【堕ちる祈りの先には】其の壱
ぬおー!
朝だ。
意外と森でもしっかり眠れた。
異世界だからか、この体のせいか、いずれにせよ寝覚めは良い。
そして俺の目の前には、なぜか背筋をピンと伸ばしてお座りをした犬がいた。
「お前、もしかして一睡もしていないのか?」
「主の御前で眠るなど⋯⋯断じて許されぬワン」
「もっと普通の話し方はできんのかね」
「ワン?」
虎狼族とかキメラみないな種族の癖に結局語尾は犬かい。
せっかくの忠犬属性が、厨二病属性と混ざってゼロ――いや、マイナスになっている。
さて、これからどうするか。
サクッとゲームをクリアしたいのだが、そもそも次のクエストのフラグの立て方が分からない。
そもそもこのゲームのクリア条件って何だ?
ピコン。
『はい。そんなものありません』
何か出た。
……回答が雑なせいで、親切なのか不親切なのか判別がつきにくい。
じゃ、じゃあ、このゲームにエンディングは存在しないのか?
ローグライク系のゲームでも大抵はエンディングで一区切りあるのに?
⋯⋯流石にあるよね?
『はい。そんなものありません』
え、マジで?
そもそもここはゲームの世界なのか?
俺はどうしてこの世界に来たのか?
『質問できるのは各クエストを一度クリアするごとに二回までです。
現在の質問可能回数/0』
回数制限あるんかい。
やっぱり不親切だったわ。
エンディングがないならば、俺はこれから何をすれば良いのだろうか。
質問回数も0。
クエストがどうすれば出てくるのかも分からない。
完全に八方塞がりだ。
そうだ、ステータスウインドウはあるのだろうか?
えっと、確か、ラノベとかだと――。
「ステータス・オープン」
そう一言呟くと――――
「出ろ、出ろぉ!」
何も―――
―――起こらなかった。
恥ずかしっ!
一人で手を宙にかざして「ステータス・オープン(ボソッ)」。
まずい、段々と俺もこの世界に毒されてきている。
しかし、ステータスが見れないのは、かなり困る。
それはなぜか?
従来のこの手のゲームの仕様は、クエストクリア▶拠点で強化▶操作キャラ選択▶次のクエスト……が基本サイクルだった。
だが、今いる世界では拠点もないし、操作キャラも選べるはずもない。
そもそもあのゲームは三人称視点であり、今のように主人公の行動を自由に選べるわけではなかった。
マップもないので、今いる場所も分からない。
「なあ犬、近くに人が住んでいる所とか知ってるか?」
結局、一応知識(?)がありそうな犬に頼ることにした。
「知っているワン。主は人がいっぱいいる場所に行きたいのかワン?」
「ああ、そうだが――」
「ならついてくるワン!」
即座に身を翻し駆けてゆく犬。
仕方ない。行くしかないか。
*****
「なんでここに連れてきたんだよ」
眼前に広がる雑多な町並みを見ながら、俺は大きなため息をつく。
その理由は、あの畜生犬が案内したここがシャド王国とかいう大国の王都だったからだ。
見渡す限り人、人、人。
この王都は普段から人口密度が桁違いに多いのか?
近くにいた人に理由を聞いてみる。
「おう、あんちゃん余所者かい?今日は魔王討伐へ向かう勇者様御一行の出立式だぜ」
「勇者御一行?」
「人類の敵である魔王を倒す正義の味方さ。勇者フォース様、聖女ミリア様、剣聖ヴァールガン様、賢者ノワール様――人類屈指の実力者たちだ。ほら、あそこの広場に見えるだろ?」
指を差した方向を見ると、確かにそれっぽい4人が壇上に見える。
ベタな構成の勇者パーティーだ。
ただ――。
「――なんか揉めてね?」
金髪の少年と、美しい白い法衣の少女が睨み合っていた。
恐らくあれが勇者と聖女だろう。
痴話喧嘩――か?
やけに本気でお互い怒っているように見えるが。
これから魔王を倒しにいくってのに、大丈夫なのだろうか。
しばらく見ていると、いきなり聖女が勇者に平手打ちをした。
彼の頬に聖女の手の平が吸い込まれ、ビタァァァン!と広場に大きな音が響く。
「えー⋯⋯」
ざわつく民衆たち。
いくら痴話喧嘩でも公衆の面前でやるのはどうかと思う。
勇者と聖女が結ばれてハッピーエンド、が俺の読んだファンタジーでは多かった。
多分あの二人も本当は仲がいいのだろう。
畜生イチャイチャしやがって。
などと考えていると、そのまま聖女がどこかに走り去った。
平手打ちをされ、彼女に逃げられた勇者の少年は、呆然としている。
近くにいた剣聖と賢者らしき人物が慌てて追いかけていき、警備兵たちもわらわら駆けてゆく。
「……俺も行くか」
流石にここまでお膳立てされたのなら行くしかない。
フラグも立ったようだしな。
ピコン、と表示されるウインドウを横目に、俺は人混みをかき分けながら、聖女の向かった方へと歩を進めた。
さっさとクリアしてこの世界から脱出してやる。
『クエスト:【堕ちる祈りの先には】
クリア条件/聖女を勇者から救い出せ』
*・*・*・*・*
「あの勇者がついに動き出しましたか。間違いなく歴代最強になりますね。魔王様、いかがなさいますか?」
「勇者フォース。我の脅威たり得る忌まわしき存在め。奴の動きは常に把握しておきたい。誰か監視をつけよ」
「は、ではわたくし、四天王副官”零鍾”リワが参ります」
「そうか、天童と呼ばれたお前が行くか。ククク、面白い。だが手出しはするなよ」
「御意に」