~戒星の崩国~ 其の二
――王国歴1501年 5月 ルストリア アリーシャ城「極光の間」
突然のミクマリノ・シーナ独立と合併。残された者達が呆然とする中、ルストリア二十一代目国王ファノリオスが口を開く。
「全ては奴の掌の上であったか」
ファノリオスが呟き、ランディが今回一連の整理をつけるように話し出した。
「先のザイルードの裏に居たのはヴィクト率いるミクマリノ。と言う事になるでしょうね。奴は今日この日に、この結末を描くために全てを仕組んでいた……」
周到に、順序を間違えず、手順を踏んだヴィクトの企みを、誰一人止められる者は居なかった。策略に絡めとられてしまったベガは放心状態となり、ただその場に立ち尽くしていた。
「ムーア、すまなかったな。あの場でお前を制止せねば、次はお前の首さえも狙われると判断しての事だ。許せ」
ムーアへ向けて、軽く頭を下げようとしたファノリオスを、ムーアが遮った。
「お止めください国王陛下、全ては私の責任でございます。如何なる処分もお受け致します」
「まぁ待て、今向き合うべきはこれから起こりうる事だ。処分はその後でもよい」
本来であれば、この事態を引き起こした張本人であるムーアとベガは投獄、あるいは見せしめの処刑であるが、ファノリオスはそれをしなかった。それどころか地位さえも奪わず、今まで通り総司令官と軍大将として残したのだ。これは慈悲でなく対処。この状況は既にルストリアの危機、ひいては大陸の危機とも言える事態であり、この場面で優秀な司令官を二人も失うわけにはいかなかった。
「――それに、私はムーアの主張が間違いだとは思っておらん。いや……そうあって欲しいと願っているだけなのかもしれんな」
ゆっくりと椅子に腰を掛け直し頭を搔きながら、ランディが確かめるように話す。
「恐らく内通者を始末したのも奴らだろう。昔から切れ者と聞いてはいたが、奴は得体が知れないな。……それでベガ、この後なにが起こる? ヴィクトは次に何をしでかすつもりなんだ?」
声を掛けられ、ハッと振り向き眼鏡をかけ直したベガが、重たい口を開いた。
「推測でしかありませんが、恐らくは大陸の頂点に立つ事。ミクマリノこそが真の平和を築ける国である、と主張するつもりでしょう。であれば、必ずルストリアを落としにかかって来ると予想は出来ますが、武力ではなく大衆の民意を使い、内側からの破壊を起こすものと考えられます」
「民意か……ヴィクトの魔法と相性が良すぎるな。更に言えば――」
「いや待て!」突然ベガが、神妙な顔つきでランディを遮り、ブツブツと喋り出した。
(いったい何時からで、何処までだ? ヴィクトが操魔法を扱いだしたのは何年前だ? 奴はコレをどの時点で計画していたんだ? もしまだ計画の途中なら……。そもそも何故ザイルードと手を組めたのだ? ミクマリノはスルトに反旗したんだぞ。理屈に合わない。なにかまだ見落としている事があるんじゃないのか? まさか、十七年前から――)
「おい、ベガ。どうした?」ムーアがベガの肩を掴み、問う。思考に夢中のベガは焦点を合わさず、ムーアに返した。
「なぁムーア、十七年前の戦争の時、バーノンと対峙した時の事をもう一度話してくれ。ギークの行動に本当に不審な点はなかったか? なにか矛盾しているような」
ムーアは覚えている範囲で答えたが、自分で話しながら一つの疑問が浮かび上がった。それはギークの人間性である。先の大戦で、大陸の存亡の為なら自らの命を投げ出した男が、今大陸を混乱に陥れる事を何故するのか。ギーク程の手練れがヴィクトに操られるなどとも思えない。彼にはそうせざるを得ない事情でもあるのか?
