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第四話 「ママ」

ついに——その日が来た。


僕はもう4歳。

誕生日から数ヶ月経ったけど、

今ならお母さんが魔法を教えてくれるはずだ……そう思っていた。


けれどお母さんは、一年前から閉じこもったまま。

鍵をかけたあの部屋に入れるのは——僕とミラだけ。


僕は子どもだから。

ミラはお母さんの世話をするため。


どうしてお母さんがこんな状態になってしまったのか?


……それは、僕の兄か妹を失ったからだ。


あの日、僕は見てしまった。

お母さんが両手で顔を覆って泣き、ミラに抱きついて震えているところを。

ミラはお母さんの背中を優しく撫でながら、ずっと寄り添っていた。


お父さんは強がっているけど、本当は同じくらい落ち込んでいる。

でも——僕の前では絶対に弱いところを見せない。


僕は意を決して、両親の部屋へ向かった。

ノックしても返事はない。


(……だよね)


そっと扉を開けると、お母さんはベッドの上で動かず、まるで何かを見失ったような目で自分のお腹を見つめていた。

腕は——まるで誰かを抱きしめるみたいに、お腹の上に置かれている。


「ママ……?」


近づいて腕に触れると、ようやく僕に気づいたけれど、表情は変わらなかった。


青い瞳の輝きはなく、顔色も悪い。

別人みたいだった。


お母さんは震える手で、僕の髪にそっと触れた。

何か言おうと口を開いたけれど、声にならなかった。


僕はどうすればいいかわからなかった。

ミラに聞いてみるべきなのかな……?


でも、ミラは僕をまだ信用していない……。

だけど、このままじゃ嫌だ。

お母さんに笑ってほしい。


……よし。聞くだけ聞いてみよう。


部屋を出て階段を下りると、ミラが皿を洗っていた。


「ミラ……質問してもいい?」


皿が落ちた。

ミラは口を手で覆って僕を見る。


——やっぱり、まだ疑ってる。


でも構わない。僕は聞いた。


「ミラ……僕、何かできる? ママの回復を助けるために」


また皿が割れた。


(ミラって……皿割るの上手いよね……)


ミラはしゃがんで僕の目線に合わせると——無言のまま抱きしめてくれた。


「アーデン……(わたくし)たちには何もできないの。

 変われるのは――彼女自身だけ。

 (わたくし)はできる限り支えてる。だからあなたは心配しなくていいの。

 大丈夫、きっと戻ってくるから……」


ミラの涙が僕の服を濡らした。


こんな優しい一面があるなんて……知らなかった。

僕は、小さいけど力いっぱい抱きしめ返した。

そして外へ。

お父さんは寒さの中、上半身裸でトレーニングしていた。


「お父さん!」


お父さんは振り向き、眉をひそめた。


「アード……? こんなところで何してる。家へ戻れ」


首を振る。


「アード‼ 家に戻れと言っている‼」


それでも首を振った。

お父さんが歩いてきた瞬間——僕の体は金縛りのように動かなくなった。

そして、お父さんの手が僕の頬を打った。


その瞬間——


頭の奥で、知らない映像が爆発した。

誰かの怒鳴り声。殴られる音。暗い部屋。泣き声。

わからない。わからない。でも怖い。


息ができなくて、そのまま——意識が落ちた。

気がつくと、お父さんが目の前で泣いていた。


「アード……っ、すまなかった……!」


お父さんに抱きしめられて、また混乱した。


「……お父さん、何があったの?」

「お前は……お父さんに打たれたショックでパニックを起こして気絶したんだ……」


 ミラも心配していた。

 お父さんも後悔していた。

 その様子を見て、僕は言った。


「お父さん……僕、ただ聞きたいことがあって来ただけだよ」

「……何を聞きたかった?」

「お父さん……僕と一緒に村へ行ってほしい」

「村に……? 何しに?」

「ママに渡すものを……見たいから」


お父さんは息を呑んだ。


「……行こう。だが暖かい格好をしろ」


ミラが僕を抱き上げた。


(え? ミラが抱っこ……? 初めてじゃない?)


