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Wizards Storia   作者: 薄倉/iokiss
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最後の炎

――王国歴1501年 五月二十四日 ルストリア南部外れの民家


 運命の一日がやってきた。日はまだ昇っていない。


「カカカ、来ましたね。ボス」

「ああ」

「今日の作戦をまとめておきましょうか」

「頼む」


 トワレは机の上に載っているカップに魔力を込めると、カップはグニグニと姿を変え、チェスの駒のような形に変化した。トワレは頭脳だけじゃない。魔法の腕はこの組織でトップだ。それはそれとして、そのカップに俺の飲みかけコーヒーがまだ入っていた。最後の一口は行く前に飲もうと思ったんだが、まあいいか。

 食器棚にある食器を使い、その駒をいくつも作りながら、机を戦場に見立てて説明を始める。駒を予め用意しておけば? とも思ったが、俺も変性魔法が得意ならこういうことをやりたくなったんだろうか。なりそうではある。


「ルストリア南部では市民に扮した同胞が引き続き暴動を。幹部は一名のみ派遣し、殲滅魔法を限界まで放ってもらいます」

「回復役は十分か?」

「既にありったけの回復役を数か所に分けて配置しています。抜かりはありません」

「よし」

「我々は二手に分かれ、個別にアリーシャ城南東にある避難所に向かって進軍します」

「進軍、ときたか」

「ええ、兄に倣い、兄の復讐の念を込めて、そう言わせてください」

「そうか」


 時々思っていた。トワレにとってのアンは何者だったのか。血縁でありながら離れて暮らし、人の世から隔離して育てた弟。俺には計り知れない関係性があるんだろう。


「北西からはボス、北東からは僕が攻め込みます。今いるこの場所はルストリアの南部になりますが、今日この日のために温存していた地下ルートを使い、一度街の外まで出て再び街の外から襲撃します」

「やや面倒だな」

「カカカ。仕方ありません。より激しく戦火をあげ、避難所に人を集めることが本当の狙いなわけで、こそこそやっていてはかえって人が動きずらくなってしまうでしょう」

「わかってはいるが……」

「まあまあ、この十七年で鍛え上げた肉体と魔法があれば、パンテーラであろうと蹴散らせるでしょう」

「当然だ」

「ただし……」

「ディーとミハイルだな」


 昨日見た限りだと、俺たちの時代の軍人とは違い、奴らの精神性は未熟そのもの。胆力がものを言う戦場で、相手にならないように感じたが。それでも反射魔法の使い手はその場にいるだけでも邪魔だし、正体不明の特異は正直恐ろしい。ただの殲滅系の魔法であるならまだしも、概念に絡むような魔法であったとしたなら手をつけられない。


「そうです。特記戦力としてはベガとムーアがいますが、こいつらが出てくることはまずないでしょう。彼らの命がこの国を支えていると言っても過言じゃない」

「ムーア、か。俺達の王を討った男……。加えて、守雷帝ベガ。最悪なコンビだ」

「だからこそ、それ以外を全て奪ってしまおう、というのが今回の作戦の肝です」

「避難所の人間を人質に、か」

「カカカ。自由と平和を謳っている国が人質を無下に扱うことは出来ません。仮に、人質を見殺しにしてしまえば、国としての求心力を失い、調停者としての説得力も欠けてしまうでしょう」

