三の矢
――王国歴1490年 シーナ リンデル
時間は少し遡り、試験を行いにティースの待つ教室に入室するホランド。
ティースは生徒の机を四つ並べて、面談の準備を完了していた。ホランドが入室すると同時に立ち上がり、丁寧に会釈をした。
「ティースくん、おはよう」
「おはようございます。ホランド審査官」
ホランドは手に持った大きめの羊皮紙を机の一つに広げると、椅子に座った。
「ティースくん、それでは面接を始める。着席しなさい」
「はい」
ティースが着席したのを見て、ホランドは両手を机の上に出して言う。
「と、その前に、だ。いくつか、君に質問をしなくてはならない」
「質問、ですか?」
「そうだ。これは、この孤児院が認定されるために必要な確認事項だ」
「私に答えられるものであれば、なんでも答えますよ」
ティースは姿勢正しく、ホランドを見つめている。
「よろしい。それでは、君の妻アレッサについて、いくつか話を聞きたい」
「……。それは、現在の孤児院とどのような関係があるのですか?」
「現状では関係はない。しかし、これから関係が発覚するかもしれない」
ティースは姿勢はそのままだったが、露骨に嫌な顔をした。
「かもしれない、というあやふやな理屈で、既にいなくなってしまった愛する妻の話をしなくてはならない、というのですか?」
「その通りだ」
「その質問に答えなければ、認定はおりないと?」
「場合によってはそうなる」
ホランドは、感情の起伏など一切感じられないような語調で受け答えをする。
「大陸全土の法を司るルストリアの判断ですか?」
「いや、これは筆頭審査官としての判断だ」
「わかりました。そもそも、なんでもお答えすると言ったのは私です。どうぞ。ご質問を」
「よろしい、それでは……」
ホランドは短く息を吸い込み、ゆっくりと質問を口にした。
「アレッサは、何故いなくなった?」
ティースは、大して驚く様子もなく、丁寧に答えた。
「そんなことは私が聞きたい、という主観は置いておいて、ここリンデルのサルク市場に買い付けに行ったところ、人攫いにあったのでは、というのが最も有力な話です。この街に駐在するミクマリノ軍の方々が捜査をしてくださったので、記録も残っているかと思います」
「人攫い、なるほど。では次に聞こう。この街で魔瘴病の噂は聞いたことがあるか?」
「噂で聞いたことはあります。しかし、そのどれもが眉唾ものの与太話で、正確な情報が出回っているのを見たことはありません」
「そうか。では、魔瘴病を実際に見たことはあるか?」
「……。実際に見たことはありません。ホランド審査官、この質問はあとどれくらい続きますか? あまりに孤児院の話とはかけ離れていて、意図が見えません。意図の見えない質問は、なかなかにストレスなんですが」
そんな訴えも、ホランドはほとんど無視し、話を続ける。
「二年前、この街にアレッサという女性がいたことはわかっている。ティースという男と共に孤児院を営んでいた。そんな中、アレッサに対してとある噂が流れた。アレッサは魔瘴病を患っているのではないか、と」
「……」
ティースは嫌気がさしてきたのか、今まで一度も背もたれにつけていなかった背中を、少しだけつけて、ホランドを見つめた。
「魔瘴病に対する世間の認識は、流行り病の難病だ。魔瘴病で村人が次々と倒れ、廃村に追い込まれた事例が過去にいくつかある。その噂を聞きつけ、その病気は感染していくものであると認識し、病気に対する迫害や、差別は非常に多い。実際に感染するかどうかは未だわかっていない。しかし、ルストリアの化学班は何度も患者に接触しているが、発症していないところを見ると、単純な接触での感染はないのであろう、というのが、正式な見解だ。だが、その見解自体が感染に対する正しい知識として不確かである、という事実の裏付けをしてしまい、公式に発表が出来ないという矛盾をはらんでしまった」
「……」
「ここリンデルでも、魔瘴病迫害は行われていたようだ。行商人が多く訪れる市場がある街では、当然こういった流行り病に対して警戒も強いだろう」
これまでの長い話を一通り聞いたティースは、背もたれから背中を引きはがして言う。
「何が言いたいんです?」
「昨日、試験の後に、お前に配偶者がいたことを聞き、私の優秀な部下にこの孤児院に関する身辺調査を行った。すると、とある組織の名前が出てきた。『自由意志連合』聞いたことはないか? この組織は、大陸における差別や迫害を理由に武力で抗議を行う、いわゆるレジスタンス組織だ。スルト崩壊から徐々に頭角を現し、主にラミッツ、シーナで活動をしている」
