第十話 「リラベル崩壊 ①」
お待たせしてしまい、すみません。
仕事の都合で少し時間がかかってしまい、第十話・前編の公開が遅れてしまいました。
第十話の後編は、近いうちに公開しますので、
ぜひ最後まで見届けてもらえると嬉しいです。
楽しんでいただければ幸いです。
いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。
※ 少しお知らせです。
最近、執筆中に腱鞘炎になってしまい、医師からしばらく無理をしないように言われています。
そのため、第10話・後編以降の更新は、少しゆっくりなペースになります。
物語はこれからもちゃんと続けていきますし、途中でやめることはありません。
回復を優先しつつ、できる範囲で丁寧に書いていくつもりです。
少し気長に待ってもらえると嬉しいです。
いつも読んでくれて、本当にありがとうございます。
407年11月10日。
妹が生まれてから、一年と三日が経った。
エリスはとても元気な赤ん坊で、一分たりともじっとしていない。
お母さんによると、赤ん坊のころの僕にそっくりらしい。
それに、若いころのお父さんにも似ているって言っていた。お父さんも、昔はかなり元気だったみたいだ。
お母さんが心配そうに家の中を歩き回って、エリスを探している姿を見ると、
僕が赤ん坊だったころ、お母さんはいったいどれだけ苦労したんだろう……と考えてしまう。
少なくとも、僕は妹やミラみたいに、お皿を割ったりはしなかった……はずだ。
僕はエリスを見つけて、そっと抱き上げた。
僕が彼女を見つめると、エリスも黙って僕を見つめ返す。
そして、両手を伸ばしてニコッと笑った。
その瞬間、胸の奥が弓矢で射抜かれたみたいに、きゅっと締めつけられた。
「エリス。お兄ちゃんは、いつだって君を守るよ。
たとえ、そのことで僕の命が犠牲になってもね」
そう誓ってから、そっとお母さんにエリスを渡した。
「ありがとう、アード」
お母さんの言葉に、僕はにかっと笑って返した。
家の中にこもっているのももったいないくらい、今日はいい天気だ。
***
外の空気を吸いたくなって、僕は庭に出て、お父さんの訓練を見に行くことにした。
お母さんは、あまり家の中に引きこもっているのを好まない。
「外で遊んできなさい」と僕を追い出そうとするくらいだ。
……もちろん、外に出られないほど寒い真冬は別だけど。
「おはよう、お父さん。ここで見ててもいい?」
「ああ、アード。おはよう。……一緒にやってみるか?」
お父さんは訓練の手を止めて、ニヤリと笑った。
「お前の体つきは、剣士向きじゃないってことは分かっている。
だが、いざという時、自分の身を守るくらいはできたほうがいい」
まぁ、やってみるだけなら損はない。
それに、今は他にやることもないし、セルは「あとで来る」と言っていたから、それまで時間を潰さないと。
「分かったよ、お父さん。頑張ってみるけど……
上手くできるとは約束できないからね」
「その意気だ、息子よ! じゃあ、始めるぞ。準備はいいか?」
お父さんのやる気に満ちた瞳が、少しだけまぶしく感じた。
お父さんは木製の練習用の剣を取りに行き、僕に一本投げてよこした。
僕が構えを整える間もなく、お父さんはすでに踏み込んできた。
「うわっ——!」
思わず目をつぶって、防御だけを考えて剣を構える。
「目を閉じるな、アード! 目をつぶっていて、どうやって防ぐつもりだ!」
お父さんの声と同時に、僕の左脇腹に蹴りが入った。
身体が宙に浮いて、地面に何メートルか転がる。
「見ただろう? 今のはまだ手加減している。
実戦だったら、お前はもう死んでいたぞ、アード」
……その通りだ。
これが、本物の冒険者ってやつか。
脇腹はまだズキズキ痛んでいたけど、それでも僕はゆっくり立ち上がって、もう一度構えた。
もっと強くならなきゃいけない。
少なくとも、剣士が間合いに入ってきたとき、即死しない程度には。
長生きしたいしね。
二度目の攻撃。
今度は目を開けたまま、防御しようとする。
でも——怖くて、どうしても視界がぶれる。
剣を合わせるたびに、反射的にまぶたが閉じそうになる。