着替えさせてもらい、僕はお父さんに背負われて村へ向かった。


道中——僕たちは何も話さなかった。

お互い優しくしたいのに、どうすればいいかわからなかった。


***


村に着くと、すぐに周りの人たちが僕たちに挨拶してくれた。

お父さんも僕も、ちゃんと挨拶を返した。

これは両親からしっかり教わっていることだ。


お母さんへのプレゼントを探すため、いくつかの屋台を見て回った。

でも見つかるのは……野菜、果物、肉、パン。


(食べ物ばっかりだ……)


しばらく歩いて、ようやく小さくて目立たないアクセサリー屋台を見つけた。

そこにいた女性が僕に気づいて、やさしく笑いかけてきた。


「アーデン、おお父さんと一緒に何をしに来たの?」


「ママにプレゼントを買いに来たの。

 ……ママ、すごく悲しんでるから。元気づけたいんだ」


「そう……。じゃあ、好きなものを選んで。特別なものを買ってあげなさいね」


彼女はお父さんに視線を送り、お父さんは静かにうなずいた。


僕は台の上のアクセサリーをひとつずつ丁寧に見た。

石の質、彫りの細かさ、金具の強さ——全部比べながら選んだ。


そして見つけた。

バラの彫刻が施された銀のネックレス。


(これだ……絶対ママに似合う)


でも値段は……かなり高かった。

僕はお父さんを見上げ、必死にお願いした。


お父さんは少しだけ迷ったが——

最後には、深く息をついて頷いてくれた。


「……好きに選びなさい」

「ありがとう、お父さん!」


僕は胸がいっぱいになった。

その女性にお礼を言って、お父さんと一緒に家へ向かった。


途中、お父さんが口を開いた。


「アード……なぜそこまでしてお母さんに渡したいんだ? それは……ただの……」

「……お父さん。わかってるよ。

 ママの気持ちが戻るかどうかは、ママ次第なんだって。

 でも……あの姿を見るのが嫌なんだ。

 僕は、ダリエンとリリエンの息子だから……2人にはずっと幸せでいてほしい」


お父さんは立ち止まり――膝から崩れ落ちた。


「……アード……お前は……本当に……いい子だ……」


僕は何も言わず、お父さんの横に立っていた。

やがてお父さんが立ち上がり、僕たちは再び歩き始めた。


***


家に着くと、僕は急いで階段を上り、両親の寝室のドアをノックした。

静かに扉を開けると、お母さんは相変わらずベッドの上で、

お腹をじっと抱くように見つめていた。


僕はそっと近づいた。


「ママ……プレゼントを買ってきたよ……」


お母さんは顔を上げた。

その目はまだ生気がなく、笑顔もなくて——

見ているだけで胸が痛くなった。


僕はネックレスを見せた。


お母さんの視線が、僕の手の中の小さな箱に吸い寄せられる。

そして——涙が溢れ始めた。


かすかに、瞳に光が戻っていく。


「ママ……」

「アード……」

「これは……ママへのプレゼントだよ」


お母さんは震える手でネックレスを受け取り、胸に抱きしめた。

もう片方の手で、僕の髪を優しく撫でた。


「ママ……何があったのかわからないけど……

 僕は、ヴァリーンで有名な魔術師、リリエンさんの息子なんだ。

 だから……ママのためにここにいるよ。

 ママが僕のためにいてくれたみたいに」


お母さんは驚いた顔をした。


「アード……どうして……私が『ヴァリーンの有名な魔術師』だって知ってるの……?

 私も……おお父さんも……言ってないのに……」


僕は首を振った。


「去年、パパの日記を読んだんだ。

 そこに……2人の冒険のことが全部書いてあった。

 それにね……パパの日記には、ママがパパにすごく乱暴だったって書いてあったんだ……」

「乱暴……?」


お母さんの顔がみるみる怒りに染まった。


「ちょっと……ダリエン‼」


怒号が響いた。

階段を駆け上がってきたのはお父さん——と、ミラもいた。


お父さんは勢いよく飛びかかったが、お母さんは空中で平手打ちして壁に叩きつけた。


(……お母さん、やっぱり強い)


お母さんが立ち上がろうとしたので、僕は手を差し出して支えた。

反対側ではミラも支えていた。


「ありがとう、アード……ミラも……」


その後、お母さんはお父さんの耳をつかんで思いきり引っ張った。


「あ・な・た‼

 なんであなたの日記で……私を『乱暴』って書いたのか……説明してくれる?」


お父さん、完全に終わった。

お父さんは助けを求めるように僕を見たが、

僕は「知りません」という顔でそっぽを向いた。


「アード……」

「はい、ママ……」

「女の子の前で、そんな言葉を使ってはダメよ?」

「うん、ママ……」


(お父さん……南無)


