行商人の作法2-2
ドームが見えた時、夢魘は私の肩の上で寝ていた。
半透明の膜が陽光を受けて薄く輝いている。その内側に広がる緑と、煙を上げる民家の屋根。外の荒野とは別世界のように穏やかな風景だ。
これが人の暮らし。大気汚染で地表の大半が死んだこの世界で、人はこうして膜の中に閉じこもって生きている。
「着いたわよ」
肩を揺らすと、夢魘がぱちりと目を開けた。
「んあ......もう着いたのかよ」
「寝すぎ。半日の道のりで一度も起きなかったでしょう」
「見張りが必要なかったからな。お前の馬、賢いぜ?魔物が近づいたら勝手に迂回してた」
「それは見張りをしていたということ?それとも寝ながら見ていたということ?」
「カラスは片目ずつ寝れるんだよ。便利だろ?」
便利かどうかは知らないが、そんな器用なことを黙ってやっていたのは少し感心する。こいつ、口は悪いが意外と気が利く。
ドームの入口に差し掛かると、門番が荷台を覗き込んだ。生首を見て一瞬顔を歪めるが、すぐに慣れた様子で通行証を確認する。
顔を上げた門番と、目が合った。いつもの反応だ。銀色の髪を見て、次に深紅の瞳を見る。瞳孔がほんの僅かに開いて、閉じる。唇の端がぴくりと引き攣る。それから意識して表情を戻す。全部で一秒半。もう数え飽きた。
「十慧闡釐、行商人。賞金首の引き渡しと商品の販売で」
先に名乗った。名乗ることで「怪しい者ではない」と示す。通行証を差し出す手も、なるべく穏やかに。こういう場面で余計な摩擦を生むのは商人として下策だ。
「......確認した。その、肩のカラスは?」
門番の声が少し硬い。忌み子に加えて人語を話すカラスとなれば、警戒が重なるのも無理はない。
「荷物よ」
「荷物って何だよ。夢魘だ」
門番が目を丸くした。カラスが喋ったことに驚いているのか、自分に名前があることを主張したことに驚いているのか。恐らく両方だろう。
「変わったカラスなの。噛まないから安心して」
「噛まねぇけど嘴で突くぞ?」
「黙ってて」
門番は深く考えることを放棄したらしく、手を振って私たちを通した。ドームの中に入ると、外の乾いた空気とは全く違う、湿り気を帯びた風が肌を撫でる。草木の匂いと、遠くから漂う煮物の匂い。
お腹が鳴った。昨日から何も食べていない。
「今の腹の音か?すげぇな、魔物の唸り声かと思ったぜ」
「うるさい」
§
まずは賞金の受け取りだ。
村の自警団の詰め所に向かい、首を差し出す。自警団長の老人が袋の中身を確認し、台帳と照合した後、銀貨の入った袋を渡してくれた。
「ご苦労さん。こいつには手を焼いていたんだ。行商人が三人もやられちまってな」
「仕事ですから」
「しかし嬢ちゃん、毎度思うが物騒な商売だなぁ。もう少し穏やかな稼ぎ方もあるだろうに」
余計なお世話だ、と言いたいところだが、この老人には何度か世話になっている。営業スマイルを保つ。
「穏やかな稼ぎ方だけでは生きていけない世の中ですから」
老人はそうだなぁ、と寂しそうに頷いた。この人は私の髪や目について一度も触れたことがない。だから営業スマイルではなく、少しだけ本物の笑みを返せる。こういう相手は貴重だ。
その横で、夢魘が興味深そうに台帳を覗き込んでいる。
「なぁ、あの紙に書いてあるのは何だ?」
詰め所を出た後、夢魘が聞いてきた。
「台帳よ。犯罪者の名前と罪状と賞金額が記してある。村の掟に背いた者がここに載るの」
「掟......つまり法律か」
夢魘の目が真剣になった。
「あれ、写しはもらえないのか?」
「無理よ。村の機密だから」
「ちぇ......」
本気で残念がっている。こいつは本当に国を作るつもりなのか。少し可笑しくなったが、顔には出さなかった。




