表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
丁々発止が鳴り止まない。改訂版  作者: ArU
平行線から直線へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/27

星を読む夫婦4-2

 翌日。ドームの外に出た。


 村のドームから歩いて半刻ほどの場所に、遺跡がある。かつて建物だったものの残骸が、雑草と苔に覆われて横たわっている。壁の一部が残り、天井は崩れ落ち、床だったものの上を植物が這い回っている。

しかし、ところどころに人工的な跡がはっきりと残っていた。直線的な構造物。均一に並んだ穴。自然には生まれない角度で切られた石材。


「ここは恐らく、大気が汚染される前の時代の建物よ。素材からして、少なくとも二百年は前のもの」


 レナータが説明しながら、崩れた壁の断面を指でなぞった。


「見て、この断面。普通の石じゃない。何かの合金のような......でも、今の技術では作れない素材なの」


「今の技術では?」


「そう。失われた技術。大気汚染が始まる前の文明は、今よりずっと高度だったの。それがなぜ失われたのか。それを調べるのが私たちの仕事」


 ソウマが丁寧に地面をブラシで払っている。細かい作業を黙々とこなしながら、時折レナータと短い言葉を交わす。


「レナータ、ここにまた例の文様があるよ」


「本当?見せて」


 レナータが駆け寄る。二人が屈んで石板を覗き込む姿は、まるで宝探しをする子供のようだった。

夢魘は上空から遺跡全体を眺めている。時折降りてきては、気になるものを嘴で突いて報告する。


「おい闡釐、向こうに丸い金属の板が埋まってるぜ。変な模様が描いてある」


 私が掘り返すと、掌ほどの大きさの円形の金属板が出てきた。表面に複雑な紋様が刻まれている。紋様というか、何かの図案のようだ。放射状の線が中心から広がり、その間に小さな記号が並んでいる。

 見たことのないものだ。美しいとは思う。しかし意味は全く分からない。


「ソウマ、これ見て」


 ソウマが近づいてきて、金属板を手に取った。

指が触れた瞬間、彼の手が僅かに強張った。ほんの一瞬。指先に力が入り、すぐに抜ける。金属板を裏返して表面を確認する動作は自然だったが、その直前の一瞬――握りしめるのを堪えたような力の入り方は、初めて見る遺物に対するものではなかった。


 知っているものに再会した時の反応だ。

表情は穏やかなまま変わらない。唇の端も、目の奥も。だが手が嘘をついた。ソウマは上半身の感情を完璧に制御している。けれど指先までは制御しきれなかった。


 商人は手を見る。顔よりも手を見る。商談の時、相手の本音は指先に出る。それを恩人に教わった。


「これは......何だろうね。紋章か、あるいは地図の一部かもしれない」


「読めるの?」


「いや、僕にもこれは分からない。でも保存状態がいい。大事に持ち帰ろう」


 ソウマは金属板を丁寧に布で包んだ。その手つきが妙に慣れていた。遺物の扱いに熟練しているのだろう。当然だ、それが仕事なのだから。


 ――でも、あの指先の強張り。

深く考えるのはやめた。人にはそれぞれ事情がある。それは商人として学んだことの一つだ。


                  §


 遺跡の中で昼食を取った。

レナータが朝のうちに作っておいたという弁当を広げてくれた。干し肉と茹で野菜の簡素なものだが、味付けが丁寧で美味しい。


「レナータさん、料理上手ね」


「ソウマが教えてくれたの。あの人、料理がとても上手いのよ。調味料の使い方が独特で、私には思いつかない組み合わせをするの」


 ソウマが照れたように笑った。


「独特と言われると恥ずかしいな。ただの好み......いや、まあ、少し変わった食文化の地域で育ったので」


 言葉の最後が少し曖昧になった。自分の出自に触れかけて、引っ込めたような印象。しかしレナータはそれを気にする様子もなく、嬉しそうに頷いている。


「ソウマの料理で一番好きなのはね、発酵させた豆を潰してスープにしたもの。あれは絶品よ」


 発酵させた豆のスープ。聞いたことがない。少なくとも、私が回ってきた村ではそういう料理に出会ったことはない。


「珍しい料理ね。どこの地域の料理?」


 ソウマが一瞬だけ間を置いた。本当に一瞬。瞬きの間ほど。


「......遠くの村だよ。もう残っていないかもしれない。昔の料理さ」


 そう言ってソウマは笑った。穏やかで、温かい笑み。でもその目の奥に、ほんの少しだけ影があった。

遠くの村。もう残っていない。そう語る時の声が、何かを悼んでいた。

 夢魘が干し肉を咥えながらこちらを見たので、無言で頷いた。二人の間で何かが通じ合った気がしたが、それが何かは分からない。


「闡釐さんはどうして行商人を?」


 レナータが聞いた。


「恩人がいたの。その人に商売を教わった」


「素敵な人?」


「ええ。とても」


 それだけ答えた。レナータはそれ以上聞かなかった。踏み込まないことが優しさだと知っている人の態度。好感が持てる。


「僕たちは、もう三年ここで調査をしているんだ。レナータが古代文字の解読の天才でね。僕はもっぱら力仕事と地図作りだよ」


「天才じゃないわ。好きなだけ」


「好きなことに一番力を注げるのは才能だよ」


 レナータが少し頬を染めた。ソウマがそれを見て嬉しそうに微笑む。

見ているこちらが恥ずかしくなるほどの、素直な愛情。この二人は本当に互いを大切にしているのだと、一目で分かった。


「お前ら、見せつけてくれんなぁ」


 夢魘が呆れたように言った。同感だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