「皆様、申し訳ありませんでした。また仮説となってしまいますが」
そう言ってベガは、ある可能性の話をし始める。
「十七年前の戦争。あれを起こしたのがヴィクトである可能性です。もし、奴が本当の主犯であれば全ての辻褄が合います。いや、合い過ぎてしまうと言ってもいい。もちろんそんな痕跡は一つもないでしょうから、推測の域は出ませんが」
「もはや荒唐無稽な話とも言えなくなってきたな。続けろベガ」
ファノリオスを含む、全ての者がベガに注目をしたが、ディカスはここから先は自身が立ち入る話ではないと判断し、極光の間を出た。程なくしてベガは自分の思考を展開し、ヴィクトの壮大な計画を語った――。
「あり得ない話ではない……な。もしヴィクトが全てを仕掛けていたのなら、ギークがあの時、命を懸けて特攻をしたのも」
「あぁ、恐らく計算のうちだ。『大王の怒り』はあの日、あの瞬間では発動しない事を知っていた。ギークは始めからバーノンを口封じで殺すつもりで乗り込んだ」
「そして、それを結果として手助けしてしまったのが俺と言うわけか……」
「バーノンを唆し、戦争を起こさせ、スルトを潰しシーナを弱体化させた。その後シーナを自分の手で再興し、晴れて『英雄』となり、その名声を使い今度はルストリアの転覆を狙っている」
落胆するムーアを尻目に、ランディが口を挟む。
「バオフーシャも計画の内という事になるが、ならヴィクトの狙いの一つには、原魔結晶石が絡む事になるな。あの場でもし、ラミッツの原魔結晶石を抑えられていたら……ゾッとするな」
「いえ、既に手遅れと言っても過言ではないかもしれません。ヴィクトは実質、シーナの原魔結晶石を掌握している。私は急ぎ石守にこの事を伝えに向かいます」
「確かにそれなら、スルトの護封の祠にヘルドットが配備されていた理由も合点がいくな。戦争に乗じて火の原魔結晶石を制圧するためだったか」
ファノリオスはベガを石守の元へ向かわせ、ムーアにも緊急軍事会議を開かせる事に決めた。ランディも、超厳戒態勢の準備を進めなければならなかった為、急ぎラミッツへと帰還する運びとなった。
(……にしても、奴の腹の底がまだ見えない。本当にヴィクトの意志か、もしくはレオンチェヴナ国王の意志なのか。これでは、仮にミクマリノが大陸の頂点になった所で、争いの火種は消えないではないか。いいや、火種を絶やしたくないと言った方が正しいのか。その先に何を見ている? なんにせよ余りにも後手だ。どうする……)
ベガは自分の頭の中で、膨大なシミュレーションを行い続け、この戦いの糸口を一人模索していた。
――王国歴1501年 5月 アリーシャ城 城下町
傷は癒える。どんな傷でも。
ザイルード襲撃の際に負った怪我の療養に専念する間、自分の発言によりルストリアに混乱が訪れたことを知った。俺は確かめたかった。それしか頭になかった。
ベガ大将に願い出て、城下町を視察する許可を得た。正直、許可が出たことには驚いた。
「くれぐれも気をつけろよ。ミハイル……すまなかったな」あのベガ大将でさえ、今回の一連の騒動は堪えるものがあったようで、なんだかそれは余計に自分の心を抉った。
民衆に紛れることができるように、麻で仕立てた市民の着る衣服に身を包み、深くフードを被りアリーシャ城を裏門から出た。
アリーシャ城の正門前には、多くの民衆がデモ活動の一環として座り込みが行われていた。人々の多くは、口々にステラや俺への断罪を求める声をあげていた。一部のものはルストリアの体制自体を非難し、そこで英雄ヴィクトの名を呼び、助けを求める演説を行う者もいた。俺がそれを城内の医療室の窓越しに聞いていた時「くだらねぇ。傷に障るぞ」と、その様子を見たジュラに止めるよう言われた。俺自身が傷つかないように配慮をしてくれていた。
城下町を行って戻ってくるだけの視察だが、現在城下町内は荒れ果てており、いつ争いが起きてもおかしくない状況であり、それに巻き込まれれば確実に顔を見られてしまう。そうなれば、ますます争いを激しくしてしまうだろう。その為、ベガ大将からは比較的暴徒の少ない西側に行くようにと念を押されている。北側は、スルト地区の人間が多く住む為、暴徒の数が多く、南側はルストリアの中では困窮者にあたる者が多く住み、この暴動に輪をかけて経済的な訴えかけを起こし暴れ回っているのだとか。
