火葬の村 3-3
夕暮れ。村を出る準備をしていると、ソラが走ってきた。
「闡釐さん!」
息を切らしている。手に何かを持っている。
「これ......父さんの形見。ただの石だけど、父さんがいつも磨いていた。お守りだって言ってた」
ソラが差し出したのは、親指ほどの大きさの丸い石。表面がよく磨かれていて、夕日を受けて鈍く光っている。
「いいの?お父さんの形見でしょう」
「うん。僕はこの村にいるから、どこにも持っていけない。でもこの石は......父さんの代わりに、色んな場所を見てほしいんだ」
私を心配しているのではなかった。この子は、動けない自分の代わりに石を旅に出そうとしている。父親の形見を、棺の中に閉じ込めるのではなく、世界に放つ。十二歳の少年が考えた、自分なりの弔いの形。
指先に石が触れた瞬間、温もりがあった。ソラがずっと握りしめていたのだろう。掌の熱が石に移っている。
「ありがとう、ソラ。大切にするわ」
石を受け取り、懐に入れた。人形と石。二つの「もらったもの」が、今日だけで増えた。一人で旅をしていた時には考えられなかったことだ。
ソラが少し笑った。泣いた後の、晴れ間のような笑顔。
「夢魘」
夢魘が声をかけた。少年が振り向く。
「お前の親父さんの火葬、見てたぜ。立派だった」
「......立派?」
「ああ。煙がまっすぐ空に昇ってた。あんなにまっすぐな煙は珍しい。きっとお前の親父さんは、迷わず空に行けたんだろうよ」
出鱈目だ。煙の昇り方に意味なんてない。風向き次第でどうとでも変わる。
でも、ソラの目が少し明るくなった。唇がきゅっと結ばれ、強く頷いた。
「......うん。ありがとう、夢魘さん」
夢魘は照れくさそうに羽を畳んだ。ニヤリと笑って私を見る。
「な?嘘も方便ってヤツだ」
「......そうね」
今回ばかりは認めてやる。こいつの嘘は、優しい嘘だった。
§
村を出た。
夕焼けの道を馬が進む。背後にドームの膜が小さくなっていく。煙はもう見えない。
暫く無言で揺られていたが、夢魘が口を開いた。
「なぁ、闡釐」
「何?」
「カラスが死体を啄むのと火葬の違い、お前は意味を込めるかどうかだと言ったよな」
「ええ」
「俺たちカラスも、意味を込められるようになりたい。死んだ仲間を、ただ放っておくんじゃなくて......ちゃんと送れるようになりたい」
夢魘の声は静かだった。夕暮れの風に混じって、遠くで本物のカラスが鳴いている。あちらは言葉を持たないカラスだ。意味を込めることが出来ない側のカラス。
「カラスの国に墓標を作るわ」
私が言うと、夢魘が驚いたように振り向いた。
「お前が作るのか?」
「手伝うだけよ。作るのは貴方。でも、墓標がどんなものか知らないでしょう?だから、旅の途中で色んな村の墓標を見せてあげる」
「......頼むぜ」
夢魘はそれだけ言って、私の肩に頭を寄せた。重さはほとんどない。でも、その温もりだけは確かにあった。
懐に手を入れると、ソラの石と女の子の人形が指先に触れた。石は冷たくなっていたが、滑らかな表面に指が馴染む。ソラの父親がこの石を何千回と撫でたのだろう。その手の記憶が、形に残っている。
私はこれまで、もらうことよりも奪うことの方が多い人生を歩いてきた。殺してきた数だけ、何かを失ってきた。
でも今日は二つもらった。石と人形。それと、もう一つ。
カラスの国に墓標を――その約束が、いつの間にか胸の穴の縁に引っかかっていた。穴を塞ぐほどではない。でも、風がそこだけ少し遮られている。
星が瞬き始めた空の下、馬の蹄の音だけが響いている。
広い空に、煙の跡はもうない。けれど、どこかにソラの父親がいるような気がした。
そんな感傷は、恩人に会って以来だ。
こうやって少しずつ何かが変わっていくのだとしたら、それは旅のせいなのか、隣にいるこの一羽のせいなのか。
多分、どっちもだ。




