第11話
その日、サリーさんと二人、護衛詰所に呼ばれた。
護衛の増員だった。サリーさんに剣が支給された。木箱を開けると、金細工の鍔に青い石があしらわれた剣が布の上に収まっている。柄にも金糸が巻かれていた。だが刃はしっかりついている。振れる剣だった。貴族の傍に立つ者の装備で、実用と格式を兼ねている。
「……いいモン寄越すな」
サリーさんが剣を持ち上げて、手首を返した。重さを測っている。
「刃はマトモだ。バランスも悪くねぇ。——だがこの飾りが邪魔だな。石が引っかかる」
「護衛の剣ですからね。見た目も仕事のうちですよ」
「オレに見た目の仕事をさせるのか。ムリだろ」
サリーさんが剣を箱に戻した。文句を言いつつ、蓋は閉めない。
「曹長で十分だったのによ」
「給料上がったでしょう」
「……それは上がったが」
「嫁に見せたらひっくり返るな。こんな光りモン見たことねぇだろうし」
「奥さん、喜びますかね」
「喜ぶっつうか……呆れるだろうな。帰ったらカネに換えろって言われる」
「換えるんですか」
「換えねぇよ。娘どもが取り合って戦争になるのを見物する方がおもしれぇ」
「お子さん何人でしたっけ」
「四人だ。娘三人とジェフ。ジェフは剣なんか興味ねぇしな、あいつは嫁さんに似て堅いから。末の娘が一番うるせぇ」
四十前にして子供が四人。ハンスには想像がつかなかった。サリーさんは家族の話になると口が軽くなるくせに、すぐ切り上げようとする。
廊下の向こうから足音がして、お嬢様が姿を見せた。ネリーナさんが半歩後ろに控えている。サリーさんの背筋が伸びた。声も姿勢も別人になった。
「剣は届きましたか」
「は——はい。……お嬢様」
サリーさんの声が半分になった。さっきまで「飾りが邪魔だ」と言っていた人間とは思えない。
「剣だけでは足りないでしょう。家族のある方には相応の形で」
お嬢様がネリーナさんに目配せすると、ネリーナさんが革の小袋を差し出した。中で金属が鳴った。
「……こ、小官には——こんな立派なモン、もったいない。お返しします」
サリーさんが剣の箱を押し返そうとした。お嬢様が動かなかった。
「もう受け取ったでしょう?」
静かだった。声を張っていないのに、サリーさんの手が止まった。
「……はい」
サリーさんの声が消えかけていた。お嬢様はそれ以上何も言わず、廊下を戻っていった。ネリーナさんがその後ろを歩く。
お嬢様の足音が消えてから、サリーさんが長く息を吐いた。
「……断れねぇ渡し方しやがる。護衛を押しつけるにしてもやり方ってモンがあるだろ」
「さっきまで縮んでましたよ」
「うるせぇ。オレは貴族がダメなんだよ」
中庭に出た。日差しが薄く、十一月の風が冷たかった。
お嬢様が書庫に向かう後ろ姿が見えた。腰のあたりに何かが光った。——帯剣している。緩やかに湾曲した鞘。金細工の柄に紫の石。以前、化粧台の上で見た短剣だった。出征前にはなかったものだ。最近はいつも身につけている。
「女でも帯剣するんだな」
サリーさんが同じ方向を見ていた。
「貴族の方は帯剣する方が多いみたいですね。前はしてなかったんですけど、最近です」
「護身用か」
「でしょうね。物騒な時代ですし」
サリーさんは興味なさそうに首を傾げただけだった。ハンスもそれ以上は考えなかった。お嬢様の後ろ姿が書庫の角を曲がって消えた。
数日後。詰所でサリーさんと巡回の段取りを確認していたところに、取次が来た。
メルンヴァルト辺境伯からの書簡だった。先の戦の軍功に対する叙勲の席に招きたい、とある。ただし辺境伯の次女との顔合わせを兼ねており、ハンスが婿入り候補として名が上がっているらしい。
「……俺が? 婿入り?」
サリーさんがこちらを見た。
「ご愁傷さまだな」
「辺境伯ですよ。何を話せばいいんです。戦場以外の話題がない」
「知るかよ。オレに聞くな。オレは嫁さんとの馴れ初めが酒場の殴り合いだ」
「……それはそれで聞きたいですが」
「聞かせねぇよ。——まあ、行って顔見せて、ダメならダメで戻ってくりゃいい」
取次が書簡の補足を読み上げた。辺境伯の次女。年齢。家柄。
「——栗色のお髪の、お綺麗な方だそうでございます」
心臓が跳ねた。
呼吸が浅くなった。背筋が勝手に伸びていた。指先が冷たくなって、それから急に熱くなった。身体が意思とは関係なく動いている。
「……瞳の色は」
声が出ていた。取次がこちらを見ている。サリーさんも。
「さぁ、そこまでは書簡には……」
否定されていない。わからないだけだ。
ハンスは立ち上がっていた。いつ立ったのか覚えていない。
「——出発を早められますか」
声が変わったのが自分でもわかった。さっきまでの声ではなかった。
サリーさんが眉を上げた。
「お前、手のひら返しすごいな」
サリーさんの声が聞こえていた。だが遠かった。頭の中で何かが回っている。栗色の髪。綺麗な人。瞳の色は——わからない。わからないなら、確かめなければ。自分の目で。
ハンスとネリーナさんが辺境伯領へ、お嬢様とデイジーさんは帝都へ。
「一人でお嬢様の護衛かよ」
「俺は今まで一人でしたよ。出征中の護衛の方とはそりが合わなかったようですが」
「……聞いてるよ。ひと月で外されたんだろ」
サリーさんが頭を掻いた。
廊下に出ると、デイジーさんとネリーナさんがいた。ネリーナさんが辺境伯の姪にあたるということで、顔合わせの付き添いが決まったらしい。
「ネリーナさんって辺境伯の姪なんですかー!?」
デイジーさんの声が廊下に響いた。窓硝子が微かに震えた気がした。
「……今さら何を言っているの」
ネリーナさんの声が冷たかった。
「聞いてないですよー! そんなの全然聞いてないですよー!?」
「ネリーナさん、今年は社交界に出なかったんですか。去年はお嬢様とご一緒だったと思いましたが」
「出てないわ」
「私がお屋敷に来る前の話じゃないですかー! 知らないですよそんなの!」
デイジーさんが口を尖らせている。ネリーナさんは何も答えなかった。
出発は二日後。ハンスは自室に戻って荷を詰めた。手が止まらなかった。軍装を確認して、替えの下着を入れて、剃刀を巻いた。いつもの手順だった。前線に出る前と同じ手順で荷を詰めている自分に気がついた。
窓の外は暗くなり始めていた。栗色の髪。綺麗な人。——確かめに行く。