本当であれば、すぐにでも駆けつけて、争いをやめさせたいが、原因である俺には何も出来ない。残すは、東側と西側であるが、ベガ大将から西側を指定されている。東側の暴動も激しいということか。城下町西側、つまりラミッツ方面に向かって城下町を歩くことになるが、この西側を進むと、ラミッツとルストリア間で行われる輸出入を手掛ける運送屋、運搬屋が軒を連ねている。そのほとんどが一階は馬屋、二階に住居がある。一階の馬屋には、馬車も並んでおり、積み下ろしは近くの市場で行われている。城の近くは高級住宅街や、軍の一兵卒の寮などがあるが、運送屋がある地域まではそこまで離れていない。俺が目指すのは、その運送屋のある地域だ。
高級住宅街のある地域は、住民のほとんどが外出を控えて、家の中に閉じこもっている。いつも見回りをしている兵は、その数を増やし警戒にあたっている。しかし、ここまでの暴動で、魔導兵士が見当たらないのは少し変だ。そう思っていると、鎮圧を行うべく隊列を組む兵士達の中から一人飛び出しこちらに駆け寄ってきた。
フリックだ。顔を限界まで近づけた上で、ぎりぎり聞こえる小声で話しかけてきた。
「ミハイルさん! 先程伝達魔法で聞きましたけど、危険すぎますよ!」
俺が、それでも行きたいということを伝えると、フリックは少しだけ悲しそうな顔をして言った。
「僕は反対です。許可があるとはいえ、こんなことに意味があるとは思えないですよ。こんなこと、こんなこと……」
フリックは、フードで隠れた俺の顔を訝しげに覗き込んでくる。そして、俺の顔を見て仕方ないといった具合に俺の視察に少しの間同行してくれることになった。
「悪いな、フリック」
それを受けて、フリックはまた顔を近づけて、小声で話す。
「いいですか? 絶対に目立つ行動は避けてください。例えば、外で起きる事件や事故、闘争などに首を突っ込むのは駄目です。もし、そうなってしまえばミハイルさんはもちろんのこと、ルストリア自体に良い影響は出ません。加えて、ムーア総司令官から『魔法は絶対に使うな』と言われています。こちらも守ってくださいね」
「ああ、わかった。魔法は使わない」
魔法は使わないと、俺は決意している。もとより使うつもりはなかったが、今までの俺の行動からすればムーア総司令官が案じるのも無理はないか。人目を避けて争いごとに割って入るのであれば、確かに俺の魔法は適していると言えるしな。
高級住宅街の地域を歩きながら、付近を見るが、やはり魔導兵士はフリック以外に見かけない。
「フリック、魔導兵士は動員されているのか? お前以外に一人も見かけないが」
フリックは、辺りを警戒しながら小さな声で話す。すぐ横の通りには二十人ほどで隊列を成し、デモ
活動をする若い男達が歩いていた。
「スルトでの誤殺を受けて、ルストリアとしては、あまり出兵させたくないんです。この城下町であの事故と同じことが起これば、デモどころでは済まない、というのが上の見解です。同様に市民も、魔導兵士に対して過剰に恐怖する者や、激昂する者がおり、表立って魔導兵士を動員することを避けています。それこそ、隠密で配備をされている者もいますが……」
なるほどな。そういう理由からか。フリックは、上着の内ポケットに入っているであろう小さな杖を上着の上から指で触り話を続ける。
「僕は現地調査と連絡係の指令を受けているので、表立った配備にはなってますが、それでも、魔法の使用は極力避けるように言われています」
「そうか、そういう理由なら……」
そう言いかけた時、道路の中央を歩くデモ隊に数名の男達が立ち塞がった。
「もう、やめにしましょう! 今私たちがやることは断罪を求めることではないはずです!」
腕を大きく広げて立ち塞がる小柄な男は、震えながらもデモ隊に向かってはっきりとした声で言った。それに対して、デモ隊の先頭の長身の男は大きな声で返答をした。