「そこで、スルトの復活を取り付ける、そういうことだな」

「あわよくば、ここをスルトにしてしまいたい、と考えていますがね」

「この街が、スルトか。それもまあいいが。そんなことよりも、俺は自分の生まれ育った街に帰りたい」

「……生まれ育った街、ですか」

「そういえば、お前は何故、兄と共にいなかったんだ?」

「まあ、そんな話はいまする必要ないじゃないですか。すべてが終わった後で、ゆっくり話しましょう」

「それもそうか。国を取り戻すことが出来れば、時間は十分にある、か」

「そういうことです」

「じゃ、そろそろ行くか」

「ああ、ボス、あれ言ってくださいよ」

「ん? ああ」


 俺は息をゆっくりと吸ってから言う。


「状況を開始する」



――王国歴1501年 五月二十四日 ルストリア北西部


 日の出と共に、ルストリアは火の海となった。


 俺は予定通り北西から侵攻を開始する。人々の悲鳴や怒号が飛び交う中、俺は適度に家を焼き、ゆっくりとした歩調で目的地に向かう。なんとなく、もしかしたらこの戦火を搔い潜ってクロードが襲い掛かってくるんじゃないか、と思った。


 しかし、そんな予想を裏切って、目の前にルストリア軍が現れた。


「なんだ、運が悪い。本命じゃねぇ」


 こいつは、ディーだ。まぁ悪いヒキじゃねぇ。


「参ったね、こっちが本命を引いたか」


 横にいる小僧は……。


「お前がクロードさんを……許さねぇ!」


 愚か者のフリックか。ちょうどいい。まずはわかりやすい絶望をルストリアにくれてやる。


「フリック!」

「元総司令官アルベルトのせがれか。面白い、かかってこい」


 案の定、フリックというガキは微塵の戦力にもならん。しかし、ディーが適度にこちらに小粒の魔法を飛ばしてくるので、捕縛できない。できればフリックはギリギリ生かして、避難所の面々の前で殺すのが良いと思ったんだがな。


 しばらくの戦闘のうち、ディーにあてた兵がほとんどやられてしまった。これ以上削られるのは面倒だ。どちらにせよ特記戦力である以上は殺さねばならん、このフリックが特殊な魔法を持っている様子もない。先にディーを殺すか。

