宿志の種火
――王国歴1501年 ルストリア南部外れの民家
この大陸にはかつて『スルト』という国があった。俺にとってはかつて、というほど昔に思っちゃいないし、かつてなどとすら考えてもいない。だが、大陸史での一般的な認知として、スルトは滅んだ、とされている。
勝った、負けた、栄えた、滅びた、そういった繰り返しがこの世界の在り方である、と俺の主君は言った。俺の父もその主義で自分の居場所を作った人であったし、俺の友も、俺自身も同じ志で切磋琢磨してきた。
だが、まあその主君も既にこの世にいないわけだから、ただ単純に負けて滅びた、ということなのだろう。
では、滅びた主君の手先である俺は今何をしているのか。それは簡単だ。奪われたものを奪い返しに行こうと思っている。その為に、十七年という年月を使った。
その年月が長いか短いかどうでも良い。ただ、この年月を費やしてもなお、俺の中の炎は一向に消えることなく、この国から奪えと訴えかけてくる。俺はその炎の暖かさを感じるたびに、生きていて良かった、そう思える。こんなことを誰かに言ったところで、理解されることはないだろう。強いて言えばあの男。あの男には一度聞いてみたい。俺の思いが理解できるのかを。
「おや、今日はこちらの拠点でしたか」
俺の部屋にノックも無しに入ってくる男は、協力者であるギークだ。まあ、俺が勝手に部屋にしているこの場所は吹きさらしの廃墟で、ノックする扉も無いのだから文句の言いようもない訳だが。とにかく俺はこいつが嫌いだ。
「よお、伝書鳩君。仕事は順調か」
「ええ、順調ですよ。それよりもご自分の心配をなさっては?」
「はっはっはっ! 貴様に心配されてしまうとはな! 俺はこの日を待ちわびていたんだ。十七年前のあの時よりも、気が充実している!」
「当然、そうでいてもらわねば話になりません。だってあなたは……」
「おい、それ以上は言わないほうがいい。それを言っていいのは俺だけだ」
そう、俺は十七年前、負けたのだ。
本来であれば戦地で命を捨てるべきだった。しかし、当時の軍師であったアン・ハーマンからの最後の指令が、それすらも許してはくれなかった。
『弟のトワレと共に反撃の機会を伺え』
――王国歴1484年 5月
その指令が俺に届いたときには既に戦争は終わりかけていた。ルストリアのパンテーラどもが現れ、全ての戦の炎を終息させようとしていたその時に、伝令が届いた。
その伝令を見た俺は「まだこの戦争に勝機がある」と踏んで、スルト北西の炭鉱街ギルムガンナに向かった。俺を逃がすためにたくさんの部下が死んだ。ギルムガンナの付近まで来た時、戦地を出た時には数百名いた俺の部下は十四名まで減っていた。
炭鉱の奥深く、使われていない坑道を通って辿りついたその先、そこにトワレ・ハーマンがいた。トワレ・ハーマンは、何と言うか、かなり問題のある人間だった。
「カカカ。来ましたな。ガーラント殿」
「お前が、トワレか?」
「カカカ! そうですよ。お人よしの兄、アン・ハーマンの裏側、トワレ・ハーマンとは僕のことです」
「お前の兄からお前と共に反撃のチャンスを伺うように、言われてきた」
「そうでしょうね。カカカ」
「いつ出陣する?」
我ながら、変なことを言ったと思う。
アンとは似ているようで全く違う、軍略とは無縁の子供のようなボロ布一枚を纏う男に指示を仰いでいた。アンのことは好きではなかったが、しっかりと依存していた自分に気が付き少し腹が立った。
「まあまあ、こちらの体制が整っていなければ、優勢も劣勢も好機も危機もあったもんじゃないでしょ」
「確かに、俺たちは消耗している。それでは、今晩は休息をとり、明朝から作戦行動を起こすか!」
「いいえ。十年待ちます」
「あ? 何を言っている?」
「聞こえませんでしたか? 十年待ちます」
「そうじゃねぇ。反撃の機会を伺うって言ってんだ! 十年だ? ふざけんな。そんなに待っていたら……」
「既に決着は着いていますよ」
「あぁ?」
目の前に出された新聞にはこう書かれていた。