「今、俺たちがやることは、この国の秩序を守ることだ! 貴様には調停者の国に住まうという誇りは無いのか!」
小柄な男は、腕はおろさずにそのまま答える。
「今、私たちがやることは、自身のモラルを見つめることです。訴えを上げるのであれば、それなりの手順を踏むのが調停者の国に住まう誇りだと私は思います!」
それを受けた長身の男は、小柄な男の芯のある強い言い回しに一瞬たじろいたが、小柄な男に一歩近づき、先程より大きな声で言った。
「俺たちは、正しい裁きを行う国で育ったのだ。言ってしまえばこの国は俺たちの親だ! その親が過ちを犯したのであれば、それを更生させるのは子供の仕事であろう! 罪には罰を! これが調停者の国が産んだ子供の正しい判断だ!」
先程と変わらない主張を続ける長身の男に、小柄な男は手を下ろし一歩近づくと、こちらも更に大きな声で言った。
「事実関係をよく調べもしないで、風評だけで判断し、徒党を組んで人々の生活を脅かし、あまつさえまだ仲間を増やそうと大声を上げる貴方の行動は、断じて調停者の国の子供ではない!」
いよいよ、お互いが首元を掴もうとしている。俺は、フリックの制止を振り切り、その間に入っていった。
「やめろ! 二人とも!」
二人の腕をキツく掴んだ。二人は、苦悶の表情を浮かべていたが、フリックが呼び出した鎮圧部隊が二人を取り囲むと、長身の男は隊を率いてどこかへと行ってしまった。
「ありがとうございます」
そう言った小柄な男は、俺の顔を見るなり「あっ」と声をあげ固まってしまった。これはまずいと思い、咄嗟にフードを深く被り直し、城へ戻ろうとしたが、その小柄な男に引き止められた。
「ミハイル様、ですよね。この間のザイルード襲撃の際に、助けていただいた者です。覚えていないかも知れませんが……」
確かに、救助した中に居たかもしれないが、正直、ハッキリとは覚えていない。小柄な男は、まっすぐな瞳で俺を見て言った。
「ミハイル様の素性に関しては、私達にはわかりません。ただ、私達を助けてくれた事実は確かにあります。ステラという方に治療を施してもらった人々も、このデモには参加していません。どうか、どうか気を落とさず、これからも頑張ってください。応援しています!」
そう言って立ち去っていく男を見ながら、フリックは溜息交じりに言った。
「あの長身の男の言い分、わからなくないです……あの時の僕と同じですから。過去や法に囚われて、受け止めきれずにいる。信じたものが崩れた途端、善悪の判断が揺らいでしまった」
「それは俺だって同じだ。誰しもが苦しみながら生きている」
俺がやってきたことは、本当に正しかったのだろうか。調停者として、隊長として、マグナ・ディメントの子孫として、そして、アイツの親友として。
だが、そんなこととは裏腹に、フリックは明るく自信に満ちた声で答える
「だけどっ! みんなが笑顔で暮らせる世界を作るだけです! それが間違いなわけがないです!」
正直、あっけにとられてしまった。
「笑顔で暮らせる世界か……その通りだな」
フリックの言うシンプルな答えに、アイツから頬を叩かれたような、そんな気持ちになった。前を向いて歩いていく、そう決めたはずだ。俺は俺の出来ることをしよう。
鎮圧部隊に戻るフリックと別れると、俺は城の北西に隣接する軍事医療研究所へと向かった。
――王国歴1501年 同日 軍事医療研究所
アリーシャ城周辺には高級住宅街の他に、見習い兵士の寮や、原魔修道院、国立魔導治療院を含む様々な治療施設があり、俺の出身であるディー・エヌ孤児院もこの近辺にある。だが、その中でも一際目を引くのが城の北西に隣接する軍事医療研究所である。石造りの建物であるが、外観からは何階建てかは絶対にわからず、この施設に入ったことが無い者であればどこが入口かすらわからないだろう。
建物の外には、どこにも繋がっていない階段や、開く機能すらない扉が複数設置されており、ただ音が鳴るだけの意味の無いスイッチや、誰かの指をモデルにした巨大なモニュメントが多数設置されており、奇妙で奇怪な施設である。