 ディーは体術に長けており、こちらのハルバードを躱しながらつかず離れずで戦う。


「だがっ!!」


 俺は膂力で強引に押しのける。


「ディー、お前は戦闘の何たるかを理解していない!」

「そういうのは、俺に一発でもくれてから言ってくれよな」


 確かに、ひらりひらりと躱すのはうまいが、俺が押している。それでも、戦闘を続けるのは、俺をここに留まらせることを考えているな。なんと、甘っちょろい考えか。


「どうした? 体術だけじゃ埒あかないんじゃないか? それとも魔法は苦手か?」

「ハハハ! 魔法は使わねぇよ、ディー。反射魔法を使うんだってな? 武術で分が悪いのはお前の方だろ?」

「ちっ、筒抜けか。フリック、急ぎ本部に伝達魔法で伝えろ! 正直こいつの相手は荷が重い」

「わかりました! でもこの状況じゃ……」

「俺が時間を作る、離脱しろ」

「そんなさすがに一人じゃ」

「行け!」


 ゴチャゴチャうるせえな。餓鬼どもが。


「おいおい、いつまで待たせんだよ!」


「ディーさん!」

「良いから急げ! あまり長くは耐えられないぞ!」


「はっ! おい若造、戦場で格好つけてると死ぬぞ」


「俺は守りたいモノを守ってるだけだ、おっさん」


「お前は本当にソレを守れるのか?」


「守ってみせるさ」



 一方、北東側ではトワレが兵を引き連れ、辺り一面を火の海に変え、生き物の焼けた臭いが充満している。


「なんて惨いことを……。ガーラントはどこだっ! ガーラントを出せ!」


 この惨状に激昂したミハイルがトワレと会敵した。


「カカカ。僕がガーラントですよ」

「つまらん冗談だな」

「ミハイルくん、ですね。会えると信じてましたよ。やはりマグナの末裔はお強いんですねぇ」

「……なに!? 何故そのことを」

「有名人じゃないですかぁ、犯罪者の息子、くん。カカカカ」

「黙れ!」


 ミハイルは、トワレに突っ込んできた。


「かかったな」


 トワレがそう呟くと、ミハイルの顔近くで爆発が起き、そのままミハイルはバランスを崩しながら後退した。爆発が起きた場所を良く見ると、小さな魔法機雷が浮いている。

まもなく周囲から徐々にザイルード達が集まりだし、ミハイルは囲まれていた事に気付く。


「カカカ、終わりにしますか」


 そう言うと、トワレは魔法陣を展開し始め、トワレを守るようにザイルード達が陣形を取る。


「ミハイルさん!」

「レイニー!」


「あぁ、やはり現れるか、ルストリア魔導部隊」


 ミハイルの後方からレイニーと呼ばれた男が魔導部隊を引き連れ現れた。この事態にトワレは即時陣形を変え、魔導部隊の処理を優先させた。中遠距離を得意とする魔導兵が多くいる場合、後ろに下がるのは得策ではない。

 前に詰め寄り、詠唱または魔法発動の阻害をしなければ不利になってしまう。加えてザイルード達は魔法を扱える者も居れば、扱う事の出来ない歩兵も居る混合部隊。この処理の速度をミスれば敗北は免れない状況である。


「クローリク前へ! レイニー含むグランツアッフェは全員で障壁を張れ! 奴らは数だけで押してくる。歩兵は無視で良い、魔導兵を最優先に狙え!」


 ミハイルもこの状況を察し、最善の手を打つための号令をかける。


 魔力付与の無い武器での歩兵の近距離戦は、魔法障壁の前では無意味に等しく、よほどの力が無ければそれを壊すことは出来ず、更に言えば複数の魔道兵で固めた障壁なら尚更の事である。


「仕方ないな。……ズィレンザ!」


 トワレは、展開していた魔法陣から一気に魔法を放出した。それは忽ちに後方のグランツアッフェを包み込んだ。

 トワレの魔法「ズィレンザ」は、包んだ範囲の音を消す、無音状態を作り出す魔法であり、その中に居るものは発声も出来ず、音を聞くことも出来ない。これにより詠唱を唱えられないグランツアッフェ達の魔法は発現する事がなかった。

 詠唱は具象を起こす為の助走であり、声に出し、自身の耳で聞き、想像し、魔力の発現性を高めるもので、必要な儀式である。簡単な初級魔法であれば詠唱は必要としないが、実用性や殺傷能力などを求める魔法には欠かせない。

 無詠唱での発現は相当な手練れでなければ不可能であり、仮に下手な魔導兵士が無詠唱で魔法の発現をしたとしても、その精度は落ち、無駄な魔力消費をしてしまう事となる。


 トワレは、この魔法を本来であればミハイルに撃つつもりでいた。得体のしれない禁忌魔法を封じる手立てとして用意していた策であった。


 障壁の無いミハイルの部隊は、正面からぶつかりに来る歩兵の処理を余儀なくされる。徐々に陣形が崩される中、ザイルードの魔導兵士達はグランツアッフェを徹底的にその場に留まらせるための魔法を複数人で発動した。


「スコールバルト!!」


 次の瞬間、グランツアッフェ達の足場はドロドロと溶け出し、足は嵌り、抜け出そうものなら態勢を崩して次々と尻もちを着いた。回復を含む援護をもらえずにいる前衛のクローリク部隊は、自らで障壁を張るしかなくなる。が、援護魔法が不得手だから前衛に配備されているのだ。その精度は、あまりに粗末なものであった。

 かと言って後ろに下がれば「ズィレンザ」の効果範囲に入ってしまい、何も出来ない。透明な壁に後ろを阻まれた状態となってしまっていた。


「奴を止めなければ全滅しかねない」


 ミハイルは最後方にいるトワレに狙いを定める。


「下がるな! 俺が道を空ける。援護しろ!」


 群がる歩兵の中をミハイルは突進していく、歩兵たちも一斉にミハイルに襲い掛かるが、まるで歯が立たない。ミハイルの戦闘のスタイルは魔法のみで戦う魔導兵というよりは、ガーラントと同じ魔導戦士に近い。ロッドと剣の二本の構え。中近距離のバランスが良く、離れれば魔法、近づけば剣術と、ミハイルに中々詰め寄る事が出来ない。更には危険な戦地で多くの戦闘をしてきたミハイルは、多対一に対して有利な戦術を心得ている。