目を開けたまま、相手を見て、防御と回避と体のバランスを同時にこなす。
何度も何度も試して、ようやく少しずつ慣れてきた。
お父さんが本気を出していないことは分かっている。
もし全力なら、僕はとっくにこの世にいない。
それでも——
今では、お父さんの攻撃の「ほとんど」は防いだり、避けたりできるようになった。
もちろん全部じゃない。でも、あと少しで手が届きそうな気がする。
「アード、少し休憩して水を飲もうか」
「うん、お父さん。僕、家から水を持ってくるよ」
僕は家に入り、キッチンへ向かった。
そこにはお母さんとエリス、そしてミラがいた。
「ミラ、お父さんと僕の分の水、もらってもいい?」
そう言った瞬間、三人とも一斉に口元に指を当てて「しーっ」と合図してきた。
エリスが寝ているらしい。
「あ、ごめん……」
小声で謝ると、お母さんが「さっき寝ついたばかりなの」と教えてくれた。
水はミラが運んでくれるから、外で待っていなさいと言われ、僕はうなずいて再びお父さんのところへ戻る。
ミラを待っているあいだ、お父さんがそっと僕の肩に手を回した。
「アード。お前、本当に上達したな……剣士になる気はないのか?」
「お父さんこそ、『僕は剣士向きじゃない』って、いつも言ってるじゃないか」
お父さんは苦笑して肩をすくめた。
「そう言ったな……だが、今のお前なら、本当に立派な剣士になれるかもしれん」
「……僕は、やっぱり魔法が好きだよ。ごめん」
お父さんの表情が、少しだけ寂しそうに曇った。
それでも、すぐにいつもの笑顔に戻る。
気づかないふりをすることもできたけど——僕には分かった。
お父さんは、本当は少しだけ残念なんだ。
「アード。お前、自分の“最初の言葉”が何だったか、知ってるか?」
……知ってる。でも、言えない。
両親は、僕が他の子どもたちと少し違うことに、うすうす気づいているかもしれない。
けれど、「超能力者」みたいに思われるのは嫌だ。
だから、ここは知らないふりをする。
「さあ……なんだったの、お父さん?」
お父さんは少し迷ってから、静かに答えた。
「……水、だ」
声が、ほんの少し震えていた。
「本当はな、『パパ』って言ってほしかった。だが、お前が最初に言ったのは『水』だったんだ。
お前のお母さんは、それでも大喜びで……俺だけが、ちょっと受け入れられなかった」
ああ、そういうことか。
お父さんは、「家の主」でいたい人だ。
でも実際、この家の本当の“主導権”を握ってるのは、どう見てもお母さんだ。
お父さんは、いつもお母さんの言うことをちゃんと聞いている。
聞かなかったら——寝室から追い出されるから。
「そんなことで悲しまなくていいよ、お父さん。
僕が最初に何て言ったかなんて関係ない。僕にとってお父さんは、たった一人のお父さんだよ。
これからも、ずっとね」
僕は、少しだけふざけた笑みを浮かべて付け加えた。
「それに……エリスが最初に『パパ』って言わなくても、お父さんは、こうして僕の肩に手を置いてくれてるしね」
そのとき、ミラが水を持ってきた。
「さあ、水を飲んで、もう少しだけ練習しよう、アード」
「うん、お父さん!」
水を飲んで一息ついたあと、僕たちは再び木剣を構え、稽古を再開した。
ミラは、静かに家の中へ戻っていく。
さっきよりも、お父さんの動きがよく見える。
足、腰、肩の動き――視線、呼吸、踏み込みのタイミング。
全部を同時に意識するのは難しいけれど……
それでも、ほんの少しずつ、僕の剣は「マシ」になってきていた。
「どうだ、アード? もう諦めるか?」
「……いいえ、お父さん!」
諦めたくない。
たとえ、剣士向きじゃないとしても——
一度くらい、お父さんを剣で倒してみたい。
そう思いながら木剣を振り続けていると——
「あなた! ちょっと来て、手伝って!」
家の中から、お母さんの大きな声が響いた。
お父さんは剣をおろした。
「今日はここまでにしよう、アード。いいな?」
「うん、お父さん」
お父さんが家の中へ向かおうとしたとき、僕は思わず声を張り上げた。
「お父さん! いつか絶対、自分の身をちゃんと守って……
それから、一度でいいから、お父さんを剣で倒してみせるよ!
