【天貫き空駆ける蛇王】其の参
「本当に金を出してもらってもいいのか?」
「はい。カオス様のためならば私はなんだってします」
「そうか。悪いな、ありがとう」
「い、いえ!私はそんな大層なことなど⋯⋯」
「我早く食べたいワン」
「全くこの駄犬が⋯⋯まあいいです。召し上がれ」
「もぐもぐ⋯⋯うまいワン」
いただきます、と手を合わせ目の前の飯をかきこむ。
白米、味噌汁、魚の干物。
一応日本の料理や文化はあるようだ。
ファンタジー世界のハズだけど……。
刀もあるし、もしかしたら日本のような国もあるのかも。
そして今、俺たちはシャド王国の料理店『飯屋 たお』で食事をとっている。
もちろん金はないので、ミリアの奢りだ。
「しかし、本当にミリアが聖女だってバレて問題にならないのか?」
「大丈夫です。私はこんな服、今まで着たことはありませんから」
「そういえば、その服は一体どこで手に入れたんだ?」
いくらクロが痛い犬でも、そんな服は常備しているわけがない。
なのに彼女は、俺が朝戻ってきた時には既にその服を着ていた。
「カオス様の魔法を真似してみました」
「真似?そんなに簡単にできるのか?」
「私は⋯⋯幼い頃から、”天才”と言われていたので⋯⋯」
段々声が小さくなり、ミリアの顔に影が差す。
クロの過去といい、こいつも何か事情がありそうだ。
「あの時、回復魔法をかけたのもお前だよな?」
もう一つ疑問があったので訊く。
「はい。勇者を騙る愚者に、私の敬愛する主君を殺させたくなかったので」
「敬愛する主君って⋯⋯、いつから俺のことそう思ってるんだよ?」
先程抱きついたかれたのだって俺には身の覚えがない。
「私が勇者に襲われ、カオス様が颯爽と割り込んだ瞬間、ビビッときました」
ビビッとくるものなのか?
そもそもあれはクエストのためだっただけだが⋯⋯。
俺は特段彼女を助けようという気にもならなかったし。
そう言えば俺の出自について何も教えてなかったな。
丁度いい機会だ。伝えておこう。
「二人とも、大事な話がある」
「「何でしょう(ワン)?」」
少し間を開け、口を開く。
「俺さ、実は――、この世界の人間じゃないんだ」
その刹那、時が止まったかのように二人が固まる。
やっぱりそうか。
いきなり他の世界から来た、なんていう奴なんか気持ち悪いもんな⋯⋯。
どうせすぐに、俺から離れて行くだろう。
せめて、この飯代だけは払ってくれたらすごく助かるけど⋯⋯。
「や、やはり主は⋯⋯」
「ふ、普通では無く⋯⋯」
二人が目に涙を浮かべながら少し引く。
俺は少し期待をしていたかもしれない。
もしかしたら二人共俺を見捨てないかもしれない。
もしかしたらまだ一緒にいてくれるかもしれない。
そんな甘い考えだから、こうやって後悔する羽目になるんだ。
こんな自分が嫌いになる。
はぁ。
「「――闇の帝王だったのですね(ワン)!!!!!!」」
――やみのていおう?
ああ、闇の帝王か〜。
ん?
え?
あれ?
想像してた反応と違う?
もっと『何こいつ』とか『よくも騙したな⋯⋯』とか罵詈雑言を吐かれると思っていたのだが⋯⋯。
なんで身を乗り出して目が輝いるんだ?
「あの〜?お二人さん?どうしたんですか?」
「やはり!やはりカオス様はあの伝説の――!」
「さすが我の主!まさか別の世界の住人だったとは!」
俺は息を思いっきり吸い込む。
「なんでお前らは平常運転なんだぁーーーーーー!!!!!!」
なんだかウジウジ悩んでいたのがアホらしくなってきた。
そういえばここ、そういう世界だった。
そしてなぜ聖女も厨二病になっているんだ?
もうどうでもいいわ。
飯が冷める。早く食べよう。
*・*・*・*・*
『飯屋 たお』を出て、ぶらぶら王都を散策する。
兵士たちに先日の勇者襲撃がバレないかって?
しっかり対策済みだ。
俺はあの痛いロングコートを着ていないし、クロもいつもの熊サイズから、犬サイズに縮んでいる。
虎狼族の能力のようだ。
やはりスペックは高いんだよなあ。
「さて、これからどうする?」
「我は主についていくワン」
「私もです」
「そっか〜、じゃあ⋯⋯どこか泊まれる所が欲しいかな」
この世界に来てから野宿ばかりだったので、ふかふかベッドが恋しくなってしまった。
「主の、城⋯⋯」
「愛の巣⋯⋯」
「違うって!宿か何かがあったらいいなって思っただけだから!」
妄想のしすぎにも程がある。
「城となると⋯⋯やはり誰にも見つからない場所」
「愛の巣は、二人だけの家」
「ダメだ!こいつら人の話聞いてねぇ!」
どうして普通の考え方ができないんだ⋯⋯。
「「つまり建てるなら場所は――」」
二人の声がハモる。
やけに息がぴったりだ。
嫌な予感がして俺の額を一筋の汗がつたう。
「「――”秘境”」」
「秘境?」
「並の人間では足を踏み入れることさえできない地のことです」
いや、ダメじゃんそれ。
並の人間では入れない、過酷な場所で安眠なんてできるわけがない。
「ですが私は、この辺りに”秘境”はあるという話は聞いたことがありません。クロは何か知っていますか?」
「うーん、確か⋯⋯王都の西にあるダク山脈の奥地に、巨大な蛇が住み着いた”秘境”があると聞いたことがあるワン」
「シャド山脈ですか。少し遠いですが行きましょう」
いや、君たち、そんな危なそうな所に俺、行きたくないけど。
普通に体を休めて、普通にこの世界から脱出したいだけなんだが。
*・*・*・*・*
「ふふふ、終焉の時は――近い」
魔王城の王座に座り、グラスの中の液体を揺らす。
未成年なので入っているのはぶどうジュースだ。
「魔王様」
月光に照らされた部屋に、部下が音もなく現れる。
「なんだリワ。今いい所だったのだが?」
「すみません。それよりもご報告したいことが」
「ああ、最近は、こき使って悪いな」
「わたくしの疲れなど、魔王様の苦しみと比べるのも烏滸がましいです」
「そんなことはない。お前は本当によく頑張ってくれている。それより報告とはなんだ?」
「はい。ついに、”希死”のオニオンがここ――”魔界”から”主界”へ向かいました」
「問題児もついにここを去るか。勇者が敗北した事件もあるし、世界もついに転換期を迎えるか」
「そして、そのオニオンが向かった先が⋯⋯その、シャド王国の”秘境”なんです⋯⋯」
「”秘境”!?マジ?」
「マジです」
「やっばぁ。”秘境”って”魔飽区”、”迷宮”、”古代遺跡”の中でも別格だよ!?」
「追いますか?」
「やめやめ。ボクは誰にも死んでほしくない。報告ありがとね。頑張って」
「有難きお言葉。それと、もう一つよろしいですか?」
「なに?」
「素、また出てます」