漆爍の喪相と封禁の魔導書 其の三
漆爍の喪相と封禁の魔導書
――王国歴1499年 十月末 ルストリア アリーシャ城
俺たちは、英雄の書をベガ大将の元へ届けるべく、作戦室に来ていた。
ベガ大将が来る前に、バルバロッソさんが作戦室を訪れ、ジュラが不正に入手したフリック同行の許可証を咎め、ジュラの腹を殴って前傾姿勢になったところで、剥き出しになった後頭部にキツい一撃を与えると、その衝撃でジュラは気絶した。ジュラを肩に背負い、バルバロッソさんは部屋を後にした。
フリックは、溜まっている仕事があるということで、バルバロッソさんの後に続き仕事場へ戻った。そんなバタバタした状況であったが、フリックの足音が完全に聞こえなくなると、まもなくベガ大将とムーア総司令官が現れた。
「ご苦労だった。ミハイル」
ムーア総司令官の重たい声が響く。
「はっ!」
俺は敬礼の姿勢をとり短く返事をした。
「ミハイル、報告は聞いている。大変だったな」
ベガ大将は、優しい口調で言った。
「いえ、被害者を一人出してしまいました」
そう答える俺に、ムーア総司令官とベガ大将は少し顔を合わせ、こちらを向いてムーア総司令官が言った。
「ミハイル、今回の任務はこれで終わりだ」
「総司令官、御言葉ですが、魔導書はもう一冊あります」
それを受けて、ベガ大将は意外な答えを口にする。
「もう一冊は、既に私が持っている。フィロンとクロードにお願いして、捜索してもらっていたんだ。謂わば別働隊だね。永遠の書は、ルストリアのとある富豪の家から見つかったよ」
なるほど、それもそうか。確かに、別働隊を出していてもおかしくはない。
「ミハイル、この英雄の書には真名がある。英雄の書とは謂わば俗称なのだ。真名は、破壊の書。これがどういうことかわかるか?」
ムーア総司令官に問われたが、適切な回答を考える事が出来なかった。
「破壊とは即ち力だ。正しい時代に、正しい使い方をすれば、力持つ者は英雄と言われるだろう。しかし、正しさは一つではない。それ故に、戦乱は訪れ、人心は壊れていく」
「……」
「そのことを胸に刻みつけることだ。お前には特殊な力がある。お前はお前なりの正しさのために、その力を行使しているが、その正しさがいつかお前の首を絞めないか、俺は心配している」
「俺は……大丈夫です。責務を全うするまでです」
ムーア総司令官は、やれやれといった様子でこちらを見つめ、口を開いた。
「そうか、話は以上だ。暫くは休息を取れ、休むのも仕事だ」
「はっ!」
俺は敬礼をし、会議室を出た。
今回の任務は、自身の存在意義の再確認をさせられた。大陸を脅かすテロリストの子供として生まれ、その被害者が俺の命を狙った、そして、その次は俺の力や判断力が足りない為に、救えたかもしれない命を救えず、被害者を出した。そんな俺に、パンテーラが務まるのだろうか……。
「ミハイルは、まだまだ難しそうだな、ムーア」
「そうだな……」
「コーヒーでも飲むか?」
「ああ、ありがとう」
ムーアとベガが二人で話すことは珍しくない。むしろ、この二人でいる時、二人は限りなく個人に戻っていると言える。ベガが、手際良くカップにコーヒーを注ぎ、ムーアの前に置いた。ムーアは、そのコーヒーに口をつけて呟く。
「しかし、ベガ。三冊目の永遠の書は魔導書ではないというのは本当なのか?」
「ああ、間違いない。この永遠の書、いや「死の書」には、魔力はおろかルーンの一文字ですら付与されていないよ」
「なるほど。しかし、そんなものが何故禁書に?」
ベガは机の引き出しから、一冊の本を取り出す。
「これはね、死をもたらす言葉が羅列されているだけの、ただの本なんだ。だが、心の弱い者がそれを読むと、自害してしまうよう暗示がかかっているんだ」
「暗示だと? それこそ魔法じゃないのか?」
「いや、そうではないんだ。どうやらこの本には、読んだ人間の脳を蝕む文字列のパターンが複数用意されていて、それが結果として読者を死へと導くようになっているんだ」
「なんとも想像しづらい代物だな。そんなことが可能なのか?」
「どうだろう、研究すればそれこそ可能か不可能か分かるだろうが、そういった人の脳や心に関する学術は、そのほとんどが解明されていない。そういった意味では、この本は我々が扱うには、早すぎる力と言えるかもな」
「この本を作った人間は、いったい何が目的だったんだろうか」
「目的なのか手段なのか……。今じゃ答えを探し出すことは出来ないだろうな」
ベガは、そう言うと本を机の上に載せた。そしてそれを指差し、魔力を集中させると、指先から本へと極小の雷が走り、死の書を燃やした。
「この魔導書が最も厄介だと考えていたから、早めに手に入ってよかった。残念ながら、これを手に入れた富豪は既に自害してしまっていたが、この書を処分できたことは本当に喜ばしいことだ」
ムーアは、焼けた書を見つめて言った。
「だがなぜ、そこまでこの書を警戒していたんだ? 混乱の度合いで言えば、ミハイルの集めてきた二冊のほうが危険なように感じるが」
「そうだな。確かにそうなんだが。ムーア、大陸において新聞の需要が上がっていることは知っているな?」
「ああ、月に一回は記者がアリーシャ城を訪れるようになって久しいからな、景気が良いことは知っている」
