奸佞
――王国歴1502年 シーナ地区 ナクツ
「やれやれ、久方ぶりに訪れてみれば、まだまだ荒れ果てたままじゃないか」
シーナ地区南部の街ナクツを訪れているのは、やや煤けた黒のローブで顔まで隠している男と、その後ろを歩く茶色い髪を短く刈り上げた青年であった。黒ローブの男はどうやら帯剣しているようだったが、ほぼ新品の剣から、普段使用していないことが見て取れる。
シーナ地区の復興は順調に進んでおり、黒ローブの男の言葉はただの皮肉のようなものだが、シーナ地区南部の開発が遅れているのも事実であった。原因としては、スラムの住人を受け入れるための施設の建設が間に合っていないことが挙げられる。復興の手は北部からゆっくりと南下しているものの、シーナが保有していたスラムの住人の人数のデータがまるであっておらず、現状少なく見積もっても、十倍以上の人口がこの地区に住まっていたことが発覚し、政策を練り直す必要があり、計画は大幅に遅れをとることになっていた。
また、スラムの住人の中にはその生活を気に入っている変わり者や、最低な生活であったにも関わらずシーナに愛国心を抱いている者、薬物に依存してまともな生活に戻ることを拒否する者などが一定数存在し、彼らは南下し、ナクツ近辺で新たなコミュニティを形成していた。
「少し歩くのが遅いんじゃないか? ルカ」
黒ローブの男は高圧的な態度で短髪の青年ルカに呼びかける。ルカは慌てて、小走りでローブの男に並んだ。
「すみません。俺、この街に来るのが初めてで、ついつい周りを見てしまって……」
「こんな街に見どころなどない! 全くお前は、魔法の技能以外に良いところが一つも無い男だな!」
「すみません……」
「何を言ってる? 私は今、お前を褒めたんだぞ。全く勘の鈍いガキだ」
「え? あ、ありがとうございます?」
「いいんだいいんだ、お前の面倒は私が見なくてはいけないんだ。本当、教育とは苦労が絶えないものだ。しかし、あんなゴミどもが教育し、後進を育てていて、私が育てられないわけがないのだ」
「あの、それは、例によってフィロンの話ですか?」
「その名を口に出すな。縁起が悪い。この先の仕事に支障が起きたらどうする!」
「いつも、その名を口に出しているのはキュレインさんじゃないか……」
ルカがぼそりとつぶやくと、キュレインはその言葉に怒りを覚えそうなものであったが、約束の場所にまもなく到着するということもあり、周囲を警戒していた。
「ふーっ、本当に私の唯一の欠点だと思うよ……」
困った表情でキュレインが見つめる先には、本日とある人間と会うためのかつて役所であった施設の廃墟があり、中から十名ほどの男たちがぞろぞろと出てくるのが見えた。
「おぁい。てめぇ、調子の良い『べべ』なんか着ちまってよ。てめぇ、相当に調子が良いみてぇだなぁ」
血走った眼を大きく開けた先頭の男は、全身に全て種類の違うちぐはぐな防具を身に着けて、ふらふらと近づいてくる。恐らくは略奪したものなのだろう。それに対してキュレインはまったく動じておらず、横にいるルカに言った。
「さっきの話だが、私の唯一の欠点がわかるか?」
「……性格が悪いところですか?」
「ぜんっ、ぜん違うね。運の悪いところだ。でかい商談になると聞いて、来たくも無い忌み地を訪れ、終いにこんなゴミどもの掃除をしなくちゃならんなんて、運が悪い以外の答えはないだろう」
「キュレインさん、ここは私が!」
「あたりまえだろ! 何のためにお前がいると思っているんだ!」
キュレインはルカから三歩下がり、ルカの背中越しに向かいの男たちに叫ぶ。
「こんな汚いゴミ山に住んでいる、ゴミの諸君。私の弟子ルカが君たちを処分する。ルカ! こいつらの生の最後にたくさん苦しめて、楽になりたいよお、とか言いながら死んでくれると、幾分か晴れる! 十分にいたぶって殺せ!」
すると向かいの男たちは更に激昂し、こちらに向かって走ってくる。キュレインは、その勢いに少しだけ恐怖したが、目の前のルカが両手に魔力を込め始めると、やや腰を引きながらだが、腕組をして威厳のある態度をとった。
「キュレインさん、もう終わりました」
ルカは男たちが走ってきているにも関わらず、キュレインの方を振り返る。キュレインはやや慌てた様子だったが、目を凝らすと、その男たちの体にはいくつもの魔法の糸が絡みついていた。その糸はこちらに近づくにつれ幾重にも重なり、男たちは目の前に到着する頃には一枚の布のようになってピタリと身動きが取れなくなった。
