~戒星の崩国~ 其の一
時代の風が吹いている。改革の時は近い。
――王国歴1501年 5月
ルストリア大陸には、四つの新聞社があり、それぞれが記者を使い大陸内のありとあらゆる情報を集め、新聞に書き起こし、出版をしている。
ルストリアという魔法大陸では、魔法の研究には熱心な者が多いが、それ以外の教養に関して興味を持つ者は少なく、第一に魔法の研究、その次に魔法を取り巻く環境の研究、次点で武術などの研究がポピュラーである。これはある意味、魔法に依存をしているとも言える。その為、英雄ヴィクトが医者であった時代に確立した薬学や、精神医療学は非常に画期的なもので、生命エネルギーを活性化させる治癒魔法の弱点であった細菌やウイルスについても、理解や研究が今になってやっと始まっている。
そんな中で、大陸の教養に一石を投じたのが、ルストリア国軍のホランドによる「基本学教典」だ。この教典は第一次大陸大戦後に大陸全土に配布された、謂わば教科書のようなもので、今までのように学問ごとに書物をまとめるのではなく、年齢ごとに書物をまとめることで、五歳から道徳を教え、六歳からは算術、七歳からは識字と、段階的に教育を行うことが出来、結果として大陸全土の教養は飛躍的に上がることとなる。教養が上がったことにより、大陸全土の犯罪率は大幅に下がり、ルストリアが掲げる平和にまた一つ近づいていった。
だが、その一方で起きてしまった犯罪に関しては複雑化し、計画的な犯行が増えてしまったという側面もある。また、人を騙す詐欺行為も増えた。教養が上がれば詐欺に騙されるような人が減るのではないか、という人もいるが、実のところそうではない。
詐欺というものは、情報や人の感情の操作でそのほとんどが成り立っている。情報が理解できるようになった分、人は騙され、教典には書いていない心理の部分はルストリア大陸ではほとんど研究がされていない。そういう理由から、新聞社は有る事無い事書き連ね、耳触りが良い記事から、悪質なゴシップまで、人々を浮き沈みさせる簡易的な娯楽として大流行したのだった。
当然、次から次に新聞社に勤めたいと願うものも増え、それに伴い新聞社もたくさん設立した。一番数が多い時には百社を超える新聞社が設立されていたが、蓋を開けてみれば個人で日誌を書き起こし配るレベルの記者が新聞社を名乗っているだけで、ほとんどの記者は流行が終わる前に挫折して辞めてしまった。残った記者は、記者同士での情報交換を行い、既存の新聞社に就職するか、仲間内で集まり新たな新聞社を立てた。
そうして、淘汰に淘汰を重ね、目立った新聞社は四社に集約したわけである。そんな中でも、ラミッツ発のスイファ新聞社は業界最大手であり、各国に支社がある。スイファ新聞社は、ラミッツ三大富豪の一つ「チャン家」が全面出資する新聞社であり、立ち上げ時は武器商会が協力をしている。十七年前の戦乱で戦没したスイファ大尉の名前を引き継ぐこの新聞社は、『真実を明らかに』という名目で様々な記事を取り扱い、年間に出版している新聞や雑誌は数百に及ぶ。出版物は全面的に政治的な意味合いを含む内容が多く、今でも十七年前のスイファ大尉の配置について語るような文書を端々に語っている。
簡単に言えばルストリア批判に繋がるような内容であるが、具体的なテロリズムや行き過ぎた主張があるわけではないので、ルストリアはこれを容認している。これは、ルストリアのベガ大将や、ホランドからの要望で、教養は自由があってこそ成長するものだと考えているためであった。
そんなスイファ新聞社ルストリア支店の扉の前に、一つのマジックアイテムが置かれていた。ザイルードがルストリアに襲撃をし、そのリーダーであるガーラントが断罪された翌日のことであった。
そのマジックアイテムは、親指くらいの小さな巻き貝の貝殻の形をしていて、丁寧にこしらえた木箱の中に入っていた。『刻憶の貝殻』と呼ばれるそのマジックアイテムは、希少ではあるが新聞社としては馴染みが深く、非常に高価ではあるものの、手に入らないものではない。
巻き貝の角の部分に魔力を込めると、数分間の蓄音魔法が展開される。精度は悪く、ノイズ混じりではあるが、過去を記録できる画期的なマジックアイテムである。これを最初に作り出したのは、マジックトラブル99の店主リンク・リンクだが、模倣品や盗品が闇市で流れる事もしばしばある。
「――ステ……やめるんだ!――」
「――……やく殺せ。僕はテロリストなんだ……――」
「――俺には……マグナ・ディ……の血が流れてんだよ――」
これを聞いた記者は、すぐにこれを文字起こしし、新聞に余すところなく書き連ね、早朝にはアリーシャ城下町で売ってまわった。最初は、この新聞を信じる者などほとんどいなかったのだが、役場の人間がこの真偽を確かめにアリーシャ城に行ったところ、白黒はっきりしない解答で濁された為、疑念に火がつき、噂は瞬く間に広がった。
そして、民衆による糾弾、デモ行為が起こり始めた――。
――王国歴1501年 5月 ルストリア アリーシャ城下町 アフィニティ新聞本社
「道ゆく人々は一体何を考えているのだろう? 真実はあなたが思っているより優しくないかも知れないのに……」
「いいから、早く取材に行ってこい! 今スクープを手に入れず、いつスクープを手にするんだ!」
