【天貫き空駆ける蛇王】その弐
目の前に表示されたウインドウには、意味不明な文字化けの羅列。
「え⋯⋯これは一体⋯⋯?」
この世界から脱出する方法――それは俺の唯一の希望であり目的。
想定していた最悪の答えは”元の世界に帰れない”。
つまり、一生をここで終えなければならないということ。
希望があるとすれば、《《バグったような》》文字列の表示。
帰れないならいつものように『そんなものありません』でいい。
「――ん?《《バグった》》?」
もしもこの世界にバグという存在があれば、巻き込まれて俺の人生が詰むかもしれない。
例えば脱出不可能な壁の中に移動したり――。
死ぬことも許されずに一人暗闇の中を歩き続ける⋯⋯そんなエンドもあり得る。
「いや、逆にこの厨二病ゲームなら冥界とか絶対あるよな⋯⋯?」
それはそれで痛すぎて嫌だ。
こんな意味深な答えが返ってくるなら始めから聞かなければ良かった。
それこそ”暗黒無双”について知ることができれば俺の今後の方針を定めれたかもしれない。
「――質問回数は残っていないのか?」
求めていた質問の回答がされていないのだ。
質問回数は残っているはず。
『質問できるのは各クエストを一度クリアするごとに二回までです。
現在の質問可能回数/0』
ピコン。
「くそッ!やっぱ駄目か⋯⋯」
仕方がない、ひとまず現状どうしようもないので切り替えるか。
怖さもあるが、脱出の可能性がある限り、立ち止まる理由はない。
絶対に厨二病どもから逃げ出してやる。
とりあえず犬と聖女と合流して、俺自身についてでも説明するか。
それをあの二人《聖女と犬》が聞いて、幻滅したなら好きにしたら良い。
クエストで仲間になっただけの関係だ。
俺に彼らを束縛する権利など何もないのだ。
倒木から立ち上がり、周囲を見渡す。
「あれ⋯⋯俺、どっちから来たっけ?」
*・*・*・*・*
ぬおー!おはようございます朝です。
結局、昨日は森で迷って合流を諦めた。
さて、どうやって元いた場所に戻るか⋯⋯。
目印のような岩などがあれば良かったがそんなものもない。
腹も減ったし王都にでも行って何か食うか。
「⋯⋯でも金ないんだよな〜」
まあ、行けばなんとかなるかもしれない。
そう思いながら”幽影移動”を使おうと手を宙にかざす。
――ん?
「ちょっと待てよ⋯⋯?」
魔法?”幽影移動”?テレポート?
俺、移動系魔法持ってなかったか?
――あ。
「昨日使ってればこんな歩き回らなくて良かったぁぁあああ!!」
脳みそがすっかり魔法を忘れていた。
バグ表記のせいだ。仕方ない。
た、多分。
気持ちを切り替えて、”幽影移動”を発動する。
影が俺の体を包み込み、周りの景色が切り替わる。
「あ!主が帰ってきたワン!」
魔法が終わるとそこにいたクロが駆け寄ってきた。
「あぁ、すまん。ちょっと色々あってな。そういえば聖女はどこだ?」
「か、カオス様?お帰りになられていたのですか!?」
遠くから声が聞こえたので振り返ると、そこには聖女が――ん??
「おい。犬。あの服はなんだ?」
「わふ。やはり主は闇の帝王なので、あのような白いちゃちい服装ではなく黒いクールな方がよいかと思い我が――」
「誰が闇の帝王だ!この厨二病ポンコツ犬野郎が!」
厨二病⋯⋯?と首を傾ける犬を放置して聖女のもとへ行く。
「大丈夫か?あいつにこんな服着せられて嫌だっただ――」
「うぐっ、すっごく探したんですよ。うっ、何でもします、何でもするから私を見捨てないで⋯⋯!」
心配して声をかけた途端、いきなり聖女に抱きつかれる。
な、なんで?というか、その、なんか当たってるんですけど⋯⋯?
柔らかい⋯⋯アレ、が。
「カオス様――ッ!」
ちょ、抱きしめすぎ痛い痛い痛い!
