邪智
――王国歴1502年 シーナ北部 貿易街ゾマ
「さあ! 今日は名匠ダールトンの打った包丁が目玉だよ! そこの黒ローブのお兄ちゃんも見ていきなよ!」
私に言っているのか? 元スラムのゴミが。
気安く話しかけるんじゃない。私は、今国宝を持っているんだぞ、付近一帯血祭りにあげてもいいんだぞ。
などと、思いながら、人でごったがえす貿易街を練り歩く。
シーナ地区北部の貿易街ゾマはかつて、キュレインが軍に居た頃に管理していたこともあり、なじみ深い街であった。しかし、管理していた頃と全てが違い、新たに建設された建物がほとんどで、かつてないほどの人で溢れていた。キュレインはガラにもなく、少しセンチな気持ちになった。
キュレインは、そのまま街の中心部まで歩いていく。すると、見覚えのある建物が見えてくる。そこはかつてキュレインが拠点としていた、三階建ての、縦長の詰所であった。建物自体は改築され、商人たちが商談を行う簡易的な会議室のようなものに変わってしまっていたが、変わり果てたゾマの中では、わずかに面影を感じることが出来、少しだけ嬉しく思った。
その建物に入ると、一階は受付になっており、キュレインは署名を求められると快く応じた。偽名であったが。
そのまま三階に案内されると、そこには奇妙な仮面をつけ、全身緑色のマントを羽織った一人の男が待っていた。
「やあ、キュレイン。長旅お疲れ様」
「まさかあなたがここまで来るとはね、ガルムント・ドロンス・グラ」
「おやおや、フルネームで呼ばれたのは何年振りかな。相変わらず、面白い男だ」
「長いと逆に覚えちゃう、って感じだよ」
ガルムント・ドロンス・グラは、大陸内の武器を取り仕切る『武器商会』の長である。
本名が長いため、顧客も部下もグラと呼んでいる。武器商会は、支店が大陸全土に存在し、ここシーナを含む、独立したミクマリノも例外なく支店を構えている。彼こそが国境越えの協力者であり、この建物は武器商会が所有物で、商談を終えたキュレインに安全に国境を渡る方法を教示しようと、待ち合わせをしていたのだった。
「おや? ルカはどうした?」
「スラム街でトラブルがあって、死んだ」
「……そうか。それは残念だったな。ところで、国宝は手に入れたのか?」
グラは、ルカの死は対して気になることでもなかったようで、ただの世間話のように次の話題に移った。
「ここにあるよ」
キュレインは胸元にしまっていた国宝天照戦槍斧を取り出すと、グラに見せた。
「よし、早速鑑定しよう」
グラは仮面を外し、胸元から人差し指ほどの小さな拡大鏡を取り出すと、キュレインの持っている国宝に近づけて覗いた。
「このルーンの形状は、そうだな。確かに、年代はあっている。材質は……。うん、確かに現代のものではなさそうだな」
キュレインは、既に使用しているので真偽など確かめる必要もないとは思ったが、この後のやり取りに必要な手順になるので、鑑定の状況を静観した。グラはその後も、様々な道具や魔法を使い鑑定を行った。流石、武器商会の長なだけあって、凄まじい手際の良さで鑑定をすると、時間にして五分ほどで全ての鑑定が終わった。
「まず間違いなく本物だな。実のところ、俺はかつてのシーナでこれを見たことがあった。今回は、それの贋作である可能性のみに絞って確認をしたが、どの角度から検証しても、当時の俺が見たものと同一だ」
「それは良かった」
「しかし、キュレイン、俺の言った通りになっただろう。あの結晶の価値は、国宝級だと」
「まあ、蘇らせたのは私だけどね」
「そんなことはわかっているよ。当然、お前の能力を見越して言っている」
キュレインは、正規のルートでは買えないようなものを売りさばく闇商人として働いている。商品としては、違法薬物がメインであるが、必要であればルーンの付与も行うことができる。そうして生計を立てているキュレインであったが、武器商会はこれに対してバックアップを行っていた。当然、キュレインに対してのみでは無い。
腕は良いが違法な手段を用いる職人など大陸にはごまんといるわけで、法に触れることなど厭わない顧客もごまんといる。そんな中でもキュレインは、かなり顧客を持っている方で、特にラミッツの富豪からは、人の命から精製する『長寿の薬』が多く求められ、そのおかげで生活の水準を下げることなく悠々自適に過ごすことが出来た。
しかし、法外に商売を行う人間には必ず付きまとう、踏み倒しや恐喝は減ることが無く、度々危ない思いをした。そんな最中に声をかけてきたのがグラで、彼は、キュレインの商売を武器商会が持つ闇商人コミュニティ内で行うように勧めた。このコミュニティ内で商売を行う限り、通報や踏み倒しは絶対にない、と断言するグラを最初こそ怪しく思ったが、今日この日に至るまで、一度もその約束は破られていない。
