探検家の招待7-1
約束を果たしに来た。
あの遺跡の村に再び辿り着いたのは、前回から二月ほど経った頃だった。ドームの膜が見えた瞬間、夢魘が肩の上でぴくりと動いた。
「おっ、あの村じゃねぇか。探検家夫婦のとこだろ」
「ええ。遺物の土産もあるし、あのスープの約束もあるわ」
「お前、食い物のことになると行動が早ぇよな」
「何か問題でも?」
「問題はねぇけど、もう少し隠せよ。商人の品格が落ちるぜ」
「品格より空腹の方が大事よ」
実際、ここしばらくの旅は密度が濃かった。廃墟の探索。猫との遭遇。りょうとの再会と、あの殺し合い。体も心も消耗している。温かいスープの一杯が、今の私には何よりの薬だ。
りょうに殺されてから、体の奥に微かな重さが残っている。傷は塞がった。痛みもない。だが、あの復活の時に見た頼りない光が、まだ瞼の裏にちらつく。
今日は約束を果たしに来たのだ。それだけで十分。
村に入ると、覚えのある声が飛んできた。
「闡釐さん!夢魘さん!来てくれたのね!」
レナータが走ってきた。泥だらけの作業着のまま、髪を振り乱して。あの時と変わらない、子供のような笑顔。手を大きく振って、途中で石に躓きかけて、それでも走ってくる。
「レナータさん、久しぶり。転ばないでね」
「大丈夫!この程度で転んでたら遺跡の中で生きていけないわ!」
レナータの後ろから、ソウマがゆっくりと歩いてきた。穏やかな笑顔。日差しに目を細めている。
「闡釐さん、いらっしゃい。約束通り、あのスープを作っておいたよ」
「本当?嬉しい」
本心だった。このソウマという男の料理の腕は、前回の昼食で実証済みだ。期待が膨らむ。
「闡釐、食い物のことになると顔が緩むんだよな」
「黙って」
§
まずは土産を渡す。
懐から、廃墟で拾った金属片を取り出した。長方形で、表面に模様と記号が刻まれている。
「前回の別れ際に、また寄ると約束したでしょう。これは道中の廃墟で見つけたの」
レナータが金属片を受け取り、目を輝かせた。表面を指でなぞり、光に透かし、裏返して確認する。学者の顔だ。
「これ、すごい保存状態ね......。この記号の並び、前に別の遺跡で見つけた板の文字と体系が似ているわ。もしかしたら同じ文明のものかもしれない」
「役に立ちそう?」
「立つも何も、大発見かもしれないわよ!」
レナータが暫く金属片を眺めてから、ふと顔を上げた。
「ねぇ闡釐さん、行商人をしていると色んな村を回るでしょう。古い遺物を集めている人に会ったことはない?実はね、私たちの他にも、失われた技術を掘り出して復元している人がいるらしいの」
失われた技術を復元できるほどの人間。この金属片の記号を読めるかもしれない。
「もしその人に会えたら、この記号について何か分かるかもしれないんだけど......噂だけで、どこにいるかも分からないのよ」
「変わった人の噂は耳に入ることがあるわ。気にしておくわね」
「本当!?嬉しい!」
レナータの目がまた輝いた。この人は知的好奇心が燃料で動いている。火が消えることがないのだろう。
ソウマが横から金属片を覗き込んだ。前回と同じように、丁寧に、慣れた手つきで。
今回は手の反応を見なかった。代わりに、別のことに気がついた。
ソウマの視線の動きだ。金属片の表面に刻まれた記号を、左から右へ、上から下へと目が追っている。レナータは記号を「模様」として観察している――全体の配置、刻みの深さ、素材との関係を見ている。だがソウマの目は違う。文字を読む時の目の動きだった。一つの記号に止まり、次に移り、また次に移る。意味を追う目。
前回の板の文字を見た時と同じだ。ソウマはあの記号を「模様」としてではなく「文章」として見ている。
「確かに保存状態がいいね。闡釐さん、ありがとう。大事に研究させてもらうよ」
穏やかな声。温かい笑顔。嘘のない感謝。でも、あの目の動き。
――この人は、レナータが解読に苦しんでいる文字を、既に読めているのかもしれない。
だとしたら、なぜ黙っているのだ。妻の研究を何年も見守りながら、自分が答えを持っていることを隠している。その理由は何だ。
前回は「人にはそれぞれ事情がある」で済ませた。二度目は、少しだけ踏み込んでみることにした。
「ソウマさん、この記号に見覚えはない?色んな遺跡を回っているなら、似たものを見たことがあるかと思って」
何気ない質問のふりをした。商人が値踏みする時の声。相手の反応を見るための、柔らかい仕掛け。
ソウマは一瞬だけ間を置いた。ほんの一呼吸。それから首を傾げて「うーん、似たようなものは見たことがあるかもしれないけど、僕には読めないなぁ」と笑った。
嘘か本当か、判断がつかなかった。この人は嘘が下手なのか上手いのか、それすら分からない。ただ、あの一呼吸の間だけが、少しだけ長かった。




