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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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罠と罠の罠

――王国歴1503年 スルト地区・ミクマリノ国境要塞 東側 森林地帯


 ブルフラットは、森の中には既に罠があるものとして、前衛を送り込み、ゆっくりとグラムを捕らえるように立ち回ることにする。自身は後衛で、その状況を確認しつつ、万が一グラムが森から出てくるようなことがあればそれを捕らえようという算段だ。

 そもそも、グラムたちが森を戻ったとしてもそこには川があるだけで、対岸は高くなっている為戻ることは出来ず、仮に海に流れてしまえば、グラム、隊員共々ただでは済まないし少なくとも今日戦線に復帰することは出来ない。

 もしかすると、海に飛び込むために防具を予め捨てたのかもしれないが、それならそれで、ブルフラットはここの防衛を完遂したことにはなるので問題はない。ガウス騎士団長がブルフラットを信頼しているのはこのあたりで、ルストリアの重役や、ひよっこという美味いカモを見つけたとしても、必要以上の欲はかかずに、任務遂行のみに比重を置き続けることが出来る。

 口で言ってしまえば、そんなことは当然に感じてしまうが、戦は勢いや士気に左右されることが多く、自身の欲求と軍の最終的な益、そういったことが脳内で暴れ狂うと、正常な判断は難しくなる。


 森に侵入したミクマリノ前衛隊は、三班に分かれ、東西中央と森の中を進軍する。

 全員を捕縛するのであれば戦力的に優位であるミクマリノは横に並び、森の中をローラーのように索敵していくことが定石ではあるが、相手が策士である場合はその定石を逆手に取られる可能性がある。

 そこで、三班それぞれがグラム隊と会敵したとしても単純な戦闘能力が上回るように編成し、グラム隊を見つけることが出来なかった場合、そのまま森を通り抜けさせて川岸で狼煙をあげ、後衛と前衛で森を包囲したうえで持久戦を強いることにした。


 前衛が森に入って十五分は経っただろうか。この森を抜けるのに大体三十分ほどかかるはずなので、順当に行軍していればこの時間で中間あたりに居るはずである。

 ブルフラットは注意深く目を凝らすと、三人の男たちが森の正面から出てきてこちらに向かってくるのが見えた。


「構えろ、どうやったのかはわからないが、何か策を企ててくる。ただの素人だとは思うな。相手は間違いなく智将だ」


 ブルフラットは自分にも言い聞かせるように、周りの兵に号令をかける。あいかわらず目の前の三人はゆっくりとした歩調でこちらに向かってくる。中央に立っているのはグラムで、その横の二人は弓矢などの射撃に備え周囲を警戒しているようだった。この状況で障壁魔法を展開していないところから見ると、反射魔法持ちの可能性が浮上してくる。

 様子見で魔法を放ってもいいが、それを反射されたことをきっかけに思わぬ伏兵が自軍を切り崩しにやってくるかもしれない、そう思うと、状況の確認をすること以外に行動は無くなってしまった。とうとう、声が届く距離までグラムがやってくると、ブルフラットは質問を投げかけた。


「どうやって、この包囲を切り抜けたのだ!」


 そう言うと、グラムの背後で森の木々が次から次に倒れ始めた。そして、森の両脇からは各十名ずつルストリア兵が歩いてこちらに向かってくる。グラムは振り返りもせずに答える。


「さあ? どうしてだと思う?」


 ブルフラットは武器を構え、周囲の兵は彼を取り囲むように防衛に備えた。他の兵たちは両脇から進軍してくるルストリア兵に対して警戒を行う。このルストリアのごく少数の隊に対してブルフラットは後方の予備兵を、連絡に使うか、防衛に回すかを迷っていた。仮に、グラムが森の中の兵士を全て処理したのであれば、その戦力は並ではない。すぐに予備軍を連絡に行かせて、援軍を呼ぶべきだ。

 しかし、この少数で前衛を全て処分することなど本当に出来るのか。疑心暗鬼ではあるものの、約半分の予備兵には援軍を呼ぶように指示を出し、この場は残りの兵士三十名ほどで処理することにした。


 森の中に進軍したミクマリノ兵は四十名、連絡につかった予備兵は十五名、本部に既に戻っているのがフラッグスを連行するために使用した魔導兵士三名、この場にいるのが四十二名、うち魔導兵士と呼ばれる人員が十名、万が一、両脇から出てきた兵士たちが魔導兵士であればかなり厳しい状況である。

