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丁々発止が鳴り止まない。改訂版  作者: ArU
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神が始まりを創るなら6-2

 考える暇はなかった。

りょうの一歩は常人の三歩に匹敵する。あの巨体が信じられない速度で間合いを詰めてくる。刀が横薙ぎに振られる。風を切る音。咄嗟に国光を抜いて受けた。鍔迫り合い。腕が痺れるほどの力が伝わってくる。


「ええやん、まだ抜けるやないか!」


 笑っている。斬りかかりながら笑っている。この男はいつもそうだ。戦闘中が一番楽しそうな顔をする。


 弾き返して距離を取る。構え直す。りょうはにやにやとこちらを見ている。


「夢魘、離れて!」


 叫んだ。夢魘が翼を広げて上空に飛び退った。すぐに理解してくれた。ありがたい。


「何やってんだあいつ!!」


「喧嘩よ!巻き込まれたくなかったら見てなさい!」


 りょうが再び踏み込む。上段からの振り下ろし。避ける。石畳が砕ける音。この一撃を受けていたら腕ごと持っていかれていた。

 横に回り込んで、りょうの脇腹を狙う。浅い。コートの下に何かを着込んでいる。鎖帷子か。


「闡釐ぃ、まだまだやろ!もっと本気出しいや!」


「本気なんて出す理由がないわよ!」


「理由がないから停まるんやろがい!理由は自分で作るもんや!」


 りょうの連撃。上、横、突き、薙ぎ。速い。この巨体が、蝶のように軽く動く。一撃一撃が重く、しかも正確。殺す気がないなら、もう少し手を抜くはずだ。こいつは本気だ。本気で私を殺しにきている。

なぜだ。なぜ急に。


 考えている暇はない。体が勝手に動いている。忘れていたはずの体が、勝手に戦場に戻っている。受けて、捌いて、斬り返す。足が地面を蹴り、腕が刀を振り、目が相手の動きを追う。

 ――悔しいが、体が覚えている。商人として過ごした年月よりも、傭兵として過ごした年月の方が、体に深く刻まれている。


「そうそう!それや!その目ぇ!りょう君が見たかったんはその目ぇやで!」


 りょうが嬉しそうに叫んだ。刀と刀がぶつかり合うたびに火花が散る。丁々発止。金属が金属を叩く音が、枯れた街道に響き渡る。


 私の中で何かが弾けた。

怒りではない。恐怖でもない。もっと原始的な何か。刀を振ること。相手の動きを読むこと。自分の体を極限まで操ること。それが純粋に――楽しい。


 認めたくないが、楽しいのだ。こいつとの殺し合いが。


「笑っとるやないか、闡釐!」


 笑っていた。自分でも気づかないうちに、口元が緩んでいた。


「うるさいわね......!」


 踏み込んだ。今度はこちらから。居合いの速度で袈裟に斬り下ろす。りょうが受けた――が、私の狙いは別にある。右足で地面を蹴り、体を反転させて背後に回る。がら空きの背中。国光を水平に振るう。

手応え。浅いが確実に届いた。りょうの背中から血が噴き出す。


「やるやないか......!」


 りょうが振り返る。血を流しながら、まだ笑っている。その笑みが加速した。目が爛々と輝き、歯を剥き出しにして――獣だ。この男の本性が見えた。

 次の瞬間、りょうの刀が消えた。速すぎて見えなかった。気づいた時には、喉に冷たいものが触れていた。


 突き。


 りょうの刀が、私の喉を貫いていた。

痛みは一瞬だった。視界が暗転する。音が遠くなる。空気が喉の穴から漏れていく感触。膝から力が抜け、体が崩れ落ちる。


 夢魘の悲鳴が、遠くで聞こえた気がした。


                  §


 暗い。


 暗くて、静かで、何もない場所。ここは知っている。何度か来たことがある。死の淵。意識が途切れる寸前の、真っ暗な場所。

 いつもなら、ここで戻る。暗闇の底に触れる前に、何かに引っ張られるようにして意識が戻る。

今回もそうだった。


 光。刀の光。瞼の裏に淡い光が差し込んでくる。消えかけた灯火が僅かに明滅している。多いのか少ないのか分からない。ただ、頼りなかった。その頼りない光が、震えるようにして私の体に沈んでいく。

