関係
チョークが黒板にあたる音。先生の退屈な授業。
机の上には落書きだらけの教科書と、可愛くデコレーションをしたノートが開いている。
シャープペンシルは手に持っているけど、私の手はさっきから少しも動かず、私の目はただボーっと外を眺めている。
私、古谷優子は毎日同じことの繰り返しである、平凡でなんてことのない日々を送っていた。
そんな私の楽しみの一つは───。
「あ……」
私の右側隣の席に座る男の子、天野命は小さく声を漏らした。かと思うと、彼の消しゴムが私の足元へと転がってきた。
不注意で落としちゃったのかな。
私はすかさず体の向きを変えると、屈んでその消しゴムを拾った。
そして天野の目を見て、可愛らしく消しゴムを差し出した。
「落ちたよ?天野くん」
消しゴムを受け取ろうとした天野の手に私の手を添えて渡してあげた。
「あ、ありがとう。古谷さん」
「どういたしまして」
私は微笑んだ。
彼はというと、耳までまっ赤にしてすぐに前を向いてしまった。
そう、私の楽しみの一つは、こんな風に男子を照れさせて、私の自己肯定感をあげること。
だから親切心とか、この根暗でチビでフツメンの男子が好きだとか、そんな理由で優しくしてあげたわけじゃない。
むしろ彼のことが大っ嫌いである。席替えの方法をくじ引きにしたことを後悔するほどに。
ううん、嫌いなのは私だけじゃない。
天野は暗いし、無口だし、脆弱だし。いわゆる虐められっ子である。
そのうえ、虐められても仕返しもしなければ、抵抗もしない。
そんなだから、余計にみんなに虐められるのよ。
私は彼に気づかれないように、こっそりとウェットティッシュで手を拭いた。
それから数分後、6時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、私の号令で皆が先生に挨拶をした。
授業から解放されたクラスメイトは友達同士でお喋りをしたり、授業で分からなかったところを先生に訊きに行ったり、掃除のために机を前へ運んだりしている。
私も急いで机の上を片付け、同じように机を前へ運んだ。
「ふっちゃ~ん、はよせ~い!!」という剽軽な声が、教室の出入り口にいる女の子の方から聞こえた。
その声の主は森川茂世。
その名前と、いっつも赤味がかった頬をしているから、みんなからは『トマト』って呼ばれている、ショートの可愛いって感じの子。
「もう少し待ってよぉ!わたし掃除当番なの!」と抗議をすると今度は、トマトの横に立っているロングで、背もスラッと高い佐藤佐智子が、「早く行かないと混んじゃうもの!」と言った。
『混んじゃう』というのは、学校の近くにある小物装飾店のこと。
気軽にアクセサリーを試させてくれて、お店の一部が小さな喫茶室になっているそのアクセサリーショップは、私たち女子中学生の間で大人気なのだ。
寄り道は禁止されているだけど、その店の経営者がうちの学校の卒業生らしく、滞在時間30分以内という条件付きで特別に認められているのだ。
「『サッチ』まで、それはないでしょう!?」と言い返してみたものの、あの二人じゃ本当に先に行ってしまいかねない。っていうかもう歩みを始めている。
───しょうがない。こうなったらいつもの”手”を使うか。「天野くん!」と私は呼んだ。
「私ね、今日大事な用事があるの。天野くん、掃除やっておいてくれないかな?」
精一杯の笑顔で、少し身を屈め、上目遣いでお願いしながら箒を渡した。
自分で言うのもなんだけど、私に頼まれて「NO!」なんて言える男子は滅多にいない。
思った通り、天野は黙って諾いた。
───よしよし。
「ありがと!大好き!」なんて、心にも無いお礼を言って、私は鞄を整えた。
すると突然、ガッシリとした手で左腕を掴まれて、締め付けられるような痛みを覚えた。
振り向くと相手は、織田信雄だった。
偉そうな名前と、同じ中二とは思えないたくましい外見から、みんなは『大将』って呼んでいる。
正義感が強く。誰に対しても平等で、気遣いもできる男子で、誰もが彼を慕っている。
でも、私は苦手。
だって、なにかっていうと私に突っ掛かってくるんだもん。
「何?離して」
低い声で言ってやった。
「何じゃない。お前、掃除を命一人に押し付けて先に帰る気か?」
「私は用事があって忙しいの!それに天野くんだって『いい』って言ってくれたもん」
「だからって、お前なぁ…」
あぁ、ご立派な正義感。本当に迷惑。───って痛っ!
気づけば、大将の手に力が入っていた。
「ちょっと!女子に乱暴するとか最低!」
「最低はどっちだ」
「いいんだ、大将。僕がやるから……」おどおどとしながらも、天野が黒板の前から駆け寄って来て大将の腕をつかんだ。
「だけど…」
「本当に、いいから………」
どういう訳か、天野は大将とだけは口を利く。
大将も、みんなが天野を虐めたりする中で、ただ一人味方をしている。
「ほら早く離してよ。天野くんがこう言ってるんだから」
大将は無言で力を緩め、手を離した。腕がヒリヒリしてちょっと紅くなっちゃってる……。
「ちょっとモテるからって、いい気になるなよ古谷!」
「別になってない!」
そう言い返して、私はトマトとサッチが歩いて行った側の階段へ走って行った。
正直、大将に見透かされて腹が立った。
私は自分の能力をフルに活かしてるだけなのに。
階段を駆け下り、生徒玄関で二人と合流した。
初めまして、麦とお米です。
今回初めて小説を書きました。
といっても、この作品は父が中学生の時に書いた小説のリライトになります。
これから頑張っていこうと思いますのでよろしくお願いします。




