星を読む夫婦4-2
翌日。ドームの外に出た。
村のドームから歩いて半刻ほどの場所に、遺跡がある。かつて建物だったものの残骸が、雑草と苔に覆われて横たわっている。壁の一部が残り、天井は崩れ落ち、床だったものの上を植物が這い回っている。
しかし、ところどころに人工的な跡がはっきりと残っていた。直線的な構造物。均一に並んだ穴。自然には生まれない角度で切られた石材。
「ここは恐らく、大気が汚染される前の時代の建物よ。素材からして、少なくとも二百年は前のもの」
レナータが説明しながら、崩れた壁の断面を指でなぞった。
「見て、この断面。普通の石じゃない。何かの合金のような......でも、今の技術では作れない素材なの」
「今の技術では?」
「そう。失われた技術。大気汚染が始まる前の文明は、今よりずっと高度だったの。それがなぜ失われたのか。それを調べるのが私たちの仕事」
ソウマが丁寧に地面をブラシで払っている。細かい作業を黙々とこなしながら、時折レナータと短い言葉を交わす。
「レナータ、ここにまた例の文様があるよ」
「本当?見せて」
レナータが駆け寄る。二人が屈んで石板を覗き込む姿は、まるで宝探しをする子供のようだった。
夢魘は上空から遺跡全体を眺めている。時折降りてきては、気になるものを嘴で突いて報告する。
「おい闡釐、向こうに丸い金属の板が埋まってるぜ。変な模様が描いてある」
私が掘り返すと、掌ほどの大きさの円形の金属板が出てきた。表面に複雑な紋様が刻まれている。紋様というか、何かの図案のようだ。放射状の線が中心から広がり、その間に小さな記号が並んでいる。
見たことのないものだ。美しいとは思う。しかし意味は全く分からない。
「ソウマ、これ見て」
ソウマが近づいてきて、金属板を手に取った。
指が触れた瞬間、彼の手が僅かに強張った。ほんの一瞬。指先に力が入り、すぐに抜ける。金属板を裏返して表面を確認する動作は自然だったが、その直前の一瞬――握りしめるのを堪えたような力の入り方は、初めて見る遺物に対するものではなかった。
知っているものに再会した時の反応だ。
表情は穏やかなまま変わらない。唇の端も、目の奥も。だが手が嘘をついた。ソウマは上半身の感情を完璧に制御している。けれど指先までは制御しきれなかった。
商人は手を見る。顔よりも手を見る。商談の時、相手の本音は指先に出る。それを恩人に教わった。
「これは......何だろうね。紋章か、あるいは地図の一部かもしれない」
「読めるの?」
「いや、僕にもこれは分からない。でも保存状態がいい。大事に持ち帰ろう」
ソウマは金属板を丁寧に布で包んだ。その手つきが妙に慣れていた。遺物の扱いに熟練しているのだろう。当然だ、それが仕事なのだから。
――でも、あの指先の強張り。
深く考えるのはやめた。人にはそれぞれ事情がある。それは商人として学んだことの一つだ。
§
遺跡の中で昼食を取った。
レナータが朝のうちに作っておいたという弁当を広げてくれた。干し肉と茹で野菜の簡素なものだが、味付けが丁寧で美味しい。
「レナータさん、料理上手ね」
「ソウマが教えてくれたの。あの人、料理がとても上手いのよ。調味料の使い方が独特で、私には思いつかない組み合わせをするの」
ソウマが照れたように笑った。
「独特と言われると恥ずかしいな。ただの好み......いや、まあ、少し変わった食文化の地域で育ったので」
言葉の最後が少し曖昧になった。自分の出自に触れかけて、引っ込めたような印象。しかしレナータはそれを気にする様子もなく、嬉しそうに頷いている。
「ソウマの料理で一番好きなのはね、発酵させた豆を潰してスープにしたもの。あれは絶品よ」
発酵させた豆のスープ。聞いたことがない。少なくとも、私が回ってきた村ではそういう料理に出会ったことはない。
「珍しい料理ね。どこの地域の料理?」
ソウマが一瞬だけ間を置いた。本当に一瞬。瞬きの間ほど。
「......遠くの村だよ。もう残っていないかもしれない。昔の料理さ」
そう言ってソウマは笑った。穏やかで、温かい笑み。でもその目の奥に、ほんの少しだけ影があった。
遠くの村。もう残っていない。そう語る時の声が、何かを悼んでいた。
夢魘が干し肉を咥えながらこちらを見たので、無言で頷いた。二人の間で何かが通じ合った気がしたが、それが何かは分からない。
「闡釐さんはどうして行商人を?」
レナータが聞いた。
「恩人がいたの。その人に商売を教わった」
「素敵な人?」
「ええ。とても」
それだけ答えた。レナータはそれ以上聞かなかった。踏み込まないことが優しさだと知っている人の態度。好感が持てる。
「僕たちは、もう三年ここで調査をしているんだ。レナータが古代文字の解読の天才でね。僕はもっぱら力仕事と地図作りだよ」
「天才じゃないわ。好きなだけ」
「好きなことに一番力を注げるのは才能だよ」
レナータが少し頬を染めた。ソウマがそれを見て嬉しそうに微笑む。
見ているこちらが恥ずかしくなるほどの、素直な愛情。この二人は本当に互いを大切にしているのだと、一目で分かった。
「お前ら、見せつけてくれんなぁ」
夢魘が呆れたように言った。同感だ。




