漆爍の喪相と封禁の魔導書 其の二
漆爍の喪相と封禁の魔導書
――王国歴1499年 十月 ルストリア アリーシャ城
ラミッツでグーストに襲撃されてから、一週間。俺は、祈りの書をベガ大将に渡す為に一度、アリーシャ城に戻ってきていた。
ベガ大将に闇市場での出来事を説明し、ミクマリノへ向かうことを報告した。同席していたフィロン所長、チャイ、レイニーの研究オタクの面々は、すぐさまその魔導書をベガ大将から受け取ると、研究室へと運んだ。去り際に、チャイはしばらく拭いていないであろう汚れた丸メガネの奥で、目を光らせながら聞いてもいないのに解説をしていった。
「そもそも祈りの書の本来の使い方としては、過去を懐かしむ為に発動する、あるいは素敵な過去を共有する、ということみたいですねぇ。祈りとは、過去に向けてするものなのかどうかは別として、記憶に介入する魔導書なんて、なかなかに昂りますねぇ」
それを聞いて、グーストの件を納得する反面、この魔導書の意義について思うところはある。皆が皆、華々しい、あるいは素敵な過去ばかりではないだろう。なんとなくだが、禁書になった理由がわかった気がする。
そして、研究オタク達が巣に帰ったあと、入れ替わるようにバルバロッソさんとその弟子のジュラが入室してきた。
「よお、ミハイル。相変わらずお前は優秀だな! ホランドの教育がいいのか? 是非教えてもらいたいもんだ」
バルバロッソさんは、そんなことをいいながらジュラを引き摺って俺の前に来た。
「こいつが優秀? 冗談はやめてくださいよ。任務達成率なら俺だって高い、定例演習でも俺が上、俺がこいつに唯一負けてることは、精々座学くらいなもんですよ」
ジュラが俺を指差しながらそう言うと、バルバロッソさんが大振りでジュラの頭を殴った。そんな様子を見て、ベガ大将は軽い咳払いの後、俺の方を見て言った。
「ミハイル、魔導書捜索は迅速さも重要であるが、既に体験したように危険が伴う。ジュラを同行させる。いいな?」
俺からすれば断る理由はない。ジュラにはありそうだけど。
「承知しました」
短く答える俺の横で、ジュラは「何で俺がこいつのお守りをしなきゃなんねぇんだ」とボヤいたが、バルバロッソさんに引き続き頭を殴られて、渋々了承していた。そんなやり取りの後で、バルバロッソさんはジュラに言った。
「今回の任務、あまり舐めてかかるなよ。お前にとって良い経験になると思い同行をお願いしたが、下手をすれば命を落とすぞ」
作戦室を後にすると、ジュラは忘れ物をしたと言って、アリーシャ城二階の居住区へ向かった。俺も、一度荷物の整理をしたかったので、私室に戻り支度を済ませると、廊下に出た。すると、遠くで悲鳴が聞こえた。
「僕はっ! やることがっ! あるんだっ! 勘弁してくださいっ! うわぁぁん!」
まもなく悲鳴が止むと、ジュラと、引きずられたフリックがこちらへ向かってきた。
「よし! 準備も終わったし、行くか!」
首元を掴まれて引きずられているフリックは、俺に向けて「助けて!」という目線を送っている。
「なあ、ジュラ。フリックの同行許可は取ったのか? フリックにだって仕事はある」
ジュラは、フフンと鼻を鳴らしながら自慢げに言った。
「既に許可は取ってある。フィロンさんのな!」
「……待てジュラ。フィロン所長はその書類に本当に目を通していたのか? もしかして、研究中だったんじゃ……?」
「許可は許可だろっ! めんどくせーやつだな! 許可書があって連れて行く、問題あんのか?」
はぁ、もう何も言うまい。そして、すまないフリック。君を助けることは出来そうにない。
――王国歴1499年 十月 ミクマリノ ドーズ港
ミクマリノは、大陸東に位置する国だ。国王レオンチェヴナが治めるこの国は、水が豊富で地形が複雑なことでも有名だ。国内の西側には、小規模の山岳が点在し、そこから東の海へ流れる川がいくつもあり、国内どこにいっても何かしらの川があるようなイメージだ。今回俺たちは、ルナ・ザホビット族の村がある南東の孤島に向かう為、最寄りの港であるドーズ港へとやってきた。
