表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第七話 「銀髪の少女」

数ヶ月が過ぎ、ソルヴァル(夏)の季節がやってきた。

大陸中がうだるような暑さに包まれ、正直、この気温に耐えるのはほぼ不可能だ。

今日は仕事――つまり村の手伝い――を休むことにした。

せっかくなら、この機会を魔法の訓練に使いたかったからだ。

僕はミラル森林の近くにある、広い草原を見つけていた。

草や作物が一面に生い茂っているけれど、多少の被害なら問題ないと許可も取ってある。

村の人たちに「何かに襲われてるんじゃないか」と勘違いされたくなかったのも理由の一つだ。

まだ自分のスタッフは持っていない。

本当はすごく欲しいけれど……練習に行くときは、いつもお母さんが自分のスタッフを貸してくれる。


魔法に関しては、お母さんも魔法使いだからか、賛成してくれているのだ。

お父さんは特に何も言わない。剣の練習を強制してくることもない。

お母さんに逆らったら、あとで何を言われるか分かっているからだろう。

……それだけじゃない。


お父さんは、僕にマナがたくさんあることに気づいている。

だから、剣士よりも魔法使いのほうが向いていると分かっているのだ。

魔法の本を小脇に抱え、僕は練習場へ向かった。

出かける前に、ミラとお父さん、お母さんに挨拶する。


お母さんはいつものように僕のそばまで来て、「気をつけてね」と言いながら、額に軽くキスをしてくれる。

――この謙虚で、にぎやかで、温かい家族のもとに生まれたことを、僕は心から幸せだと思う。


もし貴族や王族の家に生まれていたら、きっと人生は地獄だっただろう。

お金の問題じゃない。

社交や、特に政治的なごたごたに巻き込まれるのが、どう考えても僕向きじゃないのだ。

長い時間を歩き、ようやく草原にたどり着く。

まず本を芝生の上に置き、僕は腕をゆっくりと伸ばした。


「よし……今日は、ちょっとした実験をしてみようか」


ウォームアップをしながら、独り言のように呟く。

お母さん曰く、筋肉に負担をかけないためには、まず準備運動をするのが理想らしい。

今日僕が試したいのは――

無詠唱を使わずに魔法を発動できるかどうか、ということ。

うまくいかないかもしれない。

でも、本当にできるのかどうか、どうしても確かめてみたかった。


最初に試す魔法は……

水の玉?

氷の槍?

水の壁?

――いや、まずは一番基本的な「水の玉」からだろう。


僕は手を前に差し出した。

さて……どうすればいいんだ?

ただ想像すればいいのか?

それとも、もっと別の何かが必要なのか?

冷静に考えてみる。


無詠唱を使わない魔法は、その仕組みが分かっていない限り、発動の方法も分からない。

だから「不可能」なのかもしれない。

……でも、もし魔法そのものを、頭の中でしっかりと『視覚化』できたら?


もしかしたら、うまくいくかもしれない。

僕は目を閉じ、水が球状になっていく様子を思い浮かべる。

だが、何も起こらない。

何かが足りないのだろうか?

