人で食べるよりは悪くない。
そう思ったことに、自分で少し驚いた。




