困惑
明日から学校か………。
昼間のうちに退院して家に帰った私は、夕食の後すぐに寝間着に着替えて寝床に入った。
本当はリハビリのために、数日間は自宅療養っていうのをしなくちゃいけないっぽんだけど……。でも、私は家の中に籠っていたくはない。
勿論、サッチやトマト、それに大将と顔を合わせるのには、ちょっとだけ抵抗がある。
でも、サッチとは早く会って、ちゃんと会話しなくちゃいけないと思うし、大将には天野くんのこともっと教えて欲しい。
それに…………。
それに…………?
フウッと溜息が漏れる。
私、こんなに色々と悩む性格だったかな。
自分でいうのも変だけど、私はもっと、なんて言うか、楽天家だと思っていたんだけど。
私……変わっているの?
「なんで」と自問してみると、そのすぐあと、彼の顔を思い浮かべた。
「…///」
途端に顔が熱くなるのを感じた。
───えーい、もう寝ちゃえ!!
この部屋には誰もいないけれど、枕元のスイッチで部屋を真暗にして、ベッドに潜った。
掛け布団の下で、モゾモゾと動く私。
ここに誰もいなくて良かった。
静かな部屋で自分の心臓音だけが騒いでいた。
やがてそれも落ち着き、冷静さを取り戻した。
…………また、あの夢を見るのかな。
嫌……だけど………。
怖いけど…………。
あの赤い龍は、絶対に倒さなきゃいけない気がする。
倒さなきゃ…………。
だから私は。静かに瞼を閉じると、自分からあの夢に入り込むことを望んだ───。
ドゴオオオオオオオオオオオ!!!!!!
全身が轟音の振動に包まれて、私の意識の目が開いた。
濁った紅色の空の下に、あの赤い龍は目の前に立ちはだかっていた。
私の身体は、この前使った刀を出そうとする。
でも、刀が完全に現れる前に、赤い龍の胸の辺りが眩しく光って、無数の炎の鱗が弾丸のように飛んできた。
避けなきゃ!と私が思っても、身体が動かない。
───当たる!! と恐れた時、一瞬の差で刀が完全に現れ、刀に纏った光で全ての鱗を打ち払った。
赤い龍の胸の辺りが、また光り始める。
身体は静かに刀を構えなおした。
力を溜める。
炎の鱗が飛び出すのと同時に、大きく刀を振るった。
今度は稲妻が、ドゴーン! という轟音を引き連れて、炎の鱗を吹き飛ばしながら、赤い龍に向かって行く。
命中──────!
赤い龍は稲妻に引き裂かれると、この前と同じように炎の龍巻に姿を変えた。
その強烈な熱風に身体が吹き飛ばされる。
身体が起き上がった時には、もう炎の龍巻から赤い龍に戻っていた。
さっきよりは一回り小さくなっている。
身体は、刀を構えて腰を低くした。
もう一度、斬りかかるつもりだ。
赤い龍も首を前に突き出して、巨大な足で赤褐の地面を鳴らしながら突進して来た。
私の身体は地面を蹴って宙に舞った。
そして、刀を振り下ろす。
ドゴーン!
ドドドドドドド!!
ドガァーン!!!
赤い龍の身体が幾つにも裂けて、地面に散乱した。
そして………、動かない、動かない。
動かない………………。
───やった? やったの? 今度こそ………。
身体が恐る恐る近づいてみる。
突然、ゴオン! という轟音を立てて、散乱していた赤い龍の身体が、炎を吹き上げて連なりだした。
───囲まれた!?
連なった炎は、私の身体を囲んだまま炎の龍巻に変化した。
身体が、炎の龍巻に巻き上げられる。
───熱い──────!!!
あまりの熱さに、今にも目を醒ましちゃいそう。
そして、空高く巻き上げられた所で、炎の龍巻は赤い龍に姿を戻して、落下する私の身体を、長く突き出した口で喰らいついてきた。
鋭く巨大な牙に、身体を噛み砕かれそうだ。
───ああああああああああああああああ!!!