「は、ははは。さすがは私の愛弟子、纏繞魔法使いのルカだ」
男たちが完全に停止しているのを確認して、ルカの背後からひょこりと顔を出しキュレインは言った。ルカの扱う纏繞魔法とは、かつて起きた第一次大陸大戦でその戦乱を収めた者の一人と言われる、ドガイと同様のものであり、魔力を細い糸のようにしてそれを操る魔法である。
糸は使用者の魔力によって相当数の数を出現させることが出来、束ねて強度を上げて使用したり、ルカがやったように、周囲に漂わせ、触れた者に絡みつかせることで動きを封じたりすることが出来る。
キュレインは男たちに近づき、目の前の男が持つ刃物を取り上げ、その男の肩に深く突き刺した。男は悲鳴をあげる。
「ああ、ああ! なんてうるさいのだ。死の際においてもまだ人様に迷惑をかけるというのか、人間の屑め。男の子だったら、我慢だろう?」
キュレインは男の顔を見て、恍惚とした表情を浮かべていたが、何者かの気配を察知し、建物の方を見た。すると、一人の男が立っている。ルカは、すぐさま魔力の糸をきつく縛り上げ、男たちの首の骨を折り、命を奪った後に、魔法を解除し建物から出てきた男に警戒をした。
建物から出てきた男は、ゆったりとした歩調だが芯の通った歩き方でキュレイン目掛けて歩いてきた。それを見たルカは、あまりの美しい歩き方に息を飲んだ。そして、男が目の前まで来ると、何者であるかは一目瞭然であった。
「ふふふ、見せてもらったよ。君、相当に美しい魔法を使うね。もしかして、君がキュレインかい?」
男はルカを指し、尋ねる。するとキュレインが前に出てきて言う。
「キュレインは私だ。こいつはルカ。私の弟子だ」
「あ、はい! 私はルカと言います!」
男は、目を細めて、キュレインを少しだけ見て、視線をルカに戻す。そして、髪の毛を掻き上げて言った。
「そうか、ルカ君、君はなかなかに美しい魔法を使う。もしよかったら、今度うちの軍を尋ねると良い。悪いようにはしない。私の名前は……わかるね?」
「はい! もちろんです、ベルガー様。お会いできて光栄です!」
ベルガーと呼ばれた男は、満足そうに再び髪を掻き上げると、キュレインの方を向いて言う。
「さて、キュレイン。例の物は持ってきたか?」
「ここにある」
キュレインはやや不機嫌そうに答えると、ルカの腰に下げた鞄に両手をつっこみ、自身の顔半分ほどの大きさの赤黒い鉱石のようなものを取り出した。それを見たベルガーは、好奇心からくる笑みを抑えられず、妖しく笑った。
「キュレイン、これは本当に『生きている』んだな?」
「ええ、私の魔法と、研究により、肉体を取り戻しつつある。あとは、大きな研究施設と膨大な魔力さえあれば簡単に戻る」
「そうか、それは、本当に、素晴らしい」
ベルガーは顎を触り、うっとりした様子でその生きた鉱石を見つめている。そんな様子を傍で見ているルカは、おもむろに口を開く。
「ベルガー様、この鉱石の発見はキュレインさんでしたが、実際の精密作業は私の魔法の糸を使ってやりました。この鉱石の主成分である血液にルーンを施し、再接続を行いました。元々血液に魔力が付与されていたので出来た芸当ですが、ちょっと大変だったんですよ!」
「そうか! やはり、その魔法は使い勝手がいいな。しかも、そこまでの精密作業。よほどに使いこなしていると見える。雇い主の前でこんなことを言うのもなんだが、君の才能は是非軍に欲しいものだ」
そう言われたキュレインは、へらへら笑いながら答える。
「ベルガーさん、冗談はそこまでにしてくれ。それに、こいつを私は雇っているわけではない。こいつは、戦争孤児で、私は親代わりみたいなものだ。もう出会って二年経ったが、親子のように寄り添って生きている。そんな愛息子を取り上げるなんて悪い冗談だ」
「そうかそうか、しかし、闇商人の息子として生きていくよりも、その子のことを考えれば、軍に入隊させる方が、為になるんじゃないかな? まあ、これ以上踏み込むのは止めよう。人は自由でこそ輝く。ルカくんも自身の判断で何かを決断することが大切ということだけ頭に入れておいたほうがいい。そう、私のように美しく生きるためにはね」
はっきりとした聞き取りやすい口調でベルガーはルカに優しく語り掛けると、ルカはニコリと微笑みながら「はい!」と返事をした。その横で、キュレインはベルガーにぎりぎり聞こえる大きさの声で言う。
