また、いつの日か
――王国歴1490年 リンデル 宿屋
俺は、翌日パルペンさんとユークリッドさんと共にルストリアへと帰国することになった。ティース孤児院は、ルストリア軍とミクマリノ軍が共同で調査に入ることになった。
俺は朝早く起きて、孤児院を見に行ったが、エリクやフーガ、他の子供たちも、誰もいなかった。孤児院の前に立って昨日のことを思い出した。人のいない孤児院を見ると、昨日の出来事だとは思えないほど、遠い昔のように感じる。たった二日とは思えないほど、愛しい日常だったと感じる。
気が付くとまた少し泣きそうになった。そろそろ宿に帰ろうと踵を返すと、すぐ後ろを通る行商人が、俺にぶつかって舌打ちをした。何をやってるんだ、俺は。
出国の手続きやらなんやらで、院長の部下二人はいなかったため、昼前の馬車に乗り込む時間まで辺りをきょろきょろしていたが、行きかう行商人と物乞いばかりで、孤児院の子供をただの一人ですら見つけることは出来なかった。
そうしていると、しばらくしてパルペンさんがやってきた。落ち着かない俺の様子を見て、あわあわしながらも話しかけてきた。
「そ、その。ミハイルくん、さん。孤児院の子供なんですけど、も、もう昨日の夜中にラミッツに向かいましたよ」
「ラミッツに? 何故?」
「そ、それは……。ほ、保護をしてもらうためです」
「保護?」
「ラ、ラミッツには、アルロ財団という、心のケアを中心に子供たちを保護する団体があるんです……」
「アルロ……?」
って、もしかしてディーのお父さん?
「ミハイル君のお友達のお父様が代表ですよ」
「やっぱり!」
アルロさんがそんなことをやっていたなんて……。でも、アルロさんなら、子供たちを明るくすることが出来そうだ。
「なんでも、大陸大戦後ホランド大佐が院長の任務を引き受ける条件の中に、孤児院の子供たちを救った功労者として、アルロさんに生涯生きていくための財を提供すること、というのがあったらしいんです」
「そんなことが……」
「ところが、アルロさんはその財産はこの大陸のために使う、って言いだしたもんで、そこに同じような主義を持つ商人たちが集まって、あれよあれよといった具合に財団になったってわけですね」
しかし、アルロさんは確か……。
「体は、体は動くようになったんですか?」
「いや、半年前にご挨拶に行ったことがあって、その時も車いすだったので、恐らく半身不随の状態は変わらないかと……」
「そうですか……」
自分は無力だと立ち止まっていることが、なんだかとても恥ずかしい気持ちになった。俺が幼い頃に、クライヴのように魔法の使い方を正しく知っていれば、アルロさんの体は五体満足だったはずだ。だけど、それを嘆いても時間は戻らない。半身不随になっても前に進み続けるアルロさん。
俺は今、何をやっているんだろう。
「そ、そろそろ行きましょうか」
パルペンさんがそう言うと、遠くに馬車が見えてきた。俺の方を向いているから馬車は見えないと思うんだけど、これは軍人として当然のスキルなんだろうか。
「あれ、でもユークリッドさんは」
「馬車の後ろにいるよ」
「あ」
ほんとだ。馬車の後ろを走ってついてきている。あれも、軍人として当然のスキルなんだろうか?