 ブルフラットは、魔法の扱いに長けているので、単体としても十分に強いが、目の前の男の未知の部分が明らかにならない限りは、おいそれと魔法を放つわけにはいかない。それを味方に反射されるようなことがあれば、この場は敗北することになってしまう。ただ敗北するだけならまだしも、現在正面の戦いで争点になっている魔導兵士を大量に失って成果なしとなれば、全体の戦局に影響しかねない。

 何ならブルフラットはここで退避行動をとってもおかしくはない。しかし、森に進軍した兵士の生存が不明で、敵軍の残存兵の数が不明、扱った策や魔法が不明となれば、戻った際に本陣まで追いかけられ、本陣ごと討たれてしまう可能性が少なからず生まれてしまっており、この脅威を本陣に近づけること自体が危険であると判断し、この布陣となった。


 グラムは、少し笑いながら言葉を発する。


「十分に戦力が揃っている際には、戦法は単一的になる。蟻を潰すのなら、踏むか踏まないかの二択しか生まれないように、そういった行動は読みやすい」


 辺りは戦時中ではないかのように静まり返っている。森の兵たちは無事なのだろうか。グラムは続ける。


「相手の力量が見えない際には、行動が後手に回る。後手に回った際には、策略が脳内を巡るのと同時に、得体のしれない敵に対して行動の選択肢が増え、結果的に迷い、行動がとれなくなる」


 ブルフラットは気持ちよさそうに語るグラムを見つめながら、その先にあるポイント、自分から見て十メートル先の位置まで歩き切ることを願った。ブルフラットは既に、目の前の地中に魔法機雷を設置しており、それを踏み抜けば、目立たないように深めに設置しているとは言え、踏み抜いた足を吹き飛ばすくらいのダメージは期待できるからだ。その瞬間が突撃と、確保の瞬間だと思っている。ダメージを負い、動転してしまえば策もクソもあったものではない。


 グラムは続ける。


「大抵の軍師は、過去の成功例に勝てない。特に、ここぞという時には、必ず決め球で勝つ癖がある」


 グラムはあと一歩で魔法機雷を踏み抜く、というところまでやってくると、その場にしゃがみ込み、目の前の地面を指さす。それに合わせるように、グラムの両サイドにいる二人がグラムに魔法をかけ始める。ミクマリノ兵は弓を引き、いつでも撃てるように備えている。グラムは地面に向けた手を完全に開いて振り上げると言った。


「これがあなたの決め球だっ!」


 そう言いながら、グラムは腕を振り下ろし地面を思い切りはたく。すると、地中の魔法機雷が起動し、グラムの右腕は光と熱に覆われてずたずたに弾け、ぎりぎり皮一枚で繋がっている状態になった。しかし、既に操作不能になったその腕が地面に垂れるより前に、腕が再生した。


「っ……。やはり、思ったよりも痛いな……」


 グラムは片目から涙を流しながら、笑って言った。


 弓を構えていた兵はおろか、ブルフラットも声にならなかった。何が起きているのかわからない。目の前のこの男は、魔法機雷の場所を知っていた。知っていたにも関わらず、自らの腕を差し出し、何故か再生した。この全てにおいて意味不明な空間で、グラムは口を開く。


「さて、ブルフラットさん。何が起きているか、わからないですか? これはね、私の特異魔法の発動条件なんです。とっても痛いけど」

「な、なにを言っている? 何が発動するというのだ?」

「なかなか、鈍感なんですね。ミクマリノの方々って」


 周囲の兵は動揺し、辺りを見回し始める。グラムは、再生した手を開いたり、閉じたりすることで、動作を確認し、言った。


「私の魔法は転移と増殖さ。この手の平に受けた魔法を、付近二十メートルほどの範囲内で転移させることができる」


 ブルフラットはハッとした顔をする。グラムは、悪意に満ちた笑みを浮かべる。


「もうお分かりですね。今私が受けた魔法機雷は、皆さんの胸、心臓辺りに転移してもらいました。もしかすると、転移できてない人もいるかもしれませんが、誰についていないかなんて私にはわかりません。強いて言うなら、ブルフラットさん、あなたには確実に転移させました」