───痛い!!! 痛い!!! 熱い!!!
右手に持っていた刀が次第に透き通ってきて、ついには消えてしまった。
牙は、どんどん身体に喰い込んでくる。
両手で必死に牙に抵抗しても、まったく敵わない。
───痛い!!! 熱い!!! 苦しい!!!
───もう、ダメ……!目が醒めちゃう!!!
そう思うと、私の身体は、いよいよ牙を押さえきれなくなって、牙が一気に喰い込んできてしまった。
その瞬間、私は身体から離れた。
そして見た───!!!
私が離れた身体は、───天野くん───!?
あの日の、私が溺れた日の、制服の白いワイシャツ姿の天野くんが………。
必死に手を伸ばしたけど、届かない。
スウッと、目の前が見えなくなってくる。
───天野くん!!!
目の前が真っ暗になっていく数秒間、天野くんの身体が赤い龍の牙に噛み砕かれ、無残に飛び散るのが見えた─────────。
「いやああああああああああああああああ!!!」
私は寝床を跳ね起きた。
───天野くんが死んじゃう!
───天野くんが死んじゃう!!
───天野くんが死んじゃう!!!
夢のはずなのに、夢のはずなのに、そんな気がする。
───天野くんが死んじゃう!!!
───天野くんが………………!!
ハッと我に返り、私は自分の手を見た。汗でぐっしょりと濡れている。背中からも………。
自分を抱きしめ、呼吸を整えるために数回、大きく息を吐き、大きく息を吸った。
───天野くんが……・
「優子っ、どうしたの!?」
ドアの向こうから、お母さんの声がした。
「大丈夫、なんでもない。ちょっと…、怖い夢を見ただけだから………」
「そう…。学校に行くなら、早く仕度しなさい。お父さんも、もう出たわよ」
「はーい」
私の返事を聞いて、お母さんは一階に降りて行った。
私は、ライトグリーンのカーテンを開けて部屋の中に朝日を取り組むと、すぐにお風呂場で熱いシャワーを浴びた。
───あー、憂鬱。
さっき見た不吉な夢。
そして、サッチのこと。
この二、三日に、グシャグシャになっている頭の中が、いよいよショートを起こして煙を噴いてしまいそう。
当然それは、外面にも現れちゃって。
一応、シャワーを浴びてから、お肌の手入れを念入りにやって髪も梳かしたけど、ああ…私の美貌が………。
どうにか気を取り直して学校へ行って、教室に入ると、安田くんをはじめとした男子たちが私を迎えた。
私はサッチとトマト、それと大将の姿を求めて教室を見渡してみたけど、見当たらなかった。
サッチとトマトの机に鞄は掛かっているのに………。
とりあえず男子達に囲まれたまま、自分の席に着いた。
そして、他愛ない無駄話をする。
だけど………。
いつもなら、今までなら男子たちと無駄話をしていると楽しかったはずなのに、今日は違う。
今は違う。
鬱陶しい。
───どっか行ってよ!
───私は…、私は………。
私は、右隣の天野くんの席を見つめた。
鞄はかかっていない。
机の中も空っぽ。
いつものことなのに、寂しく感じる。
天野くんの席は、確かに此処にあるのに。
此処に在るんだよ。
今までは、皆に虐められて居場所がなかっただろうけど…………。
あ、大将が居たね。
…………私も、居るから……。
此処が、私の隣が…………、天野くんの場所だよ………。
きっと、きっと助かるよね。
また、学校に来れるようになるよね。
……ね?天野くん?