体が温かくなる。喉の穴が塞がっていく。引き裂かれた肉が繋がり、血管が繋がり、皮膚が閉じる。

あの僅かな光だけで、喉の致命傷を修復した。ということは、今残っているのは――


 目を開けた。


 空が見えた。夕暮れの空。星はまだ出ていない。りょうの巨大な影が、私を見下ろしていた。

体を起こす。喉に手を当てる。傷はない。血の跡だけが残っている。


 りょうは黙ってこちらを見ていた。笑っていない。初めて、この男の真顔を見た気がした。

立ち上がった。足が震えている。死んだ直後はいつもこうだ。体は戻っても、死の記憶が筋肉に残っている。


 それでも、国光を握り直した。

りょうが構える前に、動いた。


 渾身の一閃。横薙ぎ。りょうの胴を深く裂いた。鎖帷子ごと。内臓が見えるほどの一撃。

りょうの目が見開かれた。血が口元からこぼれる。巨体が、大木が倒れるようにゆっくりと崩れ落ちた。

地面に倒れたりょうを見下ろして、私は刀を降ろした。


「殺し合いの中で、笑う者は強者とは言えない」


 息が荒い。声は震えていない。不思議と落ち着いている。


「強者は殺したあと、独りで嗤う」


 静寂。風の音。血が地面に染み込んでいく音。夢魘が上空で息を殺している気配。

十秒が経った。二十秒。三十秒。


 りょうの指が動いた。


 胴の傷口から、光が漏れた。


 息が止まった。

無数の光の粒が傷口から溢れ出ている。星空をひっくり返したような光量だった。渦を巻き、傷口に殺到し、裂けた肉が見ている前で繋がっていく。臓腑が元に戻り、皮膚が閉じる。血の跡だけが残り、傷は消えた。


 ――嘘だろう。

りょうが起き上がった。ゆっくりと。あの巨体が、壊れた人形が糸で引かれるようにして立ち上がる。

そして――笑った。


「死ぬんは1年と1111時間1111秒の振りやわ。数えとったんよ、前に死んでからずっと」


 高い声が夕暮れの空気に溶ける。何でもないことのように。起き上がって、服の血を払って、それだけ。


「真の強者はな、闡釐。1度相手に花を持たせて、それを手向けるもんやぁ」


 花。この男は死すらも花に喩える。死体に花を飾る男。自分の死を花に喩える男。

二人とも立っている。二人とも死んだはずなのに、立っている。血まみれの街道で、互いを見つめている。


「......貴方も、私と同じか」


「その様やな〜」


 りょうが首を鳴らした。あの不細工な顔が、夕焼けに照らされて妙に綺麗に見えた。


「なら今日は1輪ずつ持って帰る事にしましょうか。お互い花は用意しておいた方がいいでしょ?」


 私が言うと、りょうの目が少し大きくなった。それから、ゆっくりと口角が上がった。にやりと。戦闘中の狂気じみた笑みではなく、もっと穏やかな、しかし底の見えない笑み。


「......ええなぁ、その台詞。闡釐、やっぱり闡釐は停まってへんかったわ。りょう君の見る目がなかったわ」


                  §


 戦いの後、二人して街道の脇に座り込んだ。

体中が痛い。死の記憶が筋肉の中に残っていて、動くたびに軋む。りょうも同じらしく、巨体を壁に預けて息をついている。


「闡釐の刀、やっぱりりょう君のと同じもんやな」


「見て分かるの?」


「光り方が一緒や。りょう君が死んで戻る時の光と、闡釐が戻った時の光、同じ色やった」

同じ色。同じ光。国光と、りょうの刀。同じものが宿っている。それは何を意味するのか。


「ただ――」


 りょうが少し間を空けた。


「闡釐のは、随分と寂しい光やったな。りょう君のに比べると」


 胸の穴を、鋭い風が通り抜けた。寂しい光。りょうに見えていたのだ、私が戻る時の光が。あの溢れんばかりの光を持つ男の目には、私の光は寂しく映ったのだろう。


「......寂しいかどうかは知らないわ。でも、これで十分」


「十分か。まあ、お前がそう言うならそうなんやろな」


 りょうはそれ以上追及しなかった。この男は鋭い。気づいているのかもしれない。光の量の差の意味に。だが聞かない。聞かないのがこの男の礼儀なのか、あるいは聞くまでもなく分かっているのか。