もっと落ち着いて、別のところに意識を向けるべきかもしれない。


――そうだ。

「どうやって発生させるか」じゃなく、「結果としてどうなっていてほしいか」に集中しよう。

再び目を閉じ、頭の中で、水の球が自分の手のひらの上に浮かんでいる様子をはっきり想像する。


その瞬間、内なる静脈(インナー・ヴェイン)永遠の静脈(エターナル・ヴェイン)とつながり始める感覚があった。

体の中を、熱を帯びた何かが駆け上がっていく。

だが――


脚の半ばまで達したところで、僕の意識はぷつりと途切れた。

……どうやら、無詠唱で静脈と魔法を制御するのは、想像以上に難しいらしい。

この調子だと、家に戻る頃にはきっとクタクタになっているだろう。


気がつくと、僕はまた草の上で目を覚ましていた。

それから何度も、同じことを繰り返す。

どれくらい時間が経ったのか分からない。

何回気絶したのかも、もう覚えていない。

――それでも、ひとつだけ分かったことがある。

無詠唱魔法は『不可能』ではない。


ただ、無詠唱に頼らず制御することが、圧倒的に難しいだけだ。

もう一度だけ挑戦して、ダメなら今日は帰ろう。

そう決めて、僕は再び手を伸ばした。


結果は――出ない。

何も起こらない。

永遠の静脈(エターナル・ヴェイン)内なる静脈(インナー・ヴェイン)にマナを送り込み、いつもより高いところまで駆け上がっていくのは分かる。

けれど、骨盤あたりまで達したところで、また意識が暗転した。

……とにかく、今日はここまでだ。

一度家に戻って休み、数日かけて、また少しずつ挑戦することにしよう。


***


無詠唱を使わない魔法のテストを始めてから、数日が経った。

視覚化も制御も、そのうち簡単になるだろう――最初はそう思っていた。

だが現実は、想像していたよりもずっと厳しい。

ここ数日で、内なる静脈(インナー・ヴェイン)は胸のあたりまでは届くようになった。

それでも、まだ足りない。

手まで届かなければ意味がない。

悔しい。

悔しくて、何度も、何度も、何度でも試す。


けれど、僕の手のひらにも、スタッフにも、魔法は現れてくれない。

……いや、まったく成長していないわけじゃない。

前にも考えたように、内なる静脈(インナー・ヴェイン)は胸まで届くようになっている。


永遠の静脈(エターナル・ヴェイン)が体中にマナを送り込むと、内なる静脈(インナー・ヴェイン)は淡く光り出す。

今回は、きっといける。

そんな確信めいた感覚さえあった。

僕は手を前に出し、深く息を吸う。


イメージする。

水が、球体になっていく様子を。

内なる静脈(インナー・ヴェイン)が、さらに上へ、上へとのぼっていく。

腕のほうまで流れ込んでくる心地よい熱が、それを教えてくれる。

――これなら、届く。


水は、頭の中のイメージどおりの形になっていった。

問題は、それが本当に自分の手のひらに『出現しているか』どうかだ。

失敗だったらどうしよう。

不安に押しつぶされそうになりながら、片目だけそっと開けてみる。


……何か、妙な違和感があった。

気になって、もう片方の目もゆっくり開く。


「……できた」


手のひらの上に、水の球が浮かんでいた。


「できた‼」


無詠唱で、魔法を発動させることができたのだ。

嬉しくて、僕はその場で飛び跳ねた。

――その拍子に、手のひらの水の玉をすっかり忘れてしまっていた。

水の玉は、僕の勢いに押されるようにして、森のほうへと飛んでいく。

数秒後――


「きゃあああああっ‼」


鋭い悲鳴が、森のほうから聞こえた。

慌ててそちらを振り向くと、木の陰から、一人の少女が姿を現した。

銀色の髪が陽の光を受けて揺れ、その姿を見た瞬間、僕の心臓はドクンと大きく跳ねた。

足が、一瞬だけ地面に縫い付けられたみたいに動かない。


……いや、動けないんじゃない。

どうすればいいのかは分かっている。

――謝らなきゃ。


彼女に近づいていくと、ひとつ、気づいたことがあった。

彼女の耳は、先が尖っている。

エルフのような、細くて綺麗な耳だ。

長く、さらさらと流れる銀髪。

それだけで、胸の鼓動がまた早くなる。


「えっと……ここにいたの、気づかなかった……」


僕が声をかけると、彼女はびくっと肩を震わせ、さらに身体を小さく丸めた。

怖がっている――そう見えた。

やっぱり、僕が悪いのだ。

……いや、間違いなく僕が悪い。

僕はすぐに地面にひざまずき、頭を深く下げた。

「本当にごめんなさい! 怖がらせるつもりはなかったんだ! 本当に、ごめんなさい!」

「え、えっと……どうして……謝ってるの……?」


え?

僕が、勝手に勘違いしていただけ?

本当に、僕のせいじゃなかった……なんてこと、ある?

顔を少しだけ上げて彼女を見ると、彼女は慌てたように手を振った。


「い、いいえ……謝るのは、わたしのほう……」


そう言うなり、彼女はくるりと背を向け、村のほうへ走っていってしまった。

……どこへ行ってしまったんだろう。

追いかけたほうがいいだろうか?


――いや、やめておこう。

もしまた会いたいと思ってくれたなら、きっと向こうから来てくれるはずだ。


***


数日後。

彼女は、本当にまた現れた。

今日は、リラべルではごく普通の、少し擦り切れた小さなリネンのワンピースを着ている。

頬はうっすらと赤く染まり、恥ずかしそうに視線を泳がせていた。

両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、僕と地面のあいだを何度も行ったり来たりしながら、目を合わせないようにしている。


「かわいい」

「えっ!」


しまった。

心の中で言ったつもりが、口からそのまま漏れてしまった。

彼女の顔はさらに真っ赤になる。

胸の前で組んでいた両手に、もっと力がこもる。

僕と地面を見比べる視線も、さっきより落ち着きがない。


「だ、大丈夫……?」

「あ、あ、あの……ええ……ごめんなさい……この前、逃げちゃって……でも、誰かが……わたしに話しかけてくれるなんて……思ってなくて……だから……その……ごめんなさい……」