「お待たせしたっすー!!」
相変わらず声が大きい。耳がほとんど治った状況でも耳が痛いんだから、本物の声量だ。しかし、なんで後ろから? と思っていたが、その理由はすぐにわかった。ユークリッドさんが馬車の扉をあけながら言う。
「これを壊れないように運ぶのは骨が折れたっすー!」
「……!!」
馬車の中には、二通の手紙と、きらきらした石、それに折り紙細工のようなものが入っていた。
エリクとフーガから宛てられた俺への手紙は、誤字や脱字だらけだったけど、その一言一言に強い想いを感じた。そして、どちらの手紙も「また会おう」という内容で締めくくられていた。
ユークリッドさんが二人からこれらを預かったとき、エリクからは「貴重な魔石」とフーガからは「一生懸命作った紙細工」を託され、それをずさんな自分が持っていたら壊れてしまいそうだ、と思い、荷物を馬車に乗せ、自分は走ったらしい。
マジでどういう思考回路してるんだろう。
そして、ユークリッドさんはここでお別れになるらしい。こんな短期間なのに、なんだか少しだけ寂しい気持ちになる。そして、帰りはパルペンさんと二人になると思うとちょっと気が重かった。ユークリッドさんは、パルペンさんにしきりに何かを話している。
「大佐、マジでやるつもりっすよ」
「だろうね。久しぶりにあんな怒ってるの見たし」
二人の話が気になって仕方ない俺は、手紙を胸にしまうと、馬車の車輪を見るふりをしながら聞き耳を立てた。しかし、それに気が付いたパルペンさんは話をやめ、ユークリッドさんを送り出した。
「じゃ、ミハイルくん元気でがんばるっすよ!」
そう言うと、ユークリッドさんはどこかに走って行ってしまった。俺たちも彼の背中が見えなくなる前に、馬車に乗り込むと、馬は走り出した。
リンデルの周りは牧草地域が広がっているが、決してのどかな雰囲気ではなく、何かが陰に潜んでいそうな鬱蒼として物々しい雰囲気が漂っている。この辺りはシーナでもかなり治安がいいらしいけど、ルストリアの空気感とは全くの別物だ。
パルペンさんと話をして弾むこともなさそうなので、窓から見える景色を心の中で解説していると、向かいに座るパルペンさんが唐突に話し始めた。
「あー。もういいかな。いいよね」
なんのことを言っているのかわからなかったが、なんとなく頷いてみると、パルペンさんは今までと打って変わって、はきはきと話し始めた。
「いや、子供と話すのは苦手なんだけど、かと言ってこのままルストリアまでの長い旅路をこんな感じで一緒に行くのはちょっと嫌だしさ。もう、君が大人ってことにするわ。将来の進路考えてるんでしょ? もうそれは大人だよね。うん」
「え、ああ、はい」
急に様子が変わる大人を見たことがなかったので、今目の前で起きた事に驚いてしまったし、開き直った大人って怖いな、と思った。
「で、さっきの話気になったんでしょ?」
「……まあ。はい」
「そこは『はい』でいいでしょ。煮え切らない回答は癖になるからやめた方がいいよ。いずれ言動は行動に反映される」
真顔で家族でもない人に注意されるってことに慣れてなくて、少し怖い。いや、結構怖い。でも言ってることは正しい。
「すみません」
「別に叱責してないけどね。で、さっきの話だけど、ホランド大佐が何をしているか気になるんだよね」
「はい」
「大佐は、ああ、院長か。まあ、わかればどっちでもいいか」
そういいながら、少し考えてパルペンさんは話を続ける。
「大佐は『自由意志同盟』の本部に活動をやめるように言いに行ったんだよ」
大佐、で行くことに決めたらしい。
「そうなんですか?」
「うん。ティースが犯罪を行った理由の一つとして、暴力を行使できるほどの魔法を手に入れてしまったことが挙げられる、ってことで、今、シーナの富豪街に向かっているよ」
悪を根絶する、それが院長の正義なのか。院長とは言え、元軍人っぽい発想だ。
「ああ、勘違いしないで。大佐は悪を根絶しようなんて思考で動いていないよ。あの人が今やってるのは、ティースに魔力増幅装置を渡した、という確証を得るために本部の活動をやめさせるという動きをするのさ」
「?? どういうことですか?」
「簡単に言うと、ティースに装置を売った事実をハッキリさせよう、って言いに行ったわけだね。そんで、同盟の人間が『そんな事実はない』なんて言うだろうから、同盟の違法な行いの証拠を全て持って行って、じゃあ違法な同盟の活動はやめてくださいね、って言うわけ。そうすると、同盟の人間は『ああ、やっぱり売ってました。こいつが』と人柱を立ててくるはずなのよ」
「どうしてそんなことを?」
「わからない? ティースの罪を正確に、明確にするためだよ。同盟が違法な行為をしていることは今回の調査でわかったし、いずれ解体されるのだけど、その前に、ティースはそいつらに唆された被害者である、ってことは、解体前に明らかにしないといけない」