ここは、アフィニティ新聞本社。昨今急成長する、大衆媒体の煽りを受けて急激に成長した新聞社だ。複数ある新聞社の中で我が社は最も歴史が深く、王国歴百年代には既に存在していたのだとか。ただ、存在していただけで、人気だったかは定かではないし、今の現状だって決して業界内で派手な売上を作ったりはしていない。
「おい! 聞いてるのか! テオ!」
――聞こえてますよ、今出るところです! さ! ルストリアの一大不祥事の波紋を余すとこなく、取材して、手に入れた新鮮な材料に尾ひれはひれ付けて、原材料がわからなくなるまで調理した、クソみたいな新聞を垂れ流せるように頑張ります――
とは、言わなかったが、目の前にずっと立っている上司がどうしようもなく鬱陶しかったので、渋々会社を後にした。
「しかし、これはまた……」
現在、ルストリアは酷い有様だ。調停者の国として大陸を治めていたルストリアに、先日突如として流れてきた噂と、その事実を裏付けする正体不明の書状によって市民は不安と不満に煽られ、混乱が訪れていた。
「俺の両親はマグナに殺された! それを匿うこの国はなんだっ!?」
そう言って、目の前の市民はどこからか持ってきたルストリアの国旗に、魔法によって火をつける。
「ザイルード、ステラを処刑せよ!」
そう声を揃えながら隊列を成す人々の首には『正しい裁きを』という看板がぶら下げられている。
「正しい……か」
足元に落ちている、何度も踏みつけられて、くたくたになった例の新聞を拾い上げた。
『ルストリア国魔導軍パンテーラ ミハイル マグナ・ディメント ノ 生キ残リ ザイルード 協力者 ステラ ハ 無罪放免』
俺はこの現象を聞いたことがあった。
あれはそう、俺がまだ十五歳だった第一次大戦の時だ。現ラミッツ国王、ランディ・ランドローグの英雄譚だ。大戦時、圧倒的不利の状況から『情報』を使い市民を動かし、国を守ったと。当時は歳の近い男の子が、言葉巧みに民を動かすその勇姿に憧れたものだ。
ラミッツでは、未だにその名残で『聖戦祭』という仮装を行う催し物が残っている。そして現在のルストリアは、その『情報』によって混沌の渦の中にある。
また、今回はラミッツのように、主軸の無い『祭り』という情報ではなく『国内の裏切り者』という情報である為、市民の中には『国を守る』という確固たる大義名分が産まれ、市民の暴徒化を加速させている。これほどまでに大きなデモは、大陸史においても初めてのことなのではないだろうか。
アリーシャ城下町に伸びる道レングスは、舗装が小まめに行われている為、馬車が通る際も騒音が少ない。また、民営の清掃商会が国から仕事を請け負い、ルストリア国内に広がる網目状の道を一日五回の清掃を行う為、とても衛生的だ。俺は、生まれも育ちもルストリアなので、これを特別と思わなかったが、取材で各国を渡り歩くうちに、ルストリアが如何に衛生的で機能的に作られているかを思い知らされた。
だが、現在そのレングスには破られた国旗や、ルストリアの教えを説いた教科書や、空いた蜂蜜酒の瓶、家庭から出たであろうゴミが散乱し、醜悪な臭いが漂っている。
「王は、何をやっているんだ! 指導者は、お飾りか!」
子供を抱えながら、デモを行う者までいる。そして、このデモもすぐに駆けつけるルストリア軍に取り押さえられる。俺もあらぬことで疑われては堪らないので、来た道を戻り別の場所へ取材に行こうかと思ったその時、デモを鎮圧しにきたルストリア軍の隊長格の男が俺の方に近づいてきた。
「テオ! こんなところにいたら危ないぞ。まあ、国内のどこにいこうが大して変わらないかもしれんが」
そう言って、こんな状況下で不謹慎にも笑うこの男は、従兄弟のロゼッタ中尉だった。
「ロゼ兄こそ大丈夫なの? 確かスルト地区の管轄だと聞いていたけど」
「ああ、それなんだがな……」
ロゼ兄から話を聞くと、どうやら二日前まではスルト地区に居たようだ。ザイルードの動きが活発になると各地で戦闘が起こり民間人の避難を行なっていたのだが、魔道兵士が少ないロゼッタ小隊では手に余る事態になってきた。
本来であれば、ルストリアから派遣されたクライヴ、ジュラがスルト地区に訪れ、これを解決してくれるはずだったが、何らかのトラブルによりルストリアに引き返してしまった。それを受けて、スルト地区統括の魔導軍大佐のウィルズは、側近であるクボーナーを派遣した。
「まあ、正直なところ俺は大丈夫だったんだがな、俺はそう、部下思いなところがあるだろ? 俺は既に相当数のザイルードを、無数に放たれた魔法を掻い潜り、捕縛に捕縛を重ねていたわけだが――」
ロゼ兄は、そう言うが、恐らく相当に手こずっていたところをクボーナーとやらに助けてもらったことは間違いなかった。
ロゼ兄が持って帰ってくる話は、大概大幅な脚色がされている。幼い頃は、言われたままに信じていたが、第一次大陸大戦の話を恐らくは一万回くらい聞いて、毎回誇張されていくその様子に「ああ、この人はそういう人か」と判断してからは、話半分で聞くようにしている。
ちなみに、最新の俺が聞いている第一次大陸大戦の武勇伝は「駐屯基地のエースだったロゼッタは、たくさんの犠牲を払いながら見事スルトの精鋭達を撃退し、逃げていくその様子を見ながら勝利の雄叫びをあげ、迅速にルストリアに戻り、状況を報告した。そして、その情報がきっかけでルストリアはラミッツに援軍を投入することができ、大戦は終結した。謂わば影の英雄であるのだとか。
