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丁々発止が鳴り止まない。改訂版  作者: ArU
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カラスが鳴いた 1-2

 翌朝、目を覚ますと最初に感じたのは匂いだった。


 昼前の日差しが瞼の裏に刺さる。鼻腔をくすぐる血と土の残り香――昨夜の殺しがまだ肌に染みついている。身体を起こし、水筒の水で顔を洗い、馬を促した。

荷台が揺れ始めて暫くすると、道の先に黒い塊が見えた。


 ――カラスだ。


 昨夜男を倒した場所に差し掛かっていた。一羽や二羽ではない。おぞましいほどの数のカラスが、男の体に群がっている。黒い塗料をぶちまけたように体が見えなくなっていた。肌を啄み、肉を引き剥いでいく音が、荷台の上まで届く。


 馬を止めるつもりはなかった。そのまま通り過ぎるだけだ。でも、目を逸らすことは出来なかった。

――あれが、私の未来かもしれない。

 行商人は危険な商売だ。ドームの外を旅する以上、魔物に襲われることもあるし、賊に殺されることもある。いつか死んで、誰にも見向きもされず、カラスに啄まれて骨だけになる。それが私の終わり方だとしたら――胸の穴を、また風が通り抜けた。


 群れが視界の端に消えようとした時、一羽だけ――食べていないカラスがいた。

他のカラスが必死に肉を啄む中、そいつだけは少し離れた場所に止まって、じっとこちらを見ていた。

見ていた、というより――

 

 笑っていた。


 カラスが笑うというのは変な表現だが、そうとしか言いようがない。嘴を半開きにして、首を傾げて、確かに笑っているように見えた。


 不気味だ。でもただのカラスだ。気にしても仕方がない。

私は前を向き直し、馬を促した。生首が荷物の上で揺れている。次の村まであと少し。香辛料と香水の在庫は十分。賞金を受け取ったら、食料を補充して――ただし、この髪を見て門を閉じる村でなければいいが。


 何かの気配を感じて、手綱を引いた。

黒い何かが、空を横切って私の前方に降り立つ。

 

 カラスだ。そいつは私の上空を通り過ぎることなく、男の生首の上で羽を休めた。そしてそれを嘴でトントンと叩く。


 ――さっきの、あのカラスだ。


 間違いない。笑っていたあの一羽。わざわざ追いかけてきたのか。私は刀の鯉口に指を引っ掛け、その方向を睨んだ。

「随分と血生臭せぇな......。ちゃんと頭洗っているか?」


 ――――。


脳が一瞬で凍りついた。

笑っている。それだけではない。人の言葉を話している。幻聴ではなく、明確にこの耳で聞き取れた。

ゾワゾワとした恐怖が背中から上ってくる。思考が完全に停止している私に構わず、カラスは言葉を連ねた。


「まあ......もう聞こえちゃいねぇだろうが......」


 生首の方を嘴で示している。なるほど、死人に話しかけていたというわけか。

――いや、そこじゃない。死人に話しかけるカラスなんて、そもそも存在自体がおかしい。

 

 こちらにまだ注意を向けていない内に殺した方が良いだろうか。

しかし、人とは勝手が違う。普通のカラスでない以上、警戒するに越したことはない。


「なんだ?発音でも間違えているか?」


 今度は私の方を向き、くりっとした目で正面から見てくる。その明瞭な発音は、より一層の不気味さを感じさせるが――しかしどうだろう。


 ここまで人の言葉を理解しているのだ。同時に、相当の識者であると言える。冗談を言うところ、思考回路も人間に近しい部分はある。

刀の鯉口から手を放し、少しの間、様子を見ても敵意を感じない。話し合いの通じる相手じゃないだろうか。

 

 ニヤニヤとこちらを窺うカラスに、少しばかりの笑顔を作った。


「冗談みたいなカラスが冗談を言うなんて、まるで滑稽(コッケー)で目が覚めたわ」

 

 相手の理解度を確かめるため、こちらも冗談で返してみる。暫く間があったが、次第に翼をばたつかせて笑い始めた。


「ハハハ!鶏の代わりになれたようでよかったよ!」


 ひとしきり笑うと、すぐにキッと鋭い目つきに戻り話を続けた。


「でもよ、お前にはホントに驚かされたよ。見ていたぜ?殺されたはずのお前が立ち上がって男を切り殺すとこ」


 確かにそんな姿を見たら私だって驚くだろう。度肝を抜かれたカラスを想像すると笑えてしまったが、出来る限り真剣な表情で答えた。


「死ににくいだけよ、生きやすくなるわけじゃないわ」


 死ににくい。それだけのことだ。この体質のおかげで二十二年生きてきて、良かったことなんて一つもない。散々殺したし、殺されもした。


 そんな自分への皮肉を察してかどうかは分からないが、カラスは話を切り替えた。

「なんにせよ、俺達は気が合いそうだ」


 それを言うと、さっきまで男の頭の上にいたカラスは私の目の前まで下りてきた。私の周りをパタパタと歩きながら。


「俺を連れていってくれないか?」


「どうして?」


 即答だった。現状、互いにメリットがあるとは思えない。

しかし、話に食いついたと捉えたのか、カラスは私の周りをパタパタと歩き始めた。

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