当然、その異常な建物を観光目的で来る者は少なくないが、夜な夜な聞こえる獣のような笑い声や、ガラスに爪をたてたような叫び声が聴こえてくるため、気味が悪く観光目的で二度ここを訪れる者は相当なマニアと言える。かく言う俺も、この施設は数えられるほどしか訪れたことはない。
「確か、このレバーを引くんだったな」
入口の右側にある手摺に設置されているレバーを引いた。
『ピーーーーっ!!』
けたたましい謎の声が手摺の中から聞こえた。
「今のはチャイの声?」
意味不明な仕掛けの手摺を覗き込んでいると、目の前の入口の扉が勢いよく開いて、俺の頭にぶつかった。
「前はこんな仕掛けじゃなかった気がするんだが……」
ぶつけた頭を摩りながら建物の中に入るとすぐに大広間に出た。大広間の中央には、底が見えないほどの空洞と、そこを貫くように鎮座する魔力を帯びた石碑のようなものが薄らと光っていた。その周りを螺旋状に通路が伸びている。俺の目的地は地下二階だった。
螺旋状の通路の壁にはところどころ扉があり、その扉にはそれぞれ名前が書いてある。螺旋状の通路を下っていくのだが、考えてみればこの作りでは階層を判別するのは難しい。レイニーからの言伝で「果心の部屋」に来るように言われていたので、その扉を探しながら下っていき、その扉を見つけるとすぐに入室した。
「おう、心配かけたな」
「クロードさんっ!!」
入室してすぐに声をかけてきたのは、ベッドに横たわるクロードさんであった。
「やあ、こんにちはー。パンテーラのミハイル。少し遅かったねー。感動のお目覚めには立ち会えず残念ー」
そう言って、クロードさんのベッドを挟んで反対側に居るのは、魔導軍大佐の一人であり、この軍事医療研究所の所長でもあるフィロンさんだった。その横にはチャイとレイニーも居る。そして、クロードが横になっているベッドにしがみつき泣いている、ステラの姿があった。
「クロードさん、回復したんですかっ!?」
俺は、喜びの衝撃で前のめりになってフィロンさんに尋ねた。
「ええ、ええ。それについては我々からご報告しましょう。レイニー、概要を」
そうチャイから命令を受けたレイニーは意気揚々と語り出す。
「大陸史上類を見ない技術的特異点足る、我々の研究成果の到達点が、実現したんですっ!」
まるで理解できないレイニーの発言に困惑した表情を見せると、チャイは咳払いをして、レイニーに代わりにと、解説を始めた。
「レイニーは、少し興奮していまして、とは言え私もなんですけどねぇ、グヒ、グヒヒ。おっと、失礼。クロード大佐の魔力中毒という現象、これは我々が国立医学研究所に所属していた時から研究を続けていた内容なのです。ああ、我々というのは私とレイニーのことですね。ご存知かと思われますが、私の魔法は毒を扱います。種類も豊富で、単体に対して即座に致死に追いやるものもあれば、広範囲にゆっくりと蝕む遅効性のものもあります。このどちらも、対象となる相手の体内に魔力で構成された毒物を投与し、任意の場所の細胞を破壊し、害を与えるものです。その際にターゲットは、その毒物を体から排出するべく発汗し、嘔吐し、まあ、体中の穴という穴から解毒を行うように反応を起こすわけですが、クロード大佐の症状はまさにそれでした」
「つまり、解毒をしていた……のか?」
チャイの説明は、わかりやすいようでわかりにくく、端的に言っているようで冗長に聞こえた為、結論を急いだ。しかし、これに回答したのはレイニーだった。
「その通り! 流石はミハイル隊長! そこで僕の魔法の説明だけど、僕の魔法はチャイとは真逆の解毒、体内の有害物質の排斥。魔力の込め具合にもよるけど、お通じが悪い時や、全身の老廃物なんかも僕の魔法にかかれば全部解決ー! ってな具合なんだけど、今回はそうはいかなかったんだ。なんせ、『魔力』の『中毒』だからね! 魔法による解毒なんて出来ないワケ! 数少ない前例ではあるけど、幸いチャイは毒、僕は解毒でいくらでも実験ができたから、ずーっとこれを研究してきたんだ。毒と解毒のメカニズム」
「なるほど、な」
ダメだ、全く話が見えてこない。そう思っていると、フィロンさんが手を打ち話し出した。