これは、極秘なので絶対に誰にも言わないで、記事にしないで、と念をおされたが、こんな与太話誰かに話したりなど出来るわけがなかった。
ガーラントが断罪され、散り散りになったザイルード達を捕縛する為に奔走するルストリア軍を尻目に、スルト地区にもルストリアの不祥事に関する新聞と、それに伴う不安と不満が更なる混乱を呼び込んだ。この場合、混沌という言葉が相応しいかもしれない。
(真実を伝える事に、価値なんてあるんだろうか……)
――王国歴1501年 5月 ルストリア スルト地区 貿易の町チュチョ
ルストリアからスルト地区に向かって移動すると、まず目の前に広がるのがラーグ山脈とその麓にあるジュートという町である。
ジュートは、比較的ルストリアに近いこともあってか治安は安定し、スルト地区の中でも裕福な人間がここに住まっている。そこから、ラーグ山脈に沿って東に進むと水位の低い緩やかな川、リオ・アパがありそれを超えるとチュチョという町がある。
十七年前までは、小さな村であったがスルトが敗戦し、ミクマリノ、ルストリアとの貿易が盛んになったことで、この二国どちらにも同じくらいの距離であるチュチョは利便性が高くなり、仕事が増え、移住する者が増えた。それに伴って村は町へと姿を移し、どんどん大きくなっていった。そして、華やかに成長していくこの町にもまた、混乱が訪れていた。
多くのスルト人が住むスルト地区には、元よりルストリアに対し否定的な感情を持つ者は少なくない。ましてや、力が全ての国であったスルトが規律を重んじるルストリアに管理されることになったのだ、不満もあるだろう。
スルトの権力者はその力を失い、権力を持っていない者と同じように扱われるようになった。しかし、規律によって統制をしているルストリアが、規律を守っていなかった事実が露呈した今、当然人々の不満はいよいよ臨界点を超えたのだ。
チュチョに住むスルト人は、スルトの象徴であった火を松明に灯すと、それをルストリア軍が駐在する基地などを中心に放火して回った。それを受けて、ルストリア軍は事態の収拾にあたったが、スルト人の中で魔法を扱う者が現れるといよいよ手がつけられなくなった。一人二人の魔法暴動であれば対処は出来ただろう、だがその人数は百名近くおり、暴動が起きてからでしか動くことの出来ないルストリア軍にとっては、非常に厄介なものであった。
更に言えば、訓練されていない者の魔法などルストリア軍の敵ではないが、暴発する魔法を扱う市民を出来るだけ殺害せずに鎮圧するとなると、任務の難易度は大きく変わった。そして、暴動二日目の事件により、この話は激化していく。
魔法による暴動は、ルストリアの法律に基づいて言えば捕縛の後、投獄ということになるが、これは何も情状酌量で判断されるようなものではない。これは、魔法での事件は余罪を追求する必要が不可欠だからだ。
例えば、風の刃を自分の持つ武器に纏わせるビスタ・デ・ビエントを扱う犯罪者が捕まったとしよう。その犯罪者が、犯した罪が人を一人殺したのか、それとも数十名殺したのか、あるいはその魔法を扱い盗難を働いたのか、法の番人であるルストリアは、これらを追求しなくてはならない。また、似たような魔法を複数所持しているのなら、これらの捜査には相当な時間がかかる。状況次第では、臨時で処刑を行うことは少なくないが、実際そのような行動は非難されることが多く、ルストリアとしても捕縛を優先とする傾向が強い。
暴動初日にちらほら現れた魔法を使う暴徒に対する処置として、魔導兵士が最初から数名配備された。暴徒も暴徒で、鎮圧にくるルストリアを撃退しようと、魔法を扱える者が中心となり大暴れをしてやろうと準備をしていた。
そして、日が昇ると同時に両者は動き出した。ルストリア軍は、町内のいたる所に配備され、夜通しで暴動に対して目を光らせていた。外出禁止令などを出してはいるが、その命令をスルト人が聞き入れるわけがなかった。
市民の中には、今まで通りの生活を行う者もいる。この貿易の町を完全に停止させてしまえば、数え切れないほどの人数が職を失ってしまう。こうなると、ルストリアは、暴動が起きてから鎮圧、起きるまでは待機という、事後行動を余儀なくされてしまうのであった。この日も、チラホラ起きるデモを制止しつつ、暴徒が現れれば捕縛を繰り返していたのだが、一人の暴徒が三人の子供を引き連れ、自身の許容限界を超えて火柱を立てながら町を闊歩し始めた。
「俺がバーノン大王様の生まれ変わりだっ! 皆立ち上がり、ルストリアに反旗を翻すぞっ! 子供達の未来の為に、誇り高きスルトを取り戻すのだっ!」
そのオーバーフローも意に介さない大胆な行動と『子供達の未来の為に、誇り高きスルトを』という文句に賛同した者たちは、次々に付き従い、列を成していった。火を撒き散らしながら、歩いていく暴徒達を鎮圧する為に、ルストリアの魔導兵士達はそれらを取り囲み、魔法で応戦を始めた。
一般人の扱う、玉砕覚悟の魔法使用など、訓練された魔導兵士にはハッキリ言って大した脅威にはならないが、あまりにも範囲の広いデモで、見習いの魔道兵士も現場に行かざるを得なくなっていた。見習いの魔導兵士は光球魔法くらいしか使えないが、魔法対処を学んでいるので、今回の任務には充分と言えば充分であった。