 それでも、数の多さで優位に立つザイルード達の勢いは死なず、ミハイル達の部隊は徐々にその数を減らしていき、やっとトワレの元に辿り着いた頃には、四十人ほど居た部隊は三分の一以下になっていた。


「答えろ! お前らは何がしたい!」

「そんなの、奪われたものを取り返すために決まっている」

「ふざけるな! 奪っているのはお前らテロリストだろう!」

「カカカ。君達は本当に都合の良い解釈が好きだな。では、個人的な目的を言おう。僕は兄の仇を取りたいだけだ」

「兄? 仇だと?」

「ええ、僕の兄です。戦争で亡くなっちゃったんですよ。あーあ、あんなことになるなら、兄貴の腕に魔法の試し打ちなんてしなければよかったなぁ」

「なんの話をしてる?」

「兄がね、とっても頑張り屋さんだったんですよ。人のことばっかり助けて、才能もないのに魔法の勉強して。障害は乗り越えていくものだ、っていっつも言っててね。そんな時に誰も攻めることのできない事故で、自分の腕が無くなったら、兄はどうなっちゃうのか、気になっちゃたんです。気になるでしょ?」


 徐々にヒートアップしていくトワレは、憑りつかれたかのように喋り始めた。ミハイルはトワレと会話する余裕などなく、ぞろぞろと湧いて出てくるザイルード達を相手に必死だった。


「でもね、兄は全く変わらなかった。僕に『気にするな』って。それ以来、僕は信念みたいなものを持ってる奴を見ると壊したくて仕方ないんですよ。君みたいな自由だ、平和だ、とか言ってるやつが、兄と同じに折れないやつなのか! それでね、だから――」


『やるしかない。ここで使わなければ……』


「お前達、すまない。一分で良い、時間を稼いでくれ」


 興奮したトワレは、眼を血走らせながら延々と大声で何かを訴えかけていた。一方ミハイルの部隊は、ミハイルの前に立ちはだかり、襲い来るザイルード達を懸命に止めていた。ミハイルは、その最中にゆっくりと詠唱を始める。


「聞いてますか、ミハイルくん! 君の語る正義ってどんな事があれば折れるんで――」


「もういい。黙れ」


「え?」


「イン・フォーダ」



 次の瞬間、その場に居たザイルード達は全員膝をつき、トワレの首が宙を浮いていた。


 トワレは、何が起きたかもわからず、何を思うこともなく死んだ。



 一方でガーラントはディーを追い詰めはするものの、決定打にはいたらない状況が続いていたが、そこにエクトルが増援を連れて加勢する。


「ここは、私が!」


「と、いう事だ。鬼ごっこは終わりだディー」


 ディーはガーラントを追おうとするが、エクトルが立ちはだかる。


「くそっ! 流石に数が多すぎるな……」



『ディー、平和ボケ集団にしては中々によい男だったな。……さてと、大詰めだ』



――数刻後

ルストリア首都アリーシャ 城下町 興行大施設エリア


 ガーラントは目的の場所である、城下町の興行大施設エリアへと来ていた。


「いいぞ、順調だ。予定通りこちらの兵力も集まってきているな」


 このエリアは大小含めた興行施設が立ち並び、非常の際は避難エリアとしても使われている。その為、人々がこぞってここへ退避の為に集まってきていた。ザイルード達は各施設を制圧するべく動き始める。


 ガーラントは部隊を引き連れ、エリアの中でも数万人は収容できる大ホール施設に足を運ぶ。


「ここが避難所だな。さぁ、人質を取って一気に制圧といくか。たくさんいるからって殺すなよ? そいつらを餌にするんだ」


 大ホールの扉を開けたガーラントは、すぐにその異変に気付いた。


「ん? なんだおい。なんでこの施設に誰もいねえんだ。どうなってる!」


「残念だったな……狙うならここだよな?」


 目の前に居たのは、ルストリア国軍総司令官ムーア、ただ一人であった。


 ムーア、だと!? どうなってやがる。何故、総司令官自ら、しかもたった一人で。


 この場所が狙われていると知っていたのか?