お母さんはようやく手を離し、僕の前にしゃがんだ。

1年ぶりに歩いたから、動きがぎこちない。

お母さんは額を僕の額にくっつけた。


「アード……この1年、あなたのことを全く気にかけられなくて、本当にごめんね……でも……その……」

「ママ、言わなくていいよ」

「……あなたはいい子だね。でも言わせて。

 私は……赤ちゃんを亡くした。

 あなたの弟か妹を……

 それで……頭の中がずっと混乱していたの……

 あなたに何もしてあげられなくて……本当にごめんね……」


僕はゆっくりと首を振った。


「知ってたよ……ずっと悲しかった。

 でも……ママを助ける方法がわからなくて……もっと悲しかった」


お母さんは顔をゆがめ——次の瞬間、僕を抱きしめて泣いた。


「ありがとう……アード……‼

 もう、大丈夫よ……もう立ち直れたから……!」



----- リリエン視点 -----



私は、二人目の子どもを授かったことを知った。

ダリエンも、アーデンも、ミラも、みんな心から喜んでくれた。

カエリス家に、新しい家族が増える。

それだけじゃない。

アーデンには、弟か妹ができて、一緒に遊んだり、支え合ったりできるはずだ。

……それだけで、胸が温かくなった。


でも、私は心のどこかで決めていた。

アーデンには、私のあとを継いでほしくない。

冒険者としての道ではなく、もっと穏やかで、もっと広い未来を歩いてほしい。


彼が成長したら、ヴァリーンにある魔法学校に入学させてあげたい――そう思っている。

そこは遠い。

できることなら、私は彼のそばを離れたくない。


でも、いつかは彼も家を出て、自分の人生を歩く日が来る。

頭ではわかっている。


二度目の妊娠で、きっと私はアーデンに向けていた時間や気持ちが、少しずつ分散してしまう。

そのことを、あの子は嫌がるかもしれない。


それでも、伝えなければならない。

「何があっても、私はずっとあなたの味方よ」と。


そう思っていた矢先——

妊娠祝いの小さなパーティーを開いてから、わずか一週間半後のことだった。

ある朝、目を覚ますと、シーツに血が滲んでいた。


一瞬、何が起きたのかわからなかった。

でも、次の瞬間には、体の芯が凍りついた。

私はふらつきながらキッチンへ行き、ミラに何が起きたのかを伝えた。

言葉を口にした瞬間、堰が切れたように、涙が止まらなくなった。


ミラは何も言わず、私を抱きしめてくれた。

しばらく彼女の腕の中で泣き続け、落ち着いたふりをして寝室へ戻った。

……そこから先のことは、うまく言葉にできない。


私は力が抜けて、その場で崩れ落ちた。

喉が枯れるまで叫び続けて、声も出なくなった。

気づいたときには、何も話せなくなっていた。

立ち上がることもできず、ただベッドに横たわり続けるだけの存在になっていた。


トラウマが、私の体も心も支配していた。

ダリエンは、最初のうちは私の様子を見に来てくれたけれど、数週間が経つころには、ほとんど顔を見せなくなった。


無理もない。

こんな姿、見ていたくないはずだ。


それに、彼にも彼の負担がある。

アーデンの世話、家のこと、仕事……

きっと彼も本当は限界に近かった。


それでも私は、過去のトラウマを乗り越えられなかった。

そして今の出来事は、その傷をさらに深く抉った。


——乗り越えるなんて、到底できない。

そう思い込んでいた。

気づけば、あれから一年が経っていた。


この一年間、ミラは私の世話をすべて引き受けてくれた。

食事を運び、服を着替えさせ、体を拭き、髪を整えてくれる。

本当なら、私が誰かの世話をする側でありたかったのに。

私は、ただ介護されるだけの存在になってしまった。


それが、悔しくて、悲しかった。

アーデンは、その一年のあいだ、何度も私の部屋に来てくれた。

扉が開く気配がして、

小さな足音が近づいてくるたびに——

私は、無意識にあの子の髪を撫でていた。

まるで、体だけがお母さんさん親として覚えているみたいに。

私の意思とは関係なく、手が勝手に動く感覚だった。


どうして、こんなことになってしまったんだろう。

どうして?

どうしてあなたは、私たちのもとからいなくなったの?

私はあなたに何をしたというの?