しかし、その見習い魔導兵士が暴徒に狙われ、経験不足故に冷静さを欠いた魔導兵士が、コントロールを外して魔弾を放ってしまった。
それは列の近くにいた少年の頭に直撃し、ソレは吹き飛び、首から上が無くなった少年はその場で膝を着き力なく倒れた――。
それを見たバーノン大王の生まれ変わりと称する男は、同じように膝を着き、泣き崩れた。
死んだ少年は、自身の息子であったのだ。
しばらくのざわめきの後、泣いていた男を含んだ全ての暴徒が激昂し、ルストリア軍に特攻した。ルストリア軍はこれを鎮圧したが、この事件によりルストリアへの不信感が更に強まり、チュチョは戦場と化した。その様子を見た貿易商を伝って、この話は瞬く間に大陸全土に広がり、新聞の信憑性を上げる結果となった。そして、スルト地区を含むルストリア国内全土で内紛が多発するようになった。
――王国歴1501年 5月 アリーシャ城
「さて! ここで問題です! この目の前にある伝統あるアリーシャ城、ここにおられるルストリア国王の名前は?」
私はわかっていた、ヴィクト様が突然ここで私に対して問題を出すことを、だから高らかに答えた。
「ファノリオス・ルストリアが国王の名前でありますねぇ。因みに、ファノリオス様で二十一代目です。代々受け継がれる王家の血筋には、容姿端麗な者が多く生まれるなどと言いますが、私の美貌には敵わないでしょうねぇ」
「正解! 流石の最高幹部ベルガーです。しかし、後半のユーモアは良かったのですが、ちょっと冗長だったところを踏まえて50点あげよう」
「ありがたき幸せ。これで通算、六万三千飛んで五十点になりました。今日という日を忘れません」
そう言ってヴィクト様を見つめたが、視線の端、馬車の内窓に映った私の顔に目移りしてしまった。ヴィクト様への忠誠心に匹敵する私の美しさ、なんと罪深いのだ。というか、先程私の美しさについてユーモアと言われたような気がする、いや、思わず笑えるほど美しいという意味か。流石ヴィクト様だ、冗談もお上手だ。
「しかし、ルストリアがこーんな事になってしまうなんて……なんて、悲しいことなんでしょう」
ヴィクト様は馬車の窓から外を眺めながら言う。現在、ルストリア国内はありとあらゆるところで暴動が起きている為、馬車の周りには護衛用の馬車が五台走り、前と後ろには魔導騎士団が騎乗した馬が警戒を行なっている。我々は、この度に露呈したルストリアの不祥事について議論する為の緊急首脳会議に馳せ参じたというわけだ。
外の様子を見終わったヴィクト様は、手に持った新聞を眺めながら言う。
「しかし、ミハイル……ねぇ。いやはや、本当に面白いですねぇ」
「マグナ・ディメントの生き残り、ヴィクト様はご存知だったんですか?」
「ふふふ、知りません。全く知りません。知らなすぎて笑えてきます。ジェニーめ……ふふふ」
ああ、この人は何か知っているのだ、それでもこうやってはぐらかしながらも、匂わせている。なんと妖艶な、なんとミステリアスなお方だ。
――キイィィー!
突然、馬車が急停車した。
前方を確認すると、暴徒が飛び出してきたようだ。先行していた魔導騎士団が、暴徒を鎮圧するべく抜剣する。私も万が一に備え、馬車から飛び降りる。いっそのこと、私の魔法で一掃してしまおうかと考えていたその時、馬車からヴィクト様が降りてきた。
「おやおや、可哀想な子羊達。皆さん、ルストリアの民達に武器を向けるなど、無礼なことはやめなさい」
ヴィクト様のお声、よく通るお声。
「え、英雄ヴィクトだ! 英雄ヴィクト様だっ!」
などと言う暴徒から、突然の出会いに声が出ない者、怯え出す者、暴徒の対応は様々であったが、既に出した刃物をしまうことが出来ない愚か者が、ヴィクト様に向かって刃を向けた。私は、すぐさま殺害してやろうとしたが、先程と同様にヴィクト様に制止された。
ヴィクト様が口を開く。
「ルストリアのみなさまー! 私の魔法、ご存知ですよね? それでは――」
『跪きなさい』
ヴィクト様が、暴徒に命令すると、彼らは一斉にその場で跪いた。
これは、ヴィクト様の開発した『操魔法』と呼ばれる新種の魔法だ。恐らく、この魔法を知らない者はこの大陸には居ないだろう。英雄ヴィクトの『操魔法』は、発動の魔力も見えなければ、詠唱も存在せず、全てが革新的な魔法だ。だが、この魔法の適正を持つ者が現れず、ヴィクト様にしか使えない魔法、まさに英雄に相応しい魔法だ。
跪き動かなくなった暴徒を、ルストリア軍が次々に捕縛すると、馬車はヴィクト様と私を乗せて再びアリーシャ城へと向かって走り出した。
「素晴らしい、ヴィクト様の魔法は、本当に素晴らしい。その操魔法で、どこまで人を操ることが出来るんですか?」
「そうですね、その人間が心から嫌だと思うこと以外は、大体のことをさせることが出来ますよ」
「なんと素晴らしい。しかし、そうなると自死を迫ったりすることは、出来ないということになりますね」
「ベルガー、あなたにしては勘が悪い。人間というのは皆、死に対する欲望に塗れているんですよ。その背中を押すくらい、私の魔法にかかればちょちょいのちょいです」
「なっっっんと素晴らしい! それでは、全ては万全ということなのですね」
なんと素晴らしいのだ、後処理は私が行うことになると思っていたが、既に処理を行なっていたなんて……。
――王国歴1501年 5月 アリーシャ城 極光の間