「この院から出た子供たちの中には、そういった方々と関係を持つ者もいるでしょう。犯罪を行っていることは咎められるべきですが、思想は自由です。そうでしょう?」
ティースは大げさな手振りで、半分笑いながら答えるが、ホランドに一切の笑いはない。
「その通りだ。しかし残念ながら、この街でその組織との手引きをした行商人の口から出た名前は、ティース、君の名前だ」
「私、ですか?」
「そうだ。自由意志連合は魔瘴病迫害に対しても抗議を行っている。だが、その一方で、魔瘴病治療に関して、いや、人の死に関して、やや倫理観に欠けた特徴的な対応をとることでも知られている」
「……」
ティースは両手で鼻を抑えて、目をつぶりながら話を聞いている。
「黒凍箱、というのだったか。魔力で制御する黒い箱を用いて、死んだ人間の肉体を長期的に保存する方法。これを聞いたときに、私にある仮説がよぎった」
「もう、結構です。ホランド院長のことですから、既に調べはついているんでしょう? まさか一晩のうちにここまで情報を集められるとは……」
「私の部下は、私と違い優秀でね」
「ははは、ご謙遜を。優秀な手足も、頭脳がダメなら使い物にならないでしょう」
ティースは、右手をポケットに入れて続けて言う。
「そこで、私も頭を使うことにしました」
ティースが、右手に魔力を込めようとした様子を見て、ホランドは二人を隔てている机に脚をかけ掴みかかった。ティースの右手を掴んだホランドは、ポケットから手を出して自身の手に魔力を込めて、発動しかかっていた魔法を妨害した。
「これでも元軍人でね。この距離で先手は打たせない」
ホランドは、ティースの腕をそのまま極めようとするが、まもなくホランドの表情は苦痛に歪み始めた。それを見て、ティースはホランドから離れながら言う。
「元軍人だということは知っていましたよ。そして、この距離であれば魔法を妨害しにくることも、罪状がはっきりしないうちは、勾留を最優先に動くこともね」
「なんだ……。これは……」
「話しません。あなたほどの頭脳を持った人には、話せば話すほどリスクが増えるので」
ホランドは、ティースを掴んだ右腕の手先から痺れはじめ、既に半身は麻痺してしまっていた。かろうじて、左の腕で爆破魔法を放ったが、ティースはそれを片手でかき消した。
「どうですか? 私の魔法の対処。これでどうにか認定をもらえないですか?」
「……。目的は孤児院の認定か。しかし、こんな事をしてしまっては、どうにも……」
ホランドは、話の途中でついに呂律が回らなくなり、その場に突っ伏してしまった。ティースは用心深く、離れたところから言う。
「ホランド筆頭審査官。私は、これからあなたの教え子であるミハイル君に、魔力毒を流し込みに行きます。そこで交渉をしましょう。ミハイル君の毒を解毒するか、院の認定を下すか」
「そ……ん……な、おどし……に」
「ええわかっていますよ。脅しが十分に通用する相手だってことは。同じ教師ですから」
「……」
「そして、認定の書類をもらった後で、あなたには死んでもらいます。優秀な方の優秀な判断であれば例え事故があったとしても認定は下りるでしょう。手足よりも頭をおさえるのは、ホランドさん、あなたの軍略書に書いてあったことです。そしてこの計画は、あなたがこれから正体不明の魔法を発現してしまって、自爆してしまったとなるのなら、より盤石です」
ティースは、胸ポケットから小さな魔石を取り出し、それを飲み込んだ。そして、手のひらに魔力を込めると、人の頭くらいの魔法球を作った。
「ホランド筆頭審査官の暴発してしまった魔法は、特異魔法である音魔法です」
ティースはそう言って、両手でその魔法球を叩き潰すと、中から耳をつんざくような音が発生した。
「この音波の中では、あなたは立ち上がれない。子供たちも、立って逃げることは不可能でしょう。この音があるうちは外部から人が入ることも無理でしょう」
そう言うティースの胸元には。先ほど飲み込んだ魔石が淡く発光しており、その発光に呼応して、ティースの瞳孔が大きく開いた。ティースはホランドに続けて言う。
「では、この場にミハイル君を連れてきますので、少々お待ちくださいね。ああ、もう聞こえませんかね」
ティースは激しい音のする教室を、何食わぬ顔で出て行った――。
ティース孤児院の向かいの宿屋の屋上で、孤児院を見つめる二つの影があった。
「これはまずいっす。言った通りになったっす」
がたいのいい男は、そのがたいに似合わず、あたふたしている。
「最悪の事態の二だ。これは」
少し小さな男は、羊皮紙を眺めて言う。
「それじゃ、救出に行こうか。大先輩を」
「そうっすね。急ぐっす!」