「ジュラさん、ジュラさん! 起きてください! もう船が来ますよ!」
フリックが一生懸命にジュラを揺すって起こそうとしているが、ジュラは一向に起きる気配がない。今は朝の五時だから、仕方ないとは思うが、ジュラは昨日の晩、この近くの港町で散々飲み明かしてきたらしい。まあ、来ただけ偉い、とだけ言っておこうか。
「ミハイルさんっ! ミハイルさんからも何か言ってください! 調停者である私たちが、このような体たらくでどうします? この班の指揮をしているミハイルさんにも責任があるんですよ!」
「ん? そうだな」
正直、この一週間のフリックの度重なる正義感には疲れてしまっていた。フリックの正義に向かっていく感じは嫌いじゃなかったが、毎日それを強要されると、たまったもんではない。それにこいつは、かなり雑な扱い方をしても、全くへこたれず、止めない。だから俺もそれなりの対応を昨日から始めた。
フリックは、アルベルト前総司令官の十五人の息子の一人、七人目の子供であり、ルストリア軍の中ではグランツアッフェに所属している。父の背中を追っており、ルストリア軍に所属していることを誇りに思っている。やや尊敬が肥大しすぎている部分があり、会話の節々にまるで口うるさい先生のような立ち振る舞いになることがある。情報伝達部隊なので、戦時であろうが平時であろうが忙しく立ち回っているが、今回のようにジュラに振り回されていることも多い。
ジュラはジュラで、フリックを可愛がっていたり、振り回していたりと、今回のように私物のように扱っていることもあれば、弟のように可愛がっていることもある。二人の関係で知っているのはこんなところだ。
盛大に船酔いと二日酔いをしているジュラを尻目に、俺たちは孤島ポノルニエに到着した。
ベガ大将からもらった情報によれば、ルナ・ザホビット族の村は、この目の前の森の奥地にあるらしい。
「俺はよ、蛇が憎くてしょうがねぇんだわ」
「蛇? なんの話だ?」
「もし見かけたら衝動を止められずに、魔法で殺しちまう。そん時は止めんなよ!」
唐突に、船酔いで苦しんでいるジュラが語り出したが、その語っている内容がまるで要領を得ない。こいつまだ酔ってるのか?
フリックは、それを聞くとジュラの前に立った。
「ジュラさんは、蛇が苦手だということなので、森は僕が先陣を切って対処します」
「苦手じゃねぇ、嫌いなんだよ!」
ホント兄弟みたいだな。と、羨ましく思ったが、それを口に出すことはなくフリックを先頭に森の中を進んでいった。
しばらく歩くと、比較的すぐに開けたところに出た。そこにあったのは大きな湖だった。綺麗な円形の湖の対岸には、集落のようなものが見える。どうやら、目的地は目の前にあるらしい。俺たちは、湖に沿ってその集落に向かった。
村に到着すると、村人数人が近寄ってきた。近寄ってきた村人の頬には皆、蜥蜴の刺青が彫られている。そして、衣服はほとんど着用しておらず、男も女も子供も、そのほとんどが裸だ。そして、村人の一人が俺たちに話しかけてきた。
「ウラバ、ロゴ、マガナサカ。ワージ、コナマ、ツツ、ゴランゾ」
しまった……言葉がわからない。これは困った。異民族の言葉を履修しておくべきだった。
「バララ、コンツ、ワナガラカ。ウジ、コロンマ、トビ、ボロンロソ」
唐突に話し出したのはジュラだった。どうやら相手にも伝わっているようで、会話が成立している。座学で絶望的な評価を得ているジュラだが、まさかこんな才能があったなんて。
「……ジュラ、なんて言ってるんだ?」
「ああ、俺たちはお前達を歓迎しない。やることが済んだらすぐに出て行って欲しい、って言ってるぜ。魔導書なんぞ知らんとよ」
「なぁジュラ、なんで言葉がわかるんだ?」
