星を読む夫婦4-1
その村には、本がたくさんあった。
正確には、本というよりも石板や粘土板、動物の皮に文字を刻んだものや、見たことのない素材に彫り込まれた記号の数々。村の一角に建てられた倉庫のような建物に、それらが所狭しと並べられている。
図書館、と村人は呼んでいた。
「すげぇな......。こんな場所があるのか」
夢魘が倉庫の入口で翼を広げた。広げたところで中には入れないのだが、興奮すると翼が動くらしい。鶏みたいで少し可笑しい。
「この村はドームの外にある遺跡の近くに出来たの。遺跡から掘り出した物を集めて研究している人たちがいるのよ」
「研究?商売じゃなくて?」
「世の中には、お金にならないことに命を懸ける人たちがいるの」
「お前が言うと皮肉に聞こえるぜ」
否定はしない。商人の目で見れば、金にならないものに価値を見出す人間は理解しがたい。でも、恩人は言っていた。
――世の中を回すのは金だが、世の中を動かすのは好奇心だ。
その言葉を思い出すたびに、胸の穴の奥で何かが揺れる。温かいものが一滴、落ちるような感覚。
香辛料と香水を卸すついでに、この村に寄ったのは正解だった。夢魘の「国を作る」ための知識を得るなら、ここほど適した場所はない。文字の読めない夢魘にとって、文字で記録された知の体系を見せるだけでも意味がある。
倉庫の中を覗いていると、奥から声が聞こえた。
「ソウマ、こっちを見て。この文様、先月見つけたものと繋がるかもしれない」
女性の声。明るく、弾んでいる。学者が発見をした時の声だ。
続いて男性の声。
「本当だ。配置が似ているね。もしかすると同じ時代の遺物かもしれない」
穏やかで落ち着いた声。二つの声は、互いを補うように重なり合っている。
私が奥に進むと、石板を囲んで二人の人間が屈んでいた。
§
一人は女性。栗色の髪を後ろで束ねて、泥で汚れた作業着を着ている。顔には細かい傷がいくつもあって、それが不思議と知的な印象を与えていた。遺跡を掘り返す日々の中でついた傷なのだろう。目が大きくて、何かを見つけた時にキラキラと輝く。子供のような純粋さが残った目だ。
もう一人は男性。背は高いがひょろりとしていて、穏やかな顔をしている。細い目が柔らかく笑っていて、初対面の相手を安心させる類の顔だ。
服装はこの土地のものだが、着こなしがどこか独特だった。違和感、というほどではない。ただ、袖の折り方や襟の合わせ方に、この辺りの村人とは少しだけ違う癖がある。商人はこういう細部を見る。
私が近づくと、女性が顔を上げた。
「あら、お客さん?ここは一般の人も見学できるのよ。遠慮しないで」
「行商人なの。この村に商品を卸しに来たついでに、少し覗かせてもらおうと思って」
「行商人!嬉しい。外の情報に飢えてるのよ、私たち。他の村で何か面白い遺物を見なかった?」
目がキラキラしている。初対面なのに距離が近い。学者というのは大抵こうだ。自分の研究に関することになると、人見知りが消え去る。
「遺物は......あまり気にしたことがないわね。商品にならないから」
「もったいない!行商人さんは色んな場所を回るでしょう?あなたが見落としているものの中に、とんでもない発見が眠っているかもしれないのに」
男性が苦笑しながら立ち上がり、手を差し出した。
「すみません、妻は好奇心の塊でして。僕はソウマ。こちらはレナータ。二人で遺跡の調査をしています」
握手をした。ソウマの手は温かく、乾いていて、力の入れ方が丁度いい。相手を安心させる握手だ。恩人もこういう握手をする人だった。
「十慧闡釐よ。こっちは――」
「夢魘」
私の肩の上から、夢魘が勝手に名乗った。
ソウマの目が一瞬だけ大きくなった。しかし驚きを表に出さず、すぐに穏やかな笑みに戻した。
「夢魘......喋るカラスなんだね」
「喋るし食うし寝るぜ。よろしくな」
レナータはもう驚きを通り越して興奮している。夢魘の周りをぐるぐる回りながら、羽の色や嘴の形を観察し始めた。
「すごい!言語体系は人間と同じなの?独自の文法はある?他のカラスとも話せるの?」
「おい、俺は研究対象じゃねぇぞ」
「ごめんなさい、つい......。でも本当にすごいわ」
ソウマがレナータの肩にそっと手を置いた。それだけで彼女の興奮が少し収まる。夫婦の間の、言葉にしなくても伝わる信号。見ていて微笑ましかった。
「遺跡を見にいらしたんですか?」
ソウマが聞いた。
「この子に文化や制度を見せて回っているの。色々と勉強中でね」
「勉強?カラスが?」
「俺はカラスの国を作るつもりなんだ。そのために人間の文明を学んでる」
ソウマとレナータが顔を見合わせた。数秒の沈黙の後、レナータが口を開いた。
「......面白い。本気で?」
「大本気だぜ」
「それなら、遺跡に来ない?明日、少し奥の区画を調査する予定なの。文明の痕跡がたくさん残っている場所よ。国を作りたいなら、過去の文明がどう作られてどう滅んだかを知ることが大事だと思わない?」
夢魘が私の肩の上で身を乗り出した。明らかに食いついている。
「闡釐!行こうぜ!」
「......商売の後でね」




