カラスが鳴いた 1-1
昔のリメイクです。最終話迄を全部書き上げます。
――カラスが鳴いた。
真下の人間が死に逝くのを待っている。
そこには男が一人、女が一人――。
一人は命を乞い、一人は刀を振るう。
§
刀が触れた瞬間の感触は、何度経験しても慣れない。
皮膚を裂き、肉を分かち、骨に当たる。その一連の感触が右手から腕、肩、背骨へと伝わっていく。それが「殺した」という合図だ。
男は小太りの体格で、短剣を二振り持っていた。賞金額はそこそこ。行商人を三人殺し、荷物を奪った罪で懸賞がかかっている。
親がいるのか、子供がいるのか、そんなことは知らない。知る必要もない。商売の邪魔をする輩は、私が排除する。それだけの話だ。
ただ、今回は少し手間取った。男は思いのほか素早く、短剣の片方が私の脇腹を抉っていた。深い。内臓に届いているかもしれない。
血が服を濡らし、地面に黒い染みを作っていく。
痛みはある。だが、この程度で止まるほど私は脆くない。刀を振り上げ、一太刀。それで終わった。
「魔女みたいだ......」
地面に崩れ落ちる前に、男がそう呟いた。銀色の長い髪と、深紅の瞳。脇腹から血を流しながら刀を振るう女。
――忌み子。この髪と目をした人間を、人はそう呼ぶ。「魔女」と呼ばれるのはまだ良い方で、門前で石を投げられたことも、村に入る前に矢を射かけられたこともある。
慣れたものだ。
私は刀を振って血を払い、鞘に納めた。その時、刀の周りで小さな光の粒がいくつも瞬いた。蛍のように明滅する淡い光が、鞘に吸い込まれるようにして消えていく。それなりの数があった。木漏れ日にしては規則的すぎるが、深く考えるのはやめた。
脇腹に手を当てる。血は出ている。......いや、もう止まっていた。さっきまで抉れていたはずの傷口が、塞がりかけている。肉が盛り上がり、皮膚が引き寄せられるようにして閉じようとしている。
いつものことだ。
男の首を取る。気分のいい作業ではないが、これがないと賞金を受け取れない。それに、生首を荷台に晒しておけば、辺りからこちらを窺う賊たちもこの不吉な行商人を標的にしようとはしない。
彼らも死ぬのは怖い。特に外で死ねば、恐ろしい魔物になってしまうのだから。
首を袋に入れ、踵を翻す。男の体はそのまま残していく。放っておけば魔物になるか、朝にはカラスの餌になっているか。どちらにしても、私には関係のないことだ。
馬の蹄が地面を踏む音。車輪が地面を伝い、ガラガラと荷台に積み込まれた商品を揺らす。殺しの現場から離れるように、暫く馬を走らせた。
血の匂いは魔物を呼ぶ。あの場所に長居する理由はない。
十分に距離を取ったところで馬を止め、荷台に寄りかかった。夜空を見上げる。
「私が殺した」――その言葉を発したのはこれで何千回目だろう。
戒めのために発していた言葉だが、とっくに効果は薄れている。代わりに、胸の奥に穴が空いたような感覚がある。息を吸うたびに、その穴を風が通り抜けていく。
吐いた息が白く消えるのを見て、ああ、冬が近いのかと思った。それだけだ。
空は広く、星が散らばっている。綺麗だと思う。ただ、それだけだ。綺麗なだけの空を見上げても、何の慈しみも降ってはこない。
血で濡れた手を拭きながら、目を閉じた。馬が鼻を鳴らしたので、首筋を撫でてやる。この子だけは私のことを怖がらない。
人の言葉を解さないから――というより、この目の色を気にしないからだろう。
人間は私の目を見ると、大抵ほんの一瞬だけ表情を固くする。一瞬だけ。それから笑顔を作る。その一瞬に詰まっているものを、私はもう数えるのをやめた。
三年一緒に旅をしているのに、名前を付けていない。付ける理由がなかった。名前を付けるというのは、相手を失った時に呼ぶものがあるということだ。失うものは、もう増やしたくない。
明日も同じ日が来る。明後日も、その次も。
生きている意味は無いかもしれない。しかし死ぬ理由が見当たらない。
――それだけが、私を生かしている。