「どうして解体前なんですか?」
「解体になった場合、最悪掃討作戦になる可能性がある。そうなれば、言質がとれる確証はなくなってしまうからさ」
掃討作戦。つまり、皆殺し、ってことか。いったい、どんな罪を犯せばそのような刑罰を受けるのだ
ろうか。
「今更、ティースさんの罪が明確になったところで、何が変わるんですか?」
「前提が間違っているよ、ミハイル。罪を明確にしなくては何も始まらない。つまるところ、ティースの罪はまだ何も明らかになっていない。こんな状態では裁きも何もあったものじゃない」
「でも、ティースさんが孤児院に戻ってくることはないって」
「そうだね。生徒に会うことも、今のところ難しいだろうね。でも、その先はどうかな?」
「その先?」
「そう、ティースは裁きを受ける。その後の話さ。裁きは何も極刑だけじゃない。ああ、極刑って言うのは死刑のことね。罪を償うために生きる人たちだってたくさんいる。そんな人たちは自身の罪が何かわからなければ、何をもって償いとなるのかが理解できないだろう? それは、公正な裁きを行うルストリアとしてあってはならないことだ」
「それはわかります。でも、その自由意志同盟の証言があるとどうなるんですか?」
「ティースの使っていた魔力増幅装置は、元々シーナがラミッツの闇商人に作らせた違法な軍事兵器だ。だけど、この装置には重大な欠陥があったんだ」
パルペンさんは、胸に手をあてて言う。
「その欠陥は、人格の変容さ。簡単に言えば性格が変わっちゃう、心が変わっちゃうって感じかな? 今まででは考えられない異常な行動をとる、って言った方が正しいか」
「ってことは……」
「そう、ティースの罪は大幅に減刑される可能性がある」
なんてことだ。院長はそんなことをしていたのか! と、考えていると、向かいのパルペンさんはなんてことはない、という感じで続ける。
「と、ここまではいいことづくめの話なんだけど、実はこの話そんなにシンプルなものじゃなくて、自由意志同盟の背後にはラミッツのとある有力な商会、大陸全土に広がりつつあるザイルードと呼ばれるテロ組織、シーナの富豪、などなど、いろんなところが同盟をうまい具合に使ってる都合、無くなっては困る人たちもまあまあいるわけだよね」
「悪い人達なら、まとめて裁きを受けさせればいいんじゃないですか?」
「そうだね、そうであってほしいけど、下手をすると戦争になってしまうからね。戦争になってしまえば、関係ない人も巻き込まれて大勢が死ぬ。そうならないように動くのがルストリアの働きだったりするからね」
全部を説明するのが面倒なのか、やけに短くまとめられたような気がする。
「!! そうなると、院長の身が危ないんじゃ!」
「うーん、大佐が危なくなるなんて想像もできないけど、大佐自身もそれを危惧してか、ユークリッドを応援で寄こすように言っていたよ」
「だから、ユークリッドさんはこっちに来なかったのか」
「そ。本当だったら、ユークリッドがここらへんの話を持ち前の明るさと頭の悪さで適当に君に話していたんだろうけど、あいにく私は明るくないし、子供も嫌いだし、包み隠すのも面倒だから話しちゃったわけだね」
「面と向かって嫌いと言われた気が」
「ああ、君が自分のことを子供だと思うのなら、そうなるかもね。今の段階で私はそういうつもりで話してはいないよ」
何かを認められたような気がした。俺は少し嬉しい。
「はい」
「昨日の夜は子供だなー、とは思ったけどね」
「うっ」
「でも、今日、君がその手紙をもらったときに、その印象は覆ったな。もしかすると、その手紙には君を大人にする魔法がかかっていたのかもね」
「魔法、ですか。……うん、そうかもしれませんね」
人は長い歴史の中で、魔法と共に生きてきた。時には争いのために使い、人は間違いを犯す。
でも、この魔法はこの世界で一番強くて、一番正しいと信じたい。
「ミハイルへ
オレにもなにが起きたのかぜんぜんわからねえけど
先生が悪いことをしたのは、マジらしい。
でも、おまえの所のいん長がなにも知らないうちになにかをきめるな、って言ってた。
いまオレはすげえさみしいし、悲しい気持ちだけどよ
もう少しいろいろ知ってみようと思う
そしたら、先生がなにをなんのためにやったかわかるだろ?
ってことで、オレはお前よりさきに大人になることにしたぜ。
ただ、お前と最後にバイバイできなかったことが心のこりだから手紙書いたんだ。
フーガ助けてくれたり、いろいろありがとな。
次に会う約束もできなかったから、オレのいちばんの宝物をつけておく。
いつか必ず返しにこいよ!
エリク」
「みはいる
みみまもってくれてありがと
かっこよかった
あしでおりがみした
こんどべんきょうおしえてね
ふーが」
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