ルストリアのアリーシャ城には、大陸を守るための作戦会議室が複数あり、四階は全て軍務用の会議室になっている。しかし、各国の要人を招き会議を行う際には、全く違う出入り口を使い、小さな部屋をそのまま上階へと押し上げる『魔導昇降機』にて六階へと案内される。本来、魔法という魔法を受け付けない『対魔法特化障壁自律展開機構』通称、対魔壁が作用する城で、なぜ魔法を使用し部屋を動かす仕組みが活用出来ているのかと言うと、対魔壁にある特性を利用している。
その特性は、ルストリア国王の血族にのみ魔法を受けつけるという性質だ。これにより、年に一回、玉座の間にある結晶石に魔力を込めると、様々な施設に魔力が灯り、アリーシャ城が機能するようになっている。魔力の注入は基本的には国王が行う。代々、桁違いの魔力を保有するルストリア国王であるが、この日ばかりは、ほぼ全ての魔力を使い果たす為、注入する日についてはムーア総司令官を含む三名にしか伝えられていない。
魔導昇降機にて六階にあがると、扉を開いた目の前が極光の間である。便宜上六階と表現しているが、この極光の間は五階より上ということが確かなだけで、アリーシャ城のどこにこの部屋があるのかは、国王のみが理解している。当然、外部から魔導昇降機を見ていたとしても、五階より上に上がったところで部屋ごと姿を消失させてしまうので、極光の間を襲撃することは限りなく不可能に近いだろう。
極光の間では、各国の要人が集まっていた。
・見届け人 最高裁判所エクシード所長 ディカス・ロート・プリメイラ
・ルストリア第二十一代国王 ファノリオス・ルストリア
・ラミッツ国王 ランディ・ランドローグ
・シーナ国王 ウィレム・ハウアー
・ミクマリノ宰相 ヴィクト総帥
以上、五名がこれより首脳会議を行う。全員が集まり、簡単な挨拶を済ませて着席すると、まもなくルストリア軍総司令官ムーアと、ベガ大将が入室してきた。
ベガ、ムーア両名がこの部屋の下座、つまり入り口に一番近い位置に着くと、ファノリオスの手振りで着席するように促された。
「さて……」とファノリオスが会議を始めようとすると、この中で最も若いランディが挙手し発言した。
「会議の前に一つ明らかにしたいことがあります。ヴィクト総帥、レオンチェヴナ国王はどちらに?」
それを受けてヴィクトは言う。
「現在のルストリアの状況を考えて、『来るべきではない』そう判断しました」
ファノリオスや、ウィレムはこの発言に対して反応を見せない。どうやら、知らなかったのはランディだけのようだった。それをやや不満に思ったランディは、重ねて言う。
「大陸の一大事で行う会議に出席しないのは、一国の王としてどうかと思いますが、それを踏まえて『来るべきではない』とご判断されたと捉えてよろしいですか?」
それを受けてヴィクトは、抑揚のない声で語った。
「ええ、それを踏まえて来るべきではないと判断しました。それに、一つ訂正を。大陸の一大事ではなく、国家の一大事です。論点を履き違えると、会議全体の形が悪くなります。失礼な発言かと思いましたが、皆様のために念の為」
ランディは、これ以上追求することを避けた。これ以上話せば、この会議で立場が悪くなると考えた。国王という立場から、謝罪こそしなかったものの、これ以上発言はしないよ、というような素振りを見せ、それを見たファノリオスが再び議会を開始させるべく、白い髭を蓄えた口を開いた。
「今日の緊急首脳会議だが、皆も知っての通り、我が国に起きた不正な裁きについてだ。既にこの二人から事の顛末を聞いているが、自国の不祥事に対して自国で裁きを下すことは出来ないのが通例だ。見届け人として、エクシードからディカスを呼んでいるが、これはあくまで書記であり裁きを行う権利はもとより、発言の権限すら与えていない。異論がある者はいるか?」
ファノリオスの問いかけに異論を唱える者はいない。その様子を見たファノリオスは続ける。
「では、事の始まりから全てを包み隠さず説明してもらおう。ムーア、ベガ」
ムーア、ベガの両名は、名前を呼ばれると素早く起立する。そして、話し出したのはベガであった。
「四月二十五日 午後二十二時頃 歩兵部隊クロード大佐がザイルードに襲撃され、負傷しました。背中に負ったその傷は、右肩甲骨から左腰部にかけて三十センチほどであり、深手と判断できます」
ここにきて態度の悪い男、ウィレムが口を挟む。
「なあ、ここで治療学の勉強でもしようって話だったか? それとも裁きが少しでも先送りになれば良いって腹づもりか?」
すかさず、ランディはウィレムに向かって言葉を投げる。
「まずは、前段を聞かなければ見えてこない輪郭もある。あったことを包み隠さずに語った結果が今だと思うのだが、国王になって日が浅いと、そういった順序も身につかないものなのか?」
「これはこれは失礼しました。長い間、手を差し伸べられなかった国で育ったもので、性格が捻くれてしまいましてね。ルストリアと仲良しのランディ国王の言うことだ、静かに聞くとしますよ」
嫌味たっぷりなウィレムであったが、そんなことは気にせずにベガは報告を続ける。
「クロード大佐が怪我を負った際に、付近にいたグランツアッフェ所属のステラが治癒魔法を施しました。しかし、クロード大佐はこの大陸では珍しい魔法に全くの耐性を持たない体質であり、この治癒魔法が結果として魔力中毒の引き金となり、重症に至りました」