───天野くん………。
「ねぇ、あれって…………」
「あいつも退院したの?」
「戻ってきたんだ?」
不意に、周りが騒がしくなった。
───何? と思ったら、目の前に天野くんが現れた。
───えっ? えっ? えっ? どうして………。
天野くんは、私のことをちらっとだけ見て、すぐに席に着いた。
声を掛けようと思っても、なんて言ったらいいのかためらっちゃって……。
ためらっている間に、私に纏わりついていた安田くんと、その付録のような笹木順一の二人が、天野くんに絡んでいった。
実際のところ、天野くんを直接いじめているのは、この二人なんだ。
二人がちょっかいを出すから、皆も乗っているんだ。
安田くんは、いつも…いつも天野くんを虐めていた。
酷い時には、天野くんの髪の先をライターで焦がしたこともある。
その時…私は、皆と…一緒に笑って……見ていた………………。
天野くんはオドオドして、なんの抵抗もしなかったけど、泣いたりもしなかった。
それを安田くんは‥‥‥…。
私は‥‥‥‥‥‥。
沸々と胸を苛々させるモノが湧いてくる。
これは……、『怒り』──────。
誰に───?
私が思い巡らせている間に、安田くんは天野くんの足をネチネチと蹴った。
天野くんは、ただ黙って俯いて耐えている。
───助けなくちゃ……………。
───助けなくちゃ……………………。
安田くんを怒鳴りつけようと思ったけど、声が出ない。
───天野くんを…、助けなくちゃ‥‥‥。
息を深く吸い込んで、拳をギュッと握る。
そして私は、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
椅子が後ろの机にぶつかって、ガツンという大きな音がした。
私を取り巻いていた男子たちが、ビックリして私を見る。
安田くんも笹木も、音で振り向いた。
クラスの皆の視線が、突然立ち上がった私に注がれる。
私は吸い込んでいた息を、言葉と一緒に一気に吐き出す。
「ちょっと! やめなさいよ!!」
安田くんは勿論、取り巻いている男子たちばかりか、教室中の誰もが私を見て目を白黒させた。
「…な、なんだよ」と、やっと言葉を見つけたみたいな安田くん。「こんな奴の肩を持つつもりかよ、優子?」
「気安く『優子』なんて呼ばないで!!」
「何カリカリしてんだよ。入院生活でストレス溜まってんのか?」
「そんなんじゃないわよ!私は…」ちょっとためらって、「天野くんを虐めるのをやめなさいって言ってるの!!」
すると安田くんは、
「虐めてるんじゃないよ。揶揄ってんだよ」と私の言ったことに驚いた感じで答えた。
だから私はスタスタと近づいて、安田の頬を思いっきり引っ叩いた。
───こんな男を、ちょっとでも「良い」と思っていたなんて──────!!
頬を押さえた安田が、驚きと怒りの混じった表情で私を睨んだ。
その目尻には僅かに涙が浮かんでいた気がする。
「ってーな! 何すんだよ!!」と手を伸ばしてくる。
ウッ…。
咄嗟に身構えると、私に届く前に、ゴツい手が横から安田の腕を掴んだ。
その手は誰かと思って顔を向けると、登校して来たばかりらしい大将だった。
「何すんだ、放せよ!」と叫んだ安田は、大将を睨み上げたものの、無言の威圧に押されて大人しくなった。
笹木は安田を置いて、そそくさと逃げ出した。
大将がゆっくりと周りを見渡すと、教室中がシーンと静まり返った。
さすが大将。
そこへ予鈴のチャイムが鳴って、私に纏わりついていた男子の一人が、
「あっ、一時問目…美術だったっけ?急がないと…」とか言っちゃって自分の席に戻ると、他の皆も散って、美術道貝を鞄やロッカーから出して教室を出て行った。
そして私が、大将に俯いたまま、
「ありがとう」と言うと、いきなりり天野くんが立ち上がって、廊下へ歩き出した。
「あっ、待って!」と呼び止めたのに、そのまま天野くんは教室から出て行ってしまった。
天野くんが大将にお礼も何も言わないで、無視して行っちゃうなんて………。
私は大将の方を振り返って、
「あ………あの…」と足りなかったお礼の言葉を継ごうとすると、大将はニッコリと微笑んだ。
「お前がかばってくれたもんで、戸惑ってるだけさ。早く行きな」
「……うん。でも…、いつの間に天野くん………」
「さあ…、それは……。まあ、貝合は悪くなさそうだから……」本鈴のチャイムが鳴った。
「と、いけね。急ごうぜ」
「うん………」
大将に急かされて、美術室に向かった。