 陽動がバレていた?

 ステラか? まさかギーク?


 ……いや、狼狽えるな、これは好機でもある。バーノン大王様の仇が目の前にいるのだ、ここでやらねば名折れだ!!


「はーはっは! こりゃあ最高だな! 総司令官自ら、しかもたった一人でお出ましか」

「大軍を率いて見誤ったか? 勘違いするなよ雑魚。俺一人で十分だからこの状況なのだ」

「さすが英雄はずいぶんと余裕だな、スルトを潰す時もさぞ楽しかっただろうよ」

「クロードの借りは返してやりたいところだが、おまえを殺しはしない。大義のためにな」

「あぁ? ルストリアはトップまでぬるいのか。今頃、他の施設の民間人は人質だ。俺を殺さないのは結構だが、お前の国の人間は死ぬぞ。総司令官殿」

「悪いが、他の施設は全て俺の直属部隊(ストラークス)が警護している。お前ら如きのテロリストじゃどうにもならんさ」


 クソが、こっちが誘い込まれたか。時間を掛けている暇はねえ、時機に包囲される。


「お前ら! 所詮は老いた伝説だ! ビビることはねぇ! やっちまえ!」


 ガーラントの号令にザイルード達は雄たけびを上げ、ムーアへ向けて一気に突撃していった。ムーアはゆっくりと構え、これを迎え撃つ。


「さぁ、来い」


 ムーアという男を決して舐めていたわけじゃない。俺たちの主君を討った人間だ。その時点で、既に常識の外の人間であることは覚悟していた。だから情報を集め、自身を鍛え、この日に臨んだ。

 なのに、なんでだ。ただ平和ボケして生きていただけの奴らに、俺達の刃が届かないのだ。


「くそ。くそー! 邪魔をするな! これはお前らが受けなければならない報いなんだよ!」


 ムーアに挑んだ同胞は既に半分はやられた。間髪入れずに波状攻撃をしかけようにも、複数方向からの同時攻撃をしかけようにも、結果は何も変わらない。

 俺たちは何を訓練して来たんだ。俺たちは何のためにここにいるんだ。ムーアに向かって走っていくということは、ただ奈落に向かって走っているだけのような、そんな錯覚すら覚える。ただそこにある絶望に、次々と戦意を失っていく。


「暴力だけに頼った弱者がほざくな。この国がどれだけのものを背負っていると思っている。甘く見るなよ」


 ムーアが手を伸ばすと、槍にも似た長いロッドが姿を現す。それが何なのかを伺う時間すらもう無い。その槍は俺のハルバートと似た間合いだが、それを振る速度は比較にならないほど速く、それを躱せているのは奇跡のように感じてしまう。


「弱者だと? 奪っていったのはお前らだろうが!」


 スルトは豊かな国であったとは言えない。だが、そこには永遠にも似た日常が存在していた。勝った、負けた、栄えた、滅んだ、そういった一環の流れが美しく流れていた。その美しさも、スルトという国があったからこそだった。


「条約に背いたのはお前らだろう」


 平和の為の条約なら従ったさ。友好を利用して、抜きに出ようとするその企みが露呈するまではな。


「条約だと! 自国が有利になるように作られた条約に誰もが賛同してると思ってんのか? お高く留まってるとわかんねぇみてぇだな?」


 何故、自分の国を取り戻す行為が犯罪で、何故、他国を辱める行為が賛美されるのだ。この世の常識、法律とはいったい誰のためなのだ。


「定めがなければ調和は取れん。法を犯す者、裏切りは罰す。そうでなくてはならんのだ」


「ほう、そうか。ならあのガキはどうした? 裏切りは罰すんだろ? ちゃんと処刑したんだろうな」


「……」


 ここで初めて、俺はムーアを押し返すことが出来た。それは感情の高ぶりによるものなのかもしれないし、ムーア自身の罪悪感なのかもしれない。ムーアの罪悪感。俺はそう感じて欲しいと思ってしまった。