「ベルガーさん、こちらも次の商談相手が待っている。商談が成立しているなら約束のものをいただきたいんですが」
「……ああ、そうだな。そいつも本物のようだし、良いだろう。受け取れ」
ベルガーが胸元から金属でできた短い筒のようなものを取り出すと、キュレインに手渡した。
「これが……」
「そうさ、国宝【天照戦槍斧】。貴様には余りある代物だ。せいぜい扱いには気をつけることだな」
キュレインが受け取った筒は、かつてシーナの国宝であったもので、現在は筒の形状をしているが、魔力を通すことによって様々な形に変化する古代のマジックアイテムである。
国宝にうっとりしているキュレインに対して、ベルガーは重ねて言う。
「それはそうと、弟子の前だからと私に対して対等に話そうとするその素振りは気に入らないな。別に今日、この商品を受け取りにくるのが、エゴールでもよかったのだ。貴様の命はこちらが握っていることを努々忘れるなよ」
ベルガーはルカから赤黒い塊を受け取ると、目の前の空間を指で切り裂き、その中にしまった。その様子をキュレインは恨めしそうに見つめた。
「ああ、これは中々重たいな。早いところ馬車に戻るとするか」
ベルガーは、少し演技じみた態度で重たさを表現すると、一歩、また一歩と、キュレインがやってきた道を戻っていった。ベルガーの得意とする空間魔法は、自身の魔力で空間を作り出す魔法である。目の前の空間に裂け目を作り、その中に様々なものをしまうことが出来る。
これは、ベルガーがかつて大陸一の役者であり、舞台づくりのプロである経歴で生み出されたものであり、元々は舞台の仕掛けの為の魔法であった。一見すると、非常に便利な魔法であるが、この魔法には大きな欠点がある。それは、様々なものを詰め込むことは出来ても、それを携帯する際には、中に入れたものの重さ、質量は自身の肉体に直接負荷がかかってしまう点であった。
その為、基本的には建物と建物の間に空間を作ってそこに物をしまっておいたり、人間を隠したりする使い方をする。建物と建物の間であれば、空間の質量は建物に押し付けることが出来る。本来であれば、質量を多少なり軽くする効果があったりするものだが、この魔法はベルガーが独自に編み出したものであるため、そういった効果は付与されていない。
本人も日々この魔法と向き合っているものの、どの方針で考えてもベルガーの保有する魔力ではどうしようもなく、基本的な魔力の増加の鍛錬を行う以外にやれることは無いようだった。もっとも、今回のように受け取った商品を隠すために使うのであれば、ベルガーの魔法は適任であり、普段ヴィクトにべったりのベルガーが派遣された理由もこれが起因している。
キュレインとルカは、ベルガーが見えなくなるまで警戒を行う。これは商人としての基本であるが、大きな商談がある際には、付近でそれを狙うものに警戒が必要であった。どこかで情報が洩れ、商品を奪いに来るものが潜んでいるかもしれない。今回の場合は商談相手が国家である以上は、情報の漏洩にはそこまで意識を向けていないが、ミクマリノが国家として商談が終わったあと刺客を差し向けてくるかもしれない。
キュレインのような闇商人ならなおさらで、仮に商談の後で近辺にミクマリノ兵か、あるいはミクマリノが雇った傭兵が襲ってきて、やっとのこと手に入れた国宝を盗まれてしまうかもしれない。そういった点で言えば、街のチンピラなどと商売するほうがよっぽど安全である。
「さて、俺たちも戻りましょうか。しかし、生のベルガー様、噂に違わぬ美しさでしたねぇ」
「ああ、そうだな」
キュレインは先ほど手に入れた国宝に夢中で、あまり話を聞いていないようだった。ルカは、キュレインが何かに熱中してしまうのはいつものことなので、先ほどベルガーから言われたことを思い出していた。
「俺が、軍人、かぁ」
「ん? あんなことを本気にしているのか? ああいうものは大人になれば皆がやる、リップサービスというやつだ。そんなこともわからないのか、凡骨が」
「そうなんですか? はぁ、そうですか」
「……ああ、私は悲しいよ」
「悲しい? 商談成立で良かったじゃないですか。念願の国宝ですよ」
ルカは、帰路を見つめながら、障害となる人物がそこに存在しないか警戒をしながら言った。
「違うよ、また、お別れだ」
