【月影に棲まう虎狼】
――最悪だ。
目を開けたら、俺が世界で一番嫌っていた厨二病クソゲー『暗黒無双』の世界に立っていたなんて。
*・*・*・*・*
「ん?」
気づけば、俺は草原のど真ん中に立っていた。
え……ここどこ?
「とりあえずスマホで――あれ!?」
――ない。
ポケットに入っているはずのスマホが、ない。
そこで俺は気づく。
今、着ているのが漆黒のロングコートだということに。
それも、かなり重症の厨二病患者が想像するような、やたら謎の紋章やらベルトやらがついたやつだ。
「……ウソ、だろ?」
見覚えのあるそのコートは、最近発売されたゲーム『暗黒無双』の主人公の服だ。
そのゲームは、発売前から問題作の烙印を押された、あの悪名高き作品。
さらにオタクの端くれだった俺の脳が叫ぶ。
これは転生だ――――と。
「お、おおおお落ち着け俺!そんなわけあるか、死んだ記憶もない……よな?」
だが、やけにリアルだ。
く、よりによってこんなゲームに転生だなんて⋯⋯。
俺、発売前から低評価レビューを押しまくっていたのだが、その呪いか何かか?
ひっひっふー、ひっひっふー。
とりあえず情報を整理しよう。
まず、『暗黒無双』の世界に転生していると仮定する。
できれば違ってくれ、と願いながら。
『暗黒無双』――監督、脚本、さらには広告代理業者まで、重度の厨二病を患っているといわれるゲーム。
男子中学生の黒歴史を濃縮した塊。
「闇に堕ちろ」「これが漆黒の力だ――」なんてセリフが飛び交うストーリー。
世界観は無駄に作り込まれてるくせに、羞恥でプレイヤーを殺しに来るタイプのやつだ。
「嫌だあああああ!!!!」
なんでこんな世界に転生したんだ!
謝罪ならいくらでもする!
どうかこの世界から解放してくれ!
しかし現実は、あまりにも非情だった。
『貴方の名前を設定して下さい』
ピコン、という音とともにウインドウが現れる。
その禍々しいUIは、まさしく『暗黒無双』のソレだった。
もうヤケだ。プレイヤーネームは”カオス”で決定。
ポチッとな。
『”暗黒無双”を開始します。
YES/NO』
難易度選択もないのかよ。
……YESで。
『クエスト(チュートリアル):【月影に棲まう虎狼】』
景色が一瞬で切り替わる。
チュートリアルのクエストか。難易度は低いはずだ。
俺はどこかの夜の森に立っていた。
ざわり、と木々が揺れ、どこからか犬の鳴き声が聞こえる。
なんだろう?行ってみるか。
しばらく森を駆け、人の気配を感じたので草むらから覗くと、目に入ったのは一匹の手負いの狼と、それを取り囲む多くの兵士たちだった。
一体どういう状況だ?
狼が苦しそうに震えている。
恐らく体中についた傷のせいだろう。
『クリア条件/虎狼族”クロ”を救出する』
表示されたウインドウにはミッションと恐らくクリアするため条件。
そして俺は盛大にツッコみたい。
なんやねん”虎狼族クロ”って!
種族が虎と狼……そして名前も安直。
ま、まあいい。
何々、救出?
ということは、周りにいる兵士どもを倒せばいいのか。
すべきことが分かったので、早速突撃する。
少し動いてみて分かったことがある。
体がまるで浮いているかのように軽い。
今だって軽く足に力を入れると、駆けていた速度はそのままに、空中へスポーンと舞い上がることがれる。
「――へ?スポーン?」
気づけば俺の体は10mほど浮いてた。
上昇が終わり、地面へ向けて落下する。
「ぎゃああああああ!!!!助けて死ぬううううう!!!!」
兵士たちの方へ向かって一直線に進む俺の体。
――ドガァァァンッ!!
なんとか俺は五体満足で生きていた。
土煙が晴れると、なぜか俺の周囲には倒れた兵士たちが大勢いた。
俺は無傷。
「頑丈すぎるだろ、この体」
ひとまず何が起こったのか確認しようとすると、右手に不思議な感触が。
「なにコレ?」
俺が握っていたのは、刀だった。
それも、ローブと同じような意匠が施されている。
『詳細説明/
”暗黒武装”
キャラクターが使う武器や装備のことを”暗黒武装”と言います。
暗黒武装は、キャラクターによって装備できるものが変わります。
プレイヤー”カオス”の暗黒武装は、”影断刀”です』
来た。
厨二病要素その①”暗黒武装”
どれもチートスペックの馬鹿げた力を持っている武具だ。
この”影断刀”の能力は確か――
『詳細説明/
暗黒武装:プレイヤー”カオス”
”影断刀”
世界の暗黒を司る帝王の刃。
闇を濃縮したかのような黒き刀。
能力:暗黒断絶
この世のありとあらゆる物を斬ることができる』
これが第一弾のPVで全世界中に流されたんだぜ?
試しに刀を振るってみる。
俺の視界の隅にいた兵士がいとも簡単に真っ二つになった。
うん。やっぱりクソゲーだ。
ゲームバランスなんて全く考えていない。
俺が助かったのも、この力のおかげだろう。
「な、何だあの力は!」
「闇の刃?ま、まさか奴はは”影ヲ穿ツ闇ノ王”――!?」
「神々をも斃すといわれるあの――!」
兵士にまで厨二病が発症してんのかよ!!
普通は14歳とかそこらがかかる病だろ。
もういい、斬る。
「さっさと――」
斬る。
「俺を――」
斬る。
避けられたのでもう一度斬る。
「帰らせろ!!」
斬って斬って斬りまくる。
そして――――。
『兵士をすべて討伐しました。
【月影に住まう狐狼】はクリアです。
クリア時間/4:32
報酬/狐狼族”クロ”が仲間に加わる
総評/S』
俺はついにクエストをクリアした。
報酬は――さっきの犬か。
「この身を救っていただいたこの御恩、我の全てを主に捧げることで報おうワン。主が望むのであればいかなる命令も必ずや成し遂げてみせようワン」
⋯⋯いらん。
まさか犬にまで発症するとは、恐るべし厨二病。
絶対にこんな世界から帰ってやる……。
カクヨムにて連載中。
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