「とんだ偽善者だな! 裏切り者は許したのか! なら、ならなぜスルトは許せなかった!」


 誰を救って誰を救わない、そんな全能感をルストリアは保有している。そんな国の人間を俺は認めない。


「……ルストリアの全てが正しい正義とは思わん。だがな、命の奪い合いでは平和は訪れないんだ! 争いの螺旋を誰かが断ち切らなくてはならない!」

「その元凶がお前らだっつってんだろうがー!」


 激しい打ち合いの末、既に俺の腕は麻痺していた。自身のハルバートが重い、と思ったのはいつぶりだろうか。


 父上、あなたはこの槍を重たいと思ったことはあるんでしょうか?


 このハルバートには、スルトのみんなの思いが乗っている。それなのに、だからこそ、このハルバートはこの大陸の武器の中で最も重たい、そんなことは理解していた、わかっていた、はずだった。それなのに、俺はこの場から生き残ることを考えてしまった。

 復讐、だと思っていた。だが、それは「生きる意味」が必要だっただけなのかもしれない。何者かを批判しているうちは、自分が何者かを見つめなくて良くなる。そういった安直な思考で、ここまで来てしまったのかもしれない。


 だとしたら、今の俺は何者なのだろう。


 そして、このムーアと言う男の武器にはどれほどの重みがあるんだろうか。だからこそ、こいつの一撃は形容しがたいほどに重たいんだろうか。


「分かっている!! ……それでも! ……自由で平和な大陸を守る。それがルストリアの答えだ。ガーラント、矛を収めて投降してくれ。お前を殺したくはない」


 ムーアは武器を置き、俺に語り掛ける。戦闘中に武器を置く? ここまでしてきた俺たちに対しての答えがそれか。


「はっ、これが答えかよ……。そんな理想論の為に、十七年、俺たちは……」


 俺は咄嗟に右手で掴んだハルバートの刃を、自分の顎下五センチの頸動脈を目掛け、左胸の位置から勢いよく右に振り切る。


 この部位は、俺が戦地で何度も狙い、何度も切り裂き、命を奪った人体の急所だ。


「よせ! ガーラント!」


「死んでいった同胞たちが報われねぇだろ……」


 首から流れる血が、ドクドクと勢いよく溢れる。


「……」


 争いの中に生きている意味を見つける。

 戦いながら意義を考える。

 必要なものは力で勝ち取る。


 例え操り人形であったとしても、

 例え仲間の期待に応えることが出来なかったとしても、

 例え唯一の友人に手をかけてしまったとしても、

 俺は、俺の意思で燃やせるものは全て燃やし、

 心の怨念、葛藤、全てを燃やし尽くして、

 俺は俺自身が何者かを掴んだ。



 俺はスルトの意思を継ぐ者だ。



「スルト……万歳!!!!……」


「どうして、愚かな選択しかできんのだ……」



 指先から血の気が引いていく。

 意識が遠ざかる。

 

 ……。


 俺は誇り高きスルトの戦士。


 我々は誰にも屈さぬ。



 …………。



 誰かの声が聞こえる。

 砂煙が舞い上がるあの戦場が見える。


 この光景を見ても、

 もう俺の魂は燃えないのか。


 もう……戦えないのか。


 燃え、尽きたのだな。


 あぁ、悪くない最後だった。

お読み頂きありがとうございます。

励みになりますので、いいねやポイント評価を頂けますと幸いです!


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是非見てみてください!

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