「そんなバカな、後ろの二人にも転移する可能性があるってことじゃないか!」

「そうですよ? それがなにか?」


 すると、グラムの横についていた二人が明らかに動揺する。


「そんな! 聞いていません! グラムさん!」

「あれ、言ってなかったっけ?」


 二人は顔を真っ赤にして怒り始めるが、そんな様子を見てグラムは大きな声で言う。


「動くな! 生きてこの場を脱したいのであれば、この場にいる全員動くな。その心臓の魔法機雷の発動条件は、ここに埋まっていたものと同じで、衝撃に反応するようになっている。全員が全員、この場で争いを起こさない限りは、発動もしないだろう」


 それを聞いてブルフラットは考える。この魔法は本当にある魔法なのだろうか。もしかすると、何かの魔法は発動しているにしろ、この付近一帯に魔法機雷をばら撒くという行為自体は嘘なのではないか、と考えた。グラムの後ろをよく見ると、木々が倒れた森の中で何人かが立ち上がろうとしているのが見えた。その更に奥には川岸が見え、そこに一人何者かが立っているのが薄っすらと見える。狼煙を上げないところから見て、ルストリア軍であることは間違いなさそうだ。


「まずはブルフラットさん、こちらに来てもらおうか」


 ブルフラットは言われるがまま立ち上がり、従う振りをして起死回生を狙う。グラムは続ける。


「ブルフラットさん、味方の兵に武器を捨てさせてもらえるかな?」

「……わかった」


 ブルフラットは目の前の想像以上に若いグラムに言われるがまま号令を出し、兵に武器を捨てさせた。


「よし、それでは、兵を拘束させてもらおう。頭の後ろで手を交差し、うつぶせになれ」


 しかし、ここにきてブルフラットはそれに従わない。それどころか、手に魔力を集め、グラムに襲い掛かろうとしていた。ブルフラットは、グラムの話が本当であれば全滅は免れることは出来ず、嘘であればそれを暴くのが今出来る最善の動きだと思い、グラムに襲い掛かる。


「やはり、そうくるか……」


 グラムはそう呟くと、人差し指をブルフラットに向け、何かを撃つ素振りを見せた。すると、ブルフラットの胸は弾け、その場で大量の血を噴き出して後ろに倒れた。


 ブルフラットは、死ぬまでの数秒の間に、自分の体に何が起きたのかを考えた。体内部の魔法機雷が爆発したわけではない、明らかに外部から打ち込まれた爆破魔法であった、と気が付くと同時に、絶命した。


 周囲のミクマリノ兵は恐れおののき、震えながらうつぶせになった。そもそも、転移などの聞きなじみのない魔法、つまり特異魔法に分類されるものと対峙する際、それに対応するのは幹部クラスの人間で、幹部クラスであっても二名以上でその処理にあたるのが通例である為、完全に場違いの配置に対して、逃亡を指示しなかったブルフラットを呪った。


「よし、それでは、この隊の副将はその場に立ち上がれ」


 グラムが命じると、うつぶせになっている兵の一人が立ち上がり、グラムは兵を集め投稿するように命じた。そして一塊になったミクマリノ兵たちは森から出てきたルストリア軍に拘束された。森の内部では、倒木に頭を打ち気を失っている兵や、下敷きになっている兵などがいて中には死亡している者も敵味方問わずにいた。軽症の者達へは、副将が呼びかけて回り、ルストリア軍と協力して救助活動を行い、その全員を捕縛した。


 グラムは、援軍を呼びにいった連絡兵に対して副将を使い訂正の連絡を入れさせたが、恐らくガウスに看破されるだろうと踏み、捕縛した兵士を川に突き落として、国境要塞正面へと向かう。その道中、川辺にいたフィルが先頭を行くグラムに追い付き話しかける。


「うまくいったな。流石はグラム軍師だ」

「軍師はやめてよ。ガラじゃない」

「じゃあ智将か? やっぱりお前はすごい奴だ」


 少し後ろを行くラットとパーセルは不服そうにこちらを見つめており、それに気が付いたグラムは声をかける。


「騙してすまなかった、ラット、パーセル。君たちの動きがなければ今回の作戦も成功しなかっただろう。最大限の謝辞を送りたい」

「ひどすぎます。フラッグス大尉に詰め寄られたのも嫌でしたけど、心臓に機雷を埋め込んだなんて……」

「はは、まあ、それはあれだ、敵を騙すには味方から、的な?」


 グラムは嘘をついていた。まず大前提に、グラムは特異魔法を持っていない。それならば、何故、ブルフラットは破裂したのか。それは、フィルの功績である。


 順を追って説明をするのならば、グラムは森に四人で取り残されたあと、フィルには川辺に戻るように指示し、合図があったら魔法で射撃を行うように命じた。フィルの射撃魔法は現在ルストリア内でも秘密にしている長距離射撃魔法である。この魔法は、グラムとフィルだけで行っている秘密の特訓によって編み出されたもので、第一次大陸大戦の際にホーウェイのカイが使用した魔法、動力魔法を改良したものである。