「謝るのは僕のほうだよ。君に当たりそうになったのは、僕の魔法だから……ごめん」

「い、いいの……大丈夫だから……」


怒っていないようで、心底ほっとした。

あの日、彼女はすごい勢いで逃げていったから、てっきり嫌われたと思っていた。

……あ、そういえば。

僕は、彼女の名前すら知らない。


「僕はアーデン・カエリス。みんなからはアードって呼ばれてる。君は?」

「あ……ごめんなさい……わ、わたしは……セリーネ・ミラリス。みんなからはセルって呼ばれてるの。見てのとおり、わたしは人間とエルフのハーフで……」


やっぱり、ほとんど当たっていた。

彼女は半分人間、半分エルフ――そして、とても綺麗だ。

「アード……? どうかした……?」

「あ、えっと! ごめん……ちょっと考えごとしてた」

「何を考えてたの……?」


頬を赤くしながら、僕と地面のあいだで視線を揺らす。

どうやら、ただ恥ずかしがっているだけではなさそうだ。

いろいろ知りたいし、ちゃんと話したい――そんな気持ちが伝わってくる。

悪い気はしない。

むしろ、嬉しかった。


村の子供たちは、

僕がこの年齢で大人たちの仕事を手伝っているのを羨ましがりこそすれ、

僕自身に興味を持つことはほとんどなかったからだ。

僕は、自分が「生まれ変わり」だということだけは分かっている。

けれど、前世がどんな人生だったかまでは覚えていない。

それでも、今の僕は――アーデン・カエリスだ。


「……君が、どれくらい綺麗か、考えてた」

「えっ!? も、もう……」


彼女の顔は、さっきよりさらに赤くなる。

胸の前で組んでいた手をぎゅっと握りしめ、

僕と地面を交互に見ながら、歩幅を少しだけ早めた。

尖った耳が、嬉しそうにぴくぴく動いているのが見える。


「アード……昨日、君がしてたこと……それと……わたしに投げつけた、あれ……あれは、何だったの?」


――ちょっと待て。

もしかしなくても、彼女は「魔法」を知らないのか?


セルの親は何をしてるんだ……!


「す、すまない……無知で……」

「謝らなくていいよ。ただ、知らなかったことに驚いただけ。あれは魔法だよ」

「魔法……?」

「そう。言葉で説明するより、見せたほうが早いと思う」


僕は水の玉をイメージし、手のひらに意識を集中させた。

数秒もしないうちに、小さな水の玉がふわりと浮かび上がる。

彼女は、それを目を丸くして見つめた。


「そ、それが……魔法……?」


僕はうなずいた。

「わたしも……覚えたい……教えて、くれる……?」


教えること自体は問題ない。

ただ、今日は「無詠唱魔法」の練習をするつもりで来たから、本を持ってきていない。


「うーん……教えられるけど……でも……」

「……でも?」


その「でも」の一言で、僕の胸がドキリと鳴る。

「でも……今日はダメなんだ。本を持ってきてないから、今度、ちゃんと持ってきたときに……」


その瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。

耳が嬉しそうにぴくぴく動き、口元に笑みが浮かぶ。

そして嬉しさのあまり、彼女はその場でぴょんと飛び跳ね――その勢いのまま、僕に飛びついてきた。

そのまま僕を押し倒し、胸のあたりにぎゅうっとしがみついたまま、満面の笑みを浮かべている。

完全に、今の自分の体勢に気づいていない。


「えっと……セル、大丈夫……?」

「うん」

「その……君、今、僕の上に乗ってるから……

別に嫌じゃないんだけど……その……すごく強く抱きしめてるから、ちょっと痛い……」

「うん」


一秒も経たないうちに、彼女ははっと我に返った。

真っ赤になった顔は、トマトといい勝負だ。

耳まで真っ赤に染まり、ぴくぴく震えている。

僕と地面を交互に見ながら、胸に手を当ててそっと僕から降りると、また必死に視線を隠そうとした。


「……ご、ご、ごめんね、アード……」

「じゃあ……そろそろ遅くなるし、明日もここで会おうか?」


彼女はこくりとうなずき、僕たちはそれぞれ帰り道についた。

――そういえば。

セルは、どこに住んでいるんだろう?

次に会えたら、聞いてみよう。


日本語は完璧ではありませんが、一生懸命書いています。

間違いを見つけたら、コメントで教えてください。

応援してくれると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