ファノリオスは、この発言に対して補足をする。
「このステラの行動はザイルードから与えられた指令であった。つまり、ステラは故意にクロードを貶めたということだ」
ウィレムは、机に肘をつき頬杖をつきながら、もう片方の手をだらしなく挙げて、発言を始めた。
「怪しいとは思わなかったのか? 聞けば出自はスルトみたいじゃないか。普通の感覚をしていれば、リーダーがガーラントだった時点で、いや、その前に捕縛しているザイルードからスルトが絡んでる可能性は考えたはずだ。俺なら真っ先にそいつを洗い出すがね」
それに対して、ベガは反論をしない。ただ一言「申し訳ありませんでした」そう言っただけであった。ベガは、ここで反論することが自身の不利になることを知っていた。ベガからすれば、可愛がっていたステラに色眼鏡をかけていたことは明白で、その部分に落ち度がある。だが、ベガもルストリア軍の人物を表では諜報部員を使い、裏では石守の組織で調査は定期的に行なっている。しかし、その調査の目を掻い潜った事件であることは間違いなく、それに際して反論をしたところで同じ結論に辿り着いてしまうだろう。
ましてや、石守の話はこの場ですることは憚られる。この場には王族ではないヴィクトがいる。更に言ってしまえば、この話題が広がって辿り着く話題はその他の人間の洗い出しである。スルト出身のウィルズや、この後話に上がるであろうミハイルの話を、ここでされてしまうことを避けたのだ。
ウィレムがただ謝ることしか出来ないベガ大将を鼻で笑い一瞥すると、ファノリオスは「続けよ」と静かな怒りを込めてベガに命令した。
「その後、パンテーラ所属ミハイルを各小隊指揮官に指名し、事態の収拾に勤めました。ミハイルの指示により、クライヴ、ジュラを筆頭にした小隊をスルトの調査へ。そして、残る人員をルストリア国内の防衛に配置しました。防衛の際に捕縛したザイルードの一人の証言と、ルストリア軍が管理する行動記録からステラが内通者であることが発覚し、速やかにステラを確保いたしました」
「それで、そのミハイルくんがマグナ・ディメントの末裔だったわけだ。大した組織だな、ムーア」
ウィレムは、突然ムーアに話を振る。それを受けてムーアは、ゆっくりと瞬きをするだけで、何も話さない。それを見ていたランディは、おもむろに胸元から小さな貝殻を取り出し、机の上に置いた。
「ここまでの話は、我々が聞いていた話と、この刻憶の貝殻の内容とも全て一致します。ちなみに、この刻憶の貝殻はマジックトラブル99のリンク・リンクに確認したところ、二年前に盗難にあったものである可能性があるようです」
それを受けて、これまで沈黙していたヴィクトが口を開く。
「ラミッツの盗難といえば、二年前に古代書が盗まれたことがありましたね。確かその時の犯人はザイルードだったと記憶していますが、まさか、その時……」
「ええ、その可能性は考えられます。当時はラミッツでザイルードの盗難強盗が相次いでいました」
そう答えた後に、ランディは「しまった」と気がついた。ヴィクトは続ける。
「では、内通者は二人いたと?」
一同、驚きを隠せないようだった。一人理解が及んでいないウィレムは、ヴィクトに尋ねる。
「どういうことですか? 内通者が二人?」
「ええ、この音声は聞きましたよね? 恐らくステラさんに武器を取り上げられ、人質に取られた監視役の兵が使ったものであると思われます。発動者の聴覚にリンクし記憶させるマジックアイテムなので、最初の言葉が「ミハイル隊長」から始まる時点で、その場に居た人間は限られます。そして、この刻憶の貝殻の出どころがザイルードとなれば、ステラを内通者として潜り込ませ、決定的な不祥事を記録し、リークするまでがザイルードの計画だったのでは?」
ファノリオスは、非常に不機嫌な様子でベガに尋ねる。
「その兵はどこにいるのだ?」
「それが……」
ベガは思わず口籠る。今後の展開が予期できてしまうからだ。ファノリオスは、その様子に更に苛立つ。
「この後に及んで、何を口籠る必要がある。答えよ」
「あの時、ステラに人質にとられた兵、ミモットはこの『刻憶の貝殻』が出回り、暴動が起こる頃には、自室で死んでいるのが見つかりました。自身の首に剣を突き立て自殺をしたようです」
ヴィクトは、この発言に驚く。
「それはおかしい。仮にその者が内通者であり、不祥事を暴く為に派遣された者であったとして、新聞社にこれを届けた後に、自室に戻る? 考えられません」
ウィレムは同様の意見であったようで、身を乗り出してこう言った。
「それはそうだ! 反逆罪は極刑と決まっている。わざわざ一度出た城を戻るバカがいるわけない」
ヴィクトは、ウィレムに対して答える。
「反逆罪は極刑、そうですね。しかし、ルストリアの場合は少し違うようです。ステラくんは今も生きています。そうですよね、ベガ大将」
「……その通りです」
「しかし、そうなると妙ですね。これは、推測の域を出ませんがぁ、ミモットさん、でしたっけね。もしや、断罪されたのではありませんか? 内通者である人間を二人も出してしまえば、ルストリア軍としての立場はますます悪くなる、そう考えたどなたかが、剣でもって……こう、グサリと」
ベガは、身を乗り出して答える。
「我々は断じてそんなことはしない!」
