第四話 不思議なデート
奥寺商事、雨の夜だった。
いくつかのフロアーには照明が点灯して明るい。
社員通用口には、警備員の姿があった。
警備モニターを見ているが眠そうだ。
食品営業3課で物音がしている。
誰もいないはずだったが、暗い部屋、清水が亮のメールソフトに細工をしている。
準備完了した様子で、ニヤリと笑みがこぼれた。
暗躍の夜、窓には強い雨が打ち付けていた。
翌日、営業3課はざわついていた。
課長の前に立つ亮。気まずい雰囲気。
「すみません。私のミスで」
「冷凍の商品を通常配送してしまうとは」
給湯室から、女子社員の噂話が漏れていた。
「商品は廃棄処分だって」
「石清水さんにしては珍しく大きなミス」
営業3課、電話の音が静けさを壊した。
亮が席に戻っている。
真奈美や恵美も気をつかい黙ってパソコンを打ち込んでいる。
亮はパソコンを見ながら落ちこむ。
その様子を密かにうかがう五十嵐と清水、目を合わせ不敵な笑みを見せた。
奥寺家、夜。
梨緒がドアを開け、別宅に向かう。
別宅では、考え込んでいる亮がいた。
梨緒が顔を出す。
「入るわよ」
元気のない亮の顔を見た梨緒。
「夕飯食べた?」
「うん」
小さくうなずく。
ソファーに座る二人。
「聞いたわ、配送ミスの件」
「よくわからないんだ。なんであんなことに」
「辛い? ……辛いよね」
「……なんか悔しくて」
「姉さんにすべてを預けて」
(こんな時は……)
亮は考えた。
そして、梨緒の胸に顔を埋めてみた。
「悩みも苦しみも、姉弟なら分かり合える」
梨緒は優しかった。
(胸の柔らかさ、温かいじゃないか)
(この気持ち、なんなんだろう?)
互いの気持ちが交差する。
(一度の失敗くらい、この女が……常務という立場の姉が味方なら、挽回はできるはずだ)
梨緒の胸の温もりを感じながら、亮はもう一つ、裏の自分に語りかけていた。
奥寺商事、屋上は休息の場でもあった。
友理奈とカップコーヒーを飲む亮。
友理奈は、亮に小銭をだし、
「コーヒー代」
と言った。
「いらないよ」
亮は正面を見ていた。広がる景色。
「気持ちの切り替えは早いタイプ?」
「ん?」
「仕事で失敗したんでしょ?」
「一度の失敗くらいで折れるほど、俺の野心は柔くない」
「あなた、はめられたみたいよ」
「はめられた?」
「冷凍商品の配送ミス」
「確かな情報なら、詳しく話せ」
と、友理奈に詰め寄る亮。
(顔が……近すぎ)
友理奈は少しだけ、トキメキを感じていた。
休日、歩行者天国は人で混雑していた。
亮と友理奈は、水族館にきた。
亮は、女子からの人気を妬む男性社員にはめられ、仕事で失敗していた。
はめた男たちを、友理奈は知っている。
不思議な女性、友理奈に誘われ、亮は水族館まできた。
面倒だと思っていても、友理奈からの情報は重要だった。
友理奈は、会社の中央情報局とも言われる清掃員の一人だから。
タツノオトシゴを見ている。
普通のカップルに見える二人。
美男美女に、『あの二人きれい』と、囁きも聞こえてきそう。
「なんで、タツノオトシゴ?」
亮が訊いた。
「なんか、自由じゃない」
友理奈は、水槽に顔を近づけた。
「ん?」
やはり、不思議な女だと思いながら、隣にいる亮。
「水中のタツノオトシゴって、あるがままに身を任せ、なにものにも束縛されない」
(このビジュアルからそんなこと考えるとは)
友理奈は指先でツンツンと水槽を突いてみた。
(わからない女)
「俺には理解できないけど」
「わからないでしょうね。野望で頭がいっぱいのあなたには」
「うるせえ」
「安らぎを求める気持ちなんて」
「獲物を狙っている獣が、安らぎなんて求めるかよ」
「男って、かわいそう」
「女も同じだ。人による」
「女は平和や安定を求める生きものよ。少なくても私は」
「おまえを知りたくて、ここに来たんじゃない」
「さみしい」
「俺をはめた奴らは誰だ。話すっていうから付き合ったんだ」
「あっ! ラッコだ」
と、走り出す友理奈。
「いい加減にしろよ」
と、亮は追いかけた。
ラッコを見ている親子がいた。
嬉しそうな子供の横顔を見た友理奈、そのまま亮の顔に視線を傾ける。
いらだっている様子の亮。
「私たち、水族館にきた恋人同士の雰囲気じゃないね」
「いつから恋人なんて……そんなこと……どうでも……」
「そうよね。あなたは、私を利用できると考えたから、近づいてきた」
「わかっているなら、時間を無駄にさせるな」
「デートしたかったんだ。ここで」
「そんなの客といつだって来れるだろ」
「好きじゃない人と、ラッコは見たくない」
「なんだそれ?」
「ラッコの無邪気なしぐさは、純愛にぴったりだと思わない」
「カラダを売ってる女がよく言うよ」
「いま、なんて言った?」
「カラダを」
ピシッと音がした。
友理奈の白い手は、亮の頬を叩いていた。
周囲の人が見て、驚いている。
久しぶりの痛み、亮も手を上げた。
(叩かれる)
覚悟を決めている友理奈だった。
亮は動きを止め、友理奈を見つめていた。
瞳が重なる。
亮は気持ちが落ち着いたのか、一度上げた手を下ろした。
「自分より強い相手しか殴らねえ」
「私は、食事をして楽しく会話をするだけ、デートクラブではね」
(嘘じゃない)
友理奈は、亮を睨みつけている。
「それで稼げるのかよ?」
「学費と生活費だけで十分だから」
「わかりにくい女」
「どこが? あなただって、色々秘めてるでしょ」
「俺と、どうなりたいんだ?」
(ラビリンスのような会話)
友理奈は思った。
「今日はこれで満足……帰ろうっと」
友理奈は歩き出した。
「勝手に満足するな」
友理奈との距離が離れていく。
「おい、大事な話は……」
「明日、会社で」
この日、二人は別れて帰った。