「あの結晶の出所を考えるととんでもない価値になったものだ。最初はただのくず石として市場に流通していたのだ。なんでもトロン実験所付近に落ちていた魔石だとか言っていたか。ご丁寧に指輪に加工されて、たったの百ルッカだ」
「……なんなら、百ルッカ今お支払いしましょうか?」
「はっはっはっ! そんなものいらないよ。ただ、君の魔法は本当に素晴らしいものだな、と言っているだけさ。あの欠片を元の形に蘇らせようなど、常人には出来ない発想だ。値千金の価値がある」
「あの結晶は、血中魔法が結晶化したものだとすぐにわかった。それも相当な使い手だ。出所がマグナの拠点であったトロンなのだとすれば、もしかするとマグナの中で血中魔法を得意とした当主アーリーのものだったら、なかなかロマンがあると思わないか?」
「ロマン、か。確かに、この国宝もそうだが、既に失われてしまった物には希少価値が付く。俺からすれば、とてもロマンのある話だ」
キュレインは自身の語ったロマンが、グラには理解できないのだと悟ると、溜息混じりに言った。
「で、結局、いくら支払えば、レンデに戻してくれるんだ? そういう話だろう?」
キュレインは、グラのことを信用はしているが信頼をしていない。
仮に、この国宝が偽物であった場合、グラは自分をレンデまで戻してくれないのではないか、という疑念がある。その為、事前に自身の手で扱い、真偽を確認した上で鑑定という儀式は必ず必要であった。
グラとしては、この国宝を研究し、完全再現とはいかなくとも、量産を考えているはずで、これを所持している限り、キュレインは必ず、レンデに戻ることが出来る、と考えていた。
「まあ、待て。俺もいろいろ考えている。ところで、君は本当に強運の持ち主だな」
「……なんの話だ?」
「今の状況の話さ。過去に、あのホランドとやりあって逃走を実現し、現在に至るまで捕縛されていない」
「まあ、私の実力があればこの程度造作もない」
「そうだね、正に手に職で食ってるタイプの人間だ、君は。しかも、今回の大きな商談がシーナであったことも非常についている。あんなに人通りが多い中を歩いたのは久しぶりだったんじゃないか?」
「そう言われればそうだな」
「これも、ミクマリノ独立がなくては実現しなかっただろう」
指名手配中の人間が人通りの多い街中を歩くことはリスク以外の何物でもないが、キュレインはローブで顔こそ隠しているものの、先ほどまで平然と歩いていた。これには理由があり、今まで、ルストリアが指名手配していた者の中でも、ミクマリノに実害があった事件以外は軽視される傾向があった。無論、新たな犯罪に手を染めれば、ミクマリノはその罪状に対して罰を施していたが、実のところ過去の罪に対しては寛大な対応をしていた。
これは、主に現在いるシーナ地区に対する方針で、過去の罪をいちいち確認していては復興が遅れてしまう可能性があるとして、ウィレムが特例で恩赦を提示したのだった。この恩赦が、キュレインに対して都合の良い結果を生み出していた。
「キュレイン、俺は『もってる』奴が好きだ。金を持ってるやつはもちろん大好きだが、それ以上に『もってる』やつは良い」
「そいつはどうも」
「キュレイン、違うんだ。そうじゃない。俺は、お前が『もってる』か、未だに読み切れてない」
「今更、約束を反故にする気か?」
「違う違う、勘違いしないでほしい。レンデまで送るのは最低限だ」
グラはそう言うと少しの時間口を閉ざし、たっぷりと時間を使い、ひきにひいてから口を開いた。
「そうではなく、本社に君を招こうか考えている」
この発言にキュレインは心底驚いたようで、声にならなかった。
武器商会の本社に入るということは、闇商人ではなく、武器商人として再び表舞台に立つことが出来るということだ。グラは続ける。
「しかし、しかしだ。君の顔を世間にさらすのはまずい。幸い、武器商会の正装はこの仮面をつけているから、おいそれと世間に君の顔が出ることはないだろうが、少なからず外さなくてはならない場面も出てくる」
「……それじゃあ、この話自体夢話になるということだな」
「まあ、そう早まるな。我々としても、有能な仲間は多い方が良い。君にはその魅力がある。だから、君と言う指名手配犯を組織の中に入れ、国宝を密輸するというリスクを負っているわけだ」
「何が言いたい? これは商談か?」