「んぁ? 昨日の飲み屋でこの村出身の女と出会って寝たからな。口説く為に覚えた」
女……一晩で覚えたのか。恐るべき、色欲。
俺は村で探索を行い、ジュラに聞き込みをお願いしたものの、有力な情報を得ることは出来なかった。ただ、村人の中には明らかに嘘をついているものや、俺から逃げる人も多く、何か隠しているのではないか、という疑いだけは募っていった。日は暮れていき、この日は船のある浜辺へ戻り、野宿をした。
翌朝、再び村へやってきた。朝早いにも関わらず、村人は皆で何かの果物を潰していたり、獣の肉を干していたり、忙しなく動いていた。今日も、昨日と同じように俺は見回り、ジュラは聞き込み、フリックはジュラの付き添い、という布陣で臨む。
俺は、昨日とは少し違い、村ではなくこの湖の周りを探索することにした。何かヒントがあるかもしれない。俺は来た道を戻り、湖を挟んで反対側に向かった。その途中、誰かの叫び声が聞こえ、俺は急いで現場に向かった。
「うああぁぁぁ!」
バシャバシャッ、と激しい水飛沫と共に、釣り竿を振り回す男が居る。
「おい! おーい! そこの若いの!」
釣り竿を振り回している男は、村人とは違い、普通にしゃべっている。
「大丈夫ですかっ?」
声をかけると、釣り竿の男はこちらを振り返った。振り返ると頬には村人と同様に蜥蜴の刺青が彫ってあるだけではなく、複数のルーン文字が彫られている。
「おい! 外人! 見てわからないか! 助けろ!」
どうやら、余程の大物と格闘しているようだ。助けるために、近づこうとした瞬間、背後からジュラの声がした。
「ミハイル! ちょっと待て!」
ジュラが駆け足で近寄ってくる。その後ろには遅れてフリックが近づいてくるのが見える。ジュラは、叫ばなくても良い距離まで近づいてきて言った。
「そいつは、族長だ」
そう言われた釣り竿の男、もとい族長はこちらを見ながら叫んだ。
「今はそんなこと関係ないだろ! 早く! 逃げてしまう!」
限界までしなった釣り竿は、今にも折れそうであるし、限界まで張った釣り糸は、今にも切れそうだ。俺は、族長に近寄る。再び、ジュラはそれを止める。
「だから、待てって! ミハイル! 族長、……取引だ!」
族長は顔を真っ赤にして、余裕は全くない。ジュラは、続けて取引をする。
「魔導書の在処を知っているな? 場所を教えてもらおうか」
族長は、ただただ首を横に振っている。:最早、これは事実の肯定である。族長は、絞り出した声で言った。
「頼……む、俺の親父が仕留め損ねた湖の主なんだ。やっと、かかったんだ。毎日湖を見つめては、来るスポットにあたりをつけ、太陽の角度から時間帯まで推測したんだ。三十年かかっている。頼む、頼むよ……」
俺はやっぱり助けようと近寄るが、後ろから来たジュラが先を越して、族長に詰め寄る。
「族長、今逃したら次は無いかもしれないぜ? いいのか? 族長! 三十年の戦いと、たかだか一冊の魔導書、どっちが大切なんだ?」
ジュラの意地悪な駆け引きに族長は、ほんの少しだけ沈黙したが、渋々了承した。
「わかった! わかったから、頼む!」
恐るべきことに、湖の主は三メートルほどの大きさで、四人がかりで一時間かけて引き上げることに成功した。引き上がった際には、四人でハイタッチをして、歌って踊り、みんなで担いで村に運び込んだ。
「俺たち、最高のチームだな!」
俺がジュラに話しかけると、「ああ! やったな!」と無邪気に満面の笑みでハグを交わす。
「お前のコントロールが無ければ、正直危なかったぜ」
ジュラがフリックに言うと、「えへへ」と微笑む。
「族長が力みすぎてオナラが出た時が一番危なかったかもしれませんね!」
フリックが族長に言うと、一同で大笑いした。
そして、暫くして我に返ると、先程のやりとりを思い出して、皆恥ずかしくなった。今日は村に泊まっていけ、と言われたが、なんだか色々と恥ずかしくて、昨日と同じように浜辺で野宿した。