「ちょっと、遠回りしすぎかなー。ミハイルくん、魔法のメカニズムは知ってるよね? 大気や大地、水や炎に含まれる魔力を自身の体の中に練り込み、その練った魔力を放出するのが魔法のメカニズム。そして、これを扱う人間が魔法適正者ってことになるんだけど、魔法適正者っていうのは、魔力に順応し放出したり、排出したりして、体内の魔力を自分の許容を越えないように、循環出来る人ってことなのよー。クロード君には、どうやらこの循環機能がまったくない。簡単に言えば、魔力のお通じが悪いのよー。悪いどころか全く排出されない。全て魔力を使いすぎた状況、オーバーフローの真逆の状態なのよねー。もちろん生活している上での微量な魔力は、自然消化しちゃうから問題ないんだけど」
今まで話を聞いていたチャイが、ここぞとばかりに語り始める。
「クロード大佐のような特異体質は稀で、魔力が排出されない体に、勢いよく大量の魔力が注ぎ込まれたことにより、体が過剰に反応し、意識のオーバーフロー、つまり昏睡してしまったというわけです。魔力を毒と判断する身体なのに、それを排出できない、そして危険を感じて仮死状態に陥る。こうなってしまうと、緩やかに死を待つしかない状況になってしまいます。食事がとれなければ生命力は活性化しないので、仮死状態、昏睡状態はどちらにせよ厳しいんですよ」
少し被せ気味に、レイニーが前に出てくる。
「そう! そこで我々の研究の真髄さ! あ、ここで言う我々っていうのは、僕とチャイのことなんだけどね。チャイの人間の細胞に害を起こす毒魔法と、その毒魔法を感知して発動する僕の解毒魔法、そしてここで更に新たに加わったステラの治癒魔法を組み合わせた複合的な魔法。それが、今日完成したということさ!」
フィロンさんは、クロードさんのベッドの周りをゆっくりと回りながら話す。
「そもそも、この二人がやってる研究は、人道的にー、とか道徳的にー、とかで臨床実験が禁止されているから、机上の空論と言えばそれまでなんだけど、レイニーが度々戦場に赴いて、ちょっとずつサンプルを集めていたみたんなんだよねー。そのレポートを見ていた時に、あ、なんとなく今回のクロード君の状況と似ているなーって思ってねー。そして、極め付けはステラくんの魔法の特異性が決め手になったねー」
ステラの治癒魔法の特異性? そんな特別な治癒魔法を使っていたか? 疑問に思ったが、お構いなしにフィロンさんは続けた。
「ステラくんは基本の治癒魔法とは別で、独自の治癒魔法を会得しているんだよ。本来の傷の程度に見合う治癒を行うものとは異なり『必ず完治する治癒魔法』なのよー。傷の程度が重傷であればそれ相応の魔力を消費するけど、必ず完治させることが出来るんだ! しかし、その必要魔力が術者の、つまりステラくんの限界を超えていた場合、当然オーバーフローを起こしちゃうんだよねー。瀕死の人間を助ければ、自身はオーバーフローで死ぬ可能性を孕む。さらに一度発動したら、完治するまでこの魔法は止められない。当然、受ける側にも魔力が注がれ続ける。助けるんだか壊すんだか分からないよねー。こんな複雑な治癒魔法を会得していたなんて驚きだったよー」
自らの死を厭わない治癒魔法か……。俺にはそれが理解できる気がした。ステラ、お前本当はこの世界を救いたかっただけなんだよな。目の前で息絶えていく人間を見たくなくて、苦しくて、心が壊れてしまっただけなんだろ。
「聞いてるー? ミハイルくんー」
じーッと、こちらを見つめるフィロンさんの気配が恐ろしく、素早く首を縦に振った。
「で、この特性を上手く活かして、三人の魔法の特性のみを抽出した魔法を練り上げたんだよー」
「抽出? 練り上げた? そんな事が可能なんですか?」
「あぁ、もちろん僕の魔法でね」
フィロンさんは得意げに答えたが、正直この人の魔法の事は詳しくは知らない。「変性魔法」の一種らしいが、あの分類の魔法は枝分かれが多すぎる上に、専門知識無しに理解も会得も難しい。ここで詳細を聞くと長くなりそうなのでやめておいた。