ウィレムは、そんな様子を見てベガに侮蔑の視線を送り呟いた。
「反逆罪のステラを見逃して、テロリストの子孫を匿って、そんな奴らの言うことなど信じられるかよ」
それに対してランディが反論をする。
「ちょっと待ってください。そもそも、ヴィクト総帥の言っていることは推測であると本人も言っている! この話は意味を成さない!」
ざわめく室内でファノリオスは、ムーアに向かって言った。
「ムーア、これまでの判断の指針、つまり、何を考え、ステラを情状酌量としたのか、説明をしろ」
一同はムーアに向かって体を向ける。室内には小さな沈黙が響き、それを見て、ムーアは語り出した。
「ステラの裏切りは、第一次大戦に起因します。この大戦を始めたのがスルト。そして、そのスルトが今復讐の為にルストリアを襲いました。これらを全て断罪することで、その場の解決は行われるでしょう。しかし、このルストリアの行動で新たな復讐者を生み出します。命の奪い合いでは、これを本当の意味で解決することは出来ない。誰かがこれを許容し、赦しを与えなければ、この無限に続く復讐の螺旋を断ち切ることは出来ない。そう考え、ステラの情状酌量を許可しました」
ここで、誰の相槌を待つことなくヴィクトが立ち上がる。
「一人のテロリストを救うことが、復讐の螺旋を断ち切ること? 仮に、そのテロリストが心を入れ替えて、社会に貢献したとしましょう。誰が喜びますか? 誰が奪い合いをやめますか? 今も外でデモを行う民は納得しますか? ザイルードは、多くの人間を害している。そんな被害者たちの中には、ステラさんが断罪されることを心から願っている人たちだって少なからず居る。それに赦しを与え、復讐の螺旋を断ち切るですって? それは、あなたたちの心の平穏の為にやっているようにしか見えません。ただ、仲間内で仲良くやっている者を特別に許した、それだけの話ではありませんか?」
間髪いれずにムーアは反論する。
「ステラの件は始まりだと考えております。誰かが誰かを赦し、救いを与えることのきっかけです。この一歩を踏み出したことに意味がある。今まで許されなかったことに赦しを与え、全ての事象に対して和解という判断基準を設けなければ、この先何百年と、いや何千年と復讐の螺旋は続いていくだろう。その復讐の螺旋は、多くの被害者を産み、罪の無い子供たちがこれに巻き込まれていく」
「ああ、その被害者がミハイルくんであるということですか。マグナ・ディメントの幹部、ジェニーとマクレガーの息子というだけで、これほどまでにデモが起きるわけですからね。何も知らない子供が一生懸命贖罪の気持ちで、軍務に励んでいるというのに、なんと痛ましい。であれば、当然ガーラントは赦されるべきでしたね。なぜなら、母国を失い、その失意から軍事組織を立ち上げ、健気にもルストリアに立ち向かったのですから。ミモットくんの素性は調べていますか? 彼の叔父の親友は、スルト軍の幹部パストルです。もしかしたら、大変慕っていたかもしれませんねぇ。それならば、ムーア総司令官……赦しを与えませんとね?」
「……」
ムーアは、ヴィクトを見つめたまま言葉を発さずただ黙っている。ヴィクトは、軽く深呼吸をした後、ゆっくりと落ち着いた声で語り始めた。
「調停者、法、秩序。ルストリアの背負っているものは、余りにも多く、重たいものであるということは、この場にいる誰もが理解をしています。理解をした上で、ここで皆さんに一度考えていただきたい。秩序とは、何か。秩序には、二つの考え方があります。絶対秩序か、相対秩序かです。一つは、今までのやり方、つまりは法令遵守の考え方、絶対的な法律があり、これに秩序という旗を掲げて従わせるというもの。つまり、秩序は不均衡でのみ保たれるのです。強者と弱者という力の不均衡こそがこの秩序を作り上げている。これは聞こえが悪いかもしれませんが、摂理であり、これを平和と呼ぶのです。強者が定め、無駄な争いを起こさないよう努めて、大衆を守る、これが強者の責任であり、正しい調停のあり方ではないでしょうか?」
「しかし、それでは……」
ムーアが反論をしようとするのを遮り、ヴィクトは話す。
「復讐の螺旋、ですか。元々はスルトが始めた戦いの結果。その事実を受け止めない弱者達の身勝手な復讐を許す? 受け入れる? それで何が変わる? 誰が守られる? 逸れた一ではなく百を守る事が、指導者の役目。それに復讐など消えない、この先もずっと復讐の火種は尽きる事はない。だが、その火種が着火する前に沈め切る事。それこそが理想なはず。貴方がした事は、民衆を恐怖と混乱に陥れる愚行としか言いようがない。復讐とは受け継がれる螺旋などではなく、人間の根幹にある性なのです。場当たり的に、その場の状況によって姿を変える秩序、それこそが相対秩序の正体です」
ムーアは、身を乗り出して言う。
「ヴィクト総帥、貴方の言うことは確かにその通りなのかもしれない。しかし、この大陸の歴史の中で復讐は確かに存在し、繰り返し争いが起きてきたのは事実なのだ。大陸で起きた戦争は、多くの傷跡を残し、多くの復讐心を生んだだろう。だが調停者として、その傷跡に対して諦めてはならない。絶え間なく続く復讐の連鎖に、未来の民衆が巻き込まれる世界を作ってはならない。勇気を出して、許しあえる世界に向かって一歩を進める事が重要だ」
語りかけるムーアの目を逸らさずに、ヴィクトは正面から語りかける。