翌日、族長からもらった情報通りに、村から少し離れた祠に三人で向かった。
「まあ、族長の言うことはわからんでもないがな」
付近に潜むかもしれない蛇に怯えながら、フリックの後ろに続くジュラが言った。
「そうですね。ルストリアとしても、異民族差別は容認できない由々しき問題です」
そう言いながらフリックは、手に持った杖で目の前の草むらを掻き分けながら進む。
俺は、最後尾で昨日族長が話していたことを思い出していた――。
「大陸で暮らしていた我々はな、大陸に人口が増え始め、国家が開拓を進めるうちに、土地を追い出されたんだ。ミクマリノから英雄ヘルドット様が現れるまでは、我々のような異民族に人権は無く、迫害される一方だった。争いを行う異民族は淘汰]され、争いを嫌う儂らルナ・ザホビットのような民族は、人里離れた森や山、ひいては孤島に移り住み静かに暮らしていたんだ。第一次大陸大戦でヘルドット様を失ってしまい、皆は絶望したが、今度は英雄ヴィクト様が現れた。ヴィクト様は、ヘルドット様の意思を引き継ぎ、我々を支援しているが、この状況だっていつ終わるかわからない。我々はな、望まずとも強くなる必要があるのだ」
そんな理由から、伝説の魔導書である英雄の書を手に入れるべく、族長の息子であるファフニは、ラミッツを探索していたそうだ。古代書庫にそれがあることを突き止めた時には、既に盗み出されており闇市場の場所を自力で突き止めた。村の民芸品を売って稼いだ金でそれを購入して、村に帰ってきたというわけだ。
「んで、ファフニとかいうガキが[[rb:篭 > こも]]って魔導書片手にシコシコやってんのがこの洞窟ってわけね」
ようやく着いた祠は、ジュラの言う通り祠というよりはただの洞窟という出立であった。中からは確かに魔力の波動を感じる。
「フリック、ここで待て。こういった密閉された空間では、封印魔法を警戒しないといけない。俺たちが入って一時間しても戻らなければ、君一人で浜辺に戻り通信魔法でベガ大将に緊急事態を知らせてくれ」
フリックに伝えると、俺たちは祠の中へと入った。
「へっ! 封印の魔法使いなんてそうそういるもんじゃねぇだろ」
「族長の情報から、ファフニの固有魔法が封印魔法であることは限りなくゼロに近い。だが、英雄の書に付与されている魔法が封印魔法の可能性だってある。警戒はしたほうがいい」
「はいはい、お利口さんのミハイル様に従いますよ。言っとくが階級はお前が上かもしれないが、俺の方が年上だからな? ミハイルくん」
何を張り合ってるんだか。そうこうしているうちに、暗闇の奥に小さな灯りが見えてきた。
――ブォンッ!!
「危ない! ジュラ!」
奥の暗闇から太い丸太のようなものが、俺とジュラの間に打ち込まれた。
「んだぁ? これは、腕かぁ?」
腕のようなものは、すぐさま闇の中に戻っていった。
「面白ぇじゃん」
そう言うとジュラは、手のひらを地面に向かって大きく開き、前傾姿勢になって詠唱を始めた。
「黒曜の兆し 蒼月の双魚 三叉路 放つ終焉の宵 崩御の誓い 網膜の空白 マーギガルデ 下す襲来の解 生まれろ アファ・フォンツっ!」
まずい……。ジュラの爆破魔法をこんなところで放たれたら生き埋めになってしまう!
「ジュラ! 崩落してしまう! 爆破はやめろ!」
「うるせぇなぁ、もう唱えちまったよ。それによぉ、崩落しなけりゃいいんだろ?」
ジュラの手のひらから、小さな光の粒が放たれる。すると、光の粒は十センチほど進み、次々に煌めきだした。どうやら、サイズを極小にして連鎖的に爆破させ、光源を作り出したらしい。見かけによらず、とても器用だ。その光源に照らされると、祠の奥が見えてきた。
「なんだ? 豚か?」
何か肌色の生き物が蠢いている。
「おいおいおいおいっ! 出るぞ! ミハイルっ!」
なんと、その蠢くものがこちらに向かって大きくなりながら近づいてくる。というより、肉の壁が迫ってくる!