「チャイの毒でショックを与え、毒に反応して発動する仕組みのレイニーの解毒魔法に、ステラの治癒魔法の特性を埋め込んだのさ。とは言え、これは相当に高等な複数多重魔法でかなり苦労したよー。練度が低ければクロードくん死んじゃうし、時間も無いしで、徹夜でオーバーフロー寸前まで、毎日この魔法を完成させるためにみんな必死で研究したんだ」
チャイやレイニー、フィロンさんは普段気味の悪い研究マニアだが、魔法研究に関して彼ら以上に頼れる存在もない。
「魔法なんて使えないクロードくんが、体内で強制的に自分で魔法を発動している状態を作る。そして、クロードくんの体内に滞留してる魔力を循環させ、排出させる試み。つまりクロードくんに疑似的オーバーフローを起こさせ続けて、魔力を体内に受け入れさせる事もする。最大の懸念は、こんな過激な治療にクロードくんの身体が耐えられるのか。耐えたとして後遺症は残らないのか、ってところだったんだけど」
「どうやら、心配ないようだ」
これまでじっと聞いていたクロードさんが口を開く。体はまだ自由に動かないものの、意識ははっきりしており、会話は充分にできるようだ。俺がくる前に、チャイとレイニーで、身体の反射を確認したが、問題はなかったようだ。ニコリと笑うクロードさんを見たチャイは、ニタニタと笑うと言った。
「そもそも、生命力が桁違いだったのが幸いでしたね。しかし、今回の成功例は、連続性がありそうですね。悪いことも続くと言いますが、良いことも続くという実験を行なっていましてね、この結果を次に繋ぐべく研究に戻りたいんですがよろしいですかね。この魔法の精度をあげて、一般人にも使用できる段階までもっていかなくては! 全ての人間から魔法適正なんて概念を消してしまいましょうかねぇ、グヒ、グヒヒヒ……」
それを受けて、フィロンはフフフと笑い、チャイとレイニーを退出させた。去り際に、後を追おうとするステラをレイニーは止め、「君が今やらないといけないこと、やりたいことは別にあるはずだ。それをこなすまでは、僕らについてきちゃいけないよ。僕たちはいつでもやりたいことをやるからね、研究者とはそういう者だからね」と言うと、ステラを残し二人はケタケタ笑いながら更に下層の部屋に走っていった。
ステラは、そんな様子を見たあとに、俯き、クロードさんの方に向き直った。そして、震えた声で言った。
「クロードさん……ごめんなさい。僕は、間違えてました。こんなことになって……それで、チャイさんや、レイニーさん、フィロンさん、ムーア総司令官、ベガ大将、ミハイルさん、クロードさん、そして、ルストリアに住む全ての人たちに迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」
震えながら言うステラに、クロードさんは言った。先日まで昏睡していた人間とは思えない、力強い声で。
「許そう。俺が、お前の過ちを許そう。それでこの話は終わりだ。聞けば外は大騒ぎのようだが、この話とお前の過ちは関係がない。いや、もし仮にあるとしても、俺のような人間達の過ちであり罪なんだ。俺はこの手で多くの命を奪い、平和を手にしようと進んできた。この世界に復讐の螺旋があるのだとすれば、俺の元にやってくるのは必然だ」
(クロードさんの言う通り、敵も味方も皆生きている。ザイルード達にだって家族が居ただろう。その命を取り合う以上、憎悪が絶えるはずがない。奪った側はいつだって奪われる筋合いがあるんだ)
「だがな、お前の手は、人の命を救うことが出来る。それが、お前の両親が与えてくれたかけがえの無いものだ。どうか、大切にしてくれ」
泣きながらクロードに抱きつくステラを残し、フィロンさんと俺は臨時で行われる緊急軍事会議に出席するため、アリーシャ城へと向かう。
俺の手は、何かを成すことが出来るのだろうか。いや、成さなくてはならない。命を投げ出すような無責任ではなく、ルストリア国軍魔導部隊パンテーラのミハイルとして、たくさんの命を預かる隊長として、俺は進んでいく。
ムーア総司令官の言う俺の道、アイツの言う俺の道、そして俺が思う俺の道がゆっくりと重なっていく気がした。
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