                  §


 日が完全に暮れる前に、りょうが立ち上がった。


「さて、りょう君はもう少しこの辺りをぶらぶらするわ。闡釐は?」


「北の村に向かうわ。商品を卸さないといけないから」


「商人の闡釐もまあ悪くないわ。でも、あの時の目ぇは忘れんといてな」


「あの時の目?」


「戦っとる時の目ぇや。あの目ぇがある限り、闡釐は停まってへん」


 それが褒め言葉なのかどうかは分からない。でも、嫌な気持ちにはならなかった。


「りょう」


「なんや?」


「あの死体、放っておいたら魔物になるわよ」


「分かっとるわ。燃やしてから行く。煙が空に昇るんやろ?なんとなく、そうすべきやって思うんよ」


 りょうが歩き出しかけて、立ち止まった。振り返り、あの不細工な顔で、どこか遠くを見るような目をした。


「なぁ闡釐。神が始まりを創るなら、りょう君は終わりを創る芸術家や」


 高い声が、夕暮れの空気に溶けていく。


「闡釐はどっちや?始まりか、終わりか」


 答えられなかった。私は始まりを創ったことも、終わりを美しくしたこともない。ただ、奪ってきただけだ。でも、今日りょうと刀を交えて、忘れていた何かが戻ってきた気がする。


「......まだ分からないわ」


「ほな、分かった頃にまた会おか。楽しみにしとるわ。花の準備もな」


 りょうは笑って、大きな背中を向けた。死体の方に歩いていく。


「ほな、またな。闡釐。夢魘くんもな」


「夢魘だ。くん付けすんな」


「ハハハ、短気なカラスやなぁ」


 その声が遠ざかっていく。巨大な影が夕闇に溶けていく。


                  §


 暫く歩いてから、夢魘が降りてきて肩に止まった。上空でずっと見ていたのだろう。声が少し震えていた。


「闡釐。お前、死んだぞ」


「ええ。死んだわ」


「死んで、生き返った。あいつもだ。二人とも死んで、二人とも立ち上がった」


「......見ての通りよ」


「見ての通り、じゃねぇよ。俺は......」


 夢魘の声が詰まった。黒い瞳が揺れている。怒りとも困惑ともつかない何かが、その中で渦を巻いていた。


「俺は、お前が死んだ時、本気で......」


 言葉が途切れた。言えないのだ。自分の感情を言語化できないでいる。


「......ごめんなさい。怖い思いをさせたわね」


「怖いとかそういう話じゃねぇ。......いや、怖かった。怖かったよ」


 カラスが「怖かった」と言った。冗談ばかり言っているこいつが、声を震わせて「怖かった」と言った。


 胸の穴が、きゅうっと縮んだ。穴が小さくなったのではない。穴の奥から、何かが押し返してきたのだ。温かいものが。


「もう死なないわ。......多分」


「多分って何だよ」


「でも、刀がある限りは帰ってくるわ。それだけは約束する」


 嘘だ。あの消えかけた光を見た後で、この約束がどこまで保つか分からない。でも、今はこう言うしかなかった。


 夢魘は暫く黙っていた。それから、鼻を鳴らした。


「......約束、な。お前、約束ばっかり増やしやがって」


「重い?」


「重くねぇよ。......ただ、破るなよ」


 破らない。この約束だけは。――破れなくなる日が来るかもしれないけれど、今はまだ、約束する資格がある。


 背後で、薄い煙が空に昇り始めた。りょうが死体を燃やしているのだろう。

今日、私は死んだ。そして生き返った。目の前で同じことをする男を見た。国光と、りょうの刀。同じ光を持つ二振り。その意味は、まだ分からない。

 分からないが、一つだけ目に焼きついたものがある。りょうの傷口から溢れた、あの圧倒的な光。私の時とは何もかもが違った。同じように刀を持ち、同じように死から戻ったはずなのに。その差が気にかかる。気にかかるが、今は考えたくない。


 分かっているのは一つだけだ。

私の隣には、怖かったと言ってくれる一羽がいる。

今はそれで十分だ。

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