ジュラと共に、全力で走り間一髪のところで洞窟を飛び出した。
「ミハイルさん! どうしたんですか!」
祠から、次から次に肉塊がボンッボンッと、飛び出してくる。祠の嘔吐が終わったころには、縦横五メートルほどの大量の肉片が人の顔の形に変化し、こちらをギョロっと見つめていた。
「でかい顔して睨みやがって、殺すぞ、クソデブが!」
ジュラの軽口に思わず破顔したが、「警戒を怠るな」と声をかけ、俺自身も何が起きているのか、観察を続けた。
「おい、ミハイル、あれを見ろ。左目の奥」
ジュラにそう言われて、巨大な顔の左目の奥を注視する。
「あれは、魔導書!?」
「ああ、相当に熱心に読んだみたいだな、目に張りついちまってる」
「なんてことだ、引き剥がすことなんか出来るのか?」
そんなことを話しているうちに、大きな顔から次々に腕が生えて、こちらに伸びてくる。決して早くはないが、数が多い。
「フリック! 届かない位置まで退避しろ!」
フリックに指示を出したのも束の間、ジュラは爆破で応戦し、俺は抜剣したロングソードで伸びてきた腕を切りつけた。切りつけたり、爆破した腕はあっさりと千切れ、地面に落ちるとすぐに灰になった。
「おい、消耗戦でいくのか? ミハイル!」
ジュラは腕の多さから、持久戦になることを危惧したのだろう。
「フリック! フリーック! 通信魔法頼む!」
後方で待機するフリックに指示を出したが、フリックは戸惑っている。
「え? いや、ミハイルさん! 一体誰にですかっ!?」
「こいつだよ! このでかい顔に通信魔法で攻撃を止めるように伝えろ!」
フリックの通信魔法は、ルストリア国内であれば何処にいても通信が可能な、強力な魔法であるが、離れれば言葉を飛ばすことは出来ず、短音と長音を使ったやり取りになる。しかし、この距離であれば、確実に声を届けることかできる。
「なるほど! 任せてくださいっ!」
すぅーっと目を閉じ、フリックは詠唱を始めた。
「荘厳な瞳 オウトーンの蹄 雷電の尾 心臓の棘はブルワットの剣 天空を走り 水面を駆けろ 暗雲を突き抜け この声を届けよ ボニフィン ファングスト!」
辺りに通信魔法特有の、パリパリという静電気のような空気が満たされる。
「聞こえますか! ファフニさん! 聞こえたなら返事をしてください!」
フリックは、心の声でファフニに呼びかける。
「うう……苦しい。誰だ。き、貴様は」
ファフニの顔から飛び出す腕の動きが止まる。
「ファフニさん! あなたの意思でこれをやっているのであれば、今すぐにやめてください!」
フリックは、続けてファフニに呼びかける。
「誰だ、何も見えない、誰なんだ。暗い……暗い」
「ファフニさん! あなたのお父様に様子を見てくるように仰せつかりました、ルストリア国軍のフリックと申します、どうか魔法の解除を!」
「ルストリア……ルストリアだと!? 我々から武器を取り上げに来たのか! そうはいかない!」
再び、腕が生え始める。しかも、先程とは違い腕には何やらルーンが刻まれている。
俺たちは先程と同じように、ロングソードや爆破魔法で応戦したが、これは間違いだった。切り落とした腕が発光し、爆発を引き起こした。咄嗟に飛び退いて直撃は避けたものの、この爆発は……。
ルーンが刻まれた腕は、次から次に襲ってくる。
「なんだこいつ、俺と同じ魔法を使うのか?」
ジュラは爆破魔法の威力を下げ、自分の身に敢えて当てることで、爆風による高速移動をして腕を避けながら言う。
「いや、違う。こいつは、多分ジュラの魔法を喰らったんだ。受けた魔法を、再び自分から発動することのできる魔法、それがこの腕の正体だ!」
「なんだそれ、じゃあ、何も出来ねぇじゃねぇか!」