問い続けても答えは返ってこない。

それでも、私はお腹に手を当ててしまう。

理解できない。

何も悪いことなんてしていないのに。


わからない。

わからない……。


私の体は、私の願いどおりに動いてくれない。

あなたが、何の前触れもなく、理由もなく去ってしまってから——


あなたは、自分のお母さんさん親を捨てた。

自分のお父さん親を捨てた。

そして、自分の兄をも捨てた。

きっと……もしアーデンがこの事実を知ったら、悲しむだろう。


私たちは、あなたに何をしてしまったの?

なぜ、こんなに簡単にいなくなってしまったの?

私が泣いているのを見て、楽しいの……?


そんなことを考えていると、ドアをノックする音がした。

来たのは、あなたの兄——アーデンだった。

声をかけてあげる勇気なんて、どこにもなかった。

ただ、あの子が近づいてきたとき、私はまた、あの子の髪を撫でてしまった。


ありがとう、と言いたかった。

「毎日来てくれてありがとう」と。

たったそれだけの言葉が、どうしても出てこなかった。

ミラが部屋に来たとき、彼女はアーデンのことを話してくれた。

彼女は彼を信用していない節があるけれど、それでも、ちゃんとアーデンの行動を教えてくれる。


「彼、私に何かできることはないかって、何度も聞いてきたのよ」と。

それを聞いて——胸が締めつけられた。


この一年、私はあの子に何もしてあげられなかったのに。

あの子は、それでも私のそばにいたいと思ってくれていた。


……本当に、あの子は優しすぎる。


悲しい。

「前に進まないといけない」と頭ではわかっているのに、心も体も、それを拒否していた。

時間だけが過ぎていく。

だけど、私だけはそこに取り残されているような感覚だった。

世界は動いているのに、私だけが止まっている。

そんな毎日だった。

ふと、私は自分に問いかけた。


——アーデンは、今でも私のことを「おお母さんさん」だと思ってくれているのだろうか?

翌日、ミラが部屋に来て、アーデンのことを話してくれた。

「アーデンがパニックを起こして気絶したの。ダリエンに平手打ちされたからよ」と。


……ダリエンが、アーデンを叩いた?


理由はなんとなく想像できる。

あの人も限界に近いのだろう。

それでも、相手は四歳の子どもだ。

お父さん親に叩かれたショックは、あの子にはあまりにも大きい。


本当なら、そのときそばにいてあげたかった。

抱きしめて、「大丈夫だよ」と言ってあげたかった。

ごめんね、アーデン。

おお母さんさんはまだ、この気持ちを完全には乗り越えられない。

でも——

ミラはそのあと、ダリエンとアーデンが二人で出かけたことも教えてくれた。

どこへ行ったのか、何をしに行ったのかまでは教えてくれなかったけれど。


ミラは、私が返事をしなくても、いつもすべてを話してくれる。

だからこそ、そのときだけは妙に引っかかった。


(大した用事じゃないのかもしれないわね……)


そう思うことにした。

もし本当に大事なことなら、きっと彼女はきちんと説明してくれるはずだから。

その後——

あなたの兄が、また部屋にやってきた。


今度の彼の顔は、いつもより少しだけ明るかった。

それが、私には救いだった。

私のせいで、あの子が悲しむのは嫌。

だから、その表情を見て、心の底からホッとした。

彼はベッドのそばまで来ると、こう言った。


「ママ……プレゼントを買ってきたよ……」


プレゼント?

どうして?


私は声にならない声で問いかけた。

すぐに思い出す。

ああ、そうだ……

ミラが言っていた、「二人が出かけた」という日があった。


せめて、そのプレゼントだけでも見せてほしい。

私は、彼の小さな手をじっと見つめた。

その手の中には——バラのモチーフがついたネックレスがあった。

とても、きれいだった。

けれど、私の腕は動かない。


動いて。

動いて。

動いて……!


息子が、私のために選んでくれた。

諦めるわけにはいかない。

彼の想いを、無視するわけにはいかない。

彼を、失望させたくない。


視界が滲み始めた。

涙で、ネックレスがうまく見えない。

それでも、私は必死に腕を動かそうとした。

少しずつ、少しずつ。


そして——やっと、彼の手に届いた。


その瞬間、声は出なかった。

でも、心の中でははっきりと言っていた。

ありがとう、アーデン。

私の息子でいてくれて、ありがとう。

どうか——

天が、あなたを守ってくれますように。


愛してる。

日本語は完璧ではありませんが、一生懸命書いています。

間違いを見つけたら、コメントで教えてください。

応援してくれると嬉しいです!

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