グラは、そもそもこの世に商談以外の会話などありえないと思っているが、その思考とは真逆の答えを提示した。
「そんな、これから仲間になろうという人間に商談などするか。我々の絆は金に換えられない価値があるのだ」
グラは、金に換えられないものなど無いと考えているが、にこやかな表情のまま続けた。
「そこで、俺は君に見合う条件の提示をしようと考えた」
またしてもグラは口を閉ざし、キュレインが何かを話さなくてはいけないのか? と迷うくらいまで引いて、口を開いた。
「君を、我が会の副会長として迎えたいと考えている!」
「ふ、副会長?」
「そうだ、君ほどの魅力のある人間は、是非我が会の主戦力として席を設けるのが妥当だろう! 違うかい?」
「た、確かに、その実力は否定しないが、いきなり副会長だなんて……」
「いきなり? そんなことはない、これまでにも君は我がコミュニティで銭を稼ぎ、貢献してきたじゃないか! 君の頑張りはいつも見ていたんだよ」
「そんな……。私が、副会長? 私が、副会長かぁ」
「そうともそうとも! 実は、今回の君の取引が成功した暁には、これをあげようと思っていたんだ。きっと似合うと思うぞ」
グラはそう言うと、机に置いてあった鞄から、小包を取り出しキュレインの前に差し出した。
「さあ、身に着けてみてくれ」
キュレインは小包を開け、仮面を取り出すと、自身の顔に合わせて見せた。
「やっぱり似合うじゃないか! これは副会長としての位を現す仮面だ。この仮面をつけることによって、武器商会内の者は、君に平伏し、全ての指示を聞き入れるだろう!」
「へへ。いやいや、こんな突然、言われても……」
「君ほどの人間に講釈を垂れるのは気が引けるが、表の商人としてやっていくのであれば、意識して守らなくてはいけないことがある。どうか、このことを胸に刻んで欲しい。勝機を逃さないことだ。これは商売の商機ともかかっている。今、提示されている条件が明日も続いているとは限らないのだ。俺が唯一気がかりだったのはこのあたりだ。商人としての心構え、聡明なキュレインならわかるよな? 頼む、期待に応えてくれ!」
「……わ、かる。この瞬間は私の人生においての転機だ」
「そうか! よかった! おお、本当によかった! 君を迎え入れることで、もっともっと、この会は大きくなるぞ! さあ、善は急げだ。今、俺が最も重要視している支店がシーナ地区内にある。今すぐに一緒に行こう!」
グラは指を弾き鳴らすと、下の階から大男がやってきた。
「マルス! キュレインが我が会の副会長になった! すぐにマントの準備を! そして、例の支部に向かうから馬車も用意しろ!」
「はい、既にマントは下の階に用意してあります。馬車は、あと五分でこちらに到着します」
「そうか、わかった。では、キュレイン」
グラは、キュレインの前に手を出し、何かを求めているようだった。
「キュレイン、先ほどの物を出せ。マルスに預けるぞ」
「え? 嫌です」
「おいおいおい、しっかりしてくれよ。俺たちがこれか向かうところは決して安全じゃない。マルスに持たせてレンデで保管するのが妥当だろ?」
「危険な場所であれば、これを持っていたほうがずっと安全だ。これは渡せない」
「キュレイン、キュレインキュレイン! 副会長だろ? もっと頭を回せ。君が、万が一『めくれて』捕縛、逮捕された時の保険になるんだよ、こいつは。もしも、そういった不測の事態が起きた際には、俺が直々に裁判所に行って、国宝と引き換えにお前を釈放させることが出来るんだ。この国宝にはそれほどの価値がある、わかるだろう?」
「なるほど……」
「俺は、こんなちっぽけな国宝なんかよりも、君の類稀なる才能に心を打たれているんだ。なんで、わかってくれないんだ。君のことを、この大陸内で誰よりも評価しているというのに」
「そこまで言われては、仕方ないか。わかった、マルス、君にこれを預けよう」
マルスは、キュレインから国宝天照戦槍斧を受け取ると、ちらりと時計を見た。
マルスは賭けに負けた。キュレインがここを訪れる前に、グラと行った賭けである。
二十七分。
二十七分ちょうどで、この『商談』が終わるとグラは言い、マルスは多少なりとも誤差が生じると言った。最後のたたみかけは、相変わらず凄まじく、その勢いは相当癖が強いキュレインをも飲み込み、ただの商談相手にしてしまった。
ちなみに、武器商会に『副会長』という席は存在しない。
その名称は近くトラブルに巻き込まれ死亡する会員を指す。
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