「あぁ、マズいな。だが、策がないわけじゃない。ただ……」
「ただ、なんだよ! こんな時に口籠 ってる余裕なんかねぇだろ!」
「……そうだな、わかった。ジュラ、最大威力で最大個数の爆破魔法をこの顔に当てろ」
「はぁ!? 意味わかってんのか! さっき魔法を返されただろ! また同じこと、いや、威力が上がっちまうから、こっちが死ぬぞ!」
「いいんだ、ジュラ、やってくれ。必ず成功するから」
「ったく、どうなっても知らねえからな!」
そういうとジュラは、フリックを更に後方に退かせた後、魔力を手のひらに集中させた。大きな光の球が五つ浮かび上がる。
「さて、俺も始めるか」
魔力を胸に集中させ詠唱を始めた。
「諸事万端 絆す楔は日月 要求する悔恨の時を 理と制約 手と確約 アクラチアの丘より訪れる死の道化よ 我が元に集え」
俺が詠唱をしていることを確認すると、ジュラは光の球を大きな顔目掛けて叩きつけた。次の瞬間、あたりの木々が薙ぎ倒されるほどの爆風が起こる。その爆風にジュラ自身も吹き飛んだ。そして、俺の詠唱も、ここで終わる。
「天授の秤 捧げる鼓動もいずれ止まる」
【イン・フォーダ】
――
―――
――――
全ての音が消え去る。薙いでいた木々は、動きを止め、吹き飛んだジュラも空中で停止している。爆発の衝撃で、大きな顔の肉は吹き飛び、中にいる男の普通の大きさの顔が見えている。俺は、手に持ったロングソードをその男の額に突き刺した。そして、ジュラを抱え上げると、フリックが待機している後方まで下がった。
―――
―――
――
ドォン!!
大きな爆発音が鳴り響く。
「ん? 一体何があった? なんで俺はここにいるんだ?」
驚いている、ジュラ。
「え? いつのまにここに?」
同じく驚いている、フリック。
「俺が高速魔法で、あいつにとどめを刺して、ジュラをここまで運んだんだよ」
俺はこの魔法を誰かに説明するのは避けている。だから、俺はいつもこうやって説明している。
「くっ!」
相変わらず、この魔法は反動が酷い。右目の視界がぼやけている。少し彩度もズレている気がするな。もしかしたら、次の感覚は視覚なのかもしれないな。
辺り一面にばら撒れた肉塊は、次々と灰になり、動き出すことはなかった。全てが灰になると、肉の下からファフニと魔導書が現れた。
ファフニの死を、俺たちは族長に伝えに行かなくてはならなかった。しかし、俺はそれを覚悟して魔法を唱えた。殺すつもりで発動した。俺が自分で決めて命を奪ったんだ。
村に帰ると辺りは暗くなり、夜が訪れようとしていた。村の入口で心配そうな顔をしている族長に、俺はありのままを伝えた。
「……そうか、死んだか」
族長はその一言で息子の死を片付けた。下げていた頭をあげ、族長の顔を見ると、思わず目があった。族長は涙ぐんでいたが、俺は目を逸らさない。逸らしてはいけない。
「息子が迷惑をかけてすまなかった。君のことだ、助けようとしたんだろう?」
「……はい。でも……」
救えたかも知れなかった。とは、言えなかった。族長は、そんな俺に言った。
「結果を悔いても、もう変わらないことだ。見つめるべきは過程だ。わしが息子を止めなかった事実、君が助けようとした事実、そして過剰な力を求めていた我々の事実が過程となって、息子は死んだ。君にとっての息子の死が、何に繋がっていくのかはわからないが、君は確かに助けようとしてくれたんだ。わしはそれを見つめることにするよ」
そんな言葉をかけられ、返す言葉も見つからないまま、俺たちは村を離れた。
浜辺で一夜を過ごし、船に乗り込むと、ルストリアに帰投した。
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