表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
丁々発止が鳴り止まない。改訂版  作者: ArU
平行線から直線へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/27

廃墟の声5-1

 ドームの外は、いつ来ても寂しい。


 乾いた風が砂を巻き上げ、枯れた草が地面にへばりついている。空気が少しだけ重い。長くいれば体が蝕まれ、やがて魔物になる。それを分かっていてなお外に出るのは、行商人か、よほどの物好きだけだ。

 私は前者で、夢魘は多分後者だ。


「なぁ闡釐、あれ何だ?」


 夢魘が上空から降りてきて、肩に止まった。嘴で前方を指している。地平線の向こう、砂と草の境界線に、灰色の何かがそびえている。


 廃墟だ。しかも、今まで見た中で一番大きい。

近づくにつれて全容が見えてくる。巨大な建造物の残骸が、まるで骨のように空に突き出している。壁は崩れ、天井は消え失せ、鉄骨が錆びた腕のように四方に伸びている。ところどころ、緑が這い上がるように絡みついている。生命の力強さと、廃墟の虚しさが同居した光景。


「すげぇ......。こんなデカいもん、人間が作ったのか?」


「昔の人間がね。今の私たちには、こんなものを作る技術はないわ」


「なんでなくなったんだ?」


「知らないわ。私が生まれた時にはもう何もなかったもの」


 自分で言いながら、妙な気持ちになった。これだけのものを作れた人間が、なぜ全部失ったのだろう。

考えても答えは出ない。私は歴史家ではなく行商人だ。


「中に入ってみようぜ」


「商品になりそうなものがあればね」


 本音は違う。私も、少しだけ好奇心を刺激されている。レナータとソウマに会ったせいかもしれない。あの夫婦の、遺跡を前にした時の目の輝きが、少しだけ伝染したようだ。


                  §


 中に入ると、外から見るよりもさらに広かった。

天井のない巨大な空間。もともと何かの施設だったのだろう。壁の一部に色褪せた塗装が残っている。赤と白と青の三色が、規則的に並んでいた。何かの模様――いや、何かの印だろうか。色の組み合わせに意味がありそうだが、私には読み取れない。


「あの模様、見たことあるか?」


 夢魘に聞いてみたが、首を横に振った。


「ねぇな。でも妙にきっちりしてるだろ。自然にできた模様じゃない。誰かが意図して塗ったもんだ」


 同意する。だが、何のために塗ったのかは分からない。

さらに奥に進む。瓦礫を踏み越え、崩れた階段を避け、横倒しになった巨大な柱の下をくぐった。夢魘は上空から先行して、安全な通路を教えてくれる。こういう時、本当に頼りになる。


 柱の奥に、壁が比較的しっかり残っている一画があった。

そこに――看板のようなものがあった。

巨大な板に描かれた人物画。片足を上げて走っているような姿勢で、両手を広げている。背景は青。添えられた文字は、レナータたちと見つけた紙束の文字に似ている。あの曲線的な記号の仲間だろうか。読めないが、形に見覚えがある。


 しかし、目を引いたのは文字ではない。人物画の表情だ。

笑っている。満面の笑みで、何かに向かって走っている。こんな絵を、なぜ建物の中に描いたのだろう。


「楽しそうなヤツだな」


 夢魘が看板を見上げて言った。


「走りながら笑うなんて、よほど楽しいことがあったんだろうよ」


「......そうね」


 何百年も前の人間が描いた、名前も知らない人物の笑顔。それが、この崩れかけた廃墟の中で、まだ笑っている。時間も、崩壊も、この笑顔だけは奪えなかったのだ。


 私にも笑えなかった時期がある。何を食べても味がしなくて、誰と話しても声が遠かった頃。あの頃の私がこの看板を見たら、何も感じなかっただろう。今、この笑顔を見て胸の奥が揺れるのは、恩人がくれたものがまだ残っている証拠だ。


 看板の下を通り過ぎて、次の部屋に入った。ここには別の遺物があった。

金属の棒が地面に突き刺さっている。棒の先には、布の残骸がぶら下がっていた。風化してほとんど形をなしていないが、元は四角い布だったのだろう。色の痕跡が僅かに残っている。赤と、白。


「これは何だと思う?」


「旗......かもしれないな。動物の群れでも目印を使うことがある。人間はもっと複雑な目印を作るんだろう」


「国旗、かもしれないわね」


 国旗。国を示す旗。かつてこの土地に国があったということだ。今はドームの中の小さな村しかないこの世界に、かつては国旗を掲げるほどの大きな共同体があった。


「国旗か......。カラスの国にも旗がいるな」


「何色にするの?」


「黒だろ。決まってる」


「真っ黒の旗って、不吉すぎない?」


「カラスの国なんだから黒で当然だ。文句あるか」


 文句はない。ただ、旗を考えるところまで話が進んでいることに、少し笑ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