「今ありもしない復讐の螺旋を断ち切るなど、理想夢想だ。国を、民衆を指揮する人間の思考とは思えない。それも調停者であり、誰よりも公平に裁きを下す立場にある人間の思考であるとは、にわかには信じがたいですねぇ。勇気ある行いを民衆に求めて、その途中の犠牲も受け入れろと? 理想の為に今は死んでくれと言うのですか? それがルストリアの[調停]のやり方なのか? あなた方は民意を無視しているんですよ」
ムーアは、それに対して反論を行おうとしたが、ヴィクトはそれを無視するように立ったままで、ファノリオスに体を向けた。
「もしかすると、何か抜き差しならない事情があったのではないかと、憂慮してムーア総司令官の話を聞きに伺いましたが、これで心が決まりました。ムーア総司令官の言う秩序、そんな身勝手が許されるのであれば、付いては行けない」
胸に手を当て、ヴィクトの演説が始まる。
「我々ミクマリノは違います! レオンチェヴナ国王は正しく民衆を導ける、民衆が犠牲になる必要なんてない! 力のない民に何の罪がありますか? 我々は必ず悪を正しく成敗し、平和を守り切って見せます。これより従属国ではなく、独立国として平和な国を築き上げたい。ファノリオス国王! どうか、どうか我々を開放してください」
ランディは、慌てて声をあげる。
「ど、独立だと? 本気かっ!?」
「これは、レオンチェヴナ様の意志にございます」
ファノリオスは、これに対して反応を見せない。どうやら、可能性の一つとしては考えていたようだ。その様子を見て、ウィレムは続けて発言をする。
「マグナの件から数十年。我が国は未だ傷跡は癒えず、貧富の差は広がる一方だ。スラムの民は困窮し、今この瞬間も死んでいく。いつも、常に最大の助力をしてくれていたのは隣国のミクマリノであり、ヴィクト様だ。ルストリアは大陸全土を束ねる余り、細かな部分には届かず。その部分で多くの人間が死んでいるのは事実だ。更に調停者として、シーナの政策にも圧力を掛けているのも事実。シーナを立ち直らせるには、苦痛が必要な事は分かっている。なら、その苦痛はシーナの意思でありたい。遠くで豊かに暮らすルストリアの意思など、もうシーナには響かない! 勘違いしないで欲しい、これは敵対ではない。民衆を守る為の最善の決断と考えているだけです。何十年も続いたシーナの状態が、宗主国であるルストリアの責任でもあるとするならば、この先も変わらないでしょう。であれば我々も独立させてもらう。今後は自らの国を自らで導いていきます」
極光の間に少しの沈黙が流れ、ゆっくりとファノリオスが立ち上がり、沈黙を破った。
「此度の不当な裁き、ルストリアの失態に最早反論の余地は無い。長年の統治体制に変革の時が来たのやもしれんな」
「国王陛下っ!!」
思わず口を開いたムーアを睨みつけ、ファノリオスが吐き捨てる。
「ムーア、貴様はこの場で二度と口を開くな」
ファノリオスの両手はグッと握られ、体は僅かに震えていた。
「それでは――」
したり顔でヴィクトは、次の話を展開し始める。
「この場にて、調印の儀を執り行わせて頂きたく存じます。各首脳が集まる機会などそうそうありませんからね。見届け人も居る事ですし。こちらを――」
そう言って、懐から高級な羊皮紙の書状を広げ、読み上げた。
「1501年5月16日 本日をもってルストリア従属国ミクマリノ及びシーナは、独立国とする。今後の統治は自国で全てを行い、他国の干渉を一切受けないものとする。又、大陸の平和を守る使者として、此れに尽力する事を誓う」
ファノリオスは短く頷き「……印を」と、ディカスに目で合図をし、国印を持って来させた。ヴィクトとウィレムは、ファノリオスの机の前まで行き、跪いた。
「ヴィクト……くれぐれもミクマリノを頼んだぞ」
「承知しております。平和な大陸を共に築き上げましょう」
「ウィレム、シーナの民は任せた。力の及ばなかった私を許せ」
「ファノリオス国王陛下、互いに手を取り合い、真の平和を目指しましょう」
言葉を交わし、書状に刻印がされると、二人は静かに席に戻った。こうして、緊急首脳会議は幕を閉じた。――かに思われた。
「ここからは、只のご報告となりますが……」
ヴィクトが徐に口を開く。
「独立国ミクマリノと、独立国シーナは、……本日、合併致します」
――!!
「何をバカな!!」「どういう事だ!」
この場にいる者達が身を乗り出し、口々に問う中、ファノリオスが右腕を上げ制止を促す。
「シーナは国ではなく、シーナ地区となります。暫くの間は私、ウィレムが統治を致します」
ファノリオスは深く息を吸い込み、溜息交じりに「……左様か、宜しく頼む」と、一言だけ告げた。
これにて首脳会議は終わりを告げ、ヴィクトとウィレムは極光の間を後にした。ウィレムは去り際に、ムーアに向かって言葉をかけた。
「二度目のお別れだな、ムーア。またな」
波乱が巻き起こった極光の間に、残された者達は皆沈黙し、自身の頭の中で今起こった事を整理していた。
この日を境に、大陸は前代未聞の大きな混沌に飲み込まれていく――。
お読み頂きありがとうございます。
励みになりますので、いいねやポイント評価を頂けますと幸いです!
小説のプロローグCG映像を公開中です!
是非見てみてください!
https://youtu.be/Jhc0wLs5Z9s