ルカは、キュレインが何を言っているのかわからなかったが、すぐに背後から何かがぶつかると、自身の腹から飛び出た剣を見て、自分が後ろから刺されたのだとわかった。
「キュ、キュレイン、さん、なんで……」
ルカは、キュレインに確認しつつ、魔法の糸で止血を行いつつ剣を引き抜こうとした。
「アクティビーレ!!」
キュレインが魔法の発動の呪文を叫ぶと、ルカの魔法の糸は先端からボロボロと崩れ落ちてしまった。ルカも負けじと糸を生み出そうとするが、魔力をうまく練ることができない。その、様子を見つつキュレインは背後から刺した剣に力を入れ、更に深々と刺しこんだ。
「ルカ、お前が見つけたわけじゃないだろう? わ、た、し、が見つけたのだ。そして、お前の魔法も、わ、た、し、が教育したのだ。言いたいこと、わかるよなぁ? お前が受けた、評価も! 成果も! 賞賛も! ぜーんぶ! 私のものなのだ! なのに貴様は『俺が、軍人かぁ』だと? 何をいい気になっているんだ、この恩知らずめ!」
「そ、そんなことで……」
「あー、あー、またリセットだ。最初からやり直しだ」
キュレインはそう言うと、その場に倒れたルカを横目に、付近にベルガーが居ないことを入念に確認し、ルカに刺さった剣を引き抜いて別の箇所に差す行為を繰り返しながら、口を開いた。
「そもそも、あんな劇場上がりの屑が、私と対等に話せていること自体、不愉快だったのだ。それにも、関わらず、貴様はへーこら、へらへら話しやがって。私への感謝や、自身の魔法が育てられたものであるという謙虚な心構えがないのか! まったくもって外れくじだ、貴様は!」
キュレインの愚痴は、その後十分ほど続いたが、その途中でルカは「何故、こんな人に着いてきてしまったのだろう」と考えながら絶命した。
キュレインの得意とする魔法は自身の体の一部を摂取させることで、相手の魔法を阻害したり、自由を奪うことが出来る。こんなこともあろうかと、日々キュレインは弟子に、自分の血液を含んだ水を飲ませて管理している。万が一、自身に歯向かってきたり、裏切った場合はこの魔法を発動し、自由を奪う。
「しかし、こうなってくると、ホランドのやつは相当に強運の持ち主ということになるな。なるほど、少しずつわかってきたぞ。教育とは運なのだ……。だからあいつは孤児院なんかを開いて、子供の分母を増やして、選別しているわけか。なるほどなるほど。この結果に辿り着けた、ということは実質、私は失敗していないことになるな。張り切って次の教育に行ってみよう!」
どうやら、納得がいった様子のキュレインは、一人帰路を辿った。
帰りの護衛が居なくなってしまっていたが、その手には護衛などいらないほどの武力を保有する国宝が握られており、道中、その力を、追剥にやってくるスラムの住人に向け、試運転を兼ねた充実の帰路を楽しんだ。
現在、過去に犯した罪によりキュレインは大陸全土で指名手配されており、普通に国境を超えることは出来ない。前までであれば、闇商人が使う国境越えの洞穴などはちらほらあったが、シーナの難民がラミッツに流れ込もうとする動きから始まった紛争などで、国境の警備は一段と厳しくなり、抜け道の類はほとんど潰されてしまった。キュレインは、定住こそしないが、闇商人が集うコミュニティで居場所はあり、大陸の様々なところに存在する結社で寝泊まりしている。
また、その結社の中には研究施設も一部存在し、違法薬物の製造や、違法なルーン付与はここで行っている。キュレインが今いるシーナ地区から最も近い研究施設は、ラミッツ武器商会の街レンデで、先ほどベルガーに渡した赤黒い塊は、ここで研究していたものであった。
キュレインは、設備のある研究施設で早く国宝を研究したいというところであったが、あと二月ほどはこの近辺で時間を潰す必要があった。二か月後にあるシーナの新年を祝う祭の準備で、ラミッツとシーナ地区は交易が盛んになり、行きかう大量の馬車に紛れて国境を超える腹積もりだった。
さっそく北部のゾマという街で協力者と合流し、その手助けをしてもらおうと考え歩き出す――。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますので、いいねやポイント評価を頂けますと幸いです!
小説のプロローグCG映像を公開中です!
是非見てみてください!
https://youtu.be/Jhc0wLs5Z9s