ゆっくりと聖女の顔を覗いてみると、なんと泣いている。
「え〜⋯⋯?」
状況を分からず、俺はなんとか聖女を引き離す。
もちろん理性を総動員してだ。
しかし引き離した瞬間、再びぎゅっと抱きしめられる。
この体ですら太刀打ちできない、だと⋯⋯?
そもそもどういう状況?
聖女が泣いて抱きついてくる。
そしてさらに問題なのはその服装。
真っ黒なチョーカードレスは彼女のスタイルの良さを強調しており、深いスリットからは艶めかしい足が覗く。
足には鈍く光るヒールを、そして――。
どうして首輪つけているのかな?
普通聖女なんかがするような格好ではない。
――クロ、か。
あいつが彼女にこんな厨二病服を着せたんだ!
可哀想に。
「そこの糞犬ちょっと来いや」
「ワン!ひょっとして我も主にじゃれついていいワン!?」
よくねぇよ。
これのどこをどう見たらじゃれついているかのように見えるんだ。
「聖女さん。ちょっとのいてもらっても――」
「私のことはどうかミリアとお呼び下さい」
「ちょ、まずのいてもらっ――」
「私のことはどうかミリアとお呼び下さい」
「いや怖ッ!?」
同じ言葉を言われると普通に怖いんだけど?
カオス!何この状況!?誰か俺に説明してくれ!
「幽影移動!」
魔法で距離を離し時間を稼――げない!?
一緒に聖女まで転移しやがった!
あー、もうどうにでもなれ!
彼女の頭を優しく撫でてやる。
一度落ち着けば離れてくれるだろう。
しかしそれは全くの逆効果だった。
「はぁ、カオス様のおっきな手⋯⋯♡」
ハート!?今ハートついてたよな!?
勇者!今すぐ俺とポジションを変われ!
どうして俺なんかが勇者みたいに――
もしやバグか?
このゲームはすでにバグっているのか?
たった二個のクエストクリアでバグるのか?
というかそんなことより――
「クロォ!さっさとこいつを引き剥がせぇ!」
「ワン!」
「な、何をするのですかこの駄犬が!私は今カオス様と愛の――」
「主がお困りだって分からないのか?」
「はッ!も、申し訳ありませんでした!次からはもう⋯⋯もうしないので私を見放さないでぇ⋯⋯」
おい犬。
てめえが一番俺が困っているのを分かってねぇんだよ。
なんとか聖女も引き離せたし、どうしてこんな服を着て抱きついてきたのか彼女に訊く。
「な、なあ聖女――」
「ミリアとお呼び下さい」
「あ、うんミリア――」
「ハァ⋯、ハァ⋯、カオス様が私の名前を⋯⋯」
うん、この際、聖女――ミリアの異常状態のことは放っておこう。
「――どうしてこんな服を着ているのか教えてくれないか?」
「そこのクロが、カオス様はこういう服がお好みだと⋯」
「やっぱり犬のせいだったか⋯⋯」
「ハッ!もしやカオス様はこの服がお嫌いで――!駄犬、よくも騙したわね」
「我、なにもしてないのに⋯⋯」
テメエはとっくにギルティだ。
「それで?なんで俺に抱き着いて来たんだ?」
「それは⋯その⋯⋯。言いたいけれど言えない言って断られたらどうしようカオス様に見捨てられたくない何このゴリゴリ距離詰めようとする女って思われたくないこの思いを伝えたいでももしかしたらワンチャン――(ブツブツ)」
「……やっぱ何てもないわ」
これ以上聞いたらヤバいと本能が俺に警告する。
い、一体彼女はどうなったんだ⋯?
しばらくミリアが一人呟いていると、ふとクロが声をかけてきた。
「あ、主⋯⋯」
「どうした?謝罪する気にでもなったか?」
「い、いや、そうじゃなくて⋯⋯今言うことじゃないかもしれないけれど、お腹が空いたワン」
「そういや俺もお前も会ってから何も食ってなかったな」
そもそも腹が減って王都に行こうとしていたのを忘れていた。
このハイスペックボディでも限度があるらしい。今は腹が減っている。
「でも金ないし、飯どこで食えばいいんだ⋯?」
いざとなったら王都で財布をパクる、という手もあるにはある。
「そ、それなら!私がいい店知ってます。お金も⋯ありますし」
「「本当か(ワン)!?」」