「バーノン大王戦没、大陸大戦の傷跡」
俺は読みながら、思わずその新聞を握りつぶした。
「ああ! 貴重な情報を……」
考えていなくはなかったさ。ラミッツからここに馬も使わずに逃げてきた。少なくともひと月以上は経っている。普通に考えれば、あの状況から問題を打開して、戦争がひき伸びている、なんて最早夢話だ。それでも、それでも俺は夢を見ていたかったのだ。
「カカカ。スルト軍きってのバトルマニア、移民の豪傑の名が泣きますよ」
「……それは父の称号だ」
「その父の子供なんだから、背負ってもいいでしょ。もう父もこの世にいないでしょうし」
「き、さま……!」
「何を怒る必要が? 同じなんですよ、この場にいる誰もが。僕は兄を亡くし、全てを奪われた。奪われた事実は平等に敗者に振り分けられる」
「……先ほど十年と言ったな? そこに反撃の機会があるのか?」
「カカカ。さあ、どうでしょ」
「ふざけてんのか?」
「ふざけてるのはお互い様でしょ。そんな先のことわからないし、出会って間もない僕に聞くのは変だよ」
「……そうだな。確かに」
「……でも僕なら兄より上手に絵を描いてみせるよ」
トワレはそこから次々に斬新な方法で資金を集め、仲間を集めた。戦地で散り散りになった仲間も合流し、勢力は拡大していった。トワレがここまで優秀であるのに、何故このような捨てられた坑道で、兄であるアンに隠されこそこそ隠居していたのか、それが逆に不気味だったが、その答えはなんとなく察しがついた。
トワレの考えることや、行うことはハッキリ言って非人道的で、それを行動に起こす仲間たちも最初は抵抗を覚える者も少なくなった。これは仮に軍職に就いていたとしたなら、間違いなく問題となるし、下手を打てば兄の出世に関わる。アンはトワレという切り札を最後まで切らなかった。切ったところで、状況を悪化させる可能性のある異常な駒だったのだ。
仲間たちはトワレの異常な作戦に戸惑っていたが、それよりもルストリアが栄えていくにつれ苛立つこの気持ちは、その罪悪感を簡単にはねのけ、蹂躙を正義と挿げ替えることが出来た――。
復讐は、狂っていないと出来ない。
そうでなければ、今目の前にいるこの男、主君を誑かした裏切り者と協力することなどできない。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
机を挟んで向かい側の椅子に座るギークを見て、つい物思いにふけってしまった。
「では、私はそろそろ作戦行動に移ります。約束の日の晩、またここで」
「ああ、しくじるなよ」
「……ふっ」
何から何まで癇に障る男だ。まあいい。用が済んだら、縊り殺してやる。
――王国歴1501年 五月二十二日 ルストリア南部
ルストリア国内の形状は盤の目状であるため、昔マグナ掃討作戦の会議でここを訪れた時には迷ってしまったのを覚えている。この街は常に警備兵が巡回していて、治安も安定している。大陸の中で最も安全な街と言えるだろう。だが何事も完璧、ということはあり得ないものだ。
「いやいや、絶対やばいでしょ。ボス、これ、やばいでしょ」
「賭けだったが、どうやら上手くいっているようだな」
俺は横で怯えている部下のエクトルと共に、ルストリアの街中をスルトの甲冑を身に着け、普通に歩いていた。
「ひー、怖すぎるよ。ボスぅ」
「あんまり騒ぐな。悪目立ちする」
向かいからミクマリノの歴史ある甲冑を身に着けた男たち数名が、酔いながら近づいてきて、そのまますれ違う。男たちは相当ご機嫌な様子で、こんな話をしている。
「いやー、ほんと、さいっこーだな! ベルガーの『ルストリア英雄記』は!」
「各国のコスチュームを着てくるだけで入場料無料って太っ腹すぎだろ!」
そう、街の中には、様々な国のコスチュームで仮装する人たちが行きかっている。これは、ギークの策略の一つだ。ミクマリノ軍に所属するベルガーは当然こちらの協力者である、と言えるが、この話の面白いところは、今日開かれた演劇はルストリアの依頼でベルガーが上演したものであると言うことだ。
ルストリア前総司令官の息子、名前はなんと言ったか。確か、フリック。そいつが、三日後に行われる終戦記念日をより盛り上げるために、その日まで毎日演劇を開きたい、と依頼してきたのだ。何事にも勝者と敗者がいる。その摂理は何度も言うが、よく理解している。だが、敗者から奪うだけならまだしも、その事実を辱めて、吹聴する。それが、ルストリアのやり方なのだと、よく理解した。今すぐにでもそいつを捕まえて四肢を落とした上で、そこらへんに転がしてやりたい気分だ。
「まあ、こいつらが阿呆ばかりで助かったのは事実だがな」
「え? 急に何言ってるです?」
「こっちの話だ」
今回の作戦を成功させるには、針の穴に糸を通すような仕事をいくつもこなす必要がある。そのどれも失敗することは、即敗北を意味する。まあ、そんなことは命を取り合う戦場では当たり前のこと。なんてことはない。
ここルストリア南部には、比較的安価な酒場が並ぶ歓楽街がある。綺麗に舗装された道には、ワインが入っていた大樽がそこかしこに並べられており、ルストリアの豊かな生活を象徴している。
「エクトル、お前はまだ新兵だったからあまり行かなかったかもしれないが、スルトにも軍人街の中に数件酒場があったんだ」
「知ってますよぉ! そこで無理やり飲まされました! どこかの誰かさんにぃ!」
「がはは! そうだったか!」
おっと、少し大声を出してしまった。こそこそ会話するのは、まあ、面倒だ。
「そろそろ、だな。所定の位置に着くぞ」
「ひー、本当に大丈夫かなぁ」
「あのバカ、俺の腕で吐きやがって」
「大丈夫ですか? クロードさん」
ルストリア軍の内部の協力者が、顔中傷だらけの男を連れ出してくる。予定では、フリックも一緒のはずだが、どうやら予期せぬアクシデントがあったようだ。
ルストリア国軍歩兵部隊大佐クロード。俺はこいつと二度戦い、未だに決着はついていない。戦場で二度会って、お互いに生き残るなど、奇跡に等しい。そんな奇跡の中で、俺はこいつの中にある、孤独のような言葉では言い表せない何かを感じている。大陸大戦で親友を失ったらしいが、はっきり言ってそんなものは些事な話だ。こいつは、そんなことになる前から何かを持っている。いや、何かを失っているのか。そんな人間が俺のような復讐者を前にどのような気持ちになるのか、興味がある。
……
「出てこい」
クロードは剣に手をかけ、周囲を警戒した。予定通り、ザイルードの下級兵士が姿を現す。こいつらは組織の中で訓練してもなお、実力が伴わなかった人間だ。だが、こいつらを俺は低く見たりはしない。なぜなら、この役を自ら買って出た勇敢な戦士だからだ。命を投げ打つことよりも、母国のために死ねなかったことを後悔する悔恨の戦士だ。クロードは、飛び出した同胞を見て何かを察して言った。
「お前ら、ザイルードだな?」
「ザイルード、あのレジスタンス組織の?」
「ステラ、下がっていろ」
即座にザイルードの名が出るあたり、軍内でも警戒を強めていたようだ。それでいて夜襲を許すとは、平和ボケも大概にして欲しい。
クロードを取り囲む我が同胞は、一息の間に次々と打ち倒されていく。クロードの剣に月の光が乱反射し、それはまるで空に煌めく星々を見るかのようだった。
「他愛もない」
「くそっ! 化け物め!」
クロードはあっと今に半数以上の同胞を討ち、残りを捕らえようとしている。
「命は助けてやる。裁きを受ける覚悟はあるんだろうな?」
クロードの隣に居る男が小さなベルを胸から取り出すと、それを鳴らした。あれは援軍を呼ぶための魔道具だ。
「そろそろか」
数名のルストリア兵が駆けつけてきた。恐らく、戦闘音で既にこちらに向かっていたな。
「クロード大佐。ご苦労様です!」
「襲撃を受けた、あとは任せていいか?」
「はっ! 承知いたしました!」
クロードは、他の場所でザイルードが暴れていないか確認をしに行きたいんだろう。よく勉強している。俺たちのやり方は同時に複数個所を襲撃して、作戦行動の目的場所を特定されないように動く。
「だが、お前はまだ行かせねえ」
俺の合図で、クロードと話す兵の首を目掛けて手斧が投げ込まれる。それを素早く察知したクロードは剣でそれを払い落とす。闇夜に紛れるように黒く塗ってあったが、やはりこの程度は看破するか。そうでなくてはな。
投げ込まれた手斧を合図にして、ザイルードの同胞たちが更に建物の陰から現れる。こいつらは先ほどとは違い、戦闘能力も格段に高い謂わば中級兵士だ。ルストリアの警備兵など恐るるに足らん。即座に援軍の兵士を排除する。
「なんだと!」
「よぉ。再び、だなぁ」
十七年ぶりの再会だ。今でもあの戦場が目に映る。
「ステラ逃げろ! 応援を呼んで来い!」
「クロードさん! すみません、俺……何もできなくて」
ネタを知っている俺からすればとんだ茶番だが、一応こう言っておこう。
「おい! そいつを逃がすな!」
同胞数名が怯えた演技をするステラを追いやる。あるいは、あの様子だと本当に怯えているのかもしれんな。
「クロード。久しぶりだなぁ。手斧のプレゼント、喜んでもらえたか? あの日を思い出すだろ?」
「お前……まさか、スルトのガーラント! 生きていたのか!」
「当たり前だ。貴様らルストリアを潰すまでは死なん。その為に何年もかけて軍事組織を作り上げたんだからな」
「なんだと? まさか、お前が……」
「そうだ。俺がザイルードのリーダーだ!!」
クロードはステラを横目で見ていたが、少ししてからこちらに視線を向け、こう言った。
「構えろ、粛清してやる」
長きに渡る時を経てなお衰えることのないプレッシャー。俺の血は久方ぶりの興奮で、ぐつぐつと煮えてくる。俺たち武人が何かを思ったとき、べらべらと語る必要は無い。
そういうことだな、クロード。
次の瞬間、クロードは五メートル以上あった俺との距離を一気に縮め、真っすぐ剣を振り下ろした。すかさず俺は手に持ったハルバートで、それを受ける。この距離まで詰められれば、俺の獲物は不利だ。
「だがっ!」
俺は力任せにクロードの剣を押し返すと、即座にハルバートを捨てた。みぞおちに振りかぶった一撃をお見舞いしてやろうとしたが、クロードはバックステップでそれを躱す。
白兵戦の基本で言えば、武器を落とすことは死に近づく行為だ。だが、それはあくまで魔法の使用がないと思っている場合の戦闘においてだ。俺は魔導戦士だ。両手が自由に使えるという状況がいかに恐ろしいか、お前はよく知っているはずだ。そして、俺が魔法を一切使えない戦士に追い詰められたのは、お前以外にはいない。
この日を想定し、何度も想像してきた。繰り返し、何度も。ステラという足手まといがいる状況でお前が俺に特攻してくることはない。俺を撃破した後で、ステラを救わなくちゃいけない。あるいは、ステラがダメだったとしても、軍に報告に行かなくてはならない。
「ひっ!」
その情けない声に一瞬エクトルかと思ったが、その声の主はステラだった。ステラは壁際に追い詰められ、今にも殺されそう、に見える。クロードは、こちらとの戦闘を放棄しステラを助けに行くようだ。
「はぁ、あの日と同じ。興ざめだよ、クロード」
俺は神経を集中し魔法を唱える。あの日と同じように。
「我が剣は混沌より訪れる 我が盾は風塵となり 南へ流れる 刮目せよ 黒き風ビスタデビエント!」
クロードは一瞬こちらを振り返り、詠唱を警戒したが、それよりも先にステラの近くにいた同胞をなぎ倒した。それと同時に俺の空を切る魔法の斬撃に腹部を切り裂かれた。
「クロードさんっ!」
ステラはクロードに覆いかぶさる。そこにいかにも遊び人といった変わった風貌の軍人がやってくる。
「クロードさんっ!!」
あれは、確か爆破魔法のジュラか。夜襲で一番面倒な人間が来たな。あいつの魔法は人を集める。しかし、クロード。雑魚をかばうとは。相変わらず、甘い男だ。
「今日は、ここまでだ」
「逃がすか! スルトの亡霊!」
なんと、腹部を切り裂かれても立ち上がってくるのか。臓物がこぼれないように左手で抑えて。本当にゾクゾクさせてくれる。危うく、受けて立ちたくなってしまったが、今こらえなくてはこれまでの準備が無駄になる。
しかし、クロード、本当に面白い男だ。
「はっはっはっはっ!」
気が付くと俺は逃げながらも大笑いをしていた。やはり俺の生きる場所は戦場にこそある。こそこそ隠れて、商売をしたり、作戦を立てたりと、そんなものはスルトの戦士がやることではないのだ。
しかし、そんな面倒事もあと二日の辛抱だ。心してかかろう。
追ってくるジュラには同胞を当て、完全に撒き切ったところで、とある民家の地下通路へと逃げ込んだ。
――王国歴1501年 ルストリア内 拠点C
俺たちザイルードは、大陸のどこにでもいる。それはルストリア国内においても例外ではない。先ほどのステラがその最たる例だが、一般的な民衆の中にだってザイルードはいる。
ルストリアが如何に素晴らしい国であったとしても、主義がある限りそれに反発する者たちは一定数いるのだ。俺からすれば、平等であると謳いながら、大陸で武力を誇示する国を支持する民衆は頭の構造がまともじゃない。
民家の地下には大きな空洞があり、そこにはトワレが椅子に座って待っていた。足元には死体が転がっている。
「おい、トワレ」
「ああ、お疲れ様です。カカカ、どうしました、そんな怒ったような表情をして」
「その死体、お前がやったのか」
「そうですよ。カカカ。他に誰がいます?」
「何故殺した? こいつは同胞だったはずだ」
「そうかな? 僕をここに案内する時、彼の手は震えていたよ? それって、僕たちを信用してないってことだよね? そんなやつがルストリア軍から尋問を受けたらどうなると思う?」
「しかし……!」
「しかし? 自由意志連合のスノウの件を忘れたの? あの時だって、僕が疑わなかったら君はルストリア軍に捕縛されていたかもしれないんだよ?」
「あ? 俺がルストリアのゴミに捕まる?」
「凄んでもだめだよ。事実は事実なんだから」
「そうか、それなら俺がここでキレてお前を殺す事実を刻んでやろうか?」
「カカカ。君はそんなことしないよ」
「どうかな? これから起きることをお前の明晰な頭で予測してみろよ」
俺はトワレを殴りつけた。ゴッ、という鈍い音と同時にトワレは椅子から転げ落ちた。
「カカカカ。何を苛立っているんだか。今更正義だなんだと、のたまうんですか」
トワレは床に倒れたまま言う。
「当然だ。正義無くして革命は成しえない」
「カカカカカ! 革命と来ましたか! いいですね! 革命!」
俺はトワレに手を差し伸べる。トワレはそれを掴んで立ち上がる。外ではまだ、兵士たちが俺たちを捜索しているようだ。この家の住人が居なくなってしまったことも明日には割れるだろう。隙を見計らって、別の拠点に行かなくては。
――王国歴1501年 五月二十三日 ルストリア南部外れの民家
この日は陽動のための一日だ。俺の正体が割れたことで、ルストリアの奴らはスルトのどこかから攻め入ってくる、そう考えるだろう。念には念をと、昨日戦闘に出た同胞たちは全員がスルト出身だ。捕縛されたなり、死体になったなり、どちらにせよ調べればやがてスルトに気が付く。だがまあ、大軍を率いてスルトに向かうことはないだろう。多くて中隊レベル、あるいは精鋭のみを集めた小隊が出兵したはずだ。
今日は朝早くから、ルストリア南部の外れであの男と明日の作戦の最終確認を行う。
「ギーク、戻ったぞ」
「時間通りだな。それで、クロードはやれたか?」
「あぁ、あいつの情報通りに飛び出していけば、ばったり会ったぜ! 相変わらずの甘ちゃんだったが、その強さと言ったら以前にも増すほどだった」
そのクロードとあのような形で別れ、もう二度と会えないと思うと、残念でならない。しかし、クロードが魔力への適応を全くできない旧時代的な人間であった、という事実がこの作戦の引き金になっている。仕方のないことだ。だがまあ、奴は必ず蘇ってくるだろうな。どんな状況にあったとしても。もし、我々が目的を達成した後で奴が目を覚ました時には、再び決闘を申し出たい。そんな考えは甘いのだろうか。
ギークは腰に差した剣の柄を撫でながら、特になんてことはない、というような調子で答える。
「そうか。十七年前お前の国を壊滅させたルストリアの精鋭だからな」
「おい。スルトの壊滅はお前の国の裏切りが原因だろうが。すべてを許したわけじゃねぇ。大体お前はあの時……」
「悪かった。そういうつもりで言ったんじゃない、許せ」
恐らく許して欲しいなどと毛ほども思っていないんだろう。まあ、それも最早どうでもいい。
「ふん。まぁいい。んで? お前の作戦通りいけば、今頃火の手が回ってる頃か?」
ギークの作戦通り、というよりはトワレの作戦をギークにサポートしてもらった形になる。このルストリアの城下町に住む同胞たちが一斉に暴れだす、というものだが、こいつらにはザイルードが蓄え続けた魔道具を持たせてある。非力な一般市民であったとしても、その全員が同時に動き出せば当然、ルストリアは混乱する。魔道具を使うとなると、より過激な行動も可能になるだろう。
ギークの提案した内容としては、クロードを襲撃し、奴が仕切っている警備兵の情報系統を混乱させ、指揮力を下げさせること、加えて潜り込んでいるステラがクロードに対して治癒魔法を過剰にかけて、奴を重篤状況にしておく事だ。
「ああ、順調に進んでいる。それと多少の仕掛けも施した」
「さすがはミクマリノの最高幹部だな。じゃあ、このあとはぶっ壊したとこから一気に攻め込むって算段か?」
「焦るな。急いては事を仕損じる。警戒態勢が高まる今は好機ではない。俺の指示を待て。作戦は美しく、効率良くだ」
「作戦はお前とトワレに任せる。俺はこの手でルストリアを消せればそれで良い。今でも忘れねぇ。母国を潰されたあの日から、ずっとだ。ルストリアに大事なものを奪われちまった人間を集めてザイルードを作った。……正義面して俺の国を滅ぼしたあの連中に制裁をくわえてやる。今度は教えてやるよ! ふんぞり返っているあいつらに、奪われる苦しみってやつをな!」
「お前の個人的な心情に興味はない。計画が遂行出来ればそれでいい。それが俺達が手を組んだ条件だからな」
手を組んだ理由、ね。
それについてはかなり怪しいところだ。そもそも、こいつが現れたのはトワレと共にザイルードを立ち上げて一年後のことだった。
トワレとは既に知人関係であったところを考えると、そもそも最初からこうするために手を組んでいたんじゃないだろうか? そういった疑念があったとしても、トワレが言うにはギークは戦争の前から定期的にあの坑道に訪れて、外の情報を持ってきてくれていた、そんな友人のような関係であったと言う。こいつに友人、などという概念はあるんだろうか。かつて友人だった俺からすれば、相当に怪しい。
しかし、付き合うことがメリットになっている現在、俺もかつての友人ではなく、都合よく使える協力者として利用するのが最善だろう。こいつ一人を消したところで、その背景にいるミクマリノの何者かを敵に回すのは、うまくない。
ギークは椅子に座りながら、まるで今思い出したかのような言い回しで話し始める。
「それと……。隣国のシーナは我々に賛同するそうだ」
「そうか」
「これでルストリア崩壊の手筈は整ってきた。あとはお前の特攻が成功すれば一気に進行するな」
「シーナもバカな野郎だ。ルストリアの後はてめぇの国がぶっ壊されると知らずには」
「後のことは考えず、先にルストリアを落とすことを考えろ。勝利条件はお前が握っている」
「そんなことは分かっている。クロードだってきっちりやっただろ!」
「何を言ってる。お前は一度取り逃している」
「武人の気持ちは蝙蝠野郎にはわからねぇだろうな」
「そういえば、あのステラという男……口を割らなきゃ良いが……次会う時は殺せ。もう用済みだ」
「国を相当恨んでる。吐く前に自害するさ」
「しかしまぁ、予想通り隊は分散した。特に戦闘力の高いあの二人を国から遠ざけたのは大きい」
「おかげで兵隊はかなり減っちまったがな」
今回の作戦はザイルードの人材を全て使っている。一万人に満たないほどの人材だが、それぞれに『陽動』『潜入』『戦闘』の役割が振り分けられていて、その効率的な動きをトワレが指揮している。これはハッキリ言ってとんでも無いことだ。
軍師のタイプで言えばトワレは『策略』でルストリアのベガは『防衛』。これ以上ない組み合わせであるとは言え、ここまで効果的に作用するものなのか、と正直思った。もちろん、負けることなど微塵も考えてはいないが、ここまで作戦がスムーズに実行されていく様は、快感すら覚える。
それでも既に三千人以上の同胞が死んでしまった事実には変わりはないが。
「勝利に犠牲は必要だ。次の標的はいよいよムーアとベガか。こいつらはあまりにも強大な力を持っている。少々汚い手を使わせてもらおう」
「あぁ、あの国を消すためならなんでもやってやる!!」
「焦ってミスるなよ。さて仕上げといこう。この好機を逃すな!」
「分かってる」
ギークはこの後スルト方面に向かった精鋭たちを始末しに行くらしい。どう考えても、先に出立したルストリアの精鋭を追うとなれば、馬での追走、後に併走をしなくてはならないが、馬上で戦うとでも言うのだろうか? あるいは完全に姿を消すような魔法を持っていないと、作戦として成立していないような気がするが。どちらにせよ、俺が本丸を叩いているときに、その精鋭が戻ってきて邪魔をされさえしなければ、ギークの生死などどうでもいいか。精々時間を稼いでくれ。
その後、俺は大事な明日に向けて情報収集に向かう。部下を向かわせて、報告を聞くだけでも良い、と思っていたが、トワレが指定する特記戦力に関しては直接見ておいたほうが勝率が上がる、というので、危険を顧みず調査に出かけることにした。
トワレは体が小さいからいいが、俺は相当にでかい。出来れば目立つような行動を避けたい。見つかれば戦闘になり、負傷するかもしれない、明日の作戦行動に響くかもしれない。そのリスクを負ってでも見る必要があるのは、この作戦行動の障害になる可能性がある人物がいるということだ。
昨日俺が襲撃した場所の近く、昨日と同様の酒場で酒を酌み交わしている馬鹿共を魔法で爆撃したところ、中からゴキブリのようにルストリア軍が出てくる。
これほどの異常事態になっているにも関わらず、攻め込まれているにも関わらず、酒を飲んでいた。頭が悪いのか? それともこの程度適当にやって鎮圧できると思っているのか。全く理解しがたい行為だが、それ故にこれから滅びるのだから、そこまで腹を立てなくてもいいか。
外に出てきた兵士の一人が反射魔法を展開する。
「朔 契約 盈月 憧憬 道断 溢れた盃 翻せ 酔生夢死の煌めきよ パラモル・メノス!!」
「カカカカ。反射か」
「あまり大きな声を出すなよ。しかし、実際見るとかなり厄介だな。反射魔法は。あいつの名はディーだったか」
「その為に……おや?」
トワレが見つめる先に、もう一人のルストリア兵が加勢に入る。
「だめだ! あれだけは使うな!」
「市民を見殺しにはできない! 諸事万端 絆す 楔は日月――」
あいつは確かパンテーラのミハイル。ステラの報告にもよくわからない魔法を使うパンテーラ、としか書かれていなかった。トワレは、珍しく額に汗を浮かべている。
「あれは……。あの魔力の波動は特異、いや、禁忌?」
実際に魔法を使うところまで見えなかったため、その実態を掴むことは出来なかったが、仮にあいつの所有する魔法が禁忌だったのなら、対峙した瞬間に全滅もありえる。どのような禁忌なのかはわからないが、大勢の前で使おうとしていたところを見ると、殲滅に長けた魔法なんだろう。
「カカカカ。彼は、僕、ですね」
「そうなるな、いけるか?」
「少なからず、僕もこの日を待ち望んでいました。準備もしてきましたし。あとは君から『頼んだぞ』と言われれば、完璧なんですけどねぇ」
「ふっ。そうだな。頼んだぞ」
「はい、ボス」
覚悟しておけルストリア。
貴様らはスルトの炎で焼き尽くされるのだ。
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