「そう、これは実は、ホランドに任せている大陸全体の教養の向上がもたらしているんだ。国民の識字能力が上がり、日常的に文章を読むようになった」
「ああ、なるほどな。そういう事か」
「流石はムーア総司令官だ、察しが良くて助かるよ」
「死の書は魔力を扱っていない以上、複製が簡単、か」
「そう、その通り。だから、この書が世間に出回ることを防ぎたかったんだ。万が一、この書が新聞などを通して世間にばら撒かれでもしたら、相当数の被害者がでることは明白だったからな。ラミッツが金になると思い、我々でも見つけられないように隠されていたから、本当に厄介だった」
「暗示……人の意を操る、心の理か」
一方、フィロンの研究室――
ニヤニヤしながらフィロンは呟く。
「この破壊の書も、なかなかに」
レイニーは、複数の本を地面に広げて、ニタニタしている。
「フィロン様、もしかするとあの魔法と反発するんじゃ?」」
チャイは、複数のビーカーに囲まれてニンマリとしている。
「この反応は最高だ、最高です、グヒヒ」
変態三人の住処にステラが大量の資料を持って入室してくる。机の上にその資料を置くと、その脇に置いてあった資料の山が崩れ、地べたに置いてあった祈りの書に覆い被さってしまった。
「ああ、大変だ。禁書が!」
そう言って、慌ててステラは書類の山の中に手を突っ込んで祈りの書に触れた。そんな様子を見て、フィロンは言った。
「ステラー、気をつけてくださいねー。祈りの書に魔力を通すと、過去の映像を見せられちゃいますよー。ま、見たければご自由にどうぞー」
ステラは、それを聞いて一瞬動きを止めたが、書類の山から祈りの書を取り出し、机の上に置いた。すかさずレイニーはステラの背後にピッタリとくっつき呟いた。
「どんな過去を見たの? ん?」
「うわぁ! もう急に背後に立つのやめてくださいよ! 何も見てないです! 忙しい僕には過去を懐かしむ時間なんてないです!」
フィロンは、少しだけ笑うと「過去より今! 素敵な格言ありがとうございますー。我々は、過去から未来を研究してますので、さようならー」と言って、再び作業に戻った。
――王国歴1499年 同日 アリーシャ城内 酒場
私室に戻り、シャワーを浴びてベッドに横たわったら、そのまま寝てしまい、辺りはすっかり夜になっていた。お腹も空いてきたところで、城内地下にある酒場へ食事をとりに行くことにした。
酒場に入ると、クライヴとディーがカウンターで飲んでいた。
「やあ、部隊長殿」
クライヴが振り返り、相変わらずの気怠さで挨拶をした。
「ミハイル、大変だったな。……話は聞いたぞ。あの魔法、使ったのか?」
ディーは、心配そうに俺に声をかけてくれた。
「ん? あぁ、仕方なく、な」
「そうか……でも俺は――」
「ねぇ、食べないの? 冷めるよ?」
どうでもよさそうなクライヴが割って入った。自分のペースでしか生きない奴だが、この時ばかりは感謝だ。話題が逸れて良かった。
その後、二人と会話を楽しみつつ食事をとった。ディーにグーストの話をすると、グーストはあの後忽然と消えてしまったようで、ディーは執拗に俺の身を案じていた。
だがディーは、情報収集の為にラミッツに残っていた一週間ほどで、なんと六十万ルッカを闇市場で稼ぎ、ルストリアに戻ってきたという。簡単に言えば、任務そっちのけで商売をやってきたと言うことだ。これには正直ムカついた。もう一生あの格好をしていればいいのに。
クライヴはクライヴで、禁書を盗んだ犯人を追っていたそうだ。三十名ほどの兵士を引き連れ、ラミッツに向かいバオフーシャ遺跡にて、兵士達を待機させている間に、そこから単独で北に向かい、元スルト国境付近で野盗と思われる二十人を捕まえたそうだ。その間、一週間三十人の兵士はバオフーシャ遺跡に待機をしていたというのだから、凄まじい忍耐のチームだ。というか、単独行動するならルストリアへの帰投命令くらい出してあげればいいのに。本当に勝手な奴だな。
捕らえられた二十人は、ここ数年で活発になっている、レジスタンス組織ザイルードであることが分かり、クライヴは来週からザイルードの調査の任務にあたるのだとか。確かに戦闘向きのクライヴには適任だ。
クライヴは、グーストのことを聞くと、興味津々に聞いていた。どうやら、その魔法に興味があるようだった。今度、俺を囮にした「グースト誘き寄せ作戦をしようよ」と一人で盛り上がっていたが、とんだ迷惑な話だ。
ディーも、クライヴも知っているが、俺が過去からの復讐者に狙われるのは、別にこれが初めてじゃない。復讐の火種が完全に消える事なんてないのだろう。
俺の正体を探り当て、タレ込んでいる人間が必ずどこかに居る。それも仕方のない事だ、これが俺の宿命なのだろう。
こうやって、仲間や友達と話していると、胸の奥の感情が薄まっていく。ドロドロした心の中の澱が、流れ込んでくる爽やかな感情によって薄められて、やがては忘却していく気がする。
人の死も、自分の過去も、そしてそれらの価値も。いずれは、薄まって消えていくのだろうか。長い年月をかけていけば、心の黒いドロドロはなくなるのだろうか……。
泥溜まりの中に潜んでいる答えはいつも、同じ。
俺は、生きているべきではない。
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