剣士にはならないかもしれないけど……練習では、絶対にお父さんに勝ってみせる!」
お父さんは数秒だけ立ち止まり、振り向かずに片腕を上げて、親指をぐっと立てた。
それだけで、十分だった。
そのあと僕は、庭の木の下で少し休んでから、寒さに耐えられなくなる前に家へ戻った。
キッチンでは、ミラがもう昼食の準備をしていた。
今日はイノシシ料理らしい。正直、かなりお腹が空いている。
「ミラ、お昼はできた?」
「ええ、アード。けれど、あなたのご両親はエリスのことでちょっとバタバタしていて、まだ降りてきていないわ」
「ミラ、ここにいてもいい?」
ミラは少し驚いた顔をしてから、昔みたいに床に皿を並べた。
まだ、僕のことを完全には信用していないのかもしれない。
でも、小さいころに比べれば、その目つきはずいぶん柔らかくなっている。
僕はミラの近くに座り、色々なことを聞いた。
どうしてこの仕事を選んだのか。
どこで生まれたのか。
なぜ、うちの両親のところで働こうと思ったのか。
ミラは、一つひとつ、丁寧に答えてくれた。
まず、彼女はヴァリーン出身で、両親のことはそこで「有名な冒険者」として知っていたらしい。
誠実そうで、信用できる人たちに見えたから、働くことを決めたのだと。
けれど、「なぜこの分野の仕事を選んだのか」と聞いたときだけは、ミラは黙り込んだ。
きっと、あまりいい思い出じゃないんだろう。
それ以上は、踏み込まないことにした。
そのとき、ちょうど両親が階段を降りてきた。
お母さんは、僕が使っていたのと同じベビーベッドにエリスを寝かせる。
僕たちはいつも通りの昼食をとった。
この地方ではイノシシ以外に狩れる獣が少ないし、冬のあいだ魚を獲りに行くのは道のりが遠すぎて大変だ。
食後、セルがやって来た。
外の寒さのせいで、顔は真っ白になっている。
僕がドアを開けると、ミラがすぐに毛布を持ってきて、セルの肩にかけた。
「もっと暖かい服、持ってないの?」と聞くと、セルは小さく首を振って「持ってない」と答えた。
お母さんは、僕のクローゼットからコートを取り出し、それをセルに差し出した。
「セリーネ、このコート、アードのだから遠慮しなくていいわ。あの子、他にも持ってるもの」
「あ、ありがとうございます……」
「いいのよ、お嬢ちゃん。あなたは、もう家族の一員なんだから」
セルはどう反応していいか分からない様子で、慌てて立ち上がると——
誰も想像していなかった言葉を口にした。
「わ、わたし……約束します。
——ア……アードを……守ります……」
……え?
今、なんて言った?
信じられない言葉に、僕は固まってしまった。
お母さんを見ると、眉をひそめて、あからさまに不機嫌そうな顔をしている。
嫉妬心は、まだ完全には消えていないらしい。
「……それは、本来なら私の役目なんだけどね?」
セルは、ようやく自分が何を口走ったのか理解したらしく、真っ赤になって小さく縮こまった。
そこで、空気を読まない人がひとり。
お父さんだ。
「心配するな、セリーネ! アードはいつか必ず、お前のものになる!」
……お父さん、火に油を注がないで。
案の定、お母さんの怒りゲージが一気に上がった。
「あ・な・た……!
今日中に死にたくないなら……ちょっと外に出ててくれる?」
お父さんは、お母さんの殺気を含んだ笑顔に怯え、そのまま中庭に逃げていき、黙って剣の練習を再開した。
ミラは、温かいスープをセルに渡して、身体を温めさせる。
セルがスープを飲み終えると、僕たちは二人で本棚のある部屋——僕たちが勝手に「図書室」と呼んでいる場所へ行った。
この世界には、まだ僕たちに理解できないことがたくさんある。
だからセルと僕は、家にある本を読むのが大好きだ。
色々な種類のギルド、その仕組み、この世界を支える制度。
楽しいことも、そうでないことも、たくさん知った。
魔法に関する本も読んだ。
風魔法、火魔法、雷魔法……強力な魔法がいくつも紹介されていて、その中には僕の興味を引くものもあった。
たとえば——「フライ」、「ファイア・ブレット」、「サンダーストライク」。
どれも格好よくて、胸が高鳴る魔法だ。
僕に火・風・雷の魔法の親和性があるかどうかは、まだ分からない。
でも、試してみないことには、何も始まらない。
モンスター図鑑も読んだ。
この世界に存在する、さまざまな魔物が載っている。
Sランクの魔物こそ載っていないけれど、Aランクまでの魔物の情報はしっかり書かれている。
セルは、アルヴァンドールという国が、なぜ「どんな種族でも共に暮らせる国」になったのか——
手元にある資料から、一生懸命調べていた。
僕は、そのあたりの事情には正直まだ興味が薄くて、今は深く知りたいとは思っていない。
数時間が過ぎ、外はすっかり夕方になっていた。
セルはお父さんに送られて家へ帰り、僕は残って、さっき心を奪われた魔法についてもう少し勉強した。
どれも上級魔法で、構成や詠唱がとても複雑だ。
だけど、その分だけ、僕の心を強く惹きつける。
「……よし。明日、試してみよう」
本を閉じてベッドに潜り込んだ瞬間——
意識は、あっという間に闇に沈んでいった。
日本語は完璧ではありませんが、一生懸命書いています。
間違いを見つけたら、コメントで教えてください。
応援してくれると嬉しいです!