 動力魔法は、力場を作り出し、それを直接対象にぶつけたり、物を動かしたりする魔法の総称で、詠唱時間の長さと、魔力消費量の大きさ、適正者の少なさ、総じて生まれる実用性の無さから、忘れ去られる魔法として扱われていた。

 軍略において、解析されていない魔法は実に有用に働くため、フィルと共にこの魔法をひっそりと研究していたのであった。この魔法は問題点ばかりで、真っすぐにしか飛ばすことは出来ず、打ち出す球に質量があった場合は、高確率で地面に落ち、魔力の消費が激しいため、使用後はオーバーフロー状態になってしまう。その為、この長距離射撃を使用する場合は、質量の存在しない魔法の弾を装填し、放つ必要がある。

 現在のフィルの魔力量では魔法の弾を精製することは不可能なので、グラムは魔法機雷を精製しフィルに手渡し、それを装填した状態で、フィルは約束のタイミングまで詠唱を行い、狙いを定めていた。


 次にラットとパーセルだが、彼らには森の両端入り口に変性魔法で泥沼を精製させた。シャンファ・バルトと呼ばれる地形変異魔法は、非常に難易度が高い魔法であるが、水中にトンネルを作ることが出来る彼らからすれば、そこまで難しいことではなかった。

 更に二人には、森中央の地面を緩くさせて、木を倒壊しやすいように細工をした。そこに、グラムは魔法機雷をいくつも埋め込み、中央まできた際には連鎖的に木が倒れるように仕掛けを組んだ。

 そして、グラムはフラッグスに声をかけ、敵陣に突入させ、残った兵士たちを二分割して役割を与えた。第一陣は、波状陣を展開した後で風魔法を放ち、土煙を起こしたあとですぐに背後の森に左右から入り込み、泥沼になった地面に体を沈めるように命じた。

 左右それぞれ十名の隊を派遣し、泥沼に沈むと、中は空洞になっており、これはラットとパーセルが水中にトンネルを作ったように泥沼の中にも同様の空間を作り出したものであった。空間とは言っても十名入ると相当に狭く、全員が膝を抱えてぎゅうぎゅうに押し込まれた。この空間に入り込むためには防具が邪魔になると考えたグラムは、初手でそれらを上空に打ち上げさせて、奇襲としたのだった。

 そして、第二陣は上空に皆から集めた防具を狼煙と一緒に打ち上げてから背後の森に逃げる、というものであった。そして、森中央付近に敵を引き付けたあとで、罠を発動させ、敵の数を減らし、川辺まで後退した後にフィルと合流し敵を撃滅する、そんな作戦を伝えた。

 この第二陣は、元々フラッグス大尉に従っていた兵達で、比較的年齢層が高く、直接指揮を執らなくても、自身で行動を起こすと踏んでの配置であった。しかし、罠の規模が予想よりも大きく、広い範囲で木が倒れてしまった為『結果として』この隊の半数以上は負傷、あるいは死傷してしまった。


 そして、森が倒壊し、視野が広がったことを合図にフィルは射撃の準備に入る。一方でグラムは、ブルフラットと対峙し、ラットとパーセルには、右腕に特殊な治癒をかけさせておいた。これは治癒魔法の中でも高等魔法にあたるもので、破損に即応し治癒が発動する仕掛けである。

 それを魔力上限一杯に施し、右腕を犠牲に魔法機雷の存在を暴くパフォーマンスを行い、その異常な行動に一同を恐怖させ、硬直したところでフィルによる狙撃が成功すると、場の空気は一気にグラムのものとなった。その後、特異魔法、どうこうというグラムの口車、はったりによって、その場を制することになった。


 齢十七歳の天才軍師グラム、彼の初陣は恐ろしく狡猾で、合理的な戦になった。

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