第八話 食品フェスタ
亮は、友理奈と屋上にいた。
いつものように、カップのコーヒーを手にし、並んで語り合う。
「湾岸のイベント会場で行われる食品フェスティバルの応援を頼まれたんだって?」
「もう知っているのかよ」
「私の所属はこの会社の中央情報局だから」
「会社の商品を広める事業だから参加してみろって」
「常務からのご推薦? ご命令? それとも美人のお姉さんには絶対服従? ……とか」
と、亮の横顔を見た。
「なんだっていいだろ」
亮は、なにを考えているのかわからない表情。
「期待されてんだね。きっと」
「どうかな? これからも色々トラブルがありそうだし、先は長い」
「男の出世を手助けできるって、幸せなことなのかな? 女にとって……」
「おまえもか?」
と、友理奈を見つめる亮の瞳。
「なによ」
(そんな……強い視線で見つめないで)
「おまえも、俺の出世を望んでいるのか?」
「野望という列車の終着駅を見てみたいだけ……とか言ったら?」
亮の突然の行動……本当に突然だった。
友理奈の体に電流が駆け抜けた。
友理奈の唇は、亮の唇にふさがれていた。
少しの時間、二人にとっては長くもあり、短くも感じた。
友理奈は黙っていた。
その瞳の奥が濡れていた。
「おまえ……」
「別に怒ってはいない……嬉しくもないけど」
「謝ったほうがいいか?」
「黙ってこの場から消えてよ」
「またな」
と、感情のない言葉を残し、亮は去っていった。
(全然喜びを感じない。ただ、悲しいだけ……)
互いが互いを理解するには、まだまだ時間が必要だった。
友理奈は、清掃の準備を始めた。
亮は、湾岸のイベント会場の下見に来ていた。
営業3課の真奈美、広報の樋口由紀恵も参加している。
リーダーは、企画部係長・猪瀬満だった。
他の商社や、メーカーのブースもほぼ完成して開催を待つ状態だった。
コンパニオンの派遣会社・ビューアスタッフの高田和則があいさつに来た。
担当スタッフ、坂部千秋と武内京子が同行している。
派遣スタッフには、ブース内での商品の紹介を依頼していた。
奥寺商事の出展は、【調理時間の節約簡単選べるパッケージ】。
素材や調味料をリストから選択でき、専用容器に入れて電子レンジで温めるだけ。手軽にオリジナルの味が楽しめる。
決め手は素材を選べること。例えば、カレーなら、チキンでもビーフでも、シーフードでも、素材を選ぶことで色々なカレーができあがる。
食品のカタログ販売のようなものだが、味も材料も細かく選択でき、調理も簡単なところがポイントでもあった。
商品は宅配で届く。しかも、プロが考案したオリジナルレシピもあるので、単純に食を満たすためのプランではない。
スタッフの研修も万全、サンプルも届いているので、後は開催を待つだけだった。
亮と梨緒は部屋で話をした。
仕事の話とはいえ、若手社員と常務が会社で話すのは危険もある。
梨緒は買ったばかりのコーヒーメーカーで、コーヒーを入れた。
「どう? 挽きたての味、美味しい?」
「うん、香りが違う」
と答えながら、亮の頭に一瞬、友理奈と飲むコーヒーの味がよぎった。
「フェスタのほうは? 初めてだから大変でしょう」
「すべてが経験になるから、楽しく仕事ができそうだよ」
「よかった。私も見に行くつもり」
「うん」
少しの間が空いた。
「亮の仕事をしている姿、間近で見られるね」
梨緒は嬉しそうだった。
夜、ビューアスタッフのオフィスでは、派遣スタッフのすすり泣く声が聴こえていた。
高田和則他男性社員は、黙って自分の仕事をしている。
社長室では、社長の磯田浩二が、派遣スタッフを前に、脅しともとれる発言をしていた。
「『できない』とか『やめたい』は通用しないと言ったはず、君たちは言われたことを素直にきくだけ」
磯田は、俯き泣いている女性の顎を指で押し上げ、顔を近づけた。
「逃がさないからな」
と、睨みつけた。




