愚直な兵士
――王国歴1490年 シーナ リンデル
ティースは、音魔法をかき分け突如現れたルストリア軍ユークリッドと対峙していた。
「悪いようにしない? そちらの提示する悪い条件が見えないな」
「……殺しはしないってことっす!」
「ははは、生死だけが人の喜びだと思うんだね、君は。さすがは軍人だ」
そう言うと、ティースは舐めるようにユークリッドを観察した。そして異変に気付く。彼の耳からは僅かに出血がある、つまり音魔法のダメージを受けているのだ。いちいち声がデカいのもこれが原因だろう。
ただの根性でここまで辿り着いたのか、何かしらのダメージ軽減をしながら此処まで来たのかは不明であったが、ティースにとってはこの情報は有益であった。
(近距離での爆音であれば、確実にダメージを与える事が出来る証明だ。であれば、一気に奴の鼓膜を破る。いかに手練れとはいえ、非日常の状態に陥れば必ず隙が生じる、そこを突く)
ティースが視線を落とした素振りを見せた瞬間、ユークリッドは即座にトラップの警戒をし、足を止めた。同時に協力者がいないかを視線の端で警戒する。
「……さすがは智将ホランド大佐の選んだ人材だ。恐ろしいほどに教育されている」
ユークリッドは怪訝な表情をして、会話を続けようとしているティースを見つめていた。
(こいつには時間制限があるはずっす。なのに、なんでだ?)
もうそろそろミクマリノ兵が突入してきてもおかしくない。それなのにここで会話を行うということは、先ほどの音魔法のインターバルの可能性が高い、あるいはもっと別の魔法、もしくは協力者、援軍の到着のための時間稼ぎであるとも考えた。
外で待機しているミクマリノ兵十名と、ユークリッドと共に来たパルペンを相手にそれを打開できるとは到底思えない。
パルペンは床に横たわる子供たちを解毒し、退避させたらすぐにこちらに来る。こうなると自爆を織り込んだ大規模テロの可能性も浮上してくる。慎重に見極めなければいけない。
「会話は好きではないかな? ユークリッド君。私は君に話したいことがある。ホランドの教え子である君に」
「なんすか?」
「君は随分体格が良いね? それは生まれつきかな?」
「そうっすけど!」
「そうか、それなら、小さな頃にかけっこで一位になったこともあるんじゃないかな?」
「自慢じゃないっすけど大体一位だったっすよ!」
「それは素晴らしいね! 生んでくださったお父様やお母様に感謝をしないといけないね」
「なんすかー!? 何が言いたいっすか?」
「そんなに大したことじゃないんだ。子供を教育するうえで競争心の重要性は理解している。しかし、そのかけっこの根幹にあるものは挫折と貫徹だ」
「貫徹?」
「そう。挫けて折れる者と、貫き徹する者の分岐が発生する。この思想教育。変だとは思わないかね?」
「別に、思わないっす」
「そうかね? ルストリア軍である君にはかなり近いところにある疑問であると思ったが」
「……そういう難しいことはあんまり考えねぇっす!」
「何も難しくない。平和を謳う国が推奨する教育に、争いごとを入れるのはどうかと思う、というだけの話だ」
「別に子供のころの競争なんて遊びの延長みたいなものっすから!」
「ははは、それは強者の言い分だな。人は家庭の中でコミュニティを築き、その次はご近所、その次は教育機関とその世界を拡大していく。しかし、当の本人からすれば現在いるステージが世界そのものであって、その世界での敗退は、自身の否定にもつながる。そんな深刻な状況を遊びの延長だなんて私にはとても言えないね」
「競争を無くすべきだ、と訴えるためにこんな事件を起こしたっすか?」
「まさか! これは私が認定をもらった後に行う教育の改革についての考えさ!」
ティースが勢いよく腕を振り上げると、それに呼応するようにユークリッドの両側の壁から再びけたたましい音がする。
このままバランスを崩すユークリッド目掛けて駆け寄り、直接毒魔法を注ぎ込んでやろうと、会話中貯めていた右腕の毒を突き出そうと考えていた。
――だが、ユークリッドがバランスを崩すことは無かった。
それどころか、こちらに向かってまた何かを高速で投擲してきた。
「馬鹿なっ!」
咄嗟にティースは腕を前で組み、急所への攻撃から身を守った。腕でかろうじて防いだものはナイフで、寸分たがわずティースの心臓目掛けて投げ込まれていた。
そのナイフからは風が吹いており、付与された疾風魔法で音魔法の妨害をものともせず投擲されていたのだ、と理解したところで、ユークリッドにあっけなく捕縛された。
地面に押さえつけられながらも、遠くからホランドが近づいてくるのがわかった。ティースはその前に、ユークリッドに聞きたいことがあった。
「なぜ、音魔法を物ともせずに向かってこれたのだ? 音魔法は障壁魔法の影響を受けないはずだが」
「そんなことは簡単っす!」
ユークリッドはティースを片手で捕縛しつつ、空いた方の手で自身の耳を指さした。ティースは指さされた耳を見た。そして、自身を抑え込んでいる者の異常性に気が付いた。
「まさか、耳を爆破させたのか?」
「そうっす! この種類の魔法を扱う人間とは過去に一度手合わせをしたことがあったっす。その時にこうすればよかったなーって思ったことがあって、それを試してみたっす」
「鼓膜を? 破ったのか? あらかじめ? 自分で?」
ティースには到底理解が出来ない行為だった。理屈で分かっていても行動に移せるかは別だ。
「しかし、それならなぜ今会話ができる?」
「ああ、この手を考えたときに、会話が出来ないとまずいな、と思って読唇術を学んだっす」
ますます理解できない。たった一回の経験を活かすために、労力と見合わない、二度と使うかわからない作戦に時間を費やすその行為、理解が出来ない。
「理解に苦しむだろう? ティース」
目の前までやってきたホランドは、しゃがみ込みティースに話しかける。
「また後で話そう」
ホランドはそう言うと、奥の教室へ足早に走っていった。
「ユークリッド君、私の素性を調べたのは君だね? いや、君たちか」
ユークリッドの後ろに見えた、小柄な男パルペンを見て言った。パルペンは、少しだけティースの顔を見て、そのあとで捕縛しているユークリッドの耳に治癒魔法をかけた。
「ホランドという男には全てお見通しってことか」
「そんなことないっすよ」
「君たちにあらかじめ指示を出していたってことは、最初から私の罪に関して確証があったってことだろう」
「ははは、ティースさんは頭が良いのに馬鹿っすね」
「なに?」
「もし、確証があったなら今日の審査会は中止にしてたっす。仮に確証があってもホランドさんはあんたと話していたと思うっすよ」
「なぜだ?」
「うーん、多分ホランドさんだったら『あんたが悪い人に見えなかった、事情を聞く必要があると判断した』とか言うんじゃないっすかね?」
「……」
「理解に苦しむっすよねー」
ホランドは奥の教室、教卓の下でミハイルを発見した。
「……っ!」
ミハイルは、泣きじゃくる子供の耳に手をあて、自身の耳からは血を流し、泡を吹きながらそのまま失神していた。
自身の身を守ることよりも他人を守ることを優先できる人間は軍人に多い。そもそもそれを目標として入隊している者も多いからだ。しかし、実際の戦場でそれを行える者は少ない。
それは、想いや信念よりも本能が勝ってしまうからだ。水中にいれば息継ぎをしたくなるように、その行為は思考よりも上位指揮に位置する本能が優先して肉体を支配する。はずなのだ。
ホランドは、その様子を見て、ミハイルの中にある本質と、狂